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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
36/113

第3話 履き違い

「こりゃひでぇ……死屍累々だな」


 腐臭が蔓延する血の庭園。バラバラになった種々雑多(しゅしゅざった)むくろと瓦礫。周囲は騎士が取り囲み、部外者が立ち入りできないようになっている。集まったのは周辺にいた騎士と傑人員のリメア、死者を供養をする聖職者だ。


「死後十時間くらいでしょう。硬直が全身に回っています……それと、昨日。ヴィスパーマン氏が外食をされた履歴が食店の方で残っています。記述によれば、陰刻の一時。恐らく、犯行の時刻は帰宅後の陰刻の二時から五時くらいの間でしょうね……」


 惨憺さんたんな現場に眦を細めるクザブとエーンジ。彼らの前方、比較的に原形を保った骸。それを調べていた美少年——リメアが立ち上がって言った。


「三時間の間……個人や少数では無理だろうな。犯人は集団で、庭園の護石ごせきを停止。そこに誘い込み、殺した。近衛騎士までやられている以上、腕の立つ集団なのは間違いなさそうだな」


 騎士は二種類いる。王、貴族、聖職者、傑人員を守る近衛騎士と民を守る通常の騎士だ。

 通常の騎士は近衛騎士よりも必然的に矢面に立つことが多い。そういった意味では、近衛騎士は剣術でも魔法術でも通常の騎士より劣りやすい。

 しかしだ。賊などに手を焼かれる程、技術が鈍っているわけではない。剣術は確たるものから教育を受けている。我流や邪道の類とは質が段違いであり、真剣勝負の結果など明瞭だ。


 故に、個人少数ではなく腕の立つ集団。


「……実は、屋敷とその周りの護石、それら全てが機能停止していました。故に侵入するのも、屋敷の中で魔法を使用するのも容易……近衛兵の方が殺された原因もそこにあると」


 全ての護石が機能停止。これによって三つの事柄が浮上してくる。

 一つ、屋敷の中に容易に侵入できる。二つ、屋敷の中で犯行が可能になる。三つ、魔法を簡単に使用できる。


「犯行の現場は屋敷周辺全て、屋敷内で不意打ち、なんてこともあるでしょう。中が崩壊して、遺体が転がっているのも、そこだと思います」


 クザブの推論は護石込みでのものだ。護石を省くと、庭園へ誘い込む必要もなくなり、不可解だった屋敷の崩壊に、中にあった死体の説明もできてしまう。


「一部ではなく全ての護石が機能停止……だがどうやって」


「そこはなんとも……それよりも、犯人について考えましょう。護石について逆算すると、全ての場所を知っていて、且つ機能を停止させる技術を有した人物だと思われます……」


 胡乱うろんに顔を顰めているクザブに、リメアは犯人の詮索を催促する。

 護石が全て機能停止していたのは厳然な事実。優先される順序は犯行内容ではなく、犯人そのものを捜すことだ。

 クザブは思考の切り替えを入れ、


「じゃあ考えるべきは、こんな真似する可能性がある集団やな……無差別じゃない訳だし、狂った集団が行った可能性は考えられないだろ。トントさん達に恨みを持ってた集団が行った、て感じか?」


 護石全ての機能を停止できるということは、頭が切れて正常な判断ができたことになる。

 仮に錯乱状態になった集団が護石を停止させる技術を有していても、特定の者だけ狙うのは不自然だ。

 したがって、集団から恨みを持たれ、狙われたと考えるのが妥当。


「——これは私の持論なのですが、恐らく犯人はミレナ様を狙った賊だと……」


 己が思索を開示するクザブに、リメアは複雑そうな顔で語って切り込んだ。彼の持論とは、


「アメニア君から、敵の少年に逃げられてしまったと聞きました。私はその少年が、大きく関わっていると睨んでいます……それと先程、地下牢獄に捕らえていた賊が全て殺され、幹部だった女性の行方が見当たらないと報告がありました。こちらも、その少年の仕業でしょう……」


 中央都ないし神子を狙った賊。神将のローレンが戦った黒い巨躯の魔獣とその仲間。第三の存在。寧ろ一番可能性が高いといっていい。

 埒外だった存在にクザブは目を見開く。彼の視線に、リメアはコクっと首を動かした。


 未知なる存在が犯人。詰めれば真相に一歩近づくことができる。

 思慮に耽ると、早速凸につまずいてしまうクザブ。その凸の内容とは、


「百歩譲って捕まえた賊を殺したのは、まぁ分かる……だけど、長官を殺した意味は何だ?」


 諭してくれたリメアに、分からない部分を全て投げやった。聡い彼なら、抽象的な質問にも的確に答えてくれるのではなかろうか。そう思ったのだ。

 期待されるリメアは、下を向いて考え込み、


「恐らくですが、百年前の王の娘拉致事件に大きく関わっているからだと……トントさんの高祖父。スコットさん……ベルナーク王が王位を継承される前、公国時代の彼の記録は、一切残っていません。確証にまでは至りませんが、口封じの可能性は高いかと」


「スコット。確かに辻褄つじつまは合うな」


 スコット・ヴィスパーマン。リメアが言及したように、黒い噂が後を絶たない人物だ。ただの賎陋せんろうなら噂では留まらなかっただろう。

 噂が真実に昇華しないのは、彼を支持し擁立する者が、非難する者よりも多いからだ。


 人の死にスコットが固唾を飲み、いたむ新聞が当時ばら撒かれたらしい。金貨を配って回ったとも書かれていたか。

 良い人。弱者の仲間。見返りを求めない善人。聖者。


 先にやった者が勝つ、とはこのことだろう。

 とはいうものの、無い名は呼ばれない訳だ。当時は不可解な自殺者が続出した。悪魔がスコットの為に、危険因子を潰して回っていたと、辺鄙へんぴの村や領地では噂になったほどだ。


 因みに、これら全てはリメアからの受け売りである。


「口封じとは、やっか……ん? 待てよ。仮にリメア君の推理があってるとして、何で敵のガキが百年前のことを揉み消そうと? 上が下の口を塞ぐならわかる。普通逆だろ?」


 クザブは口にしたことで、リメアの言葉に矛盾が含まれていたことに気付く。冷静に考え直すと、年若い少年が長官——下の者が上の者の口を塞ぐとはおかしな話だ。


「そうです。クザブさんの言う通り、上の者が自身の潔白を証明する為に、下の者を潰したんです。姿形は少年。百年前にも生きていて、護石の位置を全て把握し、無効化する技術も持ち合わせている」


 果たして、リメアの説明に矛盾はなかった。解釈違い——曲解だったわけだ。深く考え過ぎていた。上が下の者の口を塞いだのは間違っていなかった。


「まさか……」


「はい。敵は神人である可能性が……いや、敵は神人で、この国の仇敵です!!」


 茶色の双眸に淡い熱を宿して、リメアは断言した。


 間違っていたのは、上と下に当たる者だ。

 少年が上で、長官が下だったのだ。少年が神人なら全てに説明が付く。


「うそやろ……」


 いつも泰然自若たいぜんじじゃくとしている彼が、珍しく理性の殻を脱ぎ去った姿。だからこそ信用でき、煩累はんるいした事実に酷く打ちのめされてしまう。

 クザブは、肩の力を抜いて地面に視線を落とした。


「神人なら近衛兵だったとしても、騒ぎを起こさず短時間に仕留めることも可能でしょう」


「確かに……神人なら説明が付く。しっかし、神人が関わってただなんて、普通は俗世に関与しないはずだろ? なのに、なんで……」


 神人の関与。百年前の謎。何故、今長官を殺したのか。国を転覆させて何を望む。神子を誘拐して何がしたい。

 豪族や野盗程度が集ったような集団ではなかった。それ故に、動機が分からない。


「そこに関しては、私も皆目見当は……寡聞かぶんで申し訳ないです」


 答えを持ち合わせていないことに、リメアは頭を下げた。事ここに至っては、彼を責める立場は一片もない。

 クザブは「いや」と、逆説を置いて、


「充分すぎる程だ……ていってもだるいな、ジッケルの魔霧に専念できると思った矢先にこれかよ」


「その……不安の解消とまではいきませんが、今日の夕刻、件の神人と戦った方が私の家にお越しになります。クザブさんとエーンジさんは、ジッケルの森に集中してください。神人の方に関しては、私達の方で対処方を考えます……」


 頭を掻いてあぐむクザブに、リメアは役割分担を提案。適材適所で対応だ。


「不幸が重なっていますが、必ず乗り越えましょう」


「だな……乗り越えよう」


 握手を交わす。互いに鼓舞し合う言葉を放ったなら、別れの合図だ。

 クザブはリメアに手を振り、本来、向かうべきだった場所へエーンジと共に向かう。門を退って、本日二度目の王城下外に繋がる橋を渡り、目的地である議事院に歩みを進めた。


「はふ、リメア殿はいつ見てもお美しいですなぁ……ウェヒヒ、デュフ」


 卑俗な笑みを浮かべて興奮するエーンジに、クザブは気持ちが悪いと顔を歪め、


「きっしょ……まぁあの容姿で、男だからな……あれで力もあったら良かったんだが、ま、他の顔も頭も不細工な奴に比べたら全然マシだ。リメア君の顔が不細工だったら、手を握るどころか話も聞かねぇわ……男なら最低限、強く逞しいか、顔と頭がよくなきゃダメだ。それ以下は人間の形した豚だ」


「私はどうなのですか?」


「不細工は頭と顔は終わっとるが、上級騎士だ。最低限の強く逞しいには当て嵌まってる……話ぐらいは聞くに値するってことだ。そして、俺は選ばれし者の中でも更に稀有な最上級騎士!! 聡明で顔もいい!! 最高の遺伝子をもった最高の人間で、今一番! 騎士団長に近しい男でもある!!」


「素晴らしいです!!」


「そやそや、もっと褒め称えろ!! 有象無象とは格が違う、この最上級騎士の俺をな!!」


 エーンジだけの寂しい拍手。クザブは両手を空に掲げ、自画自賛にのめり込む。


 騎士団長と副団長が解職となった今、最上級騎士の中から抜擢されることになる。現状、剣戟大会などやっている場合ではない。

 目下であるジッケルの森は、最適な踏み台だ。そこで成果を出し、確実に騎士団長の座に上り詰めてみせる。


「グレイさん。俺はアンタを超える……アンタより強く逞しく、顔もよくて聡明な最高の騎士に。剣も魔法も極めた最強の騎士団長になってやるよ!!」


 裂帛れっぱくの気合でクザブは言い放った。


 九年前の剣戟大会。人生の転機となったあの日。憧れの感情を抱いた一人の騎士。一つ、その騎士とクザブの違う点を挙げるなら、履き違えている事だろう。




※ ※ ※ ※ ※ ※




——その騎士に、クザブは脱帽した。


 彼がまだ貴族学校に在学していた頃にまで遡行そこうする。


「うッひゃぁぁ!! やってらぁ!!」


 最上級騎士を決める第十九回剣戟大会。それがクザブの目の前で繰り広げられていた。東には茶髪で二刀流の青年。西側には海老色髪で筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の青年が、互いの出場口から現れる。

 観客席の人々に手を振り、二人の青年は闘技場の上に。


 剣戟大会を観覧しに来る者は、大きく分けて二つ。騎士同士の闘いを主にする者と、賭博を主にする者だ。


 清廉潔白である騎士が賭博の媒体として使われることに、違和を感じる者は少なくない。

 ただ人の本質は、賭博行為を好むようになっている。不確定要素による莫大な対価を、人は過大に評価してしまうのだ。報酬系ホルモンというものが、多く分泌されるからである。

 その生存本能ともいえる賭博行為を、大きく禁止してしまえば、闇賭博や違法行為をする者が後を絶たなくなってしまう。

 故に、国の主催で賭博の媒体を用意することで、抑制を図っている訳だ。当然だが、優秀な騎士を民衆に注目させるためでもある。


 繋がり、剣戟大会は国の中で一番金が動く一日だと言われている。

 賭けの内容は各ブロックの優勝者を予想する形式だ。


 優勝に近い者ほど倍率が低くなり、そうでない者ほど倍率は高くなる。

 安定して稼ごうとするなら、勝率の高い方に賭けるのが普通だ。ところが、一攫千金を狙って倍率の高い方に賭ける者も中にはいる。


 剣戟大会を見に来ているクザブは後者。小遣い稼ぎに背伸びをし、一攫千金を狙ったのが事の顛末である。

 クザブの賭けた筋骨隆々の騎士が、闘技場に立つ。勝ってくれよと、胸中で切望。対戦相手を見やった。


「始まるぜ! お前、このブロックは誰を優勝に賭けた?」


「当然今東側にいる、二刀流使いだ! 黒い二刀流から放たれる赤い炎は変幻自在! 一人を好むが、仲間や惚れた女は数知れず! 無意識無双! 無意識ハーレム! 決め台詞は、俺の炎で灰と化せ! 孤高の異端児だ!」


「だよな!! それに対し、相手は騎士家系に生まれながら、魔法の素養が低い落ちこぼれときた。上級騎士になれたのも、きっとまぐれさ……二刀流に賭けた俺たちからすれば最高のくじ運だぜ! まぁ逆は、最悪だがな」


「そんな馬鹿いねぇだろ!!」


「「タハハハハハハハ!!!」」


 クザブが座る右下の観客席。そこに座る二人の男が、胸中に淡く宿った望みを切り伏せてくる。クザブは昨日、倍率の高い騎士を選んでしまった自分を恨んだ。


「ちぇっ、調子に乗って、倍率高いのにしたのが間違いだった……」


 ——視点は闘技場内に移動する。


 魔法を中和させる防護服に身を包んだ審判。彼の東側に二刀流使い。西側に筋骨隆々の男——木製大剣を片手で持ったグレイが立つ。


「互いにステージ上に! 武器の使用は木製武器のみ。魔法は下位まで。殺傷の類は即失格。勝利方法はポイント先取、場外、KOの三つ。ポイントによる勝利は十ポイント先取。KOは十カウント。魔法や投擲物とうてきぶつによる攻撃は一点。木製武器、その他による近接攻撃は二点」


 試合のルールが審判の口から述べられ、開始が刻々と近づいて来る。二刀流使いとグレイは互いを睨み合った。

 精神を研ぎ澄ませ、圧倒されない胆力を蓄えているのだ。


「悪いが、アンタは俺の踏み台になる。恨むなら、くじ運を恨むんだな……」


「そう簡単には行かないさ……」


 優勝候補の男と、優勝から最も遠いと評される男の試合。試合を公平に審査する審判であっても、グレイの言葉を虚勢だと感じているだろう。

 だが、それはグレイにとってチャンスでもあった。圧倒的劣勢の状況だからこそ、強者に付け入る隙が出てくる。


「両者とも、準備はいいね?」


「「あぁ!」」


 両者、武器を構えて臨戦態勢に。


「それでは!」


 ——上昇した火の魔刻石の爆音が、試合開始のゴングが今、鳴った!!


「試合開始!!」


 先手必勝。グレイは地面を蹴り飛ばし、瞬時に間を詰める。


「そう来ると思ってたよ! フラマ!!」


 グレイの進行方向に火属性の魔法——火球が放たれる。足に力を貯め、突進の勢いを相殺。後方に飛び退くが、火球の追撃がグレイに牙を向く。

 飛び退いた先に放たれた火球が胴体左側に当たる。


「ッ!?」


「魔法ヒット! 東側に一点!!」


「ぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」「いいぞぉ!! 完封しろ!!」「相手は魔法が使えねぇ豚だ!!」「そのまま押せぇ!!」


 観客達が審判の採点に歓声を迸らせる。闘技場は一気に二刀流使いの空気に併呑へいどんされた。


 予想されていた。力量が未知数なら、自身が得意とする接近戦で勝利を取ろうとしていたグレイ。当然ながら、それを敵の二刀流使いは予測していたのだ。

 互いのおもて情報は開示された状態。二刀流使いの情報は、二刀流から放たれる火属性魔法。グレイの情報は、魔法が扱えない接近戦。


 この情報が敷いた先の終着場は、接近戦に持ち込ませないこと。十中八九、グレイは試合開始直後の隙を狙って、接近してくるはず。

 なら魔法で牽制けんせいを入れ、距離を取って魔法でポイントを取れば、脅威に値しない訳だ。


 弱点を突かれた。


「この試合、一気に決めさせてもらうぞ!! 悪いが次の剣戟大会まで、くすぶってるといいさ!!」 


 一球一球、狙いを定めた火球がグレイを襲う。

 一、二発目の球を右に躱すが、三発目の火球が右肩に。四発目は上体をのけ反らせて回避。五発目を木剣で相殺するが、木剣を振り終わった後隙に六発目の火球が胸に直撃する。


「ぅ!? クッ!!」


 衝撃によって視界が一瞬(かす)むが、続く三つの火球を、左側に転がり込んで避けた。


「魔法ダブルヒット!! 東側三点!!」


 「何してんだ!」と、観客席に座るクザブが握りこぶしに力を入れる。試合開始一分も経たずして、三点のリード。既にあきらめムードだ。


「さぁ、いつまで保てるかな!!」


 グレイが詰め切れず攻撃を受け、攻め切れずポイントを取られ、避け切れず火傷を負ってしまう。あっという間に、六対零まで差を付けられてしまった。


 火傷を負った部位がズキズキと痛む。疼痛とうつうに苛まれながら、グレイは後がないことに焦燥を感じ始めた。

 攻撃どころか、防御もままならない現状を打開しないと勝ち目はない。かといって、慧眼な攻め手が瞬時に生み出せるわけではない。

 

——完封負けの未来を、諦観してしまう。


 次の剣戟大会は五年後だ。五年後、騎士団長になるには更に五年後。それも最速の話で、もっと時間が掛かることは相応にある。

 それでは遅すぎる。遠すぎるのだ。


 グレイの父——ジークは騎士団長の座に上り、引退後は貴族学校の騎士となる生徒に教育を与えた。

 その長男であるグレイは、フェイド家の看板を背負っている。弟のクウェルは体が弱く、剣を握ることも出来ない。


 落ちこぼれ、面汚し、出来損ない。その汚名を払拭できる一歩が、最上級騎士になることなのだ。

 魔法が使えないのは百も承知。それを引き合いに出して、負けた理由に納得を付けるのは、それこそ面汚しだろう。

 

——弱者の思考だ。


「このままじゃ、弱者の思考の、ままじゃ……」


 どうすればと、艱苦かんくする。悩み悶える。


『強い騎士となったその先に何を求める?』


 敗色濃厚の最中、胸中に浮かび上がって来たのはジークの言葉だった。何故この言葉なのか、当人のグレイでさえも分からない。


「そろそろ、畳み掛け——ッ!」


 二刀流使いの声が、グレイの脳内から排斥される。


 養子として迎え入れられてから、それなりに熟してきたグレイ。希有な光魔法師。在学中は才能があると言われた。自信に溢れていた。

 学校で結果を出す度に、フェイド家の者達に誇示して回ったものだ。だが唯一、ジークだけは褒めてくれなかった。

 当然、そんな父を好きになることは無く、嫌われているとも思った。


『グレイ、お前は騎士となって何をする? 何がしたい?』


 思えばジークの発言に耳を傾けたのは、この言葉が最初だったかもしれない。 


『強い騎士となって、民たちを守りたいです……』


 グレイは分からないながらも、答えた言葉がこれだった。そして、この返答にジークはこう返した。


『なら、強い騎士となったその先に何を求める? 強くなかろうと騎士ならば民を守れる。強い騎士であろうと守れない民はいる。強さとは評価だ。不動ではない。故にもう一度問うぞグレイ。お前は強い騎士となったその先に、何を求める』


『俺は……』


——俺は……


 ジークの問いかけに、グレイは答えられなかった。強い騎士となり、多くの者を守ることだけを考えていた。逆に言えば、それだけしか頭になかった。

 ジークが聞きたかったのは、強い騎士となって多くの民を守ったその先——研鑽に研鑽を積んでも届き得ない不動の目的だったのだろう。


「俺は……」


 その目的が、今定まった。今なら定められる。


「俺は、俺を選んでくれたフェイド家に答え続けたい! 俺を慕ってくれている者の代表であり続けたい! 理由は一つ! ただ俺がそうしたいからだ!!」


「何だ急に、頭が狂ったか?」


 自己完結した悩みの解決。故に、二刀流使いにはグレイが敢然かんぜんと声を上げたように見えてしまう。変化に気付けていないのだ。


 他とは違うもので——自身の得意とする部分で、相手を圧倒しなければ勝利を掴み取ることはできない。

 自分に出来ること、得意とすること。それは馬鹿正直に立ち向かうことだけだ。やはり、接近戦で圧倒するしか道はない。


「馬鹿正直に、接近戦……」


 達観したように呟いた。点を与えない為、防御に徹していた木剣の動きを止める。

 理由はない。本能だと言える。瞼を閉じて深呼吸。精神統一。


「諦めたか? ならそのままそこに立ってな、直ぐに終わらせてやる!」


 放たれ、直進してくる火球を、グレイは身を捻って避ける。さらに、力強く開目して突貫。


「馬鹿の一つ——ッ」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 猛然なる突貫。雰囲気だけではない。滑空するサッカーボール級の火球を、グレイはタックルで弾き飛ばしたのだ。

 その火球を諸ともしない被弾覚悟の突貫は、不壊ふえの壁。瞳に宿る覚悟の意思は、まさしく勇猛な戦士。


「なッ!?」


「オォォォォォォォォ!!!!」


「魔法ひっt……」


 勇猛果敢なグレイの行動に、審判でさえも声を殺して息を呑んでしまう。予想だにしない行動には、対戦相手の二刀流使いが一番煩慮(はんりょ)しているだろう。


「俺は剣術でもアンタを圧倒する!!」


 結果、二刀流使いはグレイの突貫に合わせて、二本同時に剣を突き出してしまった。本来、冷静に思考を巡らせれば対処できる事。しかし、感情が先行したことで、ミスを犯してしまったのだ。


——今だ!!


 研ぎ澄まされた第六感がグレイの身体を操るようにくねらせた。

 突き出された剣は空を切り裂く。致命的な後隙をグレイが見逃すわけもなく、獲物を握る右手に木剣がヒット。


「ぬんッ!!」


 呻吟しんぎんしながら、落としてしまった武器を拾おうと屈む二刀流使い。身体を右回転——男の後ろに回り込み、回転の勢いを乗せて木剣を背中に叩き込んだ。


「ぁ……近接ダブルヒット!! 西側四点!!」


「何やってんだ!!」「早く終わらせろ馬鹿!!」


 審判の採点と野次を横聞きしながら、二刀流使いは受け身をとって態勢を元に戻す。構え、


「クッ! だから何だ!! 俺とアンタじゃまだ三点も差がある!! 勝つのは! 最上級騎士に相応しいのは俺だ!」


——相応しい。


 その言葉を思い抱き、口にした時点で二刀流使いは地に落ちた。ましてや先見性の乏しい試合中に口にするなど愚の骨頂。


 相応しさとは評価だ。評価とは勝敗が決して定まる。

 評価とは手段であり、手段は目標目的に使うもの。最上級騎士になるだけではいけない。最上級騎士になってからである。

 それを履き違え、手段を目的にした。目指す目的が近い者と遠い者では、その成長速度は、後者が前者を遥かに凌駕りょうがする。


「まぐれで調子になるなよ! フラッ!?」


 詠唱中途、グレイは手に握った木剣を投げやり、二刀流使いの右手に直撃させる。掌から放たれた火球は明後日の方向へ。徒手のグレイが詰め寄る。


「————ッ!!」


 両手で顔面の防御を固める二刀流使いにボディーブロー。すかさず、下がった顎に蹴り上げ。


「ぁガッ!? クソッ!! フレアッ!?」


 グレイの三発目の拳を、二刀流使いは後方に身体をのけ反らせて回避。飛び退き、大会では許可されない中位以上の魔法行使。凝縮され、肥大化していく火球。それでもグレイは止まらない。

 至近距離で魔法を食らえば、最悪死に値する可能性もある。だのに止まらない。


 浮かせた左脚を地に踏み込ませ、上体を前進。その運動を右拳の力に乗せ、振るう。


「————ッ!!??!!??」


——渾身の右ストレートが、二刀流使いの顔面に炸裂した。


 二刀流使いの身体が縦に半回転。地面に叩きつけられた。


「近接トリプルヒット!! 西側十点!! 更に、ルール違反によって東側の反則負け! よって審議の余地は無し!! 勝者西側!! グレイ・フェイド!!」


 気絶する二刀流使い。審判の勝利宣言。右拳を掲げるグレイ。

 異端を越えた新たな異端が、卵からかえった。


「マジかよ!」「やりやがった!!」「異端か!?」「いぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉ!!」「右ストレートでぶっ放した!?」


 荒唐無稽こうとうむけいな試合。観客席が歓声や怒号で騒がしくなる。


——視点は観客席のクザブに戻る。


「すっげぇぇぇ!!!!」


 熾烈しれつな戦いを眺めていたクザブは、席から立って両手を万歳。

 怒り、悔やみ、悲しみ、喜びといった周囲の客の万感より、ひと際強い欣喜きんきに包まれる。

 成熟していない少年が見たなら、感化されること間違いなしの大逆転勝利。


 近接も強く、魔法も兼ね備えた騎士ならば、最強最高の騎士になれるのではないだろうか。


 第十九回剣戟体大会初日の初戦。クザブの人生に、大きな影響を与える日となった。

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