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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
35/116

第2話 うまい事には裏があった

 朝。場所は国庫金の代替となる金銀財宝が厳重に管理されている宝物庫だ。

 魔法を中和する術式——それを編ませた分厚い壁が中の財宝を守っている。

 その外側にはガラスの壁が設けられている。中にある宝には一つ一つに資料が用意され、資料には大まかな概要が記載されている。


 王族や貴族、傑人員の者なら資料を私情で閲覧することが可能だ。ただし、ガラスの壁よりも内側は私情での立ち入りは禁止されている。


 ガラスを用いているのは防犯対策であったりする。破砕時の甲高い音などが、それに当たる。


 魔女の切手——概説、魔女の魔力核から構築された歴史的遺産物といわれている。切手に刻まれる印字の緻密さは、高位の魔法師である証拠だ。

 魔女とは厄災の象徴のその一人。魔女は少女であり、エルフである。慈悲深いと称されるが、その真意は不明。製造法不明。


 棚に置かれた魔女の切手の資料を手に持ち、閲覧しているのは黒髪に芥子色の双眸の青年。最上級と敬仰けいぎょうされる騎士の一人——クザブ・ぜルブスキーだ。


「お、早速記載されてるな。魔女の切手……おい、不細工……何で、魔女の切手が高価なんか知ってるか?」 


 クザブは右斜め後ろに立つ長身の獣人を見て、そう言った。


「え、それは……歴史的遺産物だからではないのですか?」


 一般的見解を口にしたのは、上級と敬られる騎士の一人——エーンジ・ソデス。濃い緑の体毛を生やした猿顔の獣人だ。

 エーンジはその見た目の所為で知性の高い魔獣と間違われるのだが、彼自身はれっきとした獣人の騎士だ。クザブと同じ白と青の騎士服を身に纏い、首には上級騎士のバッジを掛けている。


「アホかお前……そのまんますぎるだろ。殊更ことさらに訊いてんのに、一般常識問いてるわけないだろぉが。普通分かるだろ……脳みそまで劣等なんて、終わってんのは顔だけにしとけよ」


 クザブのこれでもかと言わんばかりの溜息。見ての通り、殊更である。


「も、申し訳ございません」


 執拗しつように責め立てられ、エーンジは深々と頭を下げる。資料と呼べない紙切れを元の位置に戻し、クザブは彼の腹を小突くと、


「まぁいい。知識の蓄積。そのいい機会を俺が与えてやる。ありがたく思うんだな?」


「有難うございます!!」


「うっわ、暑苦し……汗くさくてたまらん」


 敬礼して謝意を述べるエーンジの愚直さに、クザブは鳥肌を立たせて一歩後退。煙たがるように右手を顔の前で左右に振った。


「んで、魔女の切手が何で高価なのか……その理由はな、六色鉱石の代替になるからだ。それも、数百万単位のな……」


 差し込む陽光に肌を焼かれながら、用事が無くなった二人は一歩一歩と宝物庫から離れていく。


「と、いいますと……」


 忌憚きたんしたと主張する割には、クザブの機嫌はやけに良い。

 理由は彼の性格にある。自身の有用さを示したい——所謂いわゆる、自己顕示欲が強いのだ。

 国防長官の孫であり、もてはやされてきた彼の人生はバラ色だ。


 成功して当たり前。価値があって当たり前。上位であるのが当たり前。強く、逞しく、賢く、美しいのが当たり前。その対となる要素はあってはならない。

 彼のモットーは賢く美しく、強く逞しく、他と類似しない強者であり続けることだ。


 今はまさに、その内の一つ『賢さ』を示すいい機会なのだ。そのため機嫌がいいのである。


「あれ一つで、最高位なら数百? いや千? 神位なら二、三回? くらいは使えるってことだ。それこそ実用のある下位の『フラマ』『アクア』『ジエロ』なら千万。中位の『ストリーム』や『ウォール』でも僅少きんしょうの差……諸説はあるが、とにかく、これ一つで本当に領地一個買収できるくらいの価値があるんだ……門番ご苦労」


 木製扉の取っ手を掴んだクザブは開扉。宝物庫から退すさり、見張り番を務める近衛兵の男に挨拶。お辞儀された返しに手を振った。

 彼に随従ずいじゅうするエーンジも宝物庫から出ると、男に「お疲れ様です」と一礼。


「フラマ、アクア、ジエロが千万も……数十年、使い方によっては百年近い分の六色鉱石の代替になる……ということですか?」


 六色鉱石について注釈しよう。

 六色鉱石とは魔刻石まこくせき魔含石まがんせき魔収放石ましゅうほうせきの三種類の総称である。

 火属性の鉱石なら赤、水属性の鉱石なら青、風属性なら緑、土属性なら茶、闇属性なら紫、光属性なら黄色に染まる。


 六色に光る様相から、六色鉱石と形容されるようになった。


「そうだ……あれ一個でだぜ……しかも、あれを持ってるのは、今のところ。ファダムス大陸のどれかと。テレボウって言われてる。魔女が現れるのは数百年に一度。そして今、我らがアルヒストの手元に魔女の切手が来た。この意味が分かるか?」


 横目で見られ、額に汗を掻くエーンジ。彼は焦燥を顔に宿し、即席かつ明達な答えを求める。その末に出てきた答えは、


「今、切手を持っていない国が損をし、持っている国が得をする? ですか?」


 当たらずも遠からず。一般的見解だ。

 またもな答えに、クザブは答案者のエーンジを嘲弄するように嘆息。それから「まぁ」と前置きを入れると、


「間違いではない。でも抽象的だから40点な……これは六色鉱石の数百万個分。にも使えるし……高火力の兵器を持ってるってことでもある……それで、持ってる国はファダムスの何処か。テレボウ。アルヒスト……」


 クザブは北のファダムス大陸を北洋、中心にあるテレボウを中洋、南のアルヒストを南洋と表現。順繰りに指を立て、合計三本の指をエーンジの顔に突き付けた。

 萎縮してしまっているエーンジが少し可哀想だ。


「それぞれ三つに一つずつ……隣国のルマティアはアルヒストの切手が欲しくてやまないだろうな」


 ルマティアとは、アルヒストのやや北西側にある隣国のことである。主神であるルマティを信仰していて、宗教的な抑圧が強い国家だ。


「魔女の切手を——お」


「クザブ様!! 今度の社交界一緒に踊ってくださいませんか!」


「クザブ様! 今夜ご一緒に食事しませんか?」


 途中、クザブとエーンジの会話を妨げるのは女性貴族達だ。


 女性たちに名前を連呼される彼は雲霞うんかの如く詰め寄る彼女らを「今は忙しいんだ、悪いね」と一言で一蹴——したかと思えば、今度は笑顔で「でも誘ってくれてありがとう。とっても嬉しいよ」と、下げて上げる戦法を実践してみせた。


 この男、手慣れている。


 クザブはそのやり取りを長い下り坂の中、繰り返し続けた。

 ファンの人数は数知れず。最上級騎士であり、国防長官の孫でもあるクザブは騎士随一の人気を誇っている。同じく女性ファンの多い神将のローレンとは、犬猿の仲で有名だ。その関係性が好きなコアなファンもいるらしい。


 因みに、後ろで付き添っているエーンジは、日向と家屋の日陰の双方を交互するだけだった。

 一度も声を掛けられなかったことはスルーされている。やっぱりかわいそう。


 都合、二人は王城を出た。


「どうだ? やっぱり顔って大事だろ? 上辺では否定するが、本心はイケメン大好き。可愛い大好き。なら使ってなんぼだろ。当然、隠してな……」


 花束の数量を見せつけるクザブは卑しさ満載だ。彼の後ろで巻き上がる噴水と女神像が、悪い意味でも良い意味でも仕事をしている。

 顔と功績、家柄全てが選ばれた存在のクザブにとって、周囲は自身を盛り立てる装置でしかないのだ。


 その卑しい顔を慕ってくれている女性たちに見せないのが、彼の狡猾さを際立たせている。


「それで話を戻すとだ……」


 門を背景に、二人は王城下外に繋がる大橋を渡っていく。

 王や内政を支える賢人。それを守る壁に水路。城内に繋がる橋。門番。

 合理性を求めた結果が二人の背後に映る。


「魔女の切手を無理矢理に奪うのも、世界的に貿易が行われている今は私利私欲に戦争をすることも出来ない……したら世界世論が悪くなって、制裁食らうからな。隣国や遠方の国ならいいが、中継のテレボウなんて制裁食らいたくない典型も典型だ」


 現在、全世界六か国全てが世界的に貿易をしている時代。

 その時代を支えているのが、北洋と南洋の海路上にテレボウという島国だ。理由は南北を往来するのに、テレボウを介して渡航しなければならないからだ。


 原因は、そもそもの渡航距離と海魔の類である。テレボウを中継しないと、命の危険があるのだ。

 故に制裁を食らってしまうと、貿易が難しくなってしまう。そうなると経済力が落ちてしまい、国の衰退に関わるわけだ。


「制裁食らうの承知で攻めても、こっちは魔女の切手があるし、神将は戦争で使用不可。それに、アルヒストにはテレボウやファダムス大陸の民もいる。それが死んでもしてみろ、どうなると思う……?」


「第三の国から攻められて敗北ですか?」


「その通り、リスクが高すぎる」


 現在進行で貿易は行われているのだ。輸出入の仕事を生業にしている者が、他国の戦争に巻き込まれ、死亡でもしたら宣戦布告も同義だ。世界を敵に回すことになる。


「なら持ってない国はどうすればいいか……持ってる国の庇護下に入り、おこぼれを貰う。謂わば、ルマティアが、このアルヒストの属国になる……」


「なんと!? ルマティアが庇護下に入るのなら、まさに鬼に金棒! あ……ですが、それをルマティアの首脳が認めましょうか?」


「そこは使いようだ。形は協定の締結ていけつ。真相は属国……互いに貿易し合って助け合いましょう。他国に攻められたら、互いに助け合いましょう……決してこちらの属国になる訳ではございません。ってな……」


 などどクザブは供述しているが、そう単純にはいかない。

 エーンジが指摘したように、ルマティアは宗教抑圧国家の一つだ。国の文化や宗教の慣例など覚えなければならない事柄は多い。協定の締結自体が異端行為だと定義される可能性もある。


「ま、細かいことは外務の奴らにお任せすればいい……俺たちは自分のことだけやってればいいさ」


 最終的には他人任せ。といっても、自身の範疇外と述べているだけまだましだ。クザブが半可通はんかつうなら、かえって饒舌じょうせつになっていただろう。


「そういうことだ……まぁ、大義名分って例外が——ッ」 


「お話の途中申し訳ございません!」


 後方、クザブの声が新たな声によって遮断される。彼と同じ騎士服を着た短髪の少年だ。

 王城下内から近衛騎士が走って追いかけてきたのだ。恣意的しいてきに交わしていた会話を邪魔されたことで、クザブは激昂。眉をぴくぴくと痙攣させ、少年を睨み付けた。


「あ? なんだ切羽詰まって……」


 怒気の伝播に、橋下を泳いでいた小魚達が飛び跳ねて逃げ出す。横にいたエーンジも慄然りつぜんと表情を強張らせた。

 声を掛けて引き止める。それは相手の貴重な時間を奪う行為に他ならない。詰まらない話をしたものなら、奪い侮蔑したのと同義だ。許されざる愚行である。


 一触即発。


「で、伝令です!」


 地面に片膝を付き、少年はクザブの顔に青ざめ口ごもりながらも、声を上げ、


「た! たった今! 内政財務長官であらせられるヴィスパーマン氏とその従者の方達が! その私宅にて何者かに惨殺されたと報告が入りました!!」


「「な!? なんだって!?」」


——それが真実なら、一刻を争う。


 クザブとエーンジは踵を返した。 




※ ※ ※ ※ ※ ※




 虫や鳥たちの鳴き声。動物のいななきに、森林が奏でる自然の音楽。長閑も長閑な山の中。襲撃者から村を守り切り、一難去った後という意味でも長閑な世界である。

 蒸し暑さをかえりみなければ、悪くはない。

 

 草木が鬱蒼うっそうと生い茂る山を歩いているのは、鈍色髪を肩の近くまで伸ばした細身の男——リフと、黒髪蒼眼の青年——シュウの二人だ。


 蒸し暑い中だというのに、シュウの服装はなぜか長袖長ズボン。暑いのを好む。いや、ならば修行。そうではない。感覚が欠如している訳でもない。

 理由は単純明快。襲撃者との戦闘で、異世界転生時の服装——ズボンとTシャツがボロボロになってしまったからだ。


 上着を脱げば、ダメージジーンズならぬダメージTシャツ。

 浮浪者然とした容姿。みすぼらしいとはこのことだ。上着を羽織ってカモフラージュしているのだ。


「リフさん……あの金髪のガキについて、何か知っていますか?」


 汗ばんだシャツを抓んで動かし、風を服の内側に入りこませて、シュウは漠然と質問を投げた。

 賊と共闘していたリフから、有益な情報は絞り出しておきたいのが心情だろう。事実そうだ。


「金髪の……あぁ」


 納得がいって声を漏らす。額から頬を伝って降りる汗を拭きとって、リフは思惟の海に潜った。

 過去の出来事を呼び覚ます。相手に説明できる程度にまでかみ砕けば、


「僕がレイキ殿……いや、レイキと会ったのは十年前です。心の芯まで包み込まれるような、慈恵じけいと言いましょうか。それに溢れた男でした。というのも、彼は僕の失敗を否定することはなく、寧ろ全てを肯定してくれましたからね」


「甘い言葉で人の心を操る、か。見た目も相まってって感じですね」

 

 見た目は人畜無害な優男。潔白を彷彿とさせる白い服。第一印象が好感のほとんどなら、欺かれて然りだ。

 

 会話を交わらせている最中も、二人は移動を止めない。

 元々、付近の森を巡回するのが目的で、会話は飽くまで副題だ。とはいえ、会話をしながらでも随所の安全確認に遺漏いろうはない。


 少し前、ガサッと背後で音を立てたリスにも目をれていないだけで、脅威か否かの判断はしっかりしている。

 常に危険が無いか神経を張り巡らせつつ、その上で会話ができれば何の問題もない訳だ。


「ちな、十年前ってのはいつ頃で?」


「騎士団長、副団長を決める第十六回、ゆう剣戟大会があった日の丁度一年前の日、と言えば分かり易いでしょうか?」


「え? あぁそうっすね……」


 坂を下り、河を渡り、草を掻き分けて移動。中途で足を止め、判然としない面貌のシュウにリフは何事かと、前言を脳内で反芻はんすう

 疑問が確証に昇華すると、リフは「あぁ!」と声を上げ、


「そうでしたね……イエギク君は文字も読めず島から渡来した、俗世に疎い子だと、ミレナ様から聞き及んでいたのでした。短慮で申し訳ない」


「いや、そこに関しては完全に俺の失態っすね。ほんとすいません……」


 歩みを止めて、深々と頭を下げるリフ。シュウも彼と同様に頭を下げて、反省の意を示す。

 数秒の停滞。互いが頭を下げるその様は、おもちゃの水飲み鳥とそっくりだ。バツが悪くなると、二人は顔を見合わせて「ははは」と軽く笑い合った。

 息が合いすぎるのも難点だ。


「謝ることはありません、大丈夫です。では剣戟大会について、軽く話しましょうか」


 止まった歩みを動かし、凹凸が重なる山道の巡回を再開。


 その二人の後方、樹木の太い枝に身を預けている一つの人影。盗み聞きを働く不審者ではない。ミレナさんだ。

 経緯いきさつを補足すると、心配性な彼女は二人のことが気になり、追跡する結果になったのだ。


「ふふ。気づいてない気付いてない……」


 居場所を悟られないように音を消して、森の中を移動するのはミレナにとって朝飯前。流石、自然に愛されるエルフだ。


「剣戟大会は、分かり易く言えば、団長、副団長や最上級騎士を決める催し物です……騎士の中でも、取り分け優秀な騎士が大会にて、その座を巡って、民たちの前で競い合うんです。大会には二種類あり、通常の最上級騎士を決める剣戟大会。騎士団長と副団長を決める尤剣戟大会があります」


「ふぅむ。じゃあグレイさんがその九年前の尤って大会の方で優勝して、騎士団長になったと……」


「あぁいえ、グレイが優勝したのは四年前の第十七回目です。僕は準優勝で……」


『何故わざと負けた!! 俺にはお前が手加減したのが分かる!! 俺を越えるんじゃなかったのか!? 答えろ!! リフ!!』


『——答える意味も、義理も、ありません……』


 尤剣戟大会。昔年の不公平な決着。忌避して閉ざしていた記憶。闘技場の控室。グレイの怒り。レイキの指示。


「……?」


「あぁいえ」


 強く瞑っていた目を開いて、リフは苦笑とそっぽを向くことで有耶無耶うやむやにし、強引に話の軸を戻した。


「グレイが優勝で騎士団長。僕が準優勝で副団長に就きました……それと実は、騎士団長、副団長の座は大会だけでは決まりません。就任するには単純な力以外の見えない()()が必要なんです」


「力以外の何か…………他を率いるカリスマ性、騎士からの推挽すいばんが更に必要ってことっすか?」


「そうです。お察しが良い」


 騎士そのものが、選ばれし存在でしか就けない職だ。その騎士の中でも優秀な上級騎士に、上級騎士とは比べ物にならない最上級騎士。

 自己主張が強いのは言うまでもなく、その高飛車な尖り者達を率いるのは、強さだけでは無理に近い。

 シュウが言った騎士からの推挽——この者になら、膝を付いて従いたい。言葉にはできないカリスマが、統率力が必要なのだ。


 それ故に優勝者よりも適任がいた場合は、敗退者から抜擢されることもある。実例も何件かある。


「まぁ最上級騎士である時点で優秀ですし、剣戟大会自体が、通常では見えず測れない何かを引き出させ、公にする場でもあるので、ほぼ優勝者が騎士団長に、準優勝が副団長になりますがね……怠慢、八百長などを防止する策でもあるのです」


 一対一での面会は無く、ミレナからの『ちょっと抜けてて可愛いわよ』という口伝でシュウを大きく判断していたリフ。

 その実、抜けてはいるのだが、浅慮ではないことが一連のやり取りで分かった。敢えて含みのある言葉を使った理由がこれだ。


——彼は信頼できる。


 ミレナが彼に抱く印象と、自分が抱く印象は違うということだ。

 高をくくっていた自身の思慮を改め、


「どうやら、イエギク君は一般教養が欠けているだけで、地頭は悪くはないと見ました」


 先入観を払拭し、リフは翻したことを偽らず直接シュウに伝えた。


「そうっすかねぇ……世間じゃ一般教養が欠けてる奴を馬鹿って言うんじゃないっすか?」


 良と評されたことにも、楽観的に受け入れない姿勢。その背中に、リフは自身と同じものを感じ取る。

 騎士としての矜持も、人間としての立ち振る舞いも、常に意識させ続けてくれる存在だ。

 精励の機会を与えられたと、置き換えてもいいだろう。それが年下の青年からなら、意識はより強まる。


「かもしれません。ですが、頭の良し悪しは飽くまで評価。評価ということは個々によって、左右します。なら、僕がイエギク君をどう評価するかは僕次第……とはいえ、これは理屈です。グレイと同じで、単純に僕も、君を快く思ったのですよ……」


「素直に受け取っておきます……」


 好いた理屈の種明かしをしたのなら、それを受け入れる寛容さもある。

 リフの根拠の無い経験則からだが、産まれ育った環境が良ければ、彼はグレイに次ぐ騎士になっていただろう。

 逆に言えば、それが全てなのが現実の酷薄さを物語ってはいる。


 何にせよ、グレイが彼を快く思っていることに納得がいった気分だ。


 会話をしつつ約百メートルの移動を経たリフとシュウ。当然、後ろで追跡しているミレナも百メートル気付かれないように移動していた。

 枝から枝への移動音は、ほぼ皆無。強いて言うなら、ミレナの身体から発生する寸毫の風——それによって、揺れる葉の振動音のみ。

 吹く風とミレナの風とを感じ別けるのは至難だと言えよう。


「よッと……」


 ムササビのように斜め前の木に乗り移るミレナ。彼女は木の裏から長耳をちょっこり出し、瞑目して耳を澄ませた。


「では、話の軌道を戻しましょう……レイキは内政財務長官ヴィスパーマン氏専属の執事でした。そのことに偽りはなく、彼がヴィスパーマン氏と会話していた場所も、就いた職の面目を果たす所も目撃しました……彼が僕に近づいた理由は周知、ミレナ様を狙う為でしょう」


「ミレナを狙う理由は聞いてますか?」


「いえ、それに関してはほとんど……」


 問いかけられ、五年前の掛け合いを鮮烈に思い出す。

 リフが放った質問『何故、国を転覆させる必要が?』に、レイキは庭の昆虫たちを眺めながら『弱者救済の為さ。弱者を救済する為には、大きな貴賤きせんを見せてはいけない。その為に国を転覆させる必要があるんだ』と、冷淡に答えてみせた。


 リフは眦を細めながら、その過去を赤裸々に話す。


 続いて、


「ミレナ様もその一環と……今振り返れば、僕の判断力が鈍っていたことといい、レイキが老獪ろうかいだったことが身に染みて分かります」


「弱者救済……大きな貴賤は見せてはいけない……それらしい理屈も持ち合わせていて、人材を引き込む達弁たつべんも有している。用意周到っすね」


 シュウが呟いた達弁という言葉を聞いて、リフはレイキの蠱惑こわく的な言葉の数々を思い出した。


 時には、嗜好品の茶を嗜みながら『君には光魔法師としての才能がある』と認められた言葉。


 時には、庭園の手入れをしながら『リフは優しいんだ。だから優しい君を理解できない奴が悪いんだよ』と、擁護してくれた言葉。


 時には、蔵書庫の本を読み漁りながら『リフは頭も剣術も人としても優秀だ。それを妬んでる奴なんて放っておけばいい。大丈夫、心配しないでいい。僕はそうじゃない……君を肯定するよ。リフ』と、肯定してくれた言葉。


 裏が返されたら、全て丸め込ませるための嘘だった。

 しかし、その嘘にあざむかれた。


 血の滲むような鍛錬を積み重ねても、越えられない壁。自身の才能の限界に辟易へきえきし、摩耗し始める精神。擦り切れた先には、諦念の境地。

 そして、それら全てに拍車をかける失敗の数々。


——もっと強ければ、もっと賢ければ、もっと器用であったら……


『失敗は成功の為の下積みさ、全て考え方次第だよ』


 その先にあったのは、至らない部分でさえも肯定してくれる畏敬の存在。仕方なかったと思いたい——思える程、無神経ならよかった。


 罪の意識は重い。


「まさにその通り。あぁ……過去に戻って愚かな自分を殴ってやりたい」


「あはは……」


 背中をだらけさせて、涙目になるリフ。その彼にシュウは愛想笑い。

 冗談半分で言ったのが通じて、安堵するリフだ。


 少しの沈黙。前に進む二人に、急な坂が差し当たった。

 頑丈そうな岩の足場を目視で確認すると、シュウはジグザグに降下。リフもシュウの使った足場を道しるべに降下する。


 木漏れ日が差す森の中。第一転移地点のカガの木を通過して、シュウの足が立ちどころに止まる。疑問を顔に宿すリフ。

 その胸中の疑念に気が付いたのか、彼は振り返り、


「そういや、気になったんですけど……内政財務でしたっけ? 本当に、そのレイキってガキは専属の執事なんですか? 例えば、脅されたから執事に就かせた、とか、意味わからないですけど」


 しこりが残るようなシュウの言い分に、リフは眉をしかめる。着地地点が予測できない質問に、自身の前述した言葉を反芻するが、やはり杜撰な部分はない。

 曲解ではないかと思ったリフは、首を左右に振り、


「私の知る限りでは、特にそれらしいことは……実際長官のヴィスパーマン氏と話していましたし、氏自身もそうだと小気味よく仰っていましたから……そのようなことは」


 内政財務現長官トント・ヴィスパーマンの言葉に捏造はなかった。言動に矛盾はなく、快然な表情からも虚の類は考え難い。


 それに、レイキは従者でトントは雇い主だ。

 主から従者への恐喝ならともかく、その逆というのは無理がある話だ。不遜な従者だと、排斥される未来が容易に想像できる。


 加えて、レイキはトントの高祖父であるスコットの代の執事——その子孫だ。シュウの言い方では、彼が百年近く生きていることになってしまう。矛盾だ。


「そうっすか——上手いな」


「…………?」


 顎に手を当て、ぼやくように呟いたシュウ。リフは彼の言の真意には気付けていない。詮索するに至る好奇心もない。


「いや、何でも……」


 最後の後押しである否定の言葉。となれば、彼の後ろ髪を引くような発言は掘り返されることは無いだろう。


「他には?」


「そうですねぇ……役に立つかは分かりませんが、レイキはよく兄なる存在を慕っていましたね」


「兄……」


「——役に立てず面目ない」


 思案顔のシュウに前徹を踏むまいと、リフは頭を下げた。思考を中断して、シュウは両手を振って謝罪不要だとジェスチャー。

 ハッと顔を明るくすると、


「そういやリフさん。グレイさんと、帰郷するらしいですね」


「えぇ、特に肉親がいるわけではありませんが、それでも幼い頃に育った故郷ですから。一度返って、初心を思い出し、改心しようと思っています」


「ゆっくり骨休めしてってください」


「はい……村の皆に、ミレナ様やイエギク君。そしてグレイ。大きな借りを作ってしまいました。グレイとミレナ様なんて、返しても返し切れない、尽くしても尽くし切れない借りだ」


 国を裏切ったリフ自身が弾劾されるのは然りだ。重ねて副団長のリフは、その崇高な座に比例して償うべき罰は大きかった。

 殺さず生かして情報を吐かせるにも、捕らえた賊から引き出せる。法務院にて出された判決——断頭に異議を申し出る者はいなかった。


 ただ一人を除いて。


 ——グレイだ。


 リフが騎士道を踏み外してしまったのは、友である自身にも責任があるのだ。思い留まらせる機会があったにも関わらず、故意に見逃した。隠匿いんとくと捉えられ、故に共謀者と言え、罰を受ける道理は自分にもある。

 ならば罰の重さは分配され、再審査の必要があるとグレイは申し立てた。


 結果は騎士の解職と中央都永久追放。罪人の証である焼き印を、両腕に入れた。


 言い方を変えれば、死罪をまぬがれたのだ。

 そしてその罪人を、自身を裏切った者を、ミレナは受け入れてくれた。代表者としての威厳が崩れるかもしれないのに、帰る居場所まで作って貰ったのだ。

 本当に、本当に感謝が絶えない。


「そこんとこは、あの二人あんま気にしなさそうですけどね。それか、ちっこいことでも大きなもの返してもらったって考えるか……」


「なぜそうだと……?」


「ミレナやグレイさんは、俺とは真逆だから分かるんです」


「真逆だから……」


「まぁ、その所為で、ちょっと眩し過ぎて、見てられなくなる時もありますけど……光に魅せられた羽虫ってところですよ、俺は……」


「————」


——それは違うよイエギク君。君は確かに二人に魅せられたのかもしれない。


——でも、君が二人に魅せられた以上に、二人は君に魅せられたんだ。


 リフは、その心胆を胸中で抑え込んだ。この思いを吐露してしまえば、彼は今回を起点に自身を更に過小評価するだろう。

 言ってはいけない。言って楽になって、彼を苦しめてしまっては、グレイとミレナに合わせる顔が無くなってしまう。彼は隠すことに注力するだろうが、二人はきっと気が付くだろう。


 だからこれは我欲だ。


 黙っておこう。いや、黙っておきたい。


 リフは鈍色の髪を左右に小さく揺らして、大きく息を吸った。


「ミレナ様が、君を好かれた理由が分かります」


 見ていられない。寂しい思いをさせない為に、心配だから傍に居てあげたい。

 自分でさえも、多かれ少なかれ似た思いを抱いたのだ。心清らかなミレナなら、尚更であろう。


 死角に潜む件のミレナ。会話の趣旨が思わぬ方向に向かったことに、頬を少し紅潮させる。

 改めて指摘され、照れることは往々にある。彼女も例外ではない。


 木に登るリスと目が合い、微笑みながら手を振って盗み聞き再開。


「てか、辛気臭い話ばっかりしてても何ですし、気分転換でもしません?」


「あぁ! いいですね!! そうしましょう!!」


 シュウの提言に、リフは握りこぶしに力を入れてガッツポーズ。

 快諾を得たシュウは、三メートル程ある段差を軽々と跳躍。引き上げようと手を差し出して来る。リフはその手を掴み、足を凸に引っ掛けて登攀とうはんした。


「リフさんの故郷ってどんな所っすか?」


「そうですねぇ……少し大きな島で、フェアラード領と同じで米や果物が有名ですね。冬は凍えるように寒いです。大昔はミラランを通じて、中央都とは繋がりがあったようで、今でも交流は深いですよ」


「ん、もしかして、グレイさんが騎士家系の跡継ぎに選ばれたのって」


「そうです。グレイの父、ジーク殿がグレイを見つけたのも、中央都と関りが大きかったからで——」


 辛気臭い話とは一変し、暖かな雰囲気へと変遷していく会話。周囲の植物や動物も、微かにだが喜んでいる気がする。


「もう大丈夫そうね……」


 上空から静観していたミレナも、暖かい会話に頬を弛緩させてご満悦だ。感情の表面が感じ取れる彼女なら、尚のことだろう。


「あ、そういや……ミレナ気付いてるぞぉぉ!」


 振り返り、シュウはミレナが姿を隠している樹木に向かって大声でそう放った。長耳がビクッと震え、ミレナは唾を飲み込む。木陰からその不安気味な顔を出して「何でわかったの!?」と、言って飛び降りた。


「全く気付きませんでした」と、驚愕しているリフに、シュウは「視線には敏感なので」と超然に返答。

 シュウの右隣にミレナが並んで、森の巡回は三人に増える。


 愉楽に包まれる三人。加えて、モワティ村の住民全て。彼らはまだ、中央都での事件を知る由もなかった。

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