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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第一章 モワティ村の救済
33/113

一章幕間 エルフさんの日常 にっ!!

 ドンッと足音を鳴らし、壇上だんじょうに両足を広げるのは薄緑髪の少女。処女雪のような白い肌をしていて、容姿は十代半ばかそれ以下だ。それだけならば、見目麗しい町娘に落ち着くのだが、彼女には他者とは一線を画す特徴があった。

 その特徴とは、つけ耳を疑いたくなるほどの長い耳だ。前の世界でも、この世界でもエルフと呼ばれる崇高な存在である。

 少女の体躯たいくとは正反対の大人びた容貌。町娘のような服を纏い、着飾らない清貧さはエルフと形容するに違和はないだろう。


 前置きが長くなった。誰かというと、天真爛漫のミレナさんである。


「作戦会議を始めます!! イェーイ! ドンドンぱふぱふ!!」


「いぇぇぇい……」


 高らかに手を鳴らし、場の熱を上昇させるミレナ。彼女のテンションとは真逆な反応を示すのは男衆。モワティ村を守っている騎士団と、足してシュウだ。


 盛り上げようとするミレナの厚意を無下にした。そう言われれば、言い返すことはできなくなってしまうが、そこは許してほしい。

 

 何故かって、彼らはいい年をした男だからだ。

 一番若いので二十一のシュウ。他の騎士団の男は二十五は超えている。グレイやリフに関しては、三十を超えたおっさんだ。

 馬鹿声を上げる姿——想像すれば痛いの一言に尽きる。


 とはいえである。ミレナがそのことを考えているかは、また別の話な訳で、


「小さい! もう一度!! お腹から声を出して!! 山頂から違う山頂にいる人に話しかけるイメージで! やまびこでジェスパー領に声を届かせる勢いで! サン! ハイ!」


「いぇぇぇぇい……」


「小さぁぁぁぁぁい!!!」


 三角座りの状態で、拳を上に突き出す男衆。声だけだった先程より誠意はでているが、ミレナの心にまでは届かず。折檻せっかんの声が室内を反芻する。


「ジェスパー領は山の外側にあるから、声届かないぞ」    


 肌感覚で拙いと感じたシュウは、ミレナに言葉の矢を射る。

 このままでは、いい年した男たちが自身への羞恥心によって可哀想なことになってしまう。『この年で、嗚呼恥ずかしい』と恥辱で走りたくなってしまう。止めなくては。


「駄目だわ……ぜんっぜん駄目ね……細かいことは気にしちゃいけないのよ。こういう時は気分で、感情で動くものだよ。少年」


「もう成人してるぞ俺」


 両手を広げ、お手上げのジェスチャーをするミレナにシュウは事実を突き付ける。


「成人してるのに、泣いちゃった子がいたような……」


「なッ!?」


 汗顔この上ない出来事を持ち出され、攻めの意思を根元からへし折られるシュウ。

 ごめんなさい男衆たち。負けました。


「へ! 私の服で鼻水拭っちゃったのは誰でしょうか? どうしようかなぁ~村の皆に、あの時のこと言っちゃおうかなぁ……」


「はい……」


「もっと大きな声じゃないとぉ?」


「はい! ミレナさん!」


「よろしい! では! これからシュウの歓迎兼親睦会! その作戦会議を始めます! サン! ハイ!」


「イェェェェィ!!」


 シュウの大きな声を合図に作戦会議が開始された。


 彼らが集合しているのは村を守護する騎士団が、仕事の割り当てに使用する会議室だ。会議室といっても、手作りであるために良くも悪くも作りは簡素。

 騎士団全員分の椅子が備わっていなく、広さは全員が座れば隙間は無いに等しい。


 普段は騎士団全員が会議室に集まることは無い。椅子の数と壇上に立つ数を合わせて、計七人か八人が日常であった。

 それが騎士団全員の列席——狭いという他ない。おまけに、家の中でも靴を履く文化のアルヒストだ。床の直座りは正直に言って汚い。


 中央都の職人に騎士団用の家づくりを頼むことも出来たらしいが、ミレナが拒否したらしい。

 小さいことでも、小さいとこだからこそ、協力し合うことが大事だ。ミレナがそう言って、村民にも家づくりを手伝ってもらったようだ。


 そして今回も、小さなことからを名目に騎士団とシュウが集められていた。


「シュウお前……相当ミレナ様に気に入られてるんだな。あと、泣き虫については触れないでおく……」


 ミレナの作戦会議という名の講習の中、シュウに話しかけたのは横隣りにいたグレイだ。彼の男気ある気遣いに、シュウは握り拳を差しだし、


「グレイさん。あんた……気遣い感謝するよ」


 合わせて、グレイと友情を交した。


 前回の世界線と同様に、彼との仲は良好にすることができた。

 グレイにとって初対面が険悪だったのは、シュウの発言も加味して事実だ。


『全部俺に任せてさっさと引退しやがれ!! この馬鹿おっさんが!!!』


 あの場に於いては効果覿面(てきめん)であったが、グレイと面と向かって話し合う場に於いては最悪であった。


「おう。この二日間振り回されてたそうじゃないか……気を付けろよ。ミレナ様、見ての通り、かなり天真爛漫だからな」


「本当だよ。病み上がりを何だと……」


 それが今では、最初の出会いが嘘のようになった。気さくに話し合うのが、二人の相性の良さを如実にょじつに物語っている。


「ははは、まぁそこは許してやってくれ。ミレナ様、お前が寝たきりの三日間。付きっきりで看病していたんだ。その分、息抜きへの反動が大きいってことだ」


「わかってる。元気のいいお嬢様の、世話くらいはしてやらぁ……」


「タッハハ! 何がしてやらぁだ! まだお前はわけぇガキだろうが!」


 問題ないと誇示するシュウの背中を、グレイは哄笑しながら叩く。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男が無鉄砲に叩く音は、清々しいくらいに甲高い。痛みは推して知るべし。冷やかされるのは嫌ではないが、痛いのは流石に看過できない。


 てか、うぜぇ。


「いつッ! いてぇっておっさん! 加減しろやアホ!」


「ウッ!? 今のみぞおち、マジで入ったシュウ……」


 シュウの拳がグレイの腹にクリティカルヒット。腹に手を当てて、グレイは丸まり込む。任務完了だ。


「はいそこぉ!! 作戦会議中です。私語は慎むように!」


「「すみません」」


 腹を抑えながら返事をするグレイは、中々に見物だ。


 小声での会話は次第に室内を巻き込む大きさになり、当然だがミレナに折檻されることになった。

 頭を下げる二人の姿を見て、室内は笑い声で溢れかえる。笑顔が少ないリフも、口に手を当てて笑っていた。村での居心地が悪い彼だ。いい傾向だろう。


「何やってんだグレイさん達は……」


 茶化す男達。飛び交う笑い声。

 周りの男衆から見ても、シュウとグレイの仲は一目瞭然である。


「という訳で! 一緒にご飯を作って、一緒に食べる為に今日は食料調達! 明日は料理を一から一緒に作る! その後は食事会!! グレイとリフとシュウは、村の男の子達とシカの肉を調達です! 丸ごと一匹、色んな料理に使います! 他の皆は山菜と魚取りに! 村民の皆には私が説明しておきます! では! 解散!!」


「絶対、中央都での作戦会議の影響受けてるよアイツ……」


 手を叩く音を始めに、騎士団の男達が各々に立ち上がり、日常会話を交わしながら退室していった。

 シュウは三角座りの姿勢を崩し、胡坐あぐらをかいて手を地面に。だらりと力を抜き、首を肩に乗せて、窓の外を横目で見る。


 ふと、外の風景が遮られた。


「ハハ……楽しみですね。明日の料理と食事会。鹿の狩猟の方、よろしくお願いしますね。イエギク君……」


 遮ったのは、鈍色の髪をしたリフだ。前に見た時より、少しばかり痩せこけている。推し量るにストレスだと、シュウは結論付けた。

 両手を天井に向けて伸ばし、軽く身体を弛緩しかんさせ、リフに目を合わせた。


「はい、こちらこそ……」


 隣に座り込むリフに、シュウは手を出して握手の示唆。手を合わせる。


「……リフさん、その……大丈夫、なんですか?」


「あぁはい。大丈夫です……少し、寝不足ですが、心配無用ですよ」


 努めて、笑顔を絶やさないリフ。退室する彼の背中を見て、シュウは憂う。

 リフと村民との狩猟に、シュウが不安を覚えてしまうのも仕方のないことだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




——ミララン山中、昼過ぎ。場所はモワティ村から数キロ離れた小湖。


 オパールグリーンに染まる湖。広さは直径2、3キロ前後だ。周囲は緑で覆われていて、河などはない。

 ミレナ曰く、水底には巨大な岩が埋まっているらしい。水中にいる魚に、教えてもらったとのことだ。

 大昔、山に隕石が落ち、落下の衝撃で出来たクレーターに水が溜って湖になったのだろう。そう筋道を立てて、シュウは自然の偉大さに感嘆した。


「あるわね。足跡……」


「確かに……よくわかるな」


 しゃがみ込み、ミレナは獣道にある四足獣の足跡に顔を近づける。その彼女を俯瞰ふかんするシュウは、顎に手を当てて感心した。

 自然を愛し、愛されるエルフのミレナならではなのだろうか。


「エルフは自然の神秘そのものよ! 長生きだから知識も豊富ぅ」


 前言撤回。どうやら、そうでもないらしい。


「あんま自然の神秘関係なくねぇか、それ……」


 長耳を振るわせ、指を立てくるくると回すミレナ。小さい胸を張る誇大っぷりに、シュウは胸中でため息をした。


 現在、小湖にはシュウとミレナ、グレイとリフ。加えて、四人の村民で計八人。小湖に訪れている理由は獣道を探しているからだ。

 獣道があれば、動物が日常的に使用していることが分かる。その道沿いに罠を仕掛け、生け捕りにするということだ。


「魔刻石は使いますか? 一応、土属性の魔刻石を……」


「いいわ。こういう時は原始的にいかないと、便利なものに頼り過ぎてちゃ協力もできなくなっちゃうわ……それじゃあ、親睦の意味が無いでしょ? 魔刻石は、明日に間に合わなかったときの最終手段ってことで」


 ミレナは村民の男からの提案を、理由を述べつつたしなめる。

 共感覚を使い、鹿を引き寄せる案は当然却下されている。ミレナへの負担が大きいことと、彼女が前述したように親睦の意味がなくなる為だ。


 先端の技術を用いずに、原始的な方法で食料を調達。

 そうすることで、簡単な目標でも等しく苦労し、等しく努力できる訳だ。仕事量の差異が少なければ、「あいつは」や「こいつは」と咎めることもできない。


「うんッしょ!」


 立ちどころに、ミレナは傍にあった低木の枝を千切って皮を剥き始める。

 枝を矢の代わりに使い鹿を射る。否、今回使うのは剝いて取った樹皮の方だ。


「見てて」


 剝き終わった複数の樹皮を、ミレナは太ももの上でねるように転がす。


「かんせぇぇぇい!!」

 

 その場にいる全員が彼女の作業を注視し、待つこと十分。出来上がったのは、樹皮が螺旋状らせんじょうに組み合わさった輪縄わなわだ。


「はい、シュウ! これは何に使うでしょう?」


「ん……簡易罠だろ。獣道探してたってことは、餌無しの、踏んだら作動するやつってところか」


 両掌の上に出来上がった輪縄を置き、鼻高になっているミレナに冷静な返答。


「なんで知ってるのよ!?」


「何で知らない前提で訊いてんだよ」


 ニッタリした笑みを浮かべるミレナ表情が右肩下がり——頬を膨らませて不服を露にする。彼女の思惑に気付いたシュウは、憮然ぶぜんと額に手を当てて目を伏せた。


 差し詰め、こちらが答えを間違えた後に、声高に正解を言おうとしたのだろう。博識ぶりたかったのだ。しかし、今回に関してはシュウが知っていたために挫折。

 馬鹿というか何と言うか。一周回って可愛げがある。


「そこは言わぬが花って——」


「アホ」


「アイテ。うぅ、シュウがぶった……」


 少し調子が過ぎるミレナに、シュウは軽く叩く。屈みこみ、大袈裟おおげさに痛みを主張する彼女を見て、残りの六人が破顔した。


「で、この罠を各自協力して作ろうってことでいいな?」


「はい! そういうことです! てことで、獣道を探して罠仕掛けぇぇぇ開始!!」 


 合図の声が山に響き、二人四組に分かれて四つの罠を仕掛けることに。各々が配置に着こうと分かれる中、シュウはミレナに歩み寄る。任せて大丈夫なのか、訊いておきたかったからだ。


「ミレナ。そっちは……」


「大丈夫。任せといて」


 ミレナはチロッと舌を出して可愛らしく答えた。大丈夫そうだ。


「……わかった。任せた」


 ミレナに手を振られながら、シュウは配置に向かう。

 西にはグレイとシュウ。東にはミレナとリフが。湖を始点にして西と東に二組ずつ別れた。


「つっても、気になんな……」


 モワティ村が襲撃されてから、まだ五日しか経っていない。リフが裏切り者であったことも、村民には吐露している。ほとぼりが冷める間としては、いささか短すぎる時間だ。

 張本人のリフと、彼を許したグレイが村民から忌避されるのは不思議な事ではない。


 だのに、二人を別れさせる。敢えて、そうした理由は親睦をより深くし、関係をより鮮烈にするためだ。関係のない者には、関係のある者よりも強く当たってしまうものだ。

 大勢で協力するよりも、少数で協力し合った方が個々の関係は、記憶は、仲間意識は厚くなる。仲を厚く結んだ者が肉親に経験を話せば、少数の意識が変わる。少数の意識が変われば、集団の意見が変わる。

 そうやって、空いた傷口を塞ぐのだ。


「ありましたね……獣道」


 シュウと村民の男のペアだ。シュウの後ろを付随ふずいするように、男が後方から近づいてくる。

 主本によって薄れているが、シュウと村民の親睦を深めることも、しっかりと視野に入れてある。人間と獣人から酷遇を受けた亜人。村を救うのに協力したとはいえ、余念は無くしておくのが然りだ。


「はい。そうですね……」


「早速、そこにある低木の樹皮で、輪縄作っちゃいますか」


「はい」


 男の減張めりはりのない返答。予想していたことだが、慄かれている。自身を迫害した者と、重ね見られているのだ。


「よし、じゃあ俺が樹皮とるんで、待っててください」


「あの……」


「樹皮を取った後は、一緒に縄作りを——」


「あのッ!」


 気付かず、作業に奔走しようとするシュウの前に、男は声を張り上げながら出た。


「あ、どうか?」


 男の精悍な顔つきに、剣呑な空気がシュウを取り囲む。

 自身を迫害した人間への憎悪。はたまた、裏切り者のリフを擁立する麁陋(そろう)な者。或いは、その両方である可能性もある。


 戦々恐々と口内に溜まった唾を嚥下し、シュウは罵詈雑言を受けようと覚悟を決めた。


「ありがとうございました!」


 ところが、シュウの覚悟は杞憂に終わることになった。罵倒が飛び出すどころか、発せられたのは予想に離反した感謝の言葉だったのだ。

 それ故に、シュウの表情が一瞬だけ強張る。いや、表情だけではない。全身がショックを受けたように固まってしまう。


「…………」


「イエギクさんのお陰で、妻と私の子供の命が救われました! 本当に感謝しています……加えて、こうやって親睦を深めようと機会を作ってもらって……それなのに、私達は……グレイ殿やリフ殿の立場も知らず……あんなことを……返す言葉もありません……」


「いや、いいんすよ」


 愚鈍な脳みそがようやっと活動を再開。最初に出た言葉がそれだった。否定の言葉に意味を深めさせようと、シュウは輪縄作りの手を止め、


「俺は、ミレナを救いたいって思いで、村を救おうとしたんです。レコンさんが思ってるような、高尚な精神の元から、行動した訳じゃないんです。見返り前提でやったことです……だから、そう自分を責める必要なんて、いらないですよ」


「イエギクさん……」


 手元を見据え、樹皮を握り潰すように手を握るシュウ。その彼の姿を、男は痛ましそうな目で観ていた。


 本音だった。


 そうしなければ、この世界に逗留した意味がなくなるからだ。ミレナが死んでしまえば、恩師を侮蔑ぶべつしただけのクズになってしまうからだ。

 自分のした行動に意味を待たせたい。これを見返り前提ではないと、果たして言えるだろうか。言えないはずだ。


「向けるなら、グレイさんに……それと、リフさんには贖罪しょくざいのチャンスを……」


 旧友の裏切りに尻すぼみすることなく村を守り、その裏切りの事実さえも受け入れてしまうグレイ。向けれれるべき感謝は自分ではない。彼だ。

 だからグレイの言葉に、耳を傾けてほしい。


「分かりました…………それでも、私はイエギクさんに感謝しています。これは一生、変わりません」


「……はは、参りましたね。じゃあ、素直に受け取っておきます……」


 真摯な男の顔に見据えられ、シュウはバツが悪そうにこめかみを掻く。

 見返りを求めた行動であっても、事実を吐露しても、意見を変えない彼に温かさを感じる。受け止めることも大事だ。


「じゃあ、罠づくり始めちゃいましょうか!」


「はい!」


 シュウは揉み解した樹皮で、輪縄作りを再開した。




——視点はグレイへ

 

 もう一箇所、小湖から西側に獣道の前に二人の男。胡坐をかいて、輪縄を作るグレイと村の男だ。


「グレイ。僕はまだ、リフのことを許せていない」


「……理由はやはり、あいつが裏切り者だからか?」


 会話が無かった重い空気に切り口が入り、中身と外身が入れ替わっていく。精彩なものとは程遠いが、それでも会話が始まるのはいい兆しであった。そして、その会話の内容がリフに関する事なら、尚のことである。


「そうだ。でも、打ち明けてくれたことへの誠意。それには答えたい」


「ほ、本当か!?」


 グレイは輪縄作りの手を止め、太ももに両手を打ち付けながら顔を前に出す。


「あぁ……君が嘘を吐くのが下手なのは、知っている。真っすぐな君が、彼を許すチャンスをくれと言ったんだ。ミレナ様とあの青年の気遣いを、村の者全員が感じているだろう。命を救ってくれた人に、仇は返したくない」


 男の言葉はグレイが望んだ言葉そのものであった。


「すまない……ありがとう。シリ」


 頭を下げ、謝意を伝えるグレイ。豁然かつぜんと、亀裂の無い未来が見えてきた。




——視点はミレナへ。


 小湖の東側。

 ミレナと少年の獣道には、既に罠が置かれている。手本で作った輪縄の時間分だけ、早く終わったのだ。

 ミレナは余った時間を、リフとペアの少年の静観に務めることにした。


「ミレナ様……」


「う!? え!? どうしたの?」


 木の後ろから、リフ達を覗き見るミレナ。プリっと華奢な尻を突き出す彼女の後ろ——少年から唐突に声を掛けられる。

 仰天。身体をビクッと跳ねさせるミレナは、いかにも分かり易い態度を取ってしまう。


「あぁ、その……リフさんのこと、俺は信じたいと思っています」


「何のことかなぁ? 私、さっぱり——」


「気を遣ってもらわなくてもいいんです。村の皆も、きっと気付いてますよ……ミレナ様やイエギクさんが、グレイさんとリフさんを皆から嫌われないようにって、してるの」


「気づいてたんだ……」


 白を切ろうとするミレナに、少年の声質は静謐せいひつさを増す。

 少年の向き合う姿勢に、そっぽを見て飄々(ひょうひょう)としていたミレナの表情が真剣なものに一変した。


 気付かれていた。上手く隠して、自然に当人同士で傷を癒すことができないかと考えていたのだ。


 ミレナは嘘を吐けないタイプだ。本人に苦手な自覚もある。吐くのが苦手なのは、吐きたくない性格が大きな影響を与えている。

 その嘘を誤魔化そうとするならば、墓穴を掘ってしまうほど始末が悪い。


「リフさんに、俺、森の中で魔獣から守ってもらったんですよ。覚えてますか……?」


「うん。覚えてるわ。私も森に探しに出たもの……リフの後ろにピッタリ付いて返ってきたのは、はっきり覚えてる」


 時をさかのぼり、事件が起きたのはリフがモワティ村に赴任してから二月後の話になる。


 山の雪が解け始め、下敷きになった山菜たちが姿を現す頃合だ。

 その日は村の男達が総出で、少年を見つけようと夜の山の中を探し回った。彼らが村に戻ってきたのは深夜を回ったころだ。

 リフの手を握って戻ってきた二人の少年の姿は、今でも印象的である。


「あはは……その日、母ちゃんに怒られて、山菜を必要以上に取って来て、見返してやろうって考えたんす……リフさんと罠作ってるアイツも同い年で、山菜取り当番でした。友達同士だから、あいつ、俺の悪乗りに乗ってくれて……」


 片親だけの少年と、兄だけがいる少年。彼らはその境遇故か、意気投合するのが早かった。村の中でも、仲良し少年ということで有名だ。

 畑仕事や井戸の水汲み。山菜取りに厩舎きゅうしゃの手入れまで、よく二人で仕事をする姿が見受けられた。


「目標数の倍ぐらい取ったんすよ。帰り支度をする頃には、もう夕暮れ時で……急いで帰ろうって、山積みになった籠を抱えて走しってたら、道に迷っちゃって……そんな時、魔獣に出くわしたんです。俺たち逃げるのに必死な所為で、折角取った山菜も全部無くしちゃって、木の中に二人で隠れたんです。寒さに凍える中、また魔獣に見つかって、絶対絶命って時に、リフさんが……」


 訥々(とつとつ)と思い出話を紡いでいく少年。

 幼い子供が死地に合い、誰かに救ってもらう。それは、その子供にどれほどの感銘を受けさせるのだろうか。救ってもらった本人にしか分からないのかもしれない。

 事実、少年の母親はリフを忌避している。肉親の救済であっても、心は動かなかったのだ。


「リフさんがいなきゃ、本当に死んでたと思います……信じたいんです。リフさんのこと……人間はまだ怖いですし、裏切りのことも整理ついてないですけど……それでも俺! 村の皆に、リフさんを嫌いになってほしくないんです!」


 鬱屈な関係にさせまいと、はかりごとを自身で設けておいて、一番良しとされることを排斥していた。

 今まさに少年の言った言葉が、ミレナの一番欲しいものだったのだ。


 周囲のお節介なく、当人同士で仲直りするのが一番いいのは分かりきったことだ。分かりきったことだから、盲点でもあった。


「ありがと、エイ……一つ、頼んでいいかしら?」 


 ミレナは優婉ゆうえんに微笑み、人差し指を唇に当てがって少年に頼み込む。


「はい! 何なりと!」


「村の皆に、リフのこと信じてほしいって言ってくれるかしら?」


「喜んで!」


 快諾かいだくと共に、少年は右手を空に翳してサムズアップ。その面白おかしい格好にミレナは頬を弛緩させた。


「ありがと! きっとリフも喜ぶわ」


 モワティ村は安泰の一途を辿りそうだ。





——視点はリフへ。


「あ、あの!! リフさん! 少し、話をしていいですか?」


 以前の細身の身体よりも、更に痩せ気味な体になったリフ。見ただけでも目を背けたくなる痛ましさだ。彼に声を掛ける少年もまた、その容姿に煩慮はんりょしていた。


「えぇ、いいですよ。どうかしましたか、ション君?」


「俺! リフさんのこと信用したいっす! 村の皆にとっては、リフさんのしたこと、許せないのも分かります……」


 作業中のリフは、何事かと手を止め少年を見据える。心配させまいと、空元気で笑顔を作るリフ。守る者の為に、弱い部分を直隠す一人の男の在り方。その姿は、騎士さながらの風貌と言っても差し支えない。


 少年の言葉に、彼を理解できない者に対しての憤りが孕む。


「うん、僕がしたことは赦されないことだ……イエギク君とミレナ様、それとグレイがいなければ、僕は打ち首でもおかしくなかった……」


「グレイさんがリフさんのこと打ち明けた時、兄貴がこう言ったんす……リフさんが俺を助けたのは、村から信用を買う為だって……弟の命を出汁に使いやがったって……ミスしたのは俺なのに、それ聞いた時、俺すっげぇ頭に来て……兄貴に、ふざけんな! って怒鳴ってやりました」


「ション君…………」


「助けてもらった時、リフさんが怒ってくれたこと……すげぇ嬉しかった。あのこと知らないから、兄貴は最低なこと言ったんだって思ったんす。でも、その気持ちは兄貴だけじゃなくて、今めちゃくちゃ複雑で……だから、今回の食事会終わった後に、思いっきり言ってやろうって、エイと考えたんです……」


 リフの本音が聞きたいと、その欲を源泉に言葉を紡ぐ。


 関りが深くない相手だから、酷いことを言えるのだ。酷い扱いができるのだ。彼の性格を知らないから、騎士としての在り方を知らないから。

 そういった負の包括ほうかつを根絶やしにするために、同い年のエイと親睦会の企画に乗り出たのだ。

 唾棄だきされたのなら、子供だからといって言葉に耳を傾けないのは間違っている。そう言ってやると、ションは心に決めていた。


「リフさん! 俺、絶対に村の奴ら全員信じさせてやりますから! だから! その! 何か、よろしくお願いします!!」


「…………ありがとう。ション君とエイ君は本当に優しいんだね」


「えへへ、優しいっすか……照れますね」


 その諸目にうっすらと涙を浮かべながら、感謝を伝えるリフ。彼の言葉に、ションは下を見ながら右手で後頭部をさすった。


——そういった過程を挟み、罠作りが終了した。




※ ※ ※ ※ ※ ※

  



 翌朝、同じくオパールグリーンに染まる小湖。集まっているメンバーも昨日と同じだ。唯一違う点は、草木に囲まれている木陰から、シュウとミレナが静観していることだけだろう。


「こっち、引っ掛かってないです」


「こっちもだ」


「俺も成果無しですね……ションは?」


 エイが言葉を切り出し、シリが相槌を打つ。遅れて寄ってきたレコンが便乗し、最後の希望であるションの居場所と成否を問うた。視線が彼の友達であるエイに集まり、


「まだ来てないのですね……お、噂をすれば」


「皆ぁぁ!! 罠作動してた!! 引っ掛かってたよ! でっかい鹿が!!」


「「「おぉぉぉ!!!」」」


 喜色満面に手を振っているションの後方——リフの背中に乗るオスの鹿。その姿を見て、全員が驚嘆符をあげる。


「ミレナがやったんじゃないよな?」


「とうっぜん……使ってたら今頃動けなくなってるもん」


 遠巻きで見守りながら、ふと疑問を口にする。

 そのシュウにミレナは理路整然と言ってみせる。確かにと首肯して、シュウは「だよな」と納得顔で返した。

 自然の恵みに、催し物に参加してくれた彼らの厚意に、企画してくれたミレナに感謝だ。


「シュウ。私達も」


「おう」


 突き出された小さい握りこぶしに、大きな握りこぶしを合わせて、お互い成果に喜び合った。


 みんなで協力して食べたジビエ料理は、最高に美味しかった。

 リフが村に馴染めることを、ひとえこいねがう。

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