第27話 俺に任せろ
凄まじい闘いが繰り広げられる森の中。
殴り合って血を流し合う白蛇の男と獣人のヴォルフ。
「ラァッ!!!」
獰猛に叫び、ヴォルフは男に向かって拳を叩きつける。対する男は、ヴォルフの拳を跳躍して避けた。拳は的に当たらず、地面へと突き刺さって大地を抉るのみ。
跳躍した男はそのまま、樹木と樹木を足場に空中へ移動。地面から拳を引き抜こうとしているヴォルフに向けて、中程度の尖石群を射撃する。
「フッ! ンッ!!!!」
ヴォルフは拳を引き抜くのを中断し、空いた片方の手を地面に。両腕を駆使して地盤を抉り出し、それを使って飛行してくる尖石群ごと男に投擲する。だが地盤は男に当たらず、抉られた樹木が軋みながら、緩慢に地面へと落下するのみ。
同時に、
——あいつはどこに消えた!?
見失った男。
周りの樹木を見渡しても、男の姿を捉えることが出来ない。一体どこに。
——風を切る音……
「真上かッ!?」
真上。ヴォルフは後ろに退いた。直後、男と抉られる地面。
「————ハッ!!」
「ッがァ!?」
土煙と抉られ砕けた土が舞う中、男はヴォルフに突貫する。
反応が遅れたヴォルフは、男から一発二発と攻撃を受けてしまう。
「このまま!」
男は勢いに乗って、攻撃を続けようと拳を固めて振るう。だが、
「しゃらくせぇ!!」
ヴォルフは男の拳を胴体に喫しながらも反撃した。
互いが互いの攻撃に怯み、転瞬の後、攻撃を再開する。
勢いのまま殴り合い蹴り合い、ぶつけ吹き飛ばし合い、蹴り上げ叩き伏せ合う。
「「————ッ!!」」
男の顔面にヴォルフの右ストレートが。ヴォルフの腹に男のボディブローが抉り込まれる。
「カァッ!?」「グゥッ!?」
二人は互いに嘔吐きながら、後方に吹き飛んだ。
——あれや!
ヴォルフは口から垂れる血の混じった唾液を、腕で無造作に拭き取り、視界に入った岩を持ち上げた。
それから、膝に当てて砕き割り、
「オラッ!!」
男に投げつけた。しかし、対面する男は軽々と身を翻して跳躍。攻撃を避けられてしまう。
周囲に土煙が舞っただけの、掠りもしない無意味な攻撃。徒労。
いや、それは違う。避けられてもいい。
——ヴォルフの狙いは、
「ッ!!!」
「ナニッ!?」
——不意打ちだ。
ヴォルフは投げつけた岩——そこから生じた死角を使って縫い進み、男に悟られることなく接近。驚き目を見開く男の左腹部に目掛けて、低い体勢から総身の拳を打ち込んだのだ。
「グゥっギ!?」
ヴォルフはすかさず、怯む男に向かって右ストレートを打つ。
直撃すれば、プロテクションで身体を固くしていたとしても、深手は免れない。
「馬鹿が!!」
そう言い放ち、ヴォルフの直進攻撃を男は左に避けた。そして、右ストレートを打ったまま前進を止めないヴォルフの顔面に、右拳を入れ込んだ。
「バァウァ!?」
カウンターを狙われてしまったのだ。
数歩引き下がり、千鳥足のようにふらつくヴォルフの胴体に、男は両拳で四発の追撃。防御が出来るわけがないヴォルフの身体は宙を舞い、後方の岩まで突き飛ばされた。
「クトゥッ!? ぁぁ……だ、まだ、や!」
背を預けている岩群に、ヴォルフは腕を食いこませる。「ぬッ!!」と力む声を上げながら筋肉を隆起させ、背後にあった岩をなるべく多く、男に投げつけていく。
「最後の足掻きがそれか!! 同じ行動、それに加え満身創痍で威力もお粗末! 甘い! 甘いぞ!!」
男はそう言いながらステップを踏んで躱していく。そうして、動きの鈍くなったヴォルフに最強の一撃を食らわせる為、飛び上がった。
「そりゃ、百も承知や……」
嘲笑してきた男に、ヴォルフはそう嗤い返した。
男の周囲は、先ほど投げた岩で囲まれている。ヴォルフは最後の力を振り絞り、一番大きい岩を上空へと放り投げた。
それもただ、男に向かって直線的に投擲するのではなく、弦を描くようにだ。
——そこには最後まで残していた、最高の切り札があった。
この嗤いが負け惜しみにならないように、機を窺い続けた布石で決める。
右手を突き出し、人差し指と中指を上に。
「ぶっ潰れろや!! ストーンクラッシュ!!!」
発動した魔法は上位の土魔法『ストーンクラッシュ』。中心にいる対象に巨大な岩を引き寄せて、押し潰す併合魔法だ。
「クッ!? プロテクション!!」
「もう遅いわ!!」
プロテクションの重ね掛けで、男は身をより強健にしようとするが、屋上屋を架すとはこのことだ。
男の真上にあった岩が、倏然と真下に。頭へと直撃し、そのまま男を落下させる。そして真上にあった岩を劈頭に、散りばめられていた岩群が一つ一つ、男に飛びついて行く。
プロテクションは攻撃を受ければ受けるほど、時間が経てば経つほど、攻撃すればするほど効果が薄まっていく。
打ち合った数はもう四十近い。既に一度目のプロテクションの効果は虚弱になっているはずだ。
その虚弱な膜上に多少の膜を張ったところで、迫りくる岩を全て防ぐのは不可能。
——最後の一撃、遺漏なく味わえ!!
「こ、この程度でェェェェ!!!!」
岩群は鈍い破砕音を鳴らしながら、男を圧縮。石の破片を飛び散らせて、男を完全に押し潰した。
男を潰した岩の塊は、何事もなく地面に落っこちる。
「やってやったぜ、こん畜生……」
ヴォルフは大の字で寝転がった。
オドを酷使した所為で、身体に重りが付いているかのように動かない。だが、勝った。勝利したのだ。
辛勝の余韻——この倦怠感と疼痛も、今だけは心地よい。
「少し遅めだが、恩返し成功、やな……」
臥しながらヴォルフは呟いた。
木々の隙間から見える二つの月を見て、ヴォルフは胸に手を当てる。それから、空に拳を翳して指を差した。
神に、恩師に向けて感謝の意を込めたジェスチャー。グレイに教えてもらった、南の離島に伝わる、心——オドを『捧げる』『尽くす』という意味を持ったサインだ。
「感謝や。グレイさん」
一仕事終えた後の美酒が飲みたい。後の事は任せてふて寝して、目を覚ましたら万事解決となっていないものか。それでグレイを誘って、朝まで酒を飲み明かしたいものだ。
到底、叶わない欲望だろうが。
「ヴォルフの兄貴!!」
「ヴォルフ様!? 無事ですか!!」
「おぉ、おまんらか……やってやったわ、勝ったで! そっちは?」
「上々!! 全員眠ってら!」
残党を拘束し終わり、憂い気に寄ってきたポポットとシュアシュ。ヴォルフは彼らにサムズアップして答え、上体を起こした。
二人が来た方向に、木に縛り付けられている残党が見える。捻挫や骨折はしているだろうが、死亡者はいないようだ。問題ない。
「すげぇなぁ!! 流石兄貴——ッ」
瓦礫が動く音に、ポポットの声が途切れた。
音が鳴った場所は、岩で圧死したはずの男の方からだ。
「なんやて……」
ヴォルフ達は一斉に振り向いた。
プロテクションの効果は切れたはずだ。となれば、肉体の硬さだけで攻撃を防ぎ切ったことになる。
驚嘆せざるを得ないタフネス。
自ら世界に、組織の名を号する白蛇だ。時を経て、遠い辺境の土地に流れ渡った見聞でさえも、山奥にある村の噂でさえも、色褪せることのない鮮明な脅威。
不覚。慢心など許されない組織であった。
視線の先にある瓦礫の中から、おもむろに血塗れの男が立ち上がった。
ポポットとシュアシュは武器を構え、ヴォルフを守ろうと前に出る。だが、ヴォルフは守られるだけの男ではない。彼もまた、ふら付きながらも立ち上がった。
とはいえこの状況、不利なのは男の方である。ポポットとシュアシュは腐っても土魔法師の騎士。三対一で満身創痍の男に負ける可能性は——、
「まだ、しね、ん……」
違う。自分が思索して辿り着いた答えに、男が気付かないはずがない。
何故なら、自分の身のことを一番理解しているのは、自分だからだ。それに、本当に勝利を目指しているのなら、虎視眈々と機会を窺うのが普通であるからだ。
だがそうしない。何より、
「構えなくてええ。どうやら、殺気はないようや……」
男から殺気が微塵も感じられない。その事実が、男に戦意がないことを綴っていた。
制止の合図を出すヴォルフに、ポポットとシュアシュは戸惑いながら後顧する。ヴォルフは二人に首を振った。一拍の間を置き、ポポットとシュアシュは武器を収める。
信頼に足る兄に言われたのだ。信じる判断を取った彼らの仲の深さたるや、言うに及ばず。
「俺を、斃し、うる存在に、言の、葉を伝えろと、指示されて、いた……」
恍惚と魅せられたように、空に向けていた瞳を地に落とし、男は自身の懐を矢庭に弄り始めた。
再度、警戒心を身体に表すポポットとシュアシュ。
意外も意想外。果たして、その二人の予想の斜め上を行く結果となった。
「その花は、真実、という、意味を持つらしい……」
男は白い花を、ヴォルフ達に投げやったのだ。
その所作は、先程まで猛々しく死闘を繰り広げていた男とは思えないほどの、仁愛に溢れたものであった。
「真実を、知りたいか……俺を、探し出し、認め、させること、が、出来れば、真実を教えて、やろう、とな……」
訥々と、血を流しながらもしゃべり続ける男。
その誰かを敬信するような行動を見たヴォルフは、達観してしまった。
——まさかこの男、自死するつもりでは……
「ふ、ははは……術が郷愁で解けるとは……我、ながら、女々しい、な、ふはは……俺の本懐、果たせ、たぞ……ぅクッ!? 悪く、なかった、ルイス……」
「待つんや!」
ヴォルフの止める声を無視して、男は立ったまま、自らの手で自身の胸を貫いた。そして口から吐血し、胸から大量の鮮血をまき散らして、仁王立ちのまま果てた。
最後に囁いた人物の名前。どうしてか、男の境遇が自分と似ているとヴォルフは感じてしまった。
そう思ったのは、男の言葉に感佩の色がこびり付いていたからだ。
『恩返し、か。良い理由だな』
ヴォルフは頭を掻きむしり、
「初めてや、闘いで嫌な気分になるのは……後味わるいで、こりゃ」
自分を殺したようで、忍びなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「勝負あったな、リフ。その手ではもう、剣は握れまい」
「だったら、何故私を斬らないのですか! 私は裏切り者なんですよ!!」
前回の世界線と同様——立っていたのはグレイで、彼の前で膝を付いていたのはリフだった。
弾劾してくれ、糾弾してくれ、切り伏せてくれ。そう言い募るリフに、グレイはこう返した。罪を償うからこそ、楽な道を歩ませるつもりはない、と。
「なら私にどうしろと? このまま生き恥を晒せというのですか!」
その融通の利かない言葉を否定し、否定され、リフはグレイが嫌いだと言った。王や強い騎士、民衆が許せないと言った。
眩しく強い騎士達や王は強いから、民衆は守ってもらう為の対価を払っているから、弱い騎士達の死を受け入れられるのだと。弱者の気持ちを知らないのだと。だから裏切ったとリフは言った。
死んでいった騎士達が報われない世界が、彼らの死を平気で受け入れられる強者や民衆が、彼らを守れなかった自分の拙劣さが、憎くて仕方なかったとリフは吐露した。
そうだと邪推して、死んでいった騎士達が報われ、弱者が救済される世界にする為裏切りを、己の弱さを肯定したと。優越感に浸っていただけだと。
結局、自分は矮小で僻者なだけだったと、リフは万感を述懐した。
「違うさ。邪推でも、矮小でも、僻者でもない。実際にそうだった。俺も、死んだ騎士のことは深く考えてはいなかった。弱い者が死に、強いものが生き残る。仕方のない事だと割り切って、俺は自分の研鑽と、目の前の仕事にしか目を向けていなかった。他の上級騎士や最上級騎士もそうだろう。それは王も例外ではない。守られている民衆もだ……お前の義憤は、託けのそれではない」
強者は皆高みだけを目指して駆け上がっている。民衆はその強者に護られ、敬って生きている。
だが、志半ばで斃れた弱者はどうだ。
駆け上がれた者、護られている者の殆どが、志半ばで斃れた者を見ていない。見ていないからこそ、仕方のない事だと言えてしまう。何も感じない。
リフは頭がいいから、分かってしまったんだ。だから怒っている。
弱者が救済される世界にする手助け。弑することも辞さない。
悩み悶えて弱っていたリフにつけこみ、彼を裏切りへと引き込んだ教唆犯がいる。
許せない。そいつだけは、確実に報いを受けさせなければならない。
「だが、この裏切りだけは間違っている。お前がやっているのは、今生きている騎士を、死んで尚報われていない騎士達をも侮辱する行為だ。賊は、絶対に止めなくてはならない。だからこそ、お前を殺しはしないし、殺させはしない。リフ、戻ってこい」
「でも! 僕はグレイの隣に立つ資格はない! この身は、僕は……」
リフは今更戻れないと。戻るには遅すぎると。それは許されないと。戻りたいと必死に訴えるような顔を横に振って、慚愧する。
だからグレイは、
「わかってる。これから、お前は裏切り者の罪人として見られるだろうし、騎士の称号も剥奪される。それは仕方のないことだ。戒めでけじめだ。でもな、俺は今も昔も、そしてこれからも、お前の味方だ。お前が苦しんでいたのに、気付いてやれなくて、すまなかった……だから、俺の手を取ってくれ。お前の考えを世間に聞かせる為にも……」
リフが素直に戻って来れるように、寛恕な心と態度で向かい入れた。
リフは、それでも君は許してくれるのかと、万感を乗せた眼差しでこちらを見上げてくる。
「俺に教えてくれ、馬鹿な俺に、聡明なお前が諭してくれ。それなら、俺も少しはマシな男になれる。だから頼む。リフ……」
グレイが、そっとリフに向けて手を差し出す。
この人は昔から変わらず、強く芯のある正直者だと、そう言いたげにリフは手をあげた。
恐る恐ると、逡巡はあった。躊躇いはあった。
それでも、リフが手をあげてしまったのは、グレイとの熱く色濃く残った過去の記憶があるからだ。幼さが残る、大人になり切れていない時に見た夢が、まだ心の中に残っていたからだ。
互いに目指した、清く壮健な騎士の姿。
『大人になったら必ず、僕がグレイを越えてみせる!!』
『そうだ! 俺を越えてみせろ!! リフ!!!』
昔、交わした言葉を思い出す。
「弱者救済、か……」
——それをするのに、何も、騎士である必要なんてないもんな……
「リフ、お前はもうとっくの前に、俺を越えていたんだな」
目を瞑って、郷愁に浸るグレイ。
グレイはリフから「グレイ……」と呼ばれると、目を開けて彼を立ち上がらせた——引き戻した。
「追い越されちまったら、追い抜かさねぇといかねぇな……」
引き戻したグレイが照れくさそうに笑うと、引き戻されたリフも笑い返す。
あの時も、グレイが差し出した手をリフが取っていた。そしてグレイが手を引いて、腰を降ろして拗ねていたリフを立ち上がらせたのだ。
大人になるにつれて、失いかけていた過去の記憶。摩耗した友情が、ここで照らし合わされたことによって、修復されていく。
郷愁が二人の男を、空いた穴を塞ぎ、切れたはずの思いを繋げ、大切な友情を元に戻したのだ。
それは誰もが持つ大切なものでありながら、値段が付けられない程の無類な友情だ。値段を付けようとすること自体が烏滸がましい、ありふれた物語だ。
掛買いの無い思い出なのだ。
「知らせていこう、広めていこう。それで死んじまった騎士の墓の前で、お前は凄い、よく頑張った、お疲れさまって、酒を掛けてやろうぜ……」
「お酒が飲めない子とか、嫌いな子もいるから、流石に酒を掛けるのは駄目だよ。グレイ……」
そう言われ、グレイは「それもそうか!」と笑い飛ばす。
そんな大雑把でありながら、優しく仲間を慮れるグレイに、リフは「ははは……」と思わず笑みを浮かべてしまった。
——かつてないほどに、二人の間には深い友情が結ばれた。
「あぁーあ、いけないよね。そいつの殺しは君に任せたのに、今だって絶好のチャンスだっていうのにさ、なに郷愁に浸ってんの? そういうの、物語の中でだけでやってくれるかな? 現実で実際にやってるとか、マジでいってるの? それも男同士で……」
「なっ! レイキ殿——」
それと同時。前回の世界線と同様、グレイとリフの深い友情を引き裂き、熄滅しようとする詐欺師が姿を現した。
「させねぇよ、クソ野郎が……」
——そうだ。
——前回と違う今回なら、その悪しき存在が知覚されている今なら。
——二人の深い友情が結ばれて然るべきなのだ。
エルフの少女を抱えて、蒼眼の青年が空から現れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
グレイとリフを見つけ、二人に駆け寄ろうとした直前。彼らの背後に子供が立っていたのを、シュウは足を止めて見た。
この場に子供。巻き込まれた訳がない。迷子である訳がない。何よりこのタイミング。
あの子供は光屈折操作を駆使し、他者に成りすます金髪の詐欺師だ。
子供だから危険はない。子供だから助けなければならない。
そういった思考の裏を突く為、子供に変装しているのだ。事前情報が無ければ、神将でさえも殺されてしまうだろう。
「させねぇよ、クソ野郎が……」
木の上に上り、死角を使って接近。
奇襲によって、金髪の詐欺師とグレイ達を分断する。
「ウィンド!」
「「「——ッ!?」」」
詐欺師に風の刃を放つが、奴は寸前で後方に回避。驚く三人の間——グレイ達と詐欺師の間に、小さい風の刃が割って入る。
グレイ達と詐欺師の距離が離れた。
一瞬ではあるが分断に成功。
——この上首尾の波に乗って、反撃を許さずに畳みかける!!
「「ミレナ様ッ!?」」
「ちッ!!」
上空から登場したシュウとミレナに、グレイとリフは目を丸くする。
詐欺師は語るまでもない。
「————ッ!!」
虚を突いたことで発生した刹那の時間を使い、シュウは子供——金髪の詐欺師の顔面を殴った。
身体を明滅させながら詐欺師は吹き飛ぶ。
平たい。鼻を殴った感触がない。それどころか、骨の感触すら無かった。
体の大きさに、一回り程の差があったのだろう。子供の顔面を狙った攻撃は、詐欺師の腹部やや上に接触した感覚だ。
「本当に、子供の顔殴っちゃった!?」
「こんな場所に、ガキ一人だけでうろついてるわけねぇだろ! 追撃だミレナ!!」
「あぁ! はいぃ! ブリザード!!」
目を瞑りながらミレナが放ったのは、上位の氷魔法『ブリザード』だ。追撃に最高火力のフィンブルを使わなかったのは、単純に周囲の仲間を巻き込んでしまうからである。
それを顧慮し、詐欺師だけに攻撃を被らせるための結論が、ブリザードである。
「グレイさん!! わりぃがここは引いてくれ!! 言いたいことは色々あるだろうが、ここは俺が引き受けるからな!!」
仕留めるつもりで打ったが、仕留めきれたとは慢侮しない。
かといって、追撃をするつもりもない。
馬鹿をした幼馴染を、馬鹿が引き戻したのだ。
詐欺師に不意を突いたことで生まれた時間。その微かな時間を、今はグレイ達が逃げ切るために有効活用する。
「なッ!? 待て! これは一体どういう!?」
「だから、言いたいこと色々あるだろうけどって言ったよな!? 俺!?」
人の話を聞いていないグレイに、シュウは憮然と発する。
「——グレイ! ここは彼に任せよう!! 彼が殴った少年は偽物!! 今の僕達では、到底敵わない相手だ!! 僕たちは他の騎士達を連れて逃げる!! 詳しい説明は後だ!!」
「頼むグレイさん!!」
「だが、しかしッ!」
リフとシュウから勧告されても、行動に移し切れないグレイ。
とはいえ、グレイに非がある訳ではない。訳の分からない状況だ。状況を飲み込むまでに、ラグが生じるのは当然の成り行きではある。
何か一言、グレイを撤退させるための頭の良い一手はないものか。
思惟する。この馬鹿を一発で分からせる方法。
「任せッ! いや……」
一つだけあった。グレイから教えてもらったジェスチャーだ。
拳を自分の胸に当てて、相手に向けて指を差す仕草。今回の世界線では貴賤の無い間柄ではないが、こういった意想外なやり方にグレイは滅法弱い。弱いはずだ。
裏切ったリフを許してしまうのも、彼の根が優しい性格が故だ。
シュウは胸を叩き、快然と拳を突き出して、
「全部俺に任せてさっさと引退しやがれ!! この馬鹿おっさんが!!!」
裂帛の声と気迫でグレイを指さした。
「お前、何故、そのジェスチャーを知って……」
戸惑うグレイ。でも、彼の腑に落ちないような顔色は瞬時に反転した。
——未来を知っている。
その謎の発言とシュウの行動が今、グレイの中で繋がる。
「いや、そうか……わかった!! 任せたぞ!! この馬鹿ガキが!!!」
「あぁ、任せろ!!」
男と男——任せろと言い、任せたと言われたのなら、言葉はもう必要ない。
「例え、何年顔を合わせていなくても、初対面であったとしても、息が合う男同士ってのは、壁を諸ともしないものなんだよ!! なぁ、師匠!! そうだろ!!!」
師匠が言いそうな言葉を、シュウは豪胆に発した。今は講釈される前に「そうだろ」と、問えるくらいには成長出来た。
憧れの存在に、少しだけ近づけたと思う。
走っていく二人の姿をシュウは見ない。それは、信用しているからだ。
前の世界線で、ミレナから教えてもらった言葉にもあった。信じたいから信じる。信じてもらいたいから信じる。信じられているから信じる。
過去から得た教訓をかみ砕き、自分のものとして摂取する。
——グレイさんと俺はもう仲間だ!!
「クソ! が!! 空気ぐらい読めよ!! 人の悦を折るなァァ!!!」
身体を覆っている氷を、光線で粉砕して脱出する詐欺師。激昂し、顔は利己的な怒りで満ち満ちている。
客観的で、言っていることは至極真っ当だ。だが、言葉に出来ない歪さ。自分のことを棚に上げる程度の、ちゃちなものではない。奴は客観の範疇に他人を含んでいないのだ。
それが詐欺師の傲岸不遜さを際立たせている。
「てめぇに対しての嫌味か? 自重したんなら、そのままそこで突っ立ってろや……直ぐにその息、止めてやるからよ……」
元の姿に戻っている詐欺師に向かって、シュウは両足を広げて構える。それから、背中に乗るミレナの後頭部を軽く触り、
「ミレナ……お前は魔法を当てることだけに集中しろ。後のことは、俺がやる」
「え? あ、うん! わかってる。ここまでの闘いで、腕も温まってるし、絶対に外さないわ……任せたわよ」
そのシュウにミレナは、彼の頬を両手でぶにゅっとして言い切った。
ならば、もう言う事はない。シュウは「おう!!」と返す。
「舐めやがって! クズが!! 謝っても許さないぞ!! 人を不快にさせたんだ! 僕のことを見習いながら死んで、その浅ましい罪を償え!!」
感情を爆発させる詐欺師の身体から光線が飛び散り、近くの木々が切り倒されていく。
ミレナがいるとはいえ、直撃したら致命傷だ。食らう前に仕留める。
最終決戦がここで始まる。
・シュウとグレイの掛け合いを見たミレナの心境
シュウ「全部俺に任せてさっさと引退しやがれ!! この馬鹿おっさんが!!!」
ミレナ(え!? 引退!? 馬鹿おっさん!?)
グレイ「わかった!! 任せたぞ!! この馬鹿ガキが!!!」
ミレナ(馬鹿ガキ!? シュウはともかく、グレイはほぼ初対面だよね!?)
・傲岸不遜なレイキに対して、シュウの発言を聞いたミレナの心境(レイキは詐欺師の名前)
シュウ「てめぇに対しての嫌味か? 自重したんなら、そのままそこで突っ立ったてろや……直ぐにその息、止めてやるからよ……」
ミレナ(シンプルに怖い!!)




