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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第一章 モワティ村の救済
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第27話 俺に任せろ

 凄まじい闘いが繰り広げられる森の中。

 殴り合って血を流し合う白蛇の男と獣人のヴォルフ。


「ラァッ!!!」


 獰猛に叫び、ヴォルフは男に向かって拳を叩きつける。対する男は、ヴォルフの拳を跳躍して避けた。拳は的に当たらず、地面へと突き刺さって大地を抉るのみ。


 跳躍した男はそのまま、樹木と樹木を足場に空中へ移動。地面から拳を引き抜こうとしているヴォルフに向けて、中程度の尖石群を射撃する。


「フッ! ンッ!!!!」


 ヴォルフは拳を引き抜くのを中断し、空いた片方の手を地面に。両腕を駆使して地盤を抉り出し、それを使って飛行してくる尖石群ごと男に投擲とうてきする。だが地盤は男に当たらず、抉られた樹木が軋みながら、緩慢かんまんに地面へと落下するのみ。


 同時に、


——あいつはどこに消えた!?


 見失った男。

 周りの樹木を見渡しても、男の姿を捉えることが出来ない。一体どこに。


——風を切る音……


「真上かッ!?」


 真上。ヴォルフは後ろに退いた。直後、男と抉られる地面。


「————ハッ!!」


「ッがァ!?」


 土煙と抉られ砕けた土が舞う中、男はヴォルフに突貫する。

 反応が遅れたヴォルフは、男から一発二発と攻撃を受けてしまう。


「このまま!」


 男は勢いに乗って、攻撃を続けようと拳を固めて振るう。だが、


「しゃらくせぇ!!」


 ヴォルフは男の拳を胴体に喫しながらも反撃した。

 互いが互いの攻撃にひるみ、転瞬てんしゅんの後、攻撃を再開する。

 勢いのまま殴り合い蹴り合い、ぶつけ吹き飛ばし合い、蹴り上げ叩き伏せ合う。


「「————ッ!!」」


 男の顔面にヴォルフの右ストレートが。ヴォルフの腹に男のボディブローが抉り込まれる。


「カァッ!?」「グゥッ!?」


 二人は互いに嘔吐えずきながら、後方に吹き飛んだ。


——あれや!


 ヴォルフは口から垂れる血の混じった唾液を、腕で無造作に拭き取り、視界に入った岩を持ち上げた。

 それから、膝に当てて砕き割り、


「オラッ!!」


 男に投げつけた。しかし、対面する男は軽々と身を翻して跳躍。攻撃を避けられてしまう。


 周囲に土煙が舞っただけの、掠りもしない無意味な攻撃。徒労。

 いや、それは違う。避けられてもいい。


——ヴォルフの狙いは、


「ッ!!!」


「ナニッ!?」


——不意打ちだ。

 

 ヴォルフは投げつけた岩——そこから生じた死角を使ってい進み、男に悟られることなく接近。驚き目を見開く男の左腹部に目掛けて、低い体勢から総身そうしんの拳を打ち込んだのだ。


「グゥっギ!?」


 ヴォルフはすかさず、怯む男に向かって右ストレートを打つ。

 直撃すれば、プロテクションで身体を固くしていたとしても、深手はまぬがれない。

 

「馬鹿が!!」


 そう言い放ち、ヴォルフの直進攻撃を男は左に避けた。そして、右ストレートを打ったまま前進を止めないヴォルフの顔面に、右拳を入れ込んだ。


「バァウァ!?」


 カウンターを狙われてしまったのだ。


 数歩引き下がり、千鳥足のようにふらつくヴォルフの胴体に、男は両拳で四発の追撃。防御が出来るわけがないヴォルフの身体は宙を舞い、後方の岩まで突き飛ばされた。


「クトゥッ!? ぁぁ……だ、まだ、や!」


 背を預けている岩群に、ヴォルフは腕を食いこませる。「ぬッ!!」と力む声を上げながら筋肉を隆起させ、背後にあった岩をなるべく多く、男に投げつけていく。


「最後の足掻きがそれか!! 同じ行動、それに加え満身創痍で威力もお粗末! 甘い! 甘いぞ!!」


 男はそう言いながらステップを踏んで躱していく。そうして、動きの鈍くなったヴォルフに最強の一撃を食らわせる為、飛び上がった。


「そりゃ、百も承知や……」


 嘲笑してきた男に、ヴォルフはそうわらい返した。


 男の周囲は、先ほど投げた岩で囲まれている。ヴォルフは最後の力を振り絞り、一番大きい岩を上空へと放り投げた。

 それもただ、男に向かって直線的に投擲するのではなく、げんを描くようにだ。


——そこには最後まで残していた、最高の切り札があった。


 この嗤いが負け惜しみにならないように、機をうかがい続けた布石で決める。

 右手を突き出し、人差し指と中指を上に。


「ぶっ潰れろや!! ストーンクラッシュ!!!」


 発動した魔法は上位の土魔法『ストーンクラッシュ』。中心にいる対象に巨大な岩を引き寄せて、押し潰す併合魔法だ。


「クッ!? プロテクション!!」


「もう遅いわ!!」


 プロテクションの重ね掛けで、男は身をより強健にしようとするが、屋上屋おくじょうおくを架すとはこのことだ。


 男の真上にあった岩が、倏然しゅくぜんと真下に。頭へと直撃し、そのまま男を落下させる。そして真上にあった岩を劈頭へきとうに、散りばめられていた岩群が一つ一つ、男に飛びついて行く。


 プロテクションは攻撃を受ければ受けるほど、時間が経てば経つほど、攻撃すればするほど効果が薄まっていく。

 打ち合った数はもう四十近い。既に一度目のプロテクションの効果は虚弱になっているはずだ。

 その虚弱な膜上に多少の膜を張ったところで、迫りくる岩を全て防ぐのは不可能。


——最後の一撃、遺漏いろうなく味わえ!!


「こ、この程度でェェェェ!!!!」


 岩群は鈍い破砕音を鳴らしながら、男を圧縮。石の破片を飛び散らせて、男を完全に押し潰した。

 男を潰した岩の塊は、何事もなく地面に落っこちる。


「やってやったぜ、こん畜生……」


 ヴォルフは大の字で寝転がった。


 オドを酷使した所為で、身体に重りが付いているかのように動かない。だが、勝った。勝利したのだ。

 辛勝の余韻——この倦怠感けんたいかん疼痛とうつうも、今だけは心地よい。


「少し遅めだが、恩返し成功、やな……」


 しながらヴォルフは呟いた。


 木々の隙間から見える二つの月を見て、ヴォルフは胸に手を当てる。それから、空に拳をかざして指を差した。

 神に、恩師に向けて感謝の意を込めたジェスチャー。グレイに教えてもらった、南の離島に伝わる、心——オドを『捧げる』『尽くす』という意味を持ったサインだ。

 

「感謝や。グレイさん」


 一仕事終えた後の美酒が飲みたい。後の事は任せてふて寝して、目を覚ましたら万事解決となっていないものか。それでグレイを誘って、朝まで酒を飲み明かしたいものだ。

 到底、叶わない欲望だろうが。


「ヴォルフの兄貴!!」


「ヴォルフ様!? 無事ですか!!」


「おぉ、おまんらか……やってやったわ、勝ったで! そっちは?」


「上々!! 全員眠ってら!」


 残党を拘束し終わり、憂い気に寄ってきたポポットとシュアシュ。ヴォルフは彼らにサムズアップして答え、上体を起こした。

 二人が来た方向に、木に縛り付けられている残党が見える。捻挫や骨折はしているだろうが、死亡者はいないようだ。問題ない。


「すげぇなぁ!! 流石兄貴——ッ」


 瓦礫がれきが動く音に、ポポットの声が途切れた。

 音が鳴った場所は、岩で圧死したはずの男の方からだ。


「なんやて……」


 ヴォルフ達は一斉に振り向いた。


 プロテクションの効果は切れたはずだ。となれば、肉体の硬さだけで攻撃を防ぎ切ったことになる。

 驚嘆せざるを得ないタフネス。


 自ら世界に、組織の名を号する白蛇だ。時を経て、遠い辺境の土地に流れ渡った見聞でさえも、山奥にある村の噂でさえも、色褪せることのない鮮明な脅威。

 不覚。慢心など許されない組織であった。


 視線の先にある瓦礫の中から、おもむろに血塗れの男が立ち上がった。

 ポポットとシュアシュは武器を構え、ヴォルフを守ろうと前に出る。だが、ヴォルフは守られるだけの男ではない。彼もまた、ふら付きながらも立ち上がった。


 とはいえこの状況、不利なのは男の方である。ポポットとシュアシュは腐っても土魔法師の騎士。三対一で満身創痍の男に負ける可能性は——、


「まだ、しね、ん……」


 違う。自分が思索して辿り着いた答えに、男が気付かないはずがない。

 何故なら、自分の身のことを一番理解しているのは、自分だからだ。それに、本当に勝利を目指しているのなら、虎視眈々(こしたんたん)と機会を窺うのが普通であるからだ。


 だがそうしない。何より、


「構えなくてええ。どうやら、殺気はないようや……」


 男から殺気が微塵も感じられない。その事実が、男に戦意がないことをつづっていた。


 制止の合図を出すヴォルフに、ポポットとシュアシュは戸惑いながら後顧こうこする。ヴォルフは二人に首を振った。一拍の間を置き、ポポットとシュアシュは武器を収める。

 信頼に足る兄に言われたのだ。信じる判断を取った彼らの仲の深さたるや、言うに及ばず。


「俺を、斃し、うる存在に、言の、葉を伝えろと、指示されて、いた……」


 恍惚こうこつと魅せられたように、空に向けていた瞳を地に落とし、男は自身の懐を矢庭にまさぐり始めた。

 再度、警戒心を身体に表すポポットとシュアシュ。


 意外も意想外。果たして、その二人の予想の斜め上を行く結果となった。


「その花は、真実、という、意味を持つらしい……」


 男は白い花を、ヴォルフ達に投げやったのだ。

 その所作は、先程まで猛々しく死闘を繰り広げていた男とは思えないほどの、仁愛じんあいに溢れたものであった。


「真実を、知りたいか……俺を、探し出し、認め、させること、が、出来れば、真実を教えて、やろう、とな……」


 訥々(とつとつ)と、血を流しながらもしゃべり続ける男。

 その誰かを敬信けいしんするような行動を見たヴォルフは、達観してしまった。


 ——まさかこの男、自死するつもりでは……


「ふ、ははは……術が郷愁きょうしゅうで解けるとは……我、ながら、女々しい、な、ふはは……俺の本懐ほんかい、果たせ、たぞ……ぅクッ!? 悪く、なかった、ルイス……」


「待つんや!」


 ヴォルフの止める声を無視して、男は立ったまま、自らの手で自身の胸を貫いた。そして口から吐血し、胸から大量の鮮血をまき散らして、仁王立ちのまま果てた。

 

 最後にささやいた人物の名前。どうしてか、男の境遇が自分と似ているとヴォルフは感じてしまった。

 そう思ったのは、男の言葉に感佩かんぱいの色がこびり付いていたからだ。


『恩返し、か。良い理由だな』


 ヴォルフは頭を掻きむしり、


「初めてや、闘いで嫌な気分になるのは……後味わるいで、こりゃ」


 自分を殺したようで、忍びなかった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「勝負あったな、リフ。その手ではもう、剣は握れまい」


「だったら、何故私を斬らないのですか! 私は裏切り者なんですよ!!」


 前回の世界線と同様——立っていたのはグレイで、彼の前で膝を付いていたのはリフだった。


 弾劾だんがいしてくれ、糾弾きゅうだんしてくれ、切り伏せてくれ。そう言い募るリフに、グレイはこう返した。罪を償うからこそ、楽な道を歩ませるつもりはない、と。


「なら私にどうしろと? このまま生き恥を晒せというのですか!」


 その融通の利かない言葉を否定し、否定され、リフはグレイが嫌いだと言った。王や強い騎士、民衆が許せないと言った。


 眩しく強い騎士達や王は強いから、民衆は守ってもらう為の対価を払っているから、弱い騎士達の死を受け入れられるのだと。弱者の気持ちを知らないのだと。だから裏切ったとリフは言った。


 死んでいった騎士達が報われない世界が、彼らの死を平気で受け入れられる強者や民衆が、彼らを守れなかった自分の拙劣せつれつさが、憎くて仕方なかったとリフは吐露した。


 そうだと邪推して、死んでいった騎士達が報われ、弱者が救済される世界にする為裏切りを、己の弱さを肯定したと。優越感に浸っていただけだと。

 結局、自分は矮小わいしょう僻者ひがものなだけだったと、リフは万感を述懐じゅっかいした。


「違うさ。邪推でも、矮小でも、僻者でもない。実際にそうだった。俺も、死んだ騎士のことは深く考えてはいなかった。弱い者が死に、強いものが生き残る。仕方のない事だと割り切って、俺は自分の研鑽と、目の前の仕事にしか目を向けていなかった。他の上級騎士や最上級騎士もそうだろう。それは王も例外ではない。守られている民衆もだ……お前の義憤ぎふんは、かこつけのそれではない」


 強者は皆高みだけを目指して駆け上がっている。民衆はその強者に護られ、敬って生きている。


 だが、志半ばで斃れた弱者はどうだ。


 駆け上がれた者、護られている者のほとんどが、志半ばで斃れた者を見ていない。見ていないからこそ、仕方のない事だと言えてしまう。何も感じない。

 リフは頭がいいから、分かってしまったんだ。だから怒っている。


 弱者が救済される世界にする手助け。しいすることも辞さない。

 悩み悶えて弱っていたリフにつけこみ、彼を裏切りへと引き込んだ教唆犯きょうさはんがいる。

 許せない。そいつだけは、確実に報いを受けさせなければならない。


「だが、この裏切りだけは間違っている。お前がやっているのは、今生きている騎士を、死んで尚報われていない騎士達をも侮辱する行為だ。賊は、絶対に止めなくてはならない。だからこそ、お前を殺しはしないし、殺させはしない。リフ、戻ってこい」


「でも! 僕はグレイの隣に立つ資格はない! この身は、僕は……」


 リフは今更戻れないと。戻るには遅すぎると。それは許されないと。戻りたいと必死に訴えるような顔を横に振って、慚愧ざんきする。


 だからグレイは、


「わかってる。これから、お前は裏切り者の罪人として見られるだろうし、騎士の称号も剥奪される。それは仕方のないことだ。いましめでけじめだ。でもな、俺は今も昔も、そしてこれからも、お前の味方だ。お前が苦しんでいたのに、気付いてやれなくて、すまなかった……だから、俺の手を取ってくれ。お前の考えを世間に聞かせる為にも……」


 リフが素直に戻って来れるように、寛恕かんじょな心と態度で向かい入れた。


 リフは、それでも君は許してくれるのかと、万感を乗せた眼差しでこちらを見上げてくる。


「俺に教えてくれ、馬鹿な俺に、聡明そうめいなお前が諭してくれ。それなら、俺も少しはマシな男になれる。だから頼む。リフ……」


 グレイが、そっとリフに向けて手を差し出す。

 この人は昔から変わらず、強く芯のある正直者だと、そう言いたげにリフは手をあげた。

 恐る恐ると、逡巡しゅんじゅんはあった。躊躇いはあった。


 それでも、リフが手をあげてしまったのは、グレイとの熱く色濃く残った過去の記憶があるからだ。幼さが残る、大人になり切れていない時に見た夢が、まだ心の中に残っていたからだ。


 互いに目指した、清く壮健な騎士の姿。


『大人になったら必ず、僕がグレイを越えてみせる!!』


『そうだ! 俺を越えてみせろ!! リフ!!!』


 昔、交わした言葉を思い出す。


「弱者救済、か……」


——それをするのに、何も、騎士である必要なんてないもんな……


「リフ、お前はもうとっくの前に、俺を越えていたんだな」


 目を瞑って、郷愁に浸るグレイ。

 グレイはリフから「グレイ……」と呼ばれると、目を開けて彼を立ち上がらせた——引き戻した。


「追い越されちまったら、追い抜かさねぇといかねぇな……」


 引き戻したグレイが照れくさそうに笑うと、引き戻されたリフも笑い返す。


 あの時も、グレイが差し出した手をリフが取っていた。そしてグレイが手を引いて、腰を降ろして拗ねていたリフを立ち上がらせたのだ。


 大人になるにつれて、失いかけていた過去の記憶。摩耗まもうした友情が、ここで照らし合わされたことによって、修復されていく。

 郷愁が二人の男を、空いた穴を塞ぎ、切れたはずの思いを繋げ、大切な友情を元に戻したのだ。


 それは誰もが持つ大切なものでありながら、値段が付けられない程の無類な友情だ。値段を付けようとすること自体が烏滸おこがましい、ありふれた物語だ。

 掛買いの無い思い出なのだ。


「知らせていこう、広めていこう。それで死んじまった騎士の墓の前で、お前は凄い、よく頑張った、お疲れさまって、酒を掛けてやろうぜ……」


「お酒が飲めない子とか、嫌いな子もいるから、流石に酒を掛けるのは駄目だよ。グレイ……」


 そう言われ、グレイは「それもそうか!」と笑い飛ばす。

 そんな大雑把でありながら、優しく仲間をおもんぱかれるグレイに、リフは「ははは……」と思わず笑みを浮かべてしまった。


——かつてないほどに、二人の間には深い友情が結ばれた。


「あぁーあ、いけないよね。そいつの殺しは君に任せたのに、今だって絶好のチャンスだっていうのにさ、なに郷愁に浸ってんの? そういうの、物語の中でだけでやってくれるかな? 現実で実際にやってるとか、マジでいってるの? それも男同士で……」


「なっ! レイキ殿——」


 それと同時。前回の世界線と同様、グレイとリフの深い友情を引き裂き、熄滅そくめつしようとする詐欺師が姿を現した。


「させねぇよ、クソ野郎が……」


——そうだ。


——前回と違う今回なら、その悪しき存在が知覚されている今なら。


——二人の深い友情が結ばれて然るべきなのだ。


 エルフの少女を抱えて、蒼眼の青年が空から現れた。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 グレイとリフを見つけ、二人に駆け寄ろうとした直前。彼らの背後に子供が立っていたのを、シュウは足を止めて見た。


 この場に子供。巻き込まれた訳がない。迷子である訳がない。何よりこのタイミング。

 あの子供は光屈折操作を駆使し、他者に成りすます金髪の詐欺師だ。


 子供だから危険はない。子供だから助けなければならない。

 そういった思考の裏を突く為、子供に変装しているのだ。事前情報が無ければ、神将でさえも殺されてしまうだろう。


「させねぇよ、クソ野郎が……」


 木の上に上り、死角を使って接近。

 奇襲によって、金髪の詐欺師とグレイ達を分断する。


「ウィンド!」


「「「——ッ!?」」」


 詐欺師に風の刃を放つが、奴は寸前で後方に回避。驚く三人の間——グレイ達と詐欺師の間に、小さい風の刃が割って入る。


 グレイ達と詐欺師の距離が離れた。

 一瞬ではあるが分断に成功。


——この上首尾じょうしゅびの波に乗って、反撃を許さずに畳みかける!!


「「ミレナ様ッ!?」」


「ちッ!!」


 上空から登場したシュウとミレナに、グレイとリフは目を丸くする。

 詐欺師は語るまでもない。


「————ッ!!」


 虚を突いたことで発生した刹那の時間を使い、シュウは子供——金髪の詐欺師の顔面を殴った。

 身体を明滅させながら詐欺師は吹き飛ぶ。


 平たい。鼻を殴った感触がない。それどころか、骨の感触すら無かった。

 体の大きさに、一回り程の差があったのだろう。子供の顔面を狙った攻撃は、詐欺師の腹部やや上に接触した感覚だ。


「本当に、子供の顔殴っちゃった!?」


「こんな場所に、ガキ一人だけでうろついてるわけねぇだろ! 追撃だミレナ!!」


「あぁ! はいぃ! ブリザード!!」


 目を瞑りながらミレナが放ったのは、上位の氷魔法『ブリザード』だ。追撃に最高火力のフィンブルを使わなかったのは、単純に周囲の仲間を巻き込んでしまうからである。

 それを顧慮こりょし、詐欺師だけに攻撃を被らせるための結論が、ブリザードである。


「グレイさん!! わりぃがここは引いてくれ!! 言いたいことは色々あるだろうが、ここは俺が引き受けるからな!!」


 仕留めるつもりで打ったが、仕留めきれたとは慢侮まんぶしない。

 かといって、追撃をするつもりもない。


 馬鹿をした幼馴染を、馬鹿が引き戻したのだ。

 詐欺師に不意を突いたことで生まれた時間。その微かな時間を、今はグレイ達が逃げ切るために有効活用する。

 

「なッ!? 待て! これは一体どういう!?」


「だから、言いたいこと色々あるだろうけどって言ったよな!? 俺!?」


 人の話を聞いていないグレイに、シュウは憮然ぶぜんと発する。


「——グレイ! ここは彼に任せよう!! 彼が殴った少年は偽物!! 今の僕達では、到底敵わない相手だ!! 僕たちは他の騎士達を連れて逃げる!! 詳しい説明は後だ!!」


「頼むグレイさん!!」


「だが、しかしッ!」


 リフとシュウから勧告されても、行動に移し切れないグレイ。

 とはいえ、グレイに非がある訳ではない。訳の分からない状況だ。状況を飲み込むまでに、ラグが生じるのは当然の成り行きではある。


 何か一言、グレイを撤退させるための頭の良い一手はないものか。

 思惟しゆいする。この馬鹿を一発で分からせる方法。


「任せッ! いや……」


 一つだけあった。グレイから教えてもらったジェスチャーだ。


 拳を自分の胸に当てて、相手に向けて指を差す仕草。今回の世界線では貴賤きせんの無い間柄ではないが、こういった意想外なやり方にグレイは滅法弱い。弱いはずだ。


 裏切ったリフを許してしまうのも、彼の根が優しい性格が故だ。


 シュウは胸を叩き、快然と拳を突き出して、


「全部俺に任せてさっさと引退しやがれ!! この馬鹿おっさんが!!!」


 裂帛れっぱくの声と気迫でグレイを指さした。


「お前、何故、そのジェスチャーを知って……」


 戸惑うグレイ。でも、彼の腑に落ちないような顔色は瞬時に反転した。


——未来を知っている。


 その謎の発言とシュウの行動が今、グレイの中で繋がる。


「いや、そうか……わかった!! 任せたぞ!! この馬鹿ガキが!!!」


「あぁ、任せろ!!」


 男と男——任せろと言い、任せたと言われたのなら、言葉はもう必要ない。


「例え、何年顔を合わせていなくても、初対面であったとしても、息が合う男同士ってのは、壁を諸ともしないものなんだよ!! なぁ、師匠!! そうだろ!!!」


 師匠が言いそうな言葉を、シュウは豪胆ごうたんに発した。今は講釈される前に「そうだろ」と、問えるくらいには成長出来た。

 憧れの存在に、少しだけ近づけたと思う。


 走っていく二人の姿をシュウは見ない。それは、信用しているからだ。

 前の世界線で、ミレナから教えてもらった言葉にもあった。信じたいから信じる。信じてもらいたいから信じる。信じられているから信じる。


 過去から得た教訓をかみ砕き、自分のものとして摂取する。


——グレイさんと俺はもう仲間だ!!


「クソ! が!! 空気ぐらい読めよ!! 人の悦を折るなァァ!!!」


 身体を覆っている氷を、光線で粉砕して脱出する詐欺師。激昂げきこうし、顔は利己的な怒りで満ち満ちている。

 客観的で、言っていることは至極真っ当だ。だが、言葉に出来ない歪さ。自分のことを棚に上げる程度の、ちゃちなものではない。奴は客観の範疇はんちゅうに他人を含んでいないのだ。


 それが詐欺師の傲岸不遜ごうがんふそんさを際立たせている。


「てめぇに対しての嫌味か? 自重したんなら、そのままそこで突っ立ってろや……直ぐにその息、止めてやるからよ……」


 元の姿に戻っている詐欺師に向かって、シュウは両足を広げて構える。それから、背中に乗るミレナの後頭部を軽く触り、


「ミレナ……お前は魔法を当てることだけに集中しろ。後のことは、俺がやる」


「え? あ、うん! わかってる。ここまでの闘いで、腕も温まってるし、絶対に外さないわ……任せたわよ」


 そのシュウにミレナは、彼の頬を両手でぶにゅっとして言い切った。

 ならば、もう言う事はない。シュウは「おう!!」と返す。


「舐めやがって! クズが!! 謝っても許さないぞ!! 人を不快にさせたんだ! 僕のことを見習いながら死んで、その浅ましい罪を償え!!」


 感情を爆発させる詐欺師の身体から光線が飛び散り、近くの木々が切り倒されていく。

 ミレナがいるとはいえ、直撃したら致命傷だ。食らう前に仕留める。


 最終決戦がここで始まる。

・シュウとグレイの掛け合いを見たミレナの心境


シュウ「全部俺に任せてさっさと引退しやがれ!! この馬鹿おっさんが!!!」


ミレナ(え!? 引退!? 馬鹿おっさん!?)


グレイ「わかった!! 任せたぞ!! この馬鹿ガキが!!!」


ミレナ(馬鹿ガキ!? シュウはともかく、グレイはほぼ初対面だよね!?)




・傲岸不遜なレイキに対して、シュウの発言を聞いたミレナの心境(レイキは詐欺師の名前)


シュウ「てめぇに対しての嫌味か? 自重したんなら、そのままそこで突っ立ったてろや……直ぐにその息、止めてやるからよ……」


ミレナ(シンプルに怖い!!)

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