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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第一章 モワティ村の救済
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第26話 それぞれの闘い

 無名の森に入った瞬間、微動すらしていなかったミレナの長耳が、水を得た魚のように動き始める。続いて、シュウの第六感が敵の殺気を捉え、遅れて同乗者の残り三人が気付く。


——予想通り、残党は現れた。


「居る……それも、いきなり木の陰から急に現れたわ。多分、光の魔充石まじゅうせきを木の幹の間か、何処かに仕込んでたんだと思うわ」


 敵が何処から現れるのか知るため、ミレナに共感覚を使ってもらっている。運が良ければ、敵の仮拠点を突き止められると思っていたのだが、やはり敵の計画性の良さだ。予断は許されない。


「拠点は村の近くにある空洞一つだけか……」


 拠点は一つだけと考えてよさそうだ。モワティ村付近にあった空洞。リメアの見立てでは、高位の土魔法師なら入り組んだ空洞を作ることは可能らしい。

 家屋やテントと違って、拠点が地下なら隠蔽いんぺいは容易い。 それに加え、転移魔法を使ったとしても気付かれにくいというメリットもある。


 村の近くに拠点があったのは、恐らくリフの仕業だろう。魔刻主の彼なら、光の魔充石をすり替えたりしても違和はない。


「多分ね……シュウが未来で捕まった場所よね?」


「あぁ、俺を洗脳しようとしたのか。そこが敵の腐朽ふきゅうになった」


 問いかけてくるミレナに、シュウは過去の出来事を簡捷かんしょうに話す。


 自称サキュバスの女に、乾物を口の中に入れられた直後だ。

 脳が溶かされるような甘美な感覚が訪れ、理性が踏みにじられるかのような恋慕れんぼが全身に走ったのだ。


 女の全ての言葉が、仕草が、匂いが、存在そのものが蠱惑こわくに感じられ、蜜の中にいるような形容しがたい歪さがあった。


 だが女の策謀さくぼうは徒労に終わり、その隙にたおすことができたのだ。


 そして、死ぬ前に放った言葉——『私の魅了が効いていない』という述懐じゅっかい。二の句が継げないような顔だった。

 これらから類推するに、女が自身の洗脳技術を誇示していたのは確かだ。


 ここで魔法ではなく技術と呼ぶのは、ミレナやリメア達からの「そんな魔法は存在しない」という発言から来ている。


「あとは、詐欺師と女が、どのタイミングでどこに現れるかだな」


 一番重要で一番危険なことが遺漏いろうしている今、慢心は許されない。いざとなれば、仲間が扶助してくれるとは考えない。

 

——俺の手で、奴を殺す。


 シュウは自身の心を沈めていく。

 殺しは慣れない。だが、それだけだ。心を沈めればどうという事はない。


「いい顔やな。仲間のワシが武者震いしてしまったわ……」


「殺しを、躊躇ためらう訳にはいかねぇからな……」


 まるで昂り溢流いつりゅうしようとする興奮を抑え込むように、ヴォルフは身体を丸め、左手を右肩で摩る。その彼に、シュウは冷然と返した。

 いま分かった。この男は闘いを好む戦闘狂だ。こちらを試すように威圧してきたのは、彼なりの値踏みだったのだろう。


 言葉通り、良い評価をされたのだと思っておこう。


「その通りや……さて、出番やな」


 扉に手を掛けるヴォルフの雰囲気が、獰猛どうもうなものに変貌したのをシュウは見た。

 筋肉は倍近く強張り、顔は快然たるものに。その面影がほとんどない容姿は、獲物を求める獣と言っても過言ではない。

 彼の読めない表情——掴み切れない心象の理由は、これであったのだ。


 獣心。

 普段は燃えたぎる獣の精神を抑え、自身の本性を偽っていた訳だ。


 騎士とは似ても似つかない獰猛な雰囲気は、理性の無い獣と差異はない。


「———ッ!!」


 ヴォルフは扉を粗雑に開けて跳躍した。


 振動で馬車が揺れ、シュウは身体の重心を元に戻そうと両足を広げる。そして呆然と口を開けて、暗い森の中に消えたその背中を見つめた。

 シュウの膝の上に座るミレナも同様である。


 その二人とは打って変わって、彼の本性を知っていたポポットとシュアシュは冷静に、反対方向の扉を開け、


「後ろは俺たちに任せとけ!」


「前のことは頼みます」


「あぁ!」「わかったわ!」


 根を詰め過ぎず、かといって軽すぎず。緊張の無い笑顔で馬車から飛び降りた。


 後方の馬車にシュウとミレナ、御者台に乗る騎士。次に前方の馬車は五人の騎士。最後は森の先で待機しているグレイ達。彼らと共に残りの残党と相まみえる。


 降りる——いや、決戦の前にやり残したことが一つあった。


「ミレナ……」


 ミレナの翠色の瞳を、シュウの蒼色の瞳が捕まえる。瞳に憂いが混じっているのが見て分かった。

 この状況下で名前だけを呼ぶ。目敏い彼女なら、何か大切なことを言われるのだと、察したはずだ。


「何、シュウ?」


「…………」


 ミレナの慈しみある眼と表情——慈顔じがんに、シュウは今から話すことを躊躇ってしまった。

 今から問う事は、彼女の全てを汚す行為になる。いや、違う。それは言い訳だ。自分に正直になろう。


 本当はその問いかけによって、自分が軽蔑されるのではないか。そう思い、踏み込めないでいるのだ。おののいているのだ。


「いいよ。私、幻滅なんて絶対しないから……言って」


 ミレナは嫣然えんぜんと笑って、シュウの手の上に手を落とした。

 こちらから踏み込もうとしたはずが、逆に彼女に踏み込まれてしまった。

 それが重く、痛悔つうかいとしてシュウの胸中を苛む。

 

——柔いのは、やっぱり自分の方だった。


 安心しろ。彼女は強い。


——話せ。ミレナを信じろ。


 ミレナから力を借りたことを更なる愚行で汚さないように、シュウは腹をくくった。


「——これから、俺たちは危険な場所に踏み入ることになる。どうしようもない奴と戦うこともあるだろう。そんな奴を生かしたことが原因で、仲間が殺されることだって、あり得ない話じゃない」


 言葉に躊躇いは無かった。恐怖も、忌避もない胆気を持って踏み込めた。


「そんな奴を、殺さなければならない時が必ず訪れる……だからここで訊く。ミレナ、お前に、人を殺せる覚悟はあるか……?」


 シュウは更に奥へと踏み込み返すように、ミレナの華奢きゃしゃな手の上に、自身の硬く大きな手を乗せた。


 彼女の最初の言葉は「…………怖い」であった。


「人を殺すことなんて、考えたくもないわ……」


 そう続けるミレナの声も、恐怖の感情が多くを占めていた。だが、途中から、


「でも、私の代わりに、誰かがしたくもない人殺しを強いられるのなら……」


 その恐怖が影も形もなかったかのように、


「私は、やれるわ!」


 後から紡がれた声には胆勇たんゆうが溢れていた。


 倒錯とうさくとは違う、恐怖を覆い尽くすような真勇があった。挫けても強く持ち直せる心があった。

 艱難辛苦かんなんしんくにも尻すぼみしない、堅忍不抜のミレナが居た。


 それは誰かの為なら強くなれる、彼女らしい美麗の現われであった。


「そうか、わかった……嫌な話をしたな。悪い」


「うんうん、いいの。年長者の私が、嫌なことから逃げてばっかりじゃ、駄目だもんね」


 その覚悟があるだけで充分だ。

 ミレナに人を殺させるつもりなど、毛頭ない。昂然こうぜんと気高い彼女を汚さない為に、言い出しっぺで、慣れている自分がその罪を被ろう。

 

「よし! じゃあ背中に乗れ!」


「わかったわ!」


 膝の上からミレナを下ろし、背を向けて彼女を見る。少し遠慮しながら、背中に乗るミレナをシュウは待った。

 乗ったのを確認すれば、軽く彼女の身体を持ち上げて背負いやすい位置に。


 御者役の騎士から降車の合図を受けて、シュウはミレナを背負ったまま馬車を降りた。

 

 あの時かけられた、希求の言葉を思い出す。


『シュウ、私を助けて』


『絶対に助けてやる! 何が何でも絶対に!!』


 例え、二度とその言葉を聞くことが無くても、ミレナがそのことを知っていなくても『助ける』と約束を交わしたのは確かだ。


『クソみてぇな運命を、俺が!! 絶対に変えてやるよ!!』

 

 覚悟を翻意して、『変える』と自分に誓ったのは確かだ。


「吠え面かかせてやるよ、運命さんよ」


 シュウは天を仰ぎ、世界を見下ろしている創造主に向かって啖呵を切った。

 視線を元に戻すと、こちらに警戒した黒いフードを被った者達に、取り囲まれていた。顔は黒い布で隠され、対格差だけでは男女かどうか見分けがつかない。


「エルフの女を発見! 逃げる気だ! 捕獲しろ! それ以外は殺していい!!」


 黒いフードを被った者達は、武器を取り出してシュウとミレナにじりじりと接近していく。

 人数は多い。だが、今背中にはミレナが居る。高位の水魔法師であるミレナがだ。

 彼女の魔法と自分の身体能力——圧倒的な力で、残党たちを殲滅せんめつ。そしてこの中を掻いくぐり、金髪の詐欺師を見つけ出す。

 あの存在だけは、確実に殺さなくてはならない。そうしてやっと、クソッ垂れた運命を乗り越えたことになる。

 

 心に慢心はない。大丈夫だ。


「ミレナ、行けるか?」


「当然!」


「よし、行くぞ!」

 

——今回は、乗り越えてみせる!!




——視点は切り替わり、ヴォルフへ。


 片手両足を泥濘でいねいに付け、獣が威嚇するように犬歯を剝き出しに。そして地面についていないもう片方の手で、両手持ちの鉈を軽々しく持ち、前方にいる敵を見据える。

 その後ろから、ポポットとシュアシュが走って追いついた。

 右手は片手剣、左手は小さな盾を装備しているポポット。シュアシュは両手でメイスを持っている。


 姿勢を低くし、獣のような四足歩行で移動するヴォルフと違って、ポポットとシュアシュは二足歩行だ。

 彼らの移動方法が違う理由は、ヴォルフは我流で騎士に。ポポットとシュアシュは、人類に訓練を受けて騎士になったからである。


「逃げず向かってくる……加えて、乗っている奴も違う。そうか、妙な違和感はこれか! まぁいい! プランが変わっても、俺の役割に変わりはない!! お前らは前の馬車を追え!」


 黒いフードを被った集団——その中心に居る男が、他の仲間に指示を送る。

 彼らにとって、予定外すらも視野の範囲内だったのだろう。虚を突き、優勢のまま推して参ろうと思っていたが、まさか劣勢を均衡状態まで持っていかれるとは。


 寧ろ、優勢を均衡にまで持っていかれたため、こちら側の方が劣勢と言えるか。


「いい心構えやねぇか。戦意喪失されて、戦う前から萎えさせられるのだけは、勘弁してほしかったからなぁ……好敵手に会えて、久々に血が騒ぐわ!! 他の奴らはおまんらに任せたぞ!」


「「了解!!」」


 ポポットとシュアシュは口答えすることなく二手に別れ、馬車を追う敵に向かって走った。


——あの男、かなり強いな……


 妙な違和感と言ったが、まさか感づかれていたとは驚倒だ。危険察知能力は、獣人の嗅覚に負けず劣らずと考えていい。


「————ッ!!」


 先手必勝。ヴォルフは黒フードの男に突貫した。


 身体をプロテクションで覆い、身体能力が向上した彼のスピードは狼の最高速を凌駕する。

 反撃させる間もなく、速度を乗せた一撃で胴体を両断する。


「早い!? だがッ!!」


 黒フードの男はヴォルフの素早さに目を丸くした。が、


「——ッ!?」


 胴体に目掛けて振ったはずの鉈が、男に接触する直前で止まったのだ。

 何が起こったのか。


——こいつ! 鉈を肘とひざで挟みやがった!?


 プロテクションに加え、ヴォルフの筋力を以ってしても鉈はピクリとも動かない。


——かなり鍛え上げられた土魔法師だ。


「……なら!!」


 一枚上を取ったと思えば、逆に一枚上を取られてしまった事実。なら、その更に一枚上を取ろうとするのがヴォルフの性格である。

 強張った体躯によって、戦闘中では目の届くことがない背中に仕込んだ通常の鉈。隠し武器だ。


 空いた片方の手で隠し武器を背中から取り出し、男の首元に目掛けて繰り出す。しかし、


「ッ!? ウォール!!」


 男は寸前で詠唱し、ヴォルフの真下から尖石とがりいしを出現させた。

 ヴォルフは尖石が腹部に刺さる直前で、隠し武器である鉈を盾にして防御。盾にした鉈が砕けるが、その隙に上体をのけ反ることで攻撃を回避した。いや、完全には回避できていない。


「あっぶねぇ、あぶねぇ……」


 防ぎきれず、浅手ではあるが額に傷を負ってしまった。


「攻撃を途中で止め、鉈を身代わりに……素晴らしい反応だ。今の一撃で、串刺しする予定だったのだがな……」


 ヴォルフの機転の利く咄嗟の行動に、男は嘆美たんびする。

 鉈を盾にしたのはよかったのだが、尖石の先端が額をかすめたのだ。流血している。


「ハハハ! ええなぁ、こういうのや……久しく滾ってきたわ」


 ヴォルフは額から流れる血を舐めとりながら、快哉を口にした。

 流石と言わざるを得ない。先の攻撃でたおせていたのなら、一撃目で斃せていた筈だ。見事に攻撃を先読みされ、あわや死にかけた。


 全くおもしろいことこの上ない。


 劣勢を楽しむなど酔狂すいきょうにも程があるが、その異常さこそがヴォルフの強さでもあった。


「同じ穴のむじな、といったところか。お前、何故軍などに入った……?」


 額から血を滴らせながらも、闘争心を崩さないヴォルフに同じものを感じ取ったのか、男は突拍子もないことを言う。


「……せやな、師への恩返しとでも言っておこうか」


 ヴォルフは素直に報答した。


 同じ穴の貉。その通りだ。稀に見ない邂逅かいこうと言えよう。

 生死を分つ戦いの中、ヴォルフが男の問いに答えたのは、好敵手への感謝があったからだ。無ければ流していただろう。


——師への恩返し。


『お前の力、人を生かすために使え』


 ヴォルフの師とは、グレイのことだ。彼が居たからこそ、こうしてヴォルフとポポット、シュアシュの三人は生きていられる。

 忘れもしないあの日。あの日が無ければ、今頃三人とも、大地の肥やしになっていたのは間違いない。


 グレイが騎士団長に就任してから、年々と会う回数が減っていった。ここ一年、彼と顔を合わせられたのは指で数える程度。今年の恩返しの日も何もできていない。


 そして今、その師のグレイの幼馴染であるリフが闇に落ちようとしている。

 恩師最大のピンチ。

 

——なら、今こそグレイさんの為に、一肌脱ぐのが筋ってもんやろ!!


 少し遅めだが、今日という日をグレイへの恩返しにする。


 村を守り、グレイに貢献して感謝を告げ、いきな恩返しをしてやるのだ。それで酒でも驕って、朝まで一緒に飲み明かすつもりである。


「恩返し、か。なかなか良い理由だな。弱き者の為、などといわれた日には、殺すだけでは気が済まなかっただろう」


「何や、善は嫌いなんか?」


「あぁ、反吐が出る程な! 善を掲げながら、それを自身の看板にするなど矛盾している!! 善とは他者の為にあるものであって、自身を魅せるための材料ではない! 主義主張のない悪の方がまだ可愛げがある!」


 男はヴォルフから鹵獲ろかくした鉈を、激情をまき散らしながらへし折った。

 奪った武器を使わない。『下に見られている』とは違う、『徒手としゅが全力』なのであろう。


 理屈はない。こればかりは、野生の勘と表現するほかない。


 それにしても、善に対する異常な激情。

 男の過去に何があったかは知らないが、善を嫌っている理由は白蛇——ルマティアの反社会組織に所属しているからだろう。


「そうか、悲しいことや……せや、こっちが答えた義理で、そっちも答えてくれや。なんで、白蛇のあんさんが他の土地の場所で、全く関係のない者に牙を向いとんのや? 知っとるで、白蛇は攻めて来るもんを、略奪したもんだけを狙う反社会組織やって。それと、はみ出しもんは暖かく受け入れるってな」


 ヴォルフは一旦、臨戦態勢を解いて男にそう問うた。


 ルマティアは未だに身分制度が色濃く反映されている国だ。人口の過半数以上が下位階級に属していると、ヴォルフは聞いている。白蛇はその最下位に属した者達が多く集まった組織だとも。

 善への厳しい価値観も、育った環境がそうさせているのだろう。


「まさか、俺の素性まで知っているとはな。何もかも予知されていたわけか……」


「それで、答えてくれるんか?」


 急かすヴォルフ。


「ふん、隠す意味も無いか。いいだろう、答えてやる……」


 男は口元に笑みを浮かべながら、軽快にフードを脱ぎ捨てた。

 その頬には白い蛇の刺青が。紛れもなく、男が白蛇に属している証拠だ。


 男は拳と拳を打ち付けて、


「俺が、俺であるためだ!!」


 声高に答えた。


 その一言で、ヴォルフは言葉が無粋であることを悟った。


 互いが互いの正義を貫こうと、戦いに身を投じているのだ。それを口先だけで侵すのは都合が良すぎる。況してや、男は同じ穴の貉だ。こちらと同じく、言葉ではなく拳での語り合いを求めているはずだ。

 

 いいや、欲している。拳で正義を貫くことを渇望している。

 故に正義を侵すことが出来るのは、戦いに勝った勝者のみ。


 男も同じ結論に至ったのだろう。両手を前に出し、隙の無い構えを取ったのがいい証拠だ。


「そうか。もう言葉は不要やな」


 ヴォルフは応えるように、低い体勢で構えた。


「あぁ……」


「「なら、拳で語り合うのみ!!」」   


——拳と拳が交差する!!                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          





——視点が切り替わり、グレイへ。

 

「どうやら、本当のようだ」


 作戦会議の時に居た、妙な服を纏った謎の青年——ミレナがグレートギメラから助けてくれたと、嘘を吐いてまで逃がした青年。青年は中央テーブルに座する訳でもなく、部屋の片隅で壁に背を預けていた。

 騎士ですらなく、剰え戦場を知らないような素人の彼が、脳裏に深く刻まれているのは、ミレナが嘘を吐いた云々だけが要因ではない。


 澄んだ青色の瞳には、物事を俯瞰視したような冷たさがあった。ただ、その冷徹れいてつとした瞳の中に、矛盾した小さくも暖かい灯が隠れていたのだ。


 矛盾——このヒントが指し示す解は『青年は優しい奴』である。正邪看破せいじゃかんぱの力があるミレナが、青年を認めていたことも、その解へと辿り着くための一押しになった。

 魔女の切手を持っていたという理由もあるが『未来を知っている』という奇天烈きてれつな言葉にも、自然と溜飲りゅういんが下がった。


 リフが村を、国を、騎士を、仲間を裏切ったことも、断腸の思いながら吞み込めた。

 

 グレイは青年に問うた。自分が敵に変装し、虚を突くのはどうだと。未来を知っているなら、敵がどういった容姿なのかは知っているのが道理だ。

 対し、青年の言葉はこうだ。


『黒いフードを被ってましたね。あと顔は布か何かで隠してました……男女かどうか、外見だけでは見分けはつかないかと』


 現在、グレイは変装して無名の森の中に潜伏中。

 ローレンにモワティ村を任せ、無名の森で残党を——リフを捕縛して改心させる為にいる。


「これなら、違和感はないな」


 よく観察すれば直ぐにバレる変装だが、暗闇で奇襲をかける程度の時間を稼ぐことは可能だ。


「ん、おいお前! 何をしている! 村の奴らが乗っている馬車はこっちだ! こい!」


 噂をすれば何とやらだ。早速、グレイの前に黒フードを被った残党が現れた。大きな体躯と太い声質から察するに男だろう。

 グレイは気付かれないよう、手を使ってフードを深くかぶり、


「あぁ。すまない……そうだ、リフ・ゲッケイジ殿は何処にいらっしゃる?」


 男に本命であるリフの居場所を問う。


「すぐそこだ! 用があるなら後にしろ! 今はエルフの女を確保することだけに集中するんだ! 分かったな!! 行くぞ!!」


 何故、こんな間抜けが仲間にいるのか。男はそう言いたげに、リフのいる方を指さした。

 その男が走り出そうとした瞬間、


「そうか……答えてもらって何だが、悪いな。フン!」


 間抜けはお前だ。

 隙あり。


「あッ!? がぁはぁッ!?」


 グレイは男の首を背後から絞め上げた。満身を使って藻掻もがく男だが、筋骨隆々のグレイには抵抗止むなしだ。

 グレイは男に声を上げさせることなく、気絶させることに成功した。


 気絶させた男から布とフードを盗み、グレイは自身の着ていた服と交換。男を木に縛り付け、リフが居る方向に走り出す。

 これで数違いによって、潜入が露呈ろていすることもないだろう。


「見えた……」

 

 グレイの視線の先には停止した馬車と、その中にいる騎士の者達。その彼らを取り囲むようにしている残党。そして、


「諦めて、出てきなさい。貴方達は包囲されています」


 鈍色にびいろの髪の男——リフ・ゲッケイジの姿が。


「リフ……」


 リフの姿を見た瞬息しゅんそく、グレイは峻厳しゅんげんな現実を呪った。どうして、リフは自分達を裏切ったのか。何か並々ならぬ理由で、裏切りに至ったのは間違いない。きっと、自分達が大きな過ちを犯してしまったのだ。

 そうでなくては、リフが裏切りなどするはずがない。


 それと同時、リフが幼馴染である自分に、何も言ってくれなかったことへの憤懣ふんまんが溢れる。そして彼が裏切りに至る今までの間、気付けなかった自分への不甲斐なさで、胸裏が抉られる。


——だからここで、リフを止めなくては、本心を聞かなければならない……


 グレイはリフへの感情をかみ殺して、残党の中に紛れた。


「そうです。良い判断です。ん? グレイは、いや……そもそも乗っている者が全員ちが——ッ!?」


「俺を見ろ!!」


 グレイは大声を出して、光の魔刻石を宙に放り投げた。

 突然の大声、自然と残党たちの視線はグレイに遷移せんいする。


 視覚を奪うことで、囲まれた状況を裏に取る作戦である。タイミングは申し分ない。


「なんだ!?」


 グレイの投げた魔刻石が、馬車を中心に光を放つ。見事、残党たちの目は光に包み込まれ、視覚を奪い取ることに成功した。


 事前に情報を知っていた騎士たちは、光に視覚を奪い取られることなく馬車から散開。残党たちを次々に戦闘不能にしていく。


 同士討ち防止の為に黒フードと顔の布を外し、グレイは本命のリフの元へ走り出した。


「何が起きたのだ!?」


「フン!!」


 腰に番えた鞘から剣を抜き出し、グレイは混迷しているリフに向かって剣を振るう。正確には直接的な攻撃ではなく、次元斬による遠距離攻撃だ。

 一拍の後に光の斬撃が次元を超え、リフに向かって直進していく。が、


「この程度! 目が見えなくても!!」


 リフは直前で蛇腹剣じゃばらけんをクッと動かし、光の斬撃を相殺してみせた。

 光の斬撃は直進しか出来ない。故にリフは、足音と剣を振る音から光の斬撃が飛来してくる方向を推知し、グレイの攻撃を防いだのだ。


「クッ! 届かないか!」


 例え視覚が奪われたとしても、猪口才ちょこざいな攻撃では傷一つ付けることが叶わない。それが騎士副団長のリフ・ゲッケイジだ。

 視覚を取り戻したのか、リフは閉じたまぶたを徐々に開いて周囲を見回し始める。


「なッ!? 貴方は!!」


 そして、光の斬撃が飛んできた方向に目を向けると、リフは顔色を一変させた。


「そういう事だ……リフ! 何故裏切ったのか、聞かせてもらうぞ!」


 グレイは跳躍し、剣をリフに振り下ろす。対し、リフは攻撃を避けながら、蛇腹剣を極めて流麗にグレイへと走らせる。


「なんの!」


 グレイは振り下ろした剣をすぐさま振り上げ、蛇腹剣の切っ先を受け流す。鉄と鉄が擦れ、周囲に鏘鏘そうそうたる音が響きながら火花が舞う。

 グレイは蛇腹剣を押し退け、リフは地面に足を突いて立て直す。二人の距離は振り出しに戻った。


「まんまとしてやられた訳ですか……疑わしきは罰せず、今はその言葉が憎く思えますね!」


 リフは不平を口走りながら、後退したグレイに蛇腹剣をしならせる。

 それをグレイはもう一度剣で受け流し、距離を詰めるために前へと突き進む。流された蛇腹剣は、あらぬ方向へと飛んでいった。

 リフが手元に蛇腹剣を戻そうとする隙に、グレイはふところに踏み込み——、


「甘い!!」


 攻撃が入ったかに思えた。しかし、蛇腹剣の切っ先は、地面へと突き刺さる前に蛇のように軌道を変え、グレイの背中に突き進んでいった。

 こちらの攻撃の速さよりも、リフの蛇腹剣の方が幾倍も早い。このままでは、リフに攻撃が当たる前に、蛇腹剣で背中から心臓を貫かれてしまう。


 洞見したグレイはリフへの攻撃を止め、退いて蛇腹剣を受け流すことに切り替えようと判断。後ろを向き、力任せに蛇腹剣を叩き落とす。


 ただ、リフの攻撃はそれだけでは終わらない。


「クソ!」


 グレイは間一髪のところで、光柱を躱した。更に、追撃で飛んでくる三本の光柱。先ず、グレイは颯然さつぜんとしたステップで二本の光柱を回避。三本目は後方へ退きながら、光の斬撃を十字に飛ばすことで断滅だんめつさせた。


 再び、二人の距離は振り出しに戻ってしまう。


 懐に入れば力が半減する蛇腹剣だが、リフはその弱点を技術や出だしが早い光魔法を併用することで、横紙破りに克服していたのだ。

 考えなしに突っ込むのは得策ではない。やられてお終いだ。


「リフ! 何故裏切ったんだ! 言え!!!」


「答える意味無し!!!」


 理屈では裏切りと分かっていても、心では何かの間違いなのではないか。もしかしたら扇動せんどうされ、裏切りを強いられているのではないか。

 そう思い、グレイはリフに再度答えを求める。だがリフは変わらず、酷薄こくはくにも答えてはくれない。


「何故そこまで!!」


 二人に加勢は来ない。

 残党と騎士たちが戦い合っている証拠だ。故に二人の闘いに邪魔が入ることは無い。ないはずが、


「開門。出でよ私の眷属。貴方の力、私の為に使い果たしなさい」


「人型の魔獣……?」


 忽然こつぜん推参者すいざんものが姿を現した。


 縷述るじゅつするのなら、リフが背後の木の側面に手をかざし、そこから突如として黒い水たまりが発生。中から、赤黒い人型の魔獣が這い出てきた、である。

 リフが木に忍ばせていた眷属を呼び出す触媒だ。


——前回の世界線と同じ状況になってしまった。


「リフ! お前!! 騎士を名乗るなら、正々堂々一対一で戦え!! お前のやっていることは騎士道を愚弄する行為だぞ!!」


「奇襲を仕掛けて来た貴方がそれを言うとは! それに、元より私は裏切りの身!! この手が汚れることで望みが叶うのなら、私は喜んでそうしましょう!!」


「何故そこまで!?」


 金切り音を奏でながら、蛇腹剣が獲物に飛び掛かる。


 螺旋らせんを描きながら襲い来る蛇腹剣を、グレイは剣で受け流し、定石通りに懐に入ろうと前に出るが、


「キシシシシシ!!!」


 うは問屋がおろさない。

 リフが呼び出した人型の魔獣が、蛇腹剣を受け流したグレイの隙を見て、


「ウッシャァァァァァ!!!」


 横から攻撃を仕掛けた。

 蛇腹剣に気を取られ、グレイは防御が遅れてしまう。結果、魔獣の手がグレイの鎧を貫き、横っ腹を切り裂いていった。


「ぐッ! あぁクソ! 鬱陶うっとおしい!!」


 グレイは痛みで下がりそうになる腰を、足に力を込めて踏みとどまり、追撃してくる魔獣に次元斬で応戦する。

 腹部から垂れ落ちる血は、馬鹿に出来ない量だ。放っておけば、失血で昏倒してしまうだろう。


「ウキキキキキ!!!」


 光の斬撃を、魔獣はするっと回転して躱す。その最中に、リフは蛇腹剣を手元に戻した。


 腹部の傷を片手で抑えながら、グレイは戦いの最中に思惟に耽る。


 思い出せば、剣戟大会の日からリフは様子がおかしかった。分からない。彼が何故こうなってしまったのか。分からない自分が憎い。


「何故なんだ」


 すれ違い、年を重ねる毎に摩耗していった友情。互いが感情を爆発させ、腹を割って話し合っても、もう遅い。

 穴の空いた容器には何も溜まることは無い。ただ上から下に、無情にも流れ落ちるだけだ。


『チゲェよ! お前は俺にはない才能があるんだ! 一つのことに縛られるな!! 剣の強さだけじゃ強い騎士にはなれねぇ!! お前は器用だからな! 俺にすぐに追いつけるって!!』


『……うん、わかったよグレイ! 今はそうじゃなくても、大人になったら、必ず僕はグレイを越えてみせる!!』


『そうだ! 俺を越えてみせろ!! リフ!!!』


 解れてしまった大切な記憶。忘れられもしない、丘の上で交わした約束。幼い時の友情。

 例え、それがもう治せない甚大なものだったとしても、塞がなくては。繋げ治さなくては。取り戻さなくては。


——リフを連れ戻して、ぶん殴って分からせる!!


 傷口を筋肉で無理矢理に塞ぎ、グレイは痛みを堪えながら剣を構えた。


「リフ!! お前への処罰は馴染みであり、家族であり、ライバルであり、友であった俺が直々に下す!! 俺の為にも!! お前の為にも!! ここでお前を食い止める!!」


「どうかそうしてください!! そうでなければ、私は貴方や王に報いる意味がない!!」 


 グレイはリフに次元斬を飛ばし、リフはグレイに蛇腹剣を走らせる。

 互いの剣戟が火花を散らせながら交差する。


——それぞれの闘いが、いま始まった。

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