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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第22話 まずはゲームといきましょう

空。

上空約二百メートルを快翔かいしょうする四つの人型の物体があった。


「いやぁぁぁあぁぁ!! 早い早いぃぃぃぃぃぃ!!」


 風を切る速さで空を飛んでいるのは、エンタク達だ。

 あまりの速さに、ミレナはシュウに掴まって泣き叫ぶ。


 唯一、空を飛べるエンタクの乾坤炎輪けんこんえんりんに掴まって、プリエスタに向かっている途中だ。


「我慢しろ!! 移動時間が一番楽に短縮できるんだから、爆速で飛ぶしかないんだ!!」


「にしても、怖すぎるわよぉぉぉぉぉ!!」


「これは確かに、人生で初めての経験です!」


 現在、上空二百メートルを時速千キロメートルで移動中。

 肌を刺すような冷たい豪風。初めての体験であるミレナとフリムは、非現実的すぎる状況にを上げ始めていた。


 過去回想に入ろう。


『音速は超えないようにしたいし、三人乗せて落とさないように移動するから、たぶん時速250数里くらいかな? 最速でもプリエスタまでに五時間くらいはかかるな』


『『ご、五時間!?』』


 さらっと言ってのけるエンタクに、ミレナとフリムが大口を開けて固まる。


 五千キロ離れた場所に五時間で到着するなど、飛行機そのもの。それを人間がやってのけるなど、元の世界の科学者は当然、異世界人もビックリ仰天の事実だろう。

 神人が常軌を逸しているだけかと思っていたが、フリムが仰天しているということは、神人でもあり得ないことなのだ。


 というか冷静に考えて、あり得ないでほしい。

 仮にエンタクが飛行機の存在を知っていたなら、こう言うだろう。


『機械にできて、人にできない道理はないでしょ?』


 あぁうん、言いそうだ。十中八九言う。

 こいつは世界のバグだ。想像上の存在が今、目の前にいやがる。


『ご飯も必要だし、攻め込むのは休憩もかねて、九時間後が妥当ってとこかな』


 えげつないことを言った後に、平然と言葉を続けるのもポイントが高い。


 さて、酷すぎる過去回想終了だ。


 エンタクがアンコウエンを離れることになり、時間が限られている中『一番短縮できるところは?』ということで、移動が選ばれたのだ。

 その為というか、所為というか、飛行機並みの速さを飛行機外で体験している感じだ。


「なんでシュウは何も言わないの!?」


「なんつぅか、慣れた」


「どんな訓練してたのよ!!」


 ミレナの質問に答え、シュウは訓練を思い出した。

 時間間隔を遅くして、その中で動くという修行は一言で言うと過酷だった。ただ落ち着いていて安らかな場所が、刻操こくそうを使うと過酷な環境に変わるのだ。


 今まさに吹き荒れている豪風の中で、訓練しているようだった。


「さて、付いたぞ」


 かくかくしかじか。プリエスタに着いた。


「うう、風邪ひきそう……」


「冷たくなんないように、炎で温度は上げてたんだけど……ごめん」


「悪夢という名の現実でした」


 だらりと体を垂れさせるミレナとフリムに、エンタクは申し訳なさそうに謝る。


 火傷しない程度に、彼女が炎を展開してくれていたのは事実だ。

 ただ、その厚情こうじょうが無残にも冷たい豪風に負けてしまっただけである。


 夏の夕方、自転車をこいでいる時に、熱い風と冷たい風が交互に来る、気持ち悪いアレを思い出した。


 さて、法曹協会が発行してくれた捜索許可証を見せ、持ち物検査などの煩瑣はんさをスキップ。プリエスタに入った。


「ともかく、四時間後にここに集合だ。部屋で仮眠をとるもよし、決戦にむけて、精神統一をするもよし、解散!」


 そして、予定通り休憩をとって、


「よし、そろったな……」


「行くわよ!」


「おう!」「はい!」


 アンコウエンを出てからちょうど九時間後に、地下施設に乗り込もうとしていた。


「あの、どこに?」


「壁の外だ。上空から降りて奇襲する」


 エンタクが壁の外側に向かって飛んでいこうとすると、フリムは彼女に質問して引き留める。が、エンタクは顔だけ振り向かせて、あっけらかんと答えた。


「奇襲って、地面を抉って地下に行くつもりですか!?」


 そう言って驚くフリムに、シュウとミレナは内心で『『まぁ、それが普通の反応だよな』だよね』と零した。

 もう二人はエンタクの異常さに慣れている。若干、ミレナはまだ驚くこともあるが。


「その通りだ。不満か?」


 慊慊けんけんというよりかは、呆然という言葉が相応しいか。

 フリムはすぐに「いえ」と逆接を言葉にして、


「僕はオダさえ懲らしめられれば、それ以上は望みません」


 エンタクの作戦に異論はないと告げた。

 地下通路から地下施設に侵入するのは、普通過ぎると言える。敵もそれを想定して、施設の入り口付近は構成員やヌザンビで固めていることだろう。


 ならば、予想を遥かに上回った行動で相手を怯ませたいのが道理。文句などあろうか。


「敵に容赦はいらない。行くぞ」


 エンタクが用意した乾坤炎輪にもう一度乗って、壁を越えて例の場所へ。上空で数秒待っていると、エンタクがこう口を開いた。


「いるな。リメアの言っていた通り、地下に謎の空間がある。それに人がうじゃうじゃいやがるな。数はざっと四百くらいかな。地下から攻めずに正解だったな」


 シュウが気になって「その人ってのは……」と借問すると、


「ヌザンビだと思う。人の気配じゃないし、凝然と動いてないから、間違いないと思うよ」


 エンタクはそう朴直ぼくちょくに答弁する。 


「地下があるだけでなく、敵の数まで把握できるんですね」


 もう流石に驚かないぞと、フリムは泰然たいぜんとエンタクに感服の意を向けた。


「僕の傑出能力だ。一番強い奴は僕が相手をする。そいつの居場所は、おそらく地下の一番奥だ。三人はオダと話せる奴を数人確保して。それ以外は君たちに任せる」


 当たり前に話が進んでいたが、エンタクが地下施設の状況を深識しんしきしているのは、第六感を拡大する傑出能力があるからだ。

 その能力の範囲は、一キロメートル。自身から半径一キロメートル内の状況を俯瞰的ふかんてきに深識できる。敵の数と配置は当たり前のこと、それが雑兵なのかつわものなのか、人類なのか魔獣なのか、瞬時に深識できるのだ。


 実際はもっと範囲を拡大できたのだが、それ以上は色々な意味で過剰だと判断し、一キロメートルに抑制している。


 アンコウエンにいる場合、アンコウエン全土を俯瞰できる傑出能力があるが、あの能力はこの第六感を拡大する能力を元に、発展させた能力である。


「攻め込むぞ!!」


 地下施設の状況を深識できた今、怖気づいて縮こまる必要はない。

 エンタクの吶喊とっかんに三人は決然けつぜんと答える。


 エンタクの右手から紅蓮の炎がバッと奔出ほんしゅつすると、そこから炎尖鎗えんせんそう忽焉こつえんと顕在する。エンタクは炎尖鎗を右手に持ち、それを上空から地面に――地下施設に向かって振り下ろした。


「――――ッ!!」


 石突に足をつけ、エンタクはそのまま垂直落下して地面を抉り砕く。

 吹き飛ぶ土塊と樹木、岩石――摧残さいざんした地面が飛び散る中、人工的な岩肌が露出する。

 

――そしてそのまま、地下施設へと侵入しようとした瞬間……


『読んでいましたよ。貴方がインフェルノで、この施設すべてを焼き消そうとしないことを……』


 ――四人はそれを、確かに聞いた!


「――――ッ!?」


 瞬きを果たした時、視界が白い妖光ようこうによって包まれた。

 その眩しさにもう一度瞬きを果たした時、


「どうなってやがる!?」


 肉の管が張り巡らせられた蒼然そうぜんたる室内に一人、シュウは取り残されていた。

 答えは簡単。転移だ。

 違う、そうではない。なぜ転移したかだ。


「転移させられたの!?」


 同刻、シュウ以外のメンバーも、


「奇襲を予期していたのか」


 同じようにとある室内に一人転移させられていた。


――エンタクに視点が集まる。


「こいつは、転移か」


 転移ではある。だが、ただの転移ではない。

 オドの伝播でんぱがなかった。ということは、転移は敵の傑出能力。それも相手に転移を強制させる能力だ。


 シュウ達三人の姿がない。一人一人違う場所に転移させられたのだ。フリムとホワイトが同じ部屋にいるのは、ホワイトが服の中に籠っていたからだろう。

 ともかく分断させられた訳だ。


 エンタクは強制転移能力に対する能力を体得している。

 例えば、溶岩や毒ガス、凍土に深海など、転移させられただけで即死する場所への強制転移は彼女に効かない。当然、遠かったり危険ではない場所への強制転移も効かないはずなのだが。


「どうやら、相手の能力の方が一枚上手だったってことか……」


 おそらく、転移能力の強制力自体は弱く、分断するためだけの能力だと窺測きそくできる。

 第六感を拡大する能力が、ここがプリエスタ付近の森の地下であることを教えてくれているのだ。

 同時に、室内前方に何かがいることも教えてくれている。


『さぁ、侵入者の皆々様。我が居城、フェアシュテッケンへようこそ』


 突然、室内に謎の声が広がる。

 ほんの少し前、地下施設に侵入しようとした時に聞こえた声と、全く同じだ。

 メガホンはない。室内全体から聞こえてきている。


『貴方方を分断し、強制的に転移させたのは私です。ですがどうかご安心を……転移させた場所に、毒ガスなどの危険物はございません。ただの一室、そう、オドだけが充満した一室でございます』


 警戒して室内を見回していると、声の主はゆっくりとだが喋り続ける。その後も留まることを知らずに、


『物理的な離脱は不可能……貴方方がここから出る方法は一つ、私の元へと赴き、私を殺すことです。私の居場所ですが、貴方方の前方にある地下へと続く扉の先のさらに先にある、地下奥深くで待機しています。当然、地下に降りるだけでは味気ない……ですから、それぞれ地下に続く扉に、番人を置きました。地下奥深くに降りれば降りるほど、番人の数は増します故、お気を付けを。ただし、多勢に無勢では不公平です。途中から仲間と合流できるようにしました。感謝してください』


 一区切りまで得意げに縷説るせつしきった。

 そして最後に、


『では改めて……やることは番人を殺し、地下に降り続け、私を倒すことです。どうかご武運を……番人に無残に殺されないことを、切に願います』


 聞きたくもない武運を祈る皮肉を残して、怡愉いゆの声は途切れた。

 途切れたと同時に、地面が、壁が、天井が――地下施設を含む周囲の空間が、突如揺れ動きだす。


 地震ではない。これは移動だ。

 完全に地下施設が移動している。


「どうなってやがる……」


「今度はなに!?」


「建物自体が動いている?」


 同刻、エンタクとはぐれた他三人も、地下施設が盛大に移動していることに気づく。


 現在進行形で起こっている荒唐無稽な現状を唯一、エンタクだけが穎悟えいごに理解した。


「やられたな……」


――今の説明で、新たな傑出能力を発動しやがった……


 声の主であり、強力な存在がいた場所が、数間――数メートル下だったはずが、かなり奥深くにまで移動したのだ。


 ならば悠長に縷説を聞くよりも、この地下空間から抜け出すことを優先すべきだったか。


 否。


「オドがない」


 声の主が説明した通り、室内にはマナが毫末ごうまつもない。

 説明中に抜け出すのは無理だっただろう。

 奇跡的に抜け出せたとしても、シュウ達三人を置いて逃げたくない。 


 そもそも室内と言っていいのかすら怪しい。地面に壁から天井まで、血管のような肉の管が張り巡らされ、どくどくと脈打っている。


 そう、まるでこれは生物。生物の体内にいるようだ。

 もし生物の体内であれば、マナが毫末もない理由にもなる。

 理解しがたいが、結果は分かった。だが、仮にそうだったとして過程が理解できない。その趣旨が理解できない。


 声の主は、一体どうやってこの地下施設を生物に仕立て上げたのか。

 自分が獄炎で施設を焼き消したら、どうしたというのか。そもそも、こちらが攻めなかったらどうしたというのか。


 すべてが水の泡。徒事で時間と才能をドブに捨てるような、愚かな賭けだ。

 全くもって理解不能な行動である。

  

「考えたところで、答えは出ないか」


 なら考える必要はない。

 答えを知っているのは声の主だ。


 嘆息して、一つ試していないことに気づく。

 マナがないのであれば、マナを地上から運べないか。

 物理的な場所はプリエスタの城壁付近。地上もすぐそこだ。

 

「…………」


 炎尖鎗を壁に投げた。

 刺さり砕け散った壁に向かって、飛び込んでドロップキック。


 本来なら、抉れて地中に出るはずだが。

 最初に地下へと入った時と同様、ピカッと白い妖光に包まれ、


「考えたな……」


 室内の中心に戻されていた。

 炎尖鎗は足元に。壊したはずの壁は修復されている。違う部屋に移動させられた訳ではない。同じ場所だ。


 壁を破壊して地中へと出る瞬間に、転移で室内の中心に戻されてしまった。

 物理的な移動は短く、危険な場所に転移させるわけでもない。その強制力の低い能力を逆手に取られた訳だ。

 

「うむ……」


 ともかく、分かったことを報告しよう。

 エンタクが少数精鋭にシュウとミレナを抜擢ばってきしたのは、二人を直接練兵していたからだけではない。


『シュウ。ミレナ。聞こえるか?』


『エンタク!?』『エンタクか!?』


 昵懇じっこんの誓いを結んだ相手と行える、千里のかよいがあるからだ。


『聞こえてるわ!』


 ミレナの元気な声が返ってきて、エンタクは少し安心する。


『まずは、落ち着いて聞いてくれ。最初の転移は、僕らを分断するための転移能力だ。一人一人、違う場所に転移させられた。一応、フリムとホワイトは一緒にいるみたい。全員なんともないな?』


 まずは二人を安心させるために状況の説明だ。それと、この会話で精神状態がどうなのか知っておきたい。状況は深識できるが、精神状態までは把握できない。


『うん大丈夫。シュウは?』


『大丈夫だ』


『フリム達も大丈夫そうだ』


『そう、一旦みんな無事なのね……』


 全員が無事だと知り、ミレナは安堵したように息を零す。

 シュウとミレナの精神状態は、今のところ問題なし。ならば次は、


『目の前に扉は見えるか?』


 これからの行動についての説明だろう。


『見えるな』


『こっちも見えるわ!』


 これも問題なし。認識疎外や改竄の能力は使われていないようだ。

 説明を続けてよさそうだ。


『先ほどの説明は嘘偽りのない事実だと思う。相手に縷説することで、地下を相手にとって都合が悪く、自分にとって都合よく改築する、新たな能力を発動したんだ』


『あの地震ね』


 ぼやくミレナにエンタクは『うん』と相槌を打ち、


『強敵の居場所が地下奥深くの場所に変わったし、扉の先にも、ちゃんと番人がいやがる。だから、嘘偽りはない。ただ赤裸々には、言ってないと思うけどね』


 縷説したのは飽くまで、改築の能力を行使するため。敵に塩を送る行為はしていない。


『一応さっき、地下から抜け出そうと試したんだけど、部屋の中心に武器ごと転移で戻されちゃったから、ひとまず合流できるまでは、地下に降り続けた方がいいかも』


『少し、質問いいか?』


 不安げに質問してくるシュウに、エンタクは『なに?』と優しく返す。


『相手に丁寧に説明しただけで、さっき言った、都合よく施設を改築する能力を、発動できるものなのか?』


 エンタクはなるほどと思う。


 傑出能力は干渉する対象が増えれば増えるほど、能力の体得は困難になり、能力の制度は著しく脆弱ぜいじゃくになる。

 これを訓練の時に誨諭かいゆしたのだ。疑問に思うのも仕方ない。


『普通はできないかな。空間を移動するだけの能力ならまだしも、この改築の能力は状況に合わせて臨機応変に使ってやがる。それは、転移以上の強力な能力だ。でも、ここは普通の地下施設じゃない。声の主の体内だ』


『体内……』


『自分の身体となれば、法外な能力もある程度可能になる』


 エンタクは片足に重心を掛け、リラックスした体勢になりながらシュウを諭す。


 体内となれば、それは即ち干渉する対象は自己だけとなる。あとは先ほどのように、体内に入れた干渉すべき個々に利となる説明でもすれば、何とかなってしまう。何とかなってしまったわけだ。


『分かった。助かる』


『ありがとうエンタク。よく分かんないけど、敵にとって今の状況が、都合がいいってことだけは分かったわ』


『その解釈で問題ないよ』

 

 エンタクは「ふふ」と破顔はがんする。

 ミレナの能天気ぶりにはなごまされる。


 分かったところで、相手に干渉する能力は邪道。特に声の主がやった、針に糸を通すような一点狙いの能力は邪道が過ぎる。

 ミレナのように、まだ覚えたての頃は邪魔なだけの雑念だ。理解する必要はない。


『それと、周りにマナがないでしょ?』


『うん、摂魔器官から魔力を摂取できないわ。エンタクの言う通り、オドしかないと思う』


『ということは、魔法が使えないということだ。使えるのは、神器と体術、それと傑出能力……だから気を付けて。いつもの自分より弱いって考えて行動するんだ。特にミレナ。いい?』


 マナとオドと魔法の相転移。

 マナがなければオドがあっても魔法は行使できず、また逆も然り。


 魔法を得意とするミレナにとって、マナがない状況は峻烈しゅんれつだ。ミレナが怖がって判断が鈍らないか、気になるところだが。


『うん。大丈夫。こういう時の為に訓練してたんだから、いけるわ』


『うむ、大丈夫そうだな。じゃあまず、僕が最初に扉に入る。二人は、僕が最初の番人を倒した報告をするまで、そこで待機してて……』


 エンタクは眼前にある扉を見て、炎尖鎗を軽く二、三回振る。


『お前……いや、いらない心配だな。信用してるぞ』


『うん』


『無理しないでね』


『大丈夫』


 二人の思いやりが心を温めてくれる。

 全くもって負ける気がしない。


『最初は一人っぽいね。クソ雑魚だ。問題ないよ』


『流石、我らが紅蓮の神仙だな』


『ふふ……頼りにしてるからね』


 エンタクも二人に心配をかけないように格好つける。

 予測できない危機状況だ。憂いはあってほしくない。全員生存を信じて、自分だけのことを考えてほしい。


『じゃあ、行ってくるよ』


 エンタクはそう言って千里の通いを切った。

 手で触れると、鈍い音と震動を放ちながら自動で扉が開く。


 薄暗い炬火きょかの光が灯す階段を下り、最初の階層に繋がる扉が自動で開いた。


「さて……」


「キキ、ウキキ……」


 軽くつぶやくと、エンタクは奥の扉の前で立っているヌザンビを見た。


「お前が相手か。安心しろ。すぐに葬ってやる」


「キキ、ウキャキャァァァァ――――ッ!?」


「――ッ!!」


 そして、面白おかしいと体を動かしているヌザンビへと飛び――、



――視点はシュウに移り変わる。



 エンタクが最初の階層を攻略するのに際して、座して待とうとしたのだが、


「これ、ケツで踏んで大丈夫か?」


 地面に所狭しと張り巡らされている肉の管が、何というか生理的に踏みたくない。踏むとこう、血が吹き出たり、得体のしれない何かが中から飛び出して――、


『シュウ、ミレナ。最初の番人、斃したよ』


 などと考えていると、脱兎の速さでクリアしたエンタクから連絡が入った。

 ミレナとシュウは『はや!?』『はやいな』と、彼女の辣腕に驚く。


『敵はただのヌザンビ一匹だけだった。ヌザンビの攻略法は、忘れてないね』


『あぁ、忘れてないぜ』


 シュウが自慢げに言うと、ミレナも『忘れてないわ』とさわやかに答える。

 まずは一匹。ここで自分の成長を試す時だ。


『うむ。一応、女の説明通り地下に向かって。もし鉢合わせたら、僕に連絡してくれ。強敵の居場所は、地下の最下層。そいつは僕一人で倒す。君たちは三人揃い次第、そこで待機』


 子供に言い聞かせる先生のように、エンタクは少し厳しめに指示してくる。

 これが、エンタクが先ほど言った『赤裸々には言っていない』という言葉の意味なのだろう。


 何が狙いかはわからないが、声の主は追い詰められれば、この謎のゲームを途中で急にやめて、逃げてしまえばいいのだ。その際に、一人一人孤立しているのはかなり危険だろう。


 フリムとホワイトは一緒のようだし、三人固まっていれば分断されることはないと考えられる。大賛成だ。


『分かった。フリムさんに会ったら、説明するよ』


 このゲームの中で、フリムだけが状況を整理できていない。合流出来たら、即説明だ。


『エンタク……』


『大丈夫。僕は負けないよ。それより、自分の心配をしてくれ』


 ミレナがひとこと憂患ゆうかんの声を掛けると、エンタクはすぐに返答した。


 彼女なら大丈夫だという絶対的な信頼はあるが、やはり状況が状況。憂いてしまうのも分かる。本当に大丈夫か、万が一がないか気になってしまうものだ。


 こちらがそう憂患してしまうのを、エンタクも分かっていたのだろう。不安を感じさせない高朗こうろうな声だった。


『分かったわ。自信ある声が聞けて、安心したわ』 


 これなら、シュウよりも心配性なミレナでも安心できるだろう。


『うん。疲れたらしっかり休んで、タケの実を食べること! 満身創痍で挑むのは無し!! だからね!』


『了解』『おっけい』


 三人は少し笑い合う。

 こころが平穏で冷静を保てている証拠だ。


『訓練の成果。ここで発揮する時だよ』


『おう!!』 『頑張るわ!!』


 啖呵を切って千里の通いを切り、シュウは扉に触れる。

 階段を下りて、そして部屋の奥にいるヌザンビを見た。


――エンタクの言った通り、最初の番人はヌザンビ一体か……


「よぉ、お前が最初の番人か?」


「キキ! キキキキ!!」


 知性はありそうだ。報告とは違って口がある。

 致命傷を負うたびに強くなって、知性を獲得していくというのなら、喋り始めてもおかしくはない。そのために、口ができたのだろう。


 まずは、肩慣らしだ。


「――ッ」


「キキ!」


 シュウは先手必勝だと疾走した。

 雄叫びを上げると、ヌザンビはこちらの走る速度に合わせて、拳を顔面にむけて正確に繰り出してくる。 


 なるほど。かなり知性は高いようだ。


「ウギャ!?」


 シュウは速度を上げて、逆にヌザンビの胸部にカウンターを叩きこむ。

 ヌザンビが素早く反撃してくるが、


「スッ!」

 

 反応はできる。避けてよけて、カウンターでヌザンビの腕をへし折り、へし折ったことで空いた頭を掴み、


「フ!!」


「ゴキ! バキ!!」と首の骨を折損した。

 これなら、まだ刻操も神器も使うまでもない。


 さて、本来ならこれで終了なのだが。


「ウキャァァァア!!」


 へし折れたはずの右腕と首が、軽く陥没したはずの胸部が元に戻っていく。

 ヌザンビは何事もなかったように、薄ら笑いを浮かべながら立ち上がった。


「まるでゾンビだな」


 傷ついても起き上がる様はゾンビだ。傷が再生したり、強くなる部分はゾンビよりも優れている故に、より厄介だろうか。

 ゾンビの完全上位互換と言えるだろう。


「だとすれば……」

 

 出し惜しみはよくないが、温存しなくては地下には進めない。連戦するならば消耗は必至。対策される可能性もある。

 行けるとこまでは神器と刻操は使わずに、体術だけでヌザンビを斃す。


「ぎゃぎゃ!? ぎぎゃぁぁぁ!!」


「反撃はさせねぇぜ……」


 シュウはヌザンビの頭を掴んで、荒々しく地面にたたきつける。衝撃で頭は凹み、どう考えても即死なのだが、ヌザンビの頭は一瞬で再生。頭を掴んでいたシュウの手を、逆に掴み返そうとする。


 だが、シュウはその掴もうとした手ごと、ヌザンビの胴体を拳で抉りつぶす。続けて、


「ラァァアァアア!!!!」


――相手の再生よりも早く、殴るなぐるナグル!!


 再生する前に殴り、あるいは再生した血肉を治った矢先に殴って破却はきゃくし続ける。反撃を一切許さない一方的なラッシュ。

 破砕音と風圧の音に、ヌザンビの叫び声が混じる。


 それを形容するなら、破壊。破壊という形容が相応しい。


 数秒後、


「ふぅ。殴り殺せたな」


 ヌザンビの原型は見る影もなく、蜂の巣のように陥没した地面と、血の匂いと赤黒い血だけが残っていた。

 シュウ、ヌザンビを挌殺。一息ついて、返り血で汚れた顔を血まみれの手でふき取る。


 一対一に持ち込めば、体力の消耗も少なくヌザンビを斃せる。

 

 シュウが扉を開き、次の階層に続く階段を降りると、陥没した地面と血が再生したかのように、元の肉の管が張り巡らされた部屋に戻った。




――今度の視点はミレナへ。 




「よし、行くわよ……」


 ヌザンビの倒し方は、再生できないように一撃でほふること。荒業だが、再生するよりも早く攻撃し続けることも倒し方の一つと考えられる。

 シュウやエンタクは体術だけで、ヌザンビを倒せるだろう。


 だが自分はそれができない。だから、


「キューちゃん。力を貸して」


 出し惜しみはしない。


――最初から全力で倒しに行く!!


 階段を駆け下りて、ヌザンビを睨みつける。


「貴方が相手ね!」


「ウキ、ウへ、グへへ!」


「キモ!?」


 ミレナが姿を現すと、ヌザンビは口から舌をくねくねとだし、涎をびちゃびちゃとまき散らしながら哄笑する。

 その甚だしいキモさに、ミレナは鳥肌を立てて震駭しんがいした。


 キモすぎる、キモイキモイムリムリ。洗濯して干したパンツを盗み、べろべろと舐めていた男の子を思い出す。キモすぎて、お尻を思いっきり蹴ってしまったほど、気持ち悪かった覚えがある。


「悪いけど……すぐに死んでもらうわ!!」


 半ば怒りながら弓を出し、広げて展開する。

 マントの中にある矢筒から矢を――、


『ミレナ。本当に危ないときは、殺しを躊躇うな』


『分かってる。もう、シュウだけに責任は負わせないわ』


 矢をつがえようとした一瞬、シュウとのやり取りが脳内に過る。

 キモくて敵とはいえ、ヌザンビは元人間。

 でもだからといって、殺しに目は背けない。


 戦うと決めた以上、あの馬車の中で約束した以上、シュウをレクイエムから助けるためにレイキを殺すと決めた以上、その殺しさえもシュウに任せてしまった以上、もう逃げない。


 克己こっきだ。


――この克己を胸に、殺しの覚悟をここで決める!


「私、やれるわ」


 矢を数本弓につがえ、引き絞った。


 ミレナを選んだ弓の神器キューちゃん。ミレナが森の中の訓練で体得した、一つ目の傑出能力は、矢を任意で凍らせること。


 矢を任意で凍らせるということは――、


「ウキャぁぁぁぁ!!!」


「なめてもらっちゃ困るわよ!!」


「ぐきゃ!?」


 四足歩行の構えになり、高速でいきなり距離を詰めてくるヌザンビ。ミレナは前に向かって飛び上がり、回避しながらつがえた矢を、ヌザンビの背中に撃ちこむ。


「イヒ! ニキチッチャ!!」


 出血するが、それが何だと矢を引き抜こうとするヌザンビ。

 矢を任意で凍らせるということは、相手の身体を任意に凍らせることができるということ。


 ミレナは、


「凍れ」


 冷然と唱えた。


「イギ!? イギギギグゥゥゥゥゥ!?」


 矢が突き刺さった場所が凍結し、ヌザンビの動きを鈍らせる。そして、その凍結は細胞から細胞へ。血液から血液へ。急速に全身へと蚕食さんしょくしていく。凍結は最後は心臓部に到達し、ヌザンビは完全に凍死した。


 人体氷像の完成である。


「謝りはしないわ。ハイヤッ!」


 カチコチに凍結した人体氷像を、ミレナは正拳突きで粉砕した。

 筋肉操作で身体能力も腕力も向上しているのだ。氷の塊程度なら素手で簡単に砕き割れる。


 とまぁ、ここまではいい。

 問題はここからだ。


 ヌザンビの攻略法を聞いた時、ミレナはとある疑問を抱いた。

 極低温の中では、生物は生まれないという。ならヌザンビの再生も、極低温ならできないのでは。もっと言えば、全身を極低温まで凍らせれば、それは一瞬で全身を湮滅させることと同義ではないか。


 成否は、


「…………何も起きない、わね」


 成。

 

 粉々に砕け散った氷が解けると同時に、凍っていた血肉が液体となって蒸発する。

 ヌザンビは極低温の中では再生できず、復活できない。新たなヌザンビ攻略法の開拓だ。


「どうか、魂だけは安らかに……」


 ミレナは何もなくなった場所に言葉を注ぎ、階段を下りた。


 一方、はぐれたフリムは、


「シュ! ッ! ッ! ッ! ッ!」


「ギャギャ! ギャギャギャ!!??」


 矢の掃射そうしゃで、ヌザンビを一瞬で湮滅させていた。

 壁に突き刺さった矢はなく、抉れる地面だけが峻烈に残っていた。ただそれも、数秒後には元に戻るのだが。


「また階段か……降りるしかない、かな?」


 そうして四人と一匹は、何事もなく二階層目を攻略。


 エンタクは言うまでもなく、シュウは多対一の不利を、ヌザンビの手足をへし折ることで解消し突破。ミレナは出し惜しむことなく、矢を撃ち続けて突破。フリムも矢の一斉掃射で再生の暇も与えずに突破する。


 エンタクがややリードしながら、着々と三階層目、四階層目と攻略していった。


――視点はエンタクに切り替わる。


 五匹のヌザンビを五秒で反掌はんしょうに斃して、階層を下りようとした時、エンタクは異変に気付く。下の階層にいる敵の数が、一匹に減っているのだ。

 身体も少し大きく、見た目も少し異形になっている。そして異変の極めつけは、今までのヌザンビより格段に強いこと。


 推測するに、ヌザンビの十倍ほど強いだろうか。


『シュウ、ミレナ、聞こえる?』


 シュウとミレナは今が五階層の前に居る。エンタクは二人が入る前に、千里の通いで話しかけた。戦闘中では雑慮になるからだ。


『エンタクか? どうした?』


『まだシュウ達とは合流してないわよ』


『敵の数が一体に減った。君たち、前の階層は四体のヌザンビだったよね?』


 エンタクが確認で質問すると、二人は相槌を打って相違ないと答える。


『五階層目の次が、一体のヌザンビに減ってる。おそらく、ヌザンビの十倍ぐらい強いと思う』


 まだ実際に相対していないため、十倍というのは所感に過ぎないが、齟齬そごはあってもごくわずか。むしろ、実際より強いと見積もってもらった方がいいだろう。

 エンタクは第六感の能力で思った所思を、変に変えることなく伝えた。


『マジか』


『十倍って……』


 信じられないという思いを、言葉と声色にして外に出す二人。

 シュウとミレナにはまだ荷が重いか。焦って戦って、死ぬよりはましだ。生きていれば、それだけで未来はある。


『数より質って訳だな。五階層まで行ったら、そこで諦めるのも手だな』


 全員合流したいが、五階層目で待機してもらうのも悪くない判断である。

 ただ――、


『俺は行くぜ、何のための二か月間の修行だっての……』


『私も、足手まといじゃないわ。シュウの背中を、私が守るって決めたの』


 期待通りの反対だった。


 ここで怖いと諦めているようでは、今後の戦いで生き残ってはいけない。というかそもそも、ここで諦めさせるほどの生ぬるい修行を、二人に課したつもりはない。

 かの修行を乗り越えた二人なら、反対して突き進んでくれると信じていた。


『いらない心配だったな。じゃあ五階層までいったら、一旦待ってて。僕が情報を落とす』


 エンタクが言うと、シュウとミレナは『分かった』『分かったわ』と返事。千里の通いを切った。

 階段を降りて、エンタクはヌザンビの前に立つ。


「来イ。テキ」

 

「話せるか。悪いが、根掘り葉掘り調べさせてもらう。後悔は魂の元に帰ってから、することだな」


 ヌザンビが仕掛けに来る。

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