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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第20話 誘いなさい、吾が元へ2

「苦戦を強いられるというのなら」


「出し惜しみはしない!」


 敵の闘い方が変わり、木偶の坊から知性ある猿に進化したというのなら、


岩石纏繞がんせきてんじょう」「烈火集積れっかしゅうせき


 傑出能力を駆使して全力で斃しに行くだけだ。

 ボトーは周囲に転がっている石や、魔法で作製した岩石を身に纏う。フェンは頭上から燃え盛る火球を作り上げる。


 そして、


「岩石操作!」「発射!!」


 ボトーは岩石を身に纏った圧倒的な質量で勁悍けいかんに攻め、フェンはそれをサポートに徹するように側面から火の玉を連射する。

 多少、巨躯の男に知性が芽生え、戦い方が変わったとしても、二人の長年の研鑽を即興で、それも二対一で越えられるわけがない。


「!?!??!?!?」


 巨躯の男はボトーの回避先を予測した突進に押し飛ばされ、フェンの火球によって全身に風穴を開けられる。


「しっかしどういうことだ!? なんで生きてる!?」


「背骨と首の骨を折損したはずですが、何事もなく起き上がってきましたね。それに……」


「傷が治っていた、よな?」


「はい。どういうことか、治ってましたね」


 普通の生物なら、背骨と首の骨を折損されたのなら即死だ。それに人間か亜人か獣人か——どの人種がベースになっているかは不明だが、元は人類。尚の事あり得ない。

 だのに、蘇って傷も治っていた。


——既視感。


 蘇ってくるという既視感。


 さっきの背骨と首の骨の折損とは訳が違う。どう考えても生物が生存できる域を逸している。だが、アンコウエンで闘った人型の魔獣。


「まさか、立ち上がったりは……」


「それは、本当にそうなるパターンでは?」


 ボトーが縁起でもないフラグを口にして、フェンが顔を焦燥で引きつらせる。

 こういった時の邪推とは当たるもの。


「―――ッ!!」


「ほら! いった通り!!」


 巨躯の男は再び蘇った。それも、人型の魔獣よりも素早い蘇生と再生だ。


「マジかよ! 頭をつぶして、体中に風穴を開けたんだぞ!!」


「知りませんよ!!」


 どう考えてもおかしい。


「ともかく、来ます!!」


 焦る二人に、巨躯の男は好機だと突進する。

 考えるのは後だ。


――ともかく目の前の敵を、片っ端に倒し続ける!!


「ふん!」「はぁッ!!」


 同じようにボトーが圧倒的な質量で攻め、フェンがサポートに徹する。たかが猿程度の知性。越えられない研鑽。同じやり方でいい。

 その程度の浅い考え、淡い期待。

 

 それが、


「――ッ!!」


「ぅグ!?」「ヌはッ!?」


 二人の足元を掬う。

 巨躯の男はボトーに正面から勝てないと悟ったのか、ボトーが足を踏む場所に岩の足場を生成――隆起させることで、体勢を崩させる。


 体勢を崩したボトーは、吸い込まれるように巨躯の男の懐へと入る。それを巨躯の男は無駄のない動きで背後をとって、ボトーを盾にした。


 何のために。

 フェンの火球を防ぐ盾にするためだ。

 見誤ったのだ。


「ガァ!?」


「ボトーさん!!」


 ボトーが身にまとった岩石が盾となり、幸か不幸か致命傷にはいたらない。


――まただ! こいつまた、成長してやがる!!


 猿程度の知性では到底できない、踏みこむ足先の予想と隆起。

 そのやり口はまるで人だ。相手の行動を経験と知識で予測した、人の搦手からめてだ。


 巨躯の男はボトーの身体を持ち上げ、背後から両腕を使って首を締め上げる。


「アァガァァァああ!!」


 苦悶くもんの声を上げるボトーに、巨躯の男はそのまま締める力を強めた。

 しかし、

 

「ッ!?」


 見誤っていたのは巨躯の男の方もだった。


「ヌッ! クゥゥゥゥンンン!!」


 ボトーは軒昂けんこうたる声を張り上げると、筋肉を隆起させて巨躯の男の腕をつかむ。そして、握力だけで巨躯の男の腕を捻りつぶし、


「あめぇんだよォォォ!!!」


 力が緩まったところを、背中に残っていた岩石を操作して、巨躯の男の胴体を岩の針で貫いた。

 巨躯の男の動きが鈍ったところに、フェンが横から顔面に向かって火柱を噴出させ、その頭部を消し飛ばした。


「もしかしたら、アンコウエンで対峙した人型の魔獣のように、何度も蘇るのかもしれません!!」


「まて、こいつはヌザンビって奴だ! ゲッケイジの説明じゃ、あの人型の魔獣は魂で出来てるんだろ!? 蘇ったのも魂があったから!! だがこいつには魂はねぇはずだ!!」


 魂がいくつもあるから再生して蘇る。絶対ではないが、その理屈はなんとなく呑み込める。しかし、目の前のヌザンビは魂のないただの屍。

 魂がないのなら本当に不死身なのか。それとも別の何か。


 リフの推断が間違っていた可能性。

 ただそれを借りに疑ったとして、答えは出ない。

 管窺かんき故に、考えてもめくら垣覗かきのぞき。


「ではどうして、ヌザンビが蘇るのですか!?」


「知るかよ!」


 結論が出ないでイライラしている二人を差し置いて、巨躯の男は超速再生でまたも蘇る。そして、


「――――ッ!! ッ!!!!」


「なッ!? こいつ!?」


「クソッ! マジかよ!?」


 ボトーとフェンの度肝を抜かす技を見せつけた。

 何を見せ、何が起こったのか。超速再生以上の衝撃の光景が、二人を驚愕させたのだ。


 右腕には岩石の塊が纏繞され、左掌の上には四散しない小さな火球が生成された。

 要するに、


――俺たちの傑出能力を、真似やがったのか!?


 ボトーとフェンの傑出能力を、稚拙ちせつではあるが即席で真似したのだ。

 二人の数年の研鑽を、たかが数分で追いついたのである。


 事実としても、二人の感情としても、信じられず、信じたくない事態だ。 


「ッ!!」


「「ァガゥあ!?」」


 巨躯の男は巨大な岩腕でフェンを殴りつけ、火球でボトーを狙い撃ちする。

 その洗練された手際は天才を彷彿ほうふつとさせた。


 止まることを知らない成長速度。

 信じられず、信じたくない事態。


「!?!?」


「馬鹿が」


「この程度、温いぞ!」


 だが、かえってその窮地ともいえる事態が、


「見様見真似ごときの能力で!!」


「付け焼刃ごときの能力で!!」


「「俺たちの研鑽に太刀打ちできると思うなよ!! 三下がぁぁぁぁ!!!」」


 ボトーとフェンの闘争心を爆発的に上騰じょうとうさせ、火をつけた。


 彼らが言った通り『見様見真似』『付け焼刃』の能力で、自分たちを超えられるはずなどない。相手が並々ならぬ才能ごときで追いついてきたのなら、更に上をいく才能で突き放すだけである。


 それが二人の心の叫びだ。


「ッ!?!?!?」


「「ハァァァァァァ!!!」」

 

 フェンは巨大な岩腕ごと、巨躯の男の右半身を火球の連射で焼き尽くし、ボトーはさらに巨大な岩を纏って、残った左半身を上から圧壊あっかいした。


「今度こそはやったと思いたいですが……」


「蘇るって考えても、よさそうだな」


 右半身はほとんど焼け焦げ、左半身はぐちゃぐちゃに潰れ、今までにないオーバーキルだ。

 だが、体に風穴を開けられても、胴体を貫いても、頭を消し飛ばしても再生して蘇ってくる存在。なら今回も、蘇ってくるのではという嫌な予覚よかく


 そしてやはり、


「再生が早い!?」


「休憩する暇もないとは!」


 巨躯の男は蘇った。それも一瞬、今までの中で一番早い再生だ。


「それに……」


「どんどん、俺たちの能力を極めてやがる」


 今度は、巨躯の男は全身を岩石で覆い、大きな火球を頭上に構築させる。

 勝るとも劣らない。ボトーとフェンの能力を、披露した本人並みの技術にまで昇華させたのだ。


「まさか、致命傷を負うたびに強くなるのか?」


「その可能性は高いな!」

 

 とんでもない成長速度。

 この感情は、この感情は恐怖だ。驚きが恐怖を上塗りし始めている。

 フェンの胸臆きょうおくに今、驚きよりも恐怖が渦巻き始めていた。


「どうします!?」


 フェンはすがるようにボトーに尋ねる。

 先輩なら、頼れる快男児かいだんじのボトーなら何か妙案を明示してくれるのでは。追い詰められ、浅く怯弱きょうじゃくに頼ってしまう。


 ボトーは、


「俺にいい考えがある!」


 それでも突貫した!


 フェンが未知の強敵におびえていると悟ったボトーは、脳をフル回転させるとともに時間稼ぎに前に出ることにした。

 無謀に突貫したのではない。先輩の威厳を保つため――でもあるが、明確に試したいことがあったからだ。


「一体どんな!?」


 彼の発言にフェンは即座に問う。

 流石頼れる先輩だと、フェンの恐怖が吹っ切れる。

 

 ボトーは火球を岩石の鎧で防ぎながら、巨躯の男の手足を集中して狙う。そして躓いたところを蹴り飛ばして、飛ばした先に魔法で岩を落とし、生き埋めにして時間を稼ぐ。


「覚えてるか!? リフのゼーレの話を!」


 ボトーに突然問われ、フェンは「え!? はい!」と、戸惑いながら答えた。


『闘って分かったことですが……人型の魔獣、ゼーレは魂で体が出来ています。ですから、複数の魂があれば、死んでも再生して蘇ってくる。たとえそれが、半身を失うような重症だったとしても、全身が木端微塵こっぱみじんになったとしても……ゼーレの攻略法は一つ』


 過去、リフが対ゼーレ用に応相談してくれた時の話だ。


『蓄えられた魂が尽きるまで、効率よく殺し続けること! 再生中に接近するのは厳禁です! 敵は弱点を逆手にとって、再生中に攻撃してきますからね』


 どうして今、対ゼーレ用の話を思い出すのか。

 目の前にいる敵はゼーレではなくヌザンビだ。似て非なる者。だが、逆に言えば似ているところがあるのだ。


 再生すること。同じ敵が関与していること。

 これが共通点。

 明確な差異さいは、死なないことと圧倒的な再生速度。


 そうだ、死なないのだ。何故なら屍であるから。屍であるから、そもそも死んでいる。

 だから本来、即死の攻撃を受けても再生するのだ。


 そして次の圧倒的な再生速度が重要だ。


 ゼーレは魂を糧に再生して蘇る過程上、再生時が弱点。だが、ゼーレはその弱点を逆手に取ることで強引に補っていた。

 一方、ヌザンビはどうだ。再生速度が速すぎて、弱点が弱点となっていないのだ。言い換えよう。すでに弱点を補っているとしたら。


 弱点を補う。それ即ち、そうしなければ使い物にならないから。

 ここからは憶断おくだんだ。


 ではどうして、ゼーレとヌザンビで再生速度が違う。

 単純明快。ヌザンビはゼーレと違って、超速再生までしないと弱点を補えないからだ。


 そこに答えがある。答えは――、

 

「答えは、再生して即座に蘇り! いや! 再生して即座に復帰し、復帰する度に強くなるというのなら!」


――ならば!!


「一瞬で、二度と再生できないように粉微塵にする!!」


――再生が不可能になるまで全身を一瞬で湮滅いんめつさせる!!


「なるほど!! やりましょう!!」


 フェンはボトーの空虚で頼りない理屈に、頼もしそうにガッツポーズをした。

 決まりだ。一蓮托生いちれんたくしょう


 ――これが完成型ヌザンビの攻略法だ!!!


「――――ッ!!!」


 巨躯の男が瓦礫の中から脱出。火球を構築し、両腕を岩石で覆って巨大な岩の両腕を作り上げる。そしてそれを、ボトーとフェンに振り下ろす。 


 巨躯の男にとって、天井が崩れ落ちて生き埋めになることなど関係ない。生き埋めになるのなら、岩石を極限まで身に纏って身を守り、即座に抜け出せば問題ないからだ。

 知性と理性をもって、知性も理性もない破壊の奔流ほんりゅうを叩きつける。


 避ける二人。追撃の大きな火球も避けながら、地上に出た。

 地下の研究室は巨躯の男によって跡形もなくなる。


「怯えてる暇はねぇぞ! フェン!! お前の火力が頼りだ!!」


「はい! 鼓舞に感謝します!! 合わせてください!!」


 技術は如己男といえるが、力は相手が上だ。

 フェンがまだ怯えていないか確かめるが、無用な心配だったらしい。


 一瞬で粉微塵にするには、ボトーの傑出能力や魔法では難しい。フェンの愚直に火力を追い求めた傑出能力と、火魔法が勝敗を決める。


 巨躯の男が地下から飛びあがってきた。


「サポートは任せろ!! 纏繞・解。ウッピョォォォォォ!!!」


 ボトーは雄叫びを上げ、なぜか纏っていた岩石を身体から剥離はくりする。

 剥離した理由は、新たに体得した傑出能力が他の能力と併用へいようできないからだ。


「岩石・漂槍ひょうそう


 身体に纏っていた岩石を使って、新たな傑出能力を発動。岩石を槍の形に変形させ、それを複数自身の周りに浮かばせる。


「烈火凝縮」


 フェンは火球の中にオドを多量に送り込み、中で炎を作り出して火球を凝縮させる。彼も、新たに体得した傑出能力を行使しようとしているのだ。


「―――ッ!」


「させるか!」


 知性を持った巨躯の男は、フェンの火球を凝縮させる行動を見て悟ったのだろう。やられる前にやらなければと。

 そのフェンを真っ先に始末しようとする行動。ボトーも巨躯の男の行動を見て、仮説が確然かくぜんたるものだったと悟った。


 ボトーは浮かしている石の槍を射撃して、巨躯の男の突貫を牽制けんせいする。しかし、巨躯の男はそれを初見であるのに、最小限の被弾に抑えてフェンに急接近してみせた。


 なんという穎悟えいご


 巨躯の男は纏っていた岩石をボトーのように浮遊させ、それを足場にしながら縦横無尽じゅうおうむじんに動き回り、被弾を抑えながら一気にフェンに接近したのだ。


 これなら、岩石を纏ったまま、真正面からぶつかった方が時間を稼げただろう。

 致命的なミスだ。


「やるな、だが……」


――そのままで終わったのなら、だがな……


「漂槍・


「――――ッ!?」


 ボトーが唱えると、外れたはずの石の槍が動き出し、巨躯の男へとホーミング。


「爆ぜろ!!」


「!?!?!?!?!?」


 突き刺さった石の槍が爆発する。

 地中の中には一部、 六色鉱石の細かい欠片が混じっている。それを事前にかき集め、石の槍の中に仕込んでいたオドを外のマナと接触。爆発させたのだ。


 岩石の鎧が砕け、巨躯の男の突貫が横にずれる。


「いまだ!!」


「しかと食らえ!」


 その最大の好機をフェンは見逃さずに、凝縮した火球を蛇の形に変える。巨躯の男に巻き付け、


「秘儀!! 烈火焼尽れっかしょうじん蜷局とぐろ!!!」


 巨大な火柱で全身を焼き尽くした。

 巨躯の男の身体が、


――再生は、


「肉体が!」


 塵芥ちりあくたとなって消えた。


「完全に灰になった!」


 ――起きない。


 ガッツポーズした。


 ――これで蘇ることはない!!


「決まったな!! よくやったぜフェン!!」


「はい!! やりましたね!!」


 完全勝利で一件落着。

 二人は腕を組み合う。


「新しい技に、火力も上がってるじゃねぇか!! すげぇな!!」


「ボトーさんこそ、弾かれた岩を動かして、さらに破裂させて牽制とは! 素晴らしいサポートでした!!」


 互いに初披露の能力を、最大限に活かした戦い方だった。

 新たに加わった警備隊の隊員たちの修行を見て、彼らも影で孜孜ししと研鑽していたのだ。


「おう!」


「はい!」


「これで一件落着です!」「ウッピョォォォォォ!!!」


 ボトーとフェンは空に向かって快哉かいさいを叫んだ。

 二人が戻るころには、地上での抗争は収束。研究者たちを収容所へと送り、無事に生還することとなる。



※ ※ ※ ※



 時間が過ぎ、酷い有様となった研究施設の地下。

 そこに、小さな蝙蝠こうもりがいた。人が去るまで、闇魔法で身を隠してじっとしていたのだ。


 小さな蝙蝠は巨躯の男――完成型ヌザンビとエンタクの従者との死闘を、逃げることなく観察していた。

 当然、ただの蝙蝠ではない。眷属である。


「やるね……」


 それもウィジュヌスの化身の眷属だった。

 化身の、眷属から視覚を共有する能力から、ヌザンビの戦闘を観察していたのである。


「ヌザンビの弱点に気づいたか。ならば、その裏を突かないとね」


 相手が一枚上手だったのなら、こちらはさらにその上手をいけばいい。そう言いたげにウィジュヌスは窃笑した。

 



※ ※ ※ ※



 ボトーとフェンを含む、抗争で負傷した護衛をアンコウエンに帰還させ、リメア達はセント・チェルコスの収容所に足を運んでいた。

 唯一、護衛の中で負傷しなかったラウラが、付き添いという形で随伴ずいはんしている。


 石造りの尋問室。一人の研究者を、魔法を中和する椅子に、同じく魔法を中和する縄で縛って、尋問開始だ。


「さて、貴方達に黙秘の権利はありません。偽らずに、真実を話してもらいます」


「私が許可証を見せた時、早すぎると仰っていましたね? 最初から、切られることを知っていたのですか?」 


 セルヴァが研究者の男を威圧的に睨み据え、リメアも促すように怖い顔を近づける。

 逃げ道の扉の前では、両手を頭の後ろにやって寛ぐラウラが居るため、万が一もない。


「答えたらどうなる? 答えたら、俺たちは助かるのか?」


 男はリメアの問いに答える気はなく、視線を外して身の安全を問い返す。

 立場的にはこちらが圧倒的に上だが、自分たちの情報が対等な交渉材料になると判断したのだろう。 


「助かるかどうかは分かりません。貴方たちを告訴したのは、ここの領主エンリーノさんです。貴方方をどうするかは、エンリーノさん次第です」


 裁判から現在までの概要は、エンリーノが被害者の代表として法曹協会ほうそうきょうかい告訴こくそ

 度重なる禁忌の研究によって、研究者たちは人権を剥奪。告訴したエンリーノに所有権が渡る。


 これが概要だ。


「なら、答えてやる義理はない。助からないのなら、吐くだけ損ってもんだ」


「それはどうでしょうか? 我々はエンリーノさんの情報から、貴方方の禁忌の研究を暴きに協力した協力者です。我々が貴方方の命の保証を願い求めれば、助かる可能性はある」


「そんな望み薄のものが交渉材料になると? 確証がない限りは話す気はない……」


「…………」


 リメアは強めな口調で反論するが、研究者の男は賢く論駁ろんばくし返す。

 考えなしに稚拙な理屈で返してしまったことを、リメアは自戒じかいした。


「はぁ……話にならないネ」


 数秒の沈黙の後、鬱憤うっぷんをため込んだラウラが前に出た。

 少し苛立たし気な表情から、許可された拷問をする気概があるのが分かった。


「立場を分かってない。交渉を持ちかけるべきはそっち。命乞いをするのはそっちネ」


 ラウラは男の髪の毛を掴み、自分の方に強引に引き寄せる。殺気のこもった慈悲も情けもない瞳は、被る側ではないリメアでも悚懼しょうくしてしまう怖さだ。


「そ、そんな脅しに屈する気はない」


「口だけは一丁前ネ。言っとくけど、アタシは殺しを躊躇わないネ。当然、尋問拷問の類もネ」


 男は慄然りつぜんと震えながらも、強く理性を保ってラウラに言い返す。

 ラウラは鼻で笑い、ヤクザの様に男の頭を下に引っ張り、その口の中に足を無理やり突っ込んだ。


「ゴっ!? ひ、ひはま!?」


 男は情けなく嘔吐えずきながらも、ラウラを睨んで意志の強さを示す。

 ラウラはそれがどうしたと睨み、


「セルヴァとリメアは見るな。こういうやつは、まずは痛みネ」


 足を口の中にさらに突っ込んだ。

 殺気だけで背筋が凍り、身震いして生唾を思わず飲んでしまう。

 研究者の男は惶惑こうわくして瞳孔を細め、震えさせた。


 ここにいるラウラ以外の全員が彼女に恐れ、内心、慌てふためいていた。


 これぞ本当の警備隊。故郷のため、仲間のためならば修羅になる覚悟がある。

 ラウラが研究者の男の指を掴み、へし折ろうと――、


「その必要はありません。彼らは極悪非道な悪人ですが、貴方方が手を汚す程の、覚悟の決まった器ではないです」


 した、その時だった。

 突として扉が開き、蓄えたオレンジの髭を佳麗かれいに整えた男が入ってくる。


「エンリーノさん」


 セント・チェルコス領の領主エンリーノ・チェルコスだ。

 エンリーノは室内の光景を見ると、目を閉じて右手を胸の左に当てる。そして「お手を煩わせて、申し訳ございません」と紳士のお辞儀をした。

 状況を一目で理解したのだ。


 ラウラは研究者の男の口から足を引き抜くと、軽く足を振って靴に付いた唾を振り払う。


「状況はある程度把握いたしました。彼らの要求は、命の保証……といったところでしょうか?」


「ご明察の通りです」


 分かり切ったことだが、認識の齟齬そごがあるといけない。その程度の確認だろう。

 犀利さいりなエンリーノをリメアが賛嘆さんたんする。


 認識の摺り寄せが終了すると、エンリーノは男の前に立った。


「では、彼らの命の保証は、彼らの所有権を持つ私が確約しましょう。今後は、私の元で仕事に従事してもらいます。それでは、話してもらいましょう」 


「分かった」


「敬語を使いなさい。貴方方に否定する権利はありません。命が助かることを光栄に思い、その罪を民衆に尽くすことで贖うのです」


「分かりました」


 ラウラとはまた違った威圧を放ちながら、エンリーノは研究者の男をたしなめた。

 儼乎げんこたる姿はまさしく領主である。


 研究者の男は、ゆっくり話し始めた。



※ ※ ※ ※



 内通者。セント・チェルコス領領務長官オダ・リーグ。

 研究者たちはオダ・リーグの指示のもと、送致そうちされた被験者にヌザンビの研究を行ったと白状した。


「内通者の可能性は危惧きぐしていましたが、領務の長官が一枚かんでいたとは……」


 信頼する領務長官に裏切られたエンリーノの表情は、義憤、憂い、恐怖、負の万感ばんかんたたえていた。

 

「彼は今どこに?」


「先日、外から招集を受けたと領地を出ていきました」


「タイミングが良すぎますね」


 返答を聞いて、愚痴るセルヴァ。


 当然、オダはセント・チェルコス領内には居なかった。

 研究者たちが口を割ることを予期して、事前に逃げていた訳だ。  


「外からというのは?」


「私も彼を疑うことはなかったので、特に質問などはしませんでした」


 質問するリメアに、エンリーノは悔しそうに首を左右に振った。

 リメアは続けて「最近、長官に就任されたのですか?」と問う。


「いえ、十年ほど前からです。それに彼は生まれた時からこの領民です。一番白い存在だったのですが……」


 十年前で、生まれも育ちも領民とは。疑いようがない。外出に対して何も訊かないのも、仕方のないことだ。


「最初から、敵の根が張っていたというわけですね」


「根を張っていたって感じより、丁度使える駒があったから、便宜で使ったって感じネ。行動が突然すぎるし、白かったのは、それまで裏切る必要がなかったからかもネ」


 セルヴァが考え込むようにぼやくと、今まで口を閉じていたラウラが喋々(ちょうちょう)熟案じゅくあんを喋り始める。

 エンリーノが「趣旨をお聞きしても?」と訊くと、ラウラは「ただの勘ネ」とバッサリ言い切った。


「中央都を急襲した賊の中に、中央都の長官とずぶずぶの関係だった奴がいたのは、知ってるネ?」


 「はい」と頷くエンリーノ。

 国の中枢が襲われたとなれば、それに付随ふずいする事柄も周知の事実だろう。


「そいつが、アンコウエンの急襲にも参加していたネ。そして、その急襲を指示したのはルマティアの枢機卿すうききょうネ。なら中央都の急襲も、ルマティアの枢機卿が関わってた可能性は高いネ。なら枢機卿の狙いが、アルヒスト全体の転覆と考えられる」


 ラウラは未だに縛られている研究者の男の手の上に足を乗せ、熟案した内容を明かしていく。

 ここまではアンコウエン組も推認していたことだ。


「その魔の手が、西アルヒストにも迫っている。そんな時に、ここの領務長官の突然な裏切り。そもそも領務長官の男が、なぜ突然裏切ったのか? アンタよりも、大きな存在が指示したのなら、超絶自然ネ」


「その大きな存在が、ルマティアの枢機卿と……否定はできませんね」


 なかなかに筋道の通った熟案だ。エンリーノも溜飲りゅういんが下がるとはいかないまでも、一理以上に理があるといいたげだ。

 ちゃらんぽらんなラウラだが、意外と頭の冴える人なのかもしれない。


「ラウラさん。もしかして賢いですか?」


「すっごく失礼だけど! アタシは賢いネ!! にゃは!」

 

 セルヴァの煽りに、ラウラは舌出しウィンクでサムズアップ。そのあとに調子に乗って、猫の手の形でぶりっ子ポーズをとる。


「なら、エンリーノさんに敬語を使ってください……」


 セルヴァはやれやれと、ラウラのおふざけを慣れた素振りであしらう。

 「やだ」と即答するラウラに、セルヴァは「おい」と乗りよく突っ込む。


 漫才かな。


「尚更、長官を捕らえる必要がありますね」


 話が逸れ、その逸れをエンリーノが真面目にもとに戻す。


「そうですね。足跡がないわけじゃないです。逃げたというのなら、目撃情報や、足に使った馬車などが履歴として残っているはずですから」


 リメアも緊張感を持ち直し、さっそく扉に手をかけて行動に出る。


 天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさず。


 悪事とは、いずればれるものだ。

 お天道様――エンタクがいる限り、こちらに負けはない。


「絶対に捕えて、必ず元悪にたどり着きましょう!!」


 締めの言葉を道破どうはして、リメアは部屋を出る。


「うい!」「「はい!!」」


――追跡開始だ!!

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