第20話 誘いなさい、吾が元へ2
「苦戦を強いられるというのなら」
「出し惜しみはしない!」
敵の闘い方が変わり、木偶の坊から知性ある猿に進化したというのなら、
「岩石纏繞」「烈火集積」
傑出能力を駆使して全力で斃しに行くだけだ。
ボトーは周囲に転がっている石や、魔法で作製した岩石を身に纏う。フェンは頭上から燃え盛る火球を作り上げる。
そして、
「岩石操作!」「発射!!」
ボトーは岩石を身に纏った圧倒的な質量で勁悍に攻め、フェンはそれをサポートに徹するように側面から火の玉を連射する。
多少、巨躯の男に知性が芽生え、戦い方が変わったとしても、二人の長年の研鑽を即興で、それも二対一で越えられるわけがない。
「!?!??!?!?」
巨躯の男はボトーの回避先を予測した突進に押し飛ばされ、フェンの火球によって全身に風穴を開けられる。
「しっかしどういうことだ!? なんで生きてる!?」
「背骨と首の骨を折損したはずですが、何事もなく起き上がってきましたね。それに……」
「傷が治っていた、よな?」
「はい。どういうことか、治ってましたね」
普通の生物なら、背骨と首の骨を折損されたのなら即死だ。それに人間か亜人か獣人か——どの人種がベースになっているかは不明だが、元は人類。尚の事あり得ない。
だのに、蘇って傷も治っていた。
——既視感。
蘇ってくるという既視感。
さっきの背骨と首の骨の折損とは訳が違う。どう考えても生物が生存できる域を逸している。だが、アンコウエンで闘った人型の魔獣。
「まさか、立ち上がったりは……」
「それは、本当にそうなるパターンでは?」
ボトーが縁起でもないフラグを口にして、フェンが顔を焦燥で引きつらせる。
こういった時の邪推とは当たるもの。
「―――ッ!!」
「ほら! いった通り!!」
巨躯の男は再び蘇った。それも、人型の魔獣よりも素早い蘇生と再生だ。
「マジかよ! 頭をつぶして、体中に風穴を開けたんだぞ!!」
「知りませんよ!!」
どう考えてもおかしい。
「ともかく、来ます!!」
焦る二人に、巨躯の男は好機だと突進する。
考えるのは後だ。
――ともかく目の前の敵を、片っ端に倒し続ける!!
「ふん!」「はぁッ!!」
同じようにボトーが圧倒的な質量で攻め、フェンがサポートに徹する。たかが猿程度の知性。越えられない研鑽。同じやり方でいい。
その程度の浅い考え、淡い期待。
それが、
「――ッ!!」
「ぅグ!?」「ヌはッ!?」
二人の足元を掬う。
巨躯の男はボトーに正面から勝てないと悟ったのか、ボトーが足を踏む場所に岩の足場を生成――隆起させることで、体勢を崩させる。
体勢を崩したボトーは、吸い込まれるように巨躯の男の懐へと入る。それを巨躯の男は無駄のない動きで背後をとって、ボトーを盾にした。
何のために。
フェンの火球を防ぐ盾にするためだ。
見誤ったのだ。
「ガァ!?」
「ボトーさん!!」
ボトーが身にまとった岩石が盾となり、幸か不幸か致命傷にはいたらない。
――まただ! こいつまた、成長してやがる!!
猿程度の知性では到底できない、踏みこむ足先の予想と隆起。
そのやり口はまるで人だ。相手の行動を経験と知識で予測した、人の搦手だ。
巨躯の男はボトーの身体を持ち上げ、背後から両腕を使って首を締め上げる。
「アァガァァァああ!!」
苦悶の声を上げるボトーに、巨躯の男はそのまま締める力を強めた。
しかし、
「ッ!?」
見誤っていたのは巨躯の男の方もだった。
「ヌッ! クゥゥゥゥンンン!!」
ボトーは軒昂たる声を張り上げると、筋肉を隆起させて巨躯の男の腕をつかむ。そして、握力だけで巨躯の男の腕を捻りつぶし、
「あめぇんだよォォォ!!!」
力が緩まったところを、背中に残っていた岩石を操作して、巨躯の男の胴体を岩の針で貫いた。
巨躯の男の動きが鈍ったところに、フェンが横から顔面に向かって火柱を噴出させ、その頭部を消し飛ばした。
「もしかしたら、アンコウエンで対峙した人型の魔獣のように、何度も蘇るのかもしれません!!」
「まて、こいつはヌザンビって奴だ! ゲッケイジの説明じゃ、あの人型の魔獣は魂で出来てるんだろ!? 蘇ったのも魂があったから!! だがこいつには魂はねぇはずだ!!」
魂がいくつもあるから再生して蘇る。絶対ではないが、その理屈はなんとなく呑み込める。しかし、目の前のヌザンビは魂のないただの屍。
魂がないのなら本当に不死身なのか。それとも別の何か。
リフの推断が間違っていた可能性。
ただそれを借りに疑ったとして、答えは出ない。
管窺故に、考えても盲の垣覗き。
「ではどうして、ヌザンビが蘇るのですか!?」
「知るかよ!」
結論が出ないでイライラしている二人を差し置いて、巨躯の男は超速再生でまたも蘇る。そして、
「――――ッ!! ッ!!!!」
「なッ!? こいつ!?」
「クソッ! マジかよ!?」
ボトーとフェンの度肝を抜かす技を見せつけた。
何を見せ、何が起こったのか。超速再生以上の衝撃の光景が、二人を驚愕させたのだ。
右腕には岩石の塊が纏繞され、左掌の上には四散しない小さな火球が生成された。
要するに、
――俺たちの傑出能力を、真似やがったのか!?
ボトーとフェンの傑出能力を、稚拙ではあるが即席で真似したのだ。
二人の数年の研鑽を、たかが数分で追いついたのである。
事実としても、二人の感情としても、信じられず、信じたくない事態だ。
「ッ!!」
「「ァガゥあ!?」」
巨躯の男は巨大な岩腕でフェンを殴りつけ、火球でボトーを狙い撃ちする。
その洗練された手際は天才を彷彿とさせた。
止まることを知らない成長速度。
信じられず、信じたくない事態。
「!?!?」
「馬鹿が」
「この程度、温いぞ!」
だが、却ってその窮地ともいえる事態が、
「見様見真似ごときの能力で!!」
「付け焼刃ごときの能力で!!」
「「俺たちの研鑽に太刀打ちできると思うなよ!! 三下がぁぁぁぁ!!!」」
ボトーとフェンの闘争心を爆発的に上騰させ、火をつけた。
彼らが言った通り『見様見真似』『付け焼刃』の能力で、自分たちを超えられるはずなどない。相手が並々ならぬ才能ごときで追いついてきたのなら、更に上をいく才能で突き放すだけである。
それが二人の心の叫びだ。
「ッ!?!?!?」
「「ハァァァァァァ!!!」」
フェンは巨大な岩腕ごと、巨躯の男の右半身を火球の連射で焼き尽くし、ボトーはさらに巨大な岩を纏って、残った左半身を上から圧壊した。
「今度こそはやったと思いたいですが……」
「蘇るって考えても、よさそうだな」
右半身はほとんど焼け焦げ、左半身はぐちゃぐちゃに潰れ、今までにないオーバーキルだ。
だが、体に風穴を開けられても、胴体を貫いても、頭を消し飛ばしても再生して蘇ってくる存在。なら今回も、蘇ってくるのではという嫌な予覚。
そしてやはり、
「再生が早い!?」
「休憩する暇もないとは!」
巨躯の男は蘇った。それも一瞬、今までの中で一番早い再生だ。
「それに……」
「どんどん、俺たちの能力を極めてやがる」
今度は、巨躯の男は全身を岩石で覆い、大きな火球を頭上に構築させる。
勝るとも劣らない。ボトーとフェンの能力を、披露した本人並みの技術にまで昇華させたのだ。
「まさか、致命傷を負うたびに強くなるのか?」
「その可能性は高いな!」
とんでもない成長速度。
この感情は、この感情は恐怖だ。驚きが恐怖を上塗りし始めている。
フェンの胸臆に今、驚きよりも恐怖が渦巻き始めていた。
「どうします!?」
フェンは縋るようにボトーに尋ねる。
先輩なら、頼れる快男児のボトーなら何か妙案を明示してくれるのでは。追い詰められ、浅く怯弱に頼ってしまう。
ボトーは、
「俺にいい考えがある!」
それでも突貫した!
フェンが未知の強敵に怯えていると悟ったボトーは、脳をフル回転させるとともに時間稼ぎに前に出ることにした。
無謀に突貫したのではない。先輩の威厳を保つため――でもあるが、明確に試したいことがあったからだ。
「一体どんな!?」
彼の発言にフェンは即座に問う。
流石頼れる先輩だと、フェンの恐怖が吹っ切れる。
ボトーは火球を岩石の鎧で防ぎながら、巨躯の男の手足を集中して狙う。そして躓いたところを蹴り飛ばして、飛ばした先に魔法で岩を落とし、生き埋めにして時間を稼ぐ。
「覚えてるか!? リフのゼーレの話を!」
ボトーに突然問われ、フェンは「え!? はい!」と、戸惑いながら答えた。
『闘って分かったことですが……人型の魔獣、ゼーレは魂で体が出来ています。ですから、複数の魂があれば、死んでも再生して蘇ってくる。たとえそれが、半身を失うような重症だったとしても、全身が木端微塵になったとしても……ゼーレの攻略法は一つ』
過去、リフが対ゼーレ用に応相談してくれた時の話だ。
『蓄えられた魂が尽きるまで、効率よく殺し続けること! 再生中に接近するのは厳禁です! 敵は弱点を逆手にとって、再生中に攻撃してきますからね』
どうして今、対ゼーレ用の話を思い出すのか。
目の前にいる敵はゼーレではなくヌザンビだ。似て非なる者。だが、逆に言えば似ているところがあるのだ。
再生すること。同じ敵が関与していること。
これが共通点。
明確な差異は、死なないことと圧倒的な再生速度。
そうだ、死なないのだ。何故なら屍であるから。屍であるから、そもそも死んでいる。
だから本来、即死の攻撃を受けても再生するのだ。
そして次の圧倒的な再生速度が重要だ。
ゼーレは魂を糧に再生して蘇る過程上、再生時が弱点。だが、ゼーレはその弱点を逆手に取ることで強引に補っていた。
一方、ヌザンビはどうだ。再生速度が速すぎて、弱点が弱点となっていないのだ。言い換えよう。すでに弱点を補っているとしたら。
弱点を補う。それ即ち、そうしなければ使い物にならないから。
ここからは憶断だ。
ではどうして、ゼーレとヌザンビで再生速度が違う。
単純明快。ヌザンビはゼーレと違って、超速再生までしないと弱点を補えないからだ。
そこに答えがある。答えは――、
「答えは、再生して即座に蘇り! いや! 再生して即座に復帰し、復帰する度に強くなるというのなら!」
――ならば!!
「一瞬で、二度と再生できないように粉微塵にする!!」
――再生が不可能になるまで全身を一瞬で湮滅させる!!
「なるほど!! やりましょう!!」
フェンはボトーの空虚で頼りない理屈に、頼もしそうにガッツポーズをした。
決まりだ。一蓮托生。
――これが完成型ヌザンビの攻略法だ!!!
「――――ッ!!!」
巨躯の男が瓦礫の中から脱出。火球を構築し、両腕を岩石で覆って巨大な岩の両腕を作り上げる。そしてそれを、ボトーとフェンに振り下ろす。
巨躯の男にとって、天井が崩れ落ちて生き埋めになることなど関係ない。生き埋めになるのなら、岩石を極限まで身に纏って身を守り、即座に抜け出せば問題ないからだ。
知性と理性をもって、知性も理性もない破壊の奔流を叩きつける。
避ける二人。追撃の大きな火球も避けながら、地上に出た。
地下の研究室は巨躯の男によって跡形もなくなる。
「怯えてる暇はねぇぞ! フェン!! お前の火力が頼りだ!!」
「はい! 鼓舞に感謝します!! 合わせてください!!」
技術は如己男といえるが、力は相手が上だ。
フェンがまだ怯えていないか確かめるが、無用な心配だったらしい。
一瞬で粉微塵にするには、ボトーの傑出能力や魔法では難しい。フェンの愚直に火力を追い求めた傑出能力と、火魔法が勝敗を決める。
巨躯の男が地下から飛びあがってきた。
「サポートは任せろ!! 纏繞・解。ウッピョォォォォォ!!!」
ボトーは雄叫びを上げ、なぜか纏っていた岩石を身体から剥離する。
剥離した理由は、新たに体得した傑出能力が他の能力と併用できないからだ。
「岩石・漂槍」
身体に纏っていた岩石を使って、新たな傑出能力を発動。岩石を槍の形に変形させ、それを複数自身の周りに浮かばせる。
「烈火凝縮」
フェンは火球の中にオドを多量に送り込み、中で炎を作り出して火球を凝縮させる。彼も、新たに体得した傑出能力を行使しようとしているのだ。
「―――ッ!」
「させるか!」
知性を持った巨躯の男は、フェンの火球を凝縮させる行動を見て悟ったのだろう。やられる前にやらなければと。
そのフェンを真っ先に始末しようとする行動。ボトーも巨躯の男の行動を見て、仮説が確然たるものだったと悟った。
ボトーは浮かしている石の槍を射撃して、巨躯の男の突貫を牽制する。しかし、巨躯の男はそれを初見であるのに、最小限の被弾に抑えてフェンに急接近してみせた。
なんという穎悟。
巨躯の男は纏っていた岩石をボトーのように浮遊させ、それを足場にしながら縦横無尽に動き回り、被弾を抑えながら一気にフェンに接近したのだ。
これなら、岩石を纏ったまま、真正面からぶつかった方が時間を稼げただろう。
致命的なミスだ。
「やるな、だが……」
――そのままで終わったのなら、だがな……
「漂槍・致」
「――――ッ!?」
ボトーが唱えると、外れたはずの石の槍が動き出し、巨躯の男へとホーミング。
「爆ぜろ!!」
「!?!?!?!?!?」
突き刺さった石の槍が爆発する。
地中の中には一部、 六色鉱石の細かい欠片が混じっている。それを事前にかき集め、石の槍の中に仕込んでいたオドを外のマナと接触。爆発させたのだ。
岩石の鎧が砕け、巨躯の男の突貫が横にずれる。
「いまだ!!」
「しかと食らえ!」
その最大の好機をフェンは見逃さずに、凝縮した火球を蛇の形に変える。巨躯の男に巻き付け、
「秘儀!! 烈火焼尽・蜷局!!!」
巨大な火柱で全身を焼き尽くした。
巨躯の男の身体が、
――再生は、
「肉体が!」
塵芥となって消えた。
「完全に灰になった!」
――起きない。
ガッツポーズした。
――これで蘇ることはない!!
「決まったな!! よくやったぜフェン!!」
「はい!! やりましたね!!」
完全勝利で一件落着。
二人は腕を組み合う。
「新しい技に、火力も上がってるじゃねぇか!! すげぇな!!」
「ボトーさんこそ、弾かれた岩を動かして、さらに破裂させて牽制とは! 素晴らしいサポートでした!!」
互いに初披露の能力を、最大限に活かした戦い方だった。
新たに加わった警備隊の隊員たちの修行を見て、彼らも影で孜孜と研鑽していたのだ。
「おう!」
「はい!」
「これで一件落着です!」「ウッピョォォォォォ!!!」
ボトーとフェンは空に向かって快哉を叫んだ。
二人が戻るころには、地上での抗争は収束。研究者たちを収容所へと送り、無事に生還することとなる。
※ ※ ※ ※
時間が過ぎ、酷い有様となった研究施設の地下。
そこに、小さな蝙蝠がいた。人が去るまで、闇魔法で身を隠してじっとしていたのだ。
小さな蝙蝠は巨躯の男――完成型ヌザンビとエンタクの従者との死闘を、逃げることなく観察していた。
当然、ただの蝙蝠ではない。眷属である。
「やるね……」
それもウィジュヌスの化身の眷属だった。
化身の、眷属から視覚を共有する能力から、ヌザンビの戦闘を観察していたのである。
「ヌザンビの弱点に気づいたか。ならば、その裏を突かないとね」
相手が一枚上手だったのなら、こちらはさらにその上手をいけばいい。そう言いたげにウィジュヌスは窃笑した。
※ ※ ※ ※
ボトーとフェンを含む、抗争で負傷した護衛をアンコウエンに帰還させ、リメア達はセント・チェルコスの収容所に足を運んでいた。
唯一、護衛の中で負傷しなかったラウラが、付き添いという形で随伴している。
石造りの尋問室。一人の研究者を、魔法を中和する椅子に、同じく魔法を中和する縄で縛って、尋問開始だ。
「さて、貴方達に黙秘の権利はありません。偽らずに、真実を話してもらいます」
「私が許可証を見せた時、早すぎると仰っていましたね? 最初から、切られることを知っていたのですか?」
セルヴァが研究者の男を威圧的に睨み据え、リメアも促すように怖い顔を近づける。
逃げ道の扉の前では、両手を頭の後ろにやって寛ぐラウラが居るため、万が一もない。
「答えたらどうなる? 答えたら、俺たちは助かるのか?」
男はリメアの問いに答える気はなく、視線を外して身の安全を問い返す。
立場的にはこちらが圧倒的に上だが、自分たちの情報が対等な交渉材料になると判断したのだろう。
「助かるかどうかは分かりません。貴方たちを告訴したのは、ここの領主エンリーノさんです。貴方方をどうするかは、エンリーノさん次第です」
裁判から現在までの概要は、エンリーノが被害者の代表として法曹協会に告訴。
度重なる禁忌の研究によって、研究者たちは人権を剥奪。告訴したエンリーノに所有権が渡る。
これが概要だ。
「なら、答えてやる義理はない。助からないのなら、吐くだけ損ってもんだ」
「それはどうでしょうか? 我々はエンリーノさんの情報から、貴方方の禁忌の研究を暴きに協力した協力者です。我々が貴方方の命の保証を願い求めれば、助かる可能性はある」
「そんな望み薄のものが交渉材料になると? 確証がない限りは話す気はない……」
「…………」
リメアは強めな口調で反論するが、研究者の男は賢く論駁し返す。
考えなしに稚拙な理屈で返してしまったことを、リメアは自戒した。
「はぁ……話にならないネ」
数秒の沈黙の後、鬱憤をため込んだラウラが前に出た。
少し苛立たし気な表情から、許可された拷問をする気概があるのが分かった。
「立場を分かってない。交渉を持ちかけるべきはそっち。命乞いをするのはそっちネ」
ラウラは男の髪の毛を掴み、自分の方に強引に引き寄せる。殺気の籠った慈悲も情けもない瞳は、被る側ではないリメアでも悚懼してしまう怖さだ。
「そ、そんな脅しに屈する気はない」
「口だけは一丁前ネ。言っとくけど、アタシは殺しを躊躇わないネ。当然、尋問拷問の類もネ」
男は慄然と震えながらも、強く理性を保ってラウラに言い返す。
ラウラは鼻で笑い、ヤクザの様に男の頭を下に引っ張り、その口の中に足を無理やり突っ込んだ。
「ゴっ!? ひ、ひはま!?」
男は情けなく嘔吐きながらも、ラウラを睨んで意志の強さを示す。
ラウラはそれがどうしたと睨み、
「セルヴァとリメアは見るな。こういうやつは、まずは痛みネ」
足を口の中にさらに突っ込んだ。
殺気だけで背筋が凍り、身震いして生唾を思わず飲んでしまう。
研究者の男は惶惑して瞳孔を細め、震えさせた。
ここにいるラウラ以外の全員が彼女に恐れ、内心、慌てふためいていた。
これぞ本当の警備隊。故郷のため、仲間のためならば修羅になる覚悟がある。
ラウラが研究者の男の指を掴み、へし折ろうと――、
「その必要はありません。彼らは極悪非道な悪人ですが、貴方方が手を汚す程の、覚悟の決まった器ではないです」
した、その時だった。
突として扉が開き、蓄えたオレンジの髭を佳麗に整えた男が入ってくる。
「エンリーノさん」
セント・チェルコス領の領主エンリーノ・チェルコスだ。
エンリーノは室内の光景を見ると、目を閉じて右手を胸の左に当てる。そして「お手を煩わせて、申し訳ございません」と紳士のお辞儀をした。
状況を一目で理解したのだ。
ラウラは研究者の男の口から足を引き抜くと、軽く足を振って靴に付いた唾を振り払う。
「状況はある程度把握いたしました。彼らの要求は、命の保証……といったところでしょうか?」
「ご明察の通りです」
分かり切ったことだが、認識の齟齬があるといけない。その程度の確認だろう。
犀利なエンリーノをリメアが賛嘆する。
認識の摺り寄せが終了すると、エンリーノは男の前に立った。
「では、彼らの命の保証は、彼らの所有権を持つ私が確約しましょう。今後は、私の元で仕事に従事してもらいます。それでは、話してもらいましょう」
「分かった」
「敬語を使いなさい。貴方方に否定する権利はありません。命が助かることを光栄に思い、その罪を民衆に尽くすことで贖うのです」
「分かりました」
ラウラとはまた違った威圧を放ちながら、エンリーノは研究者の男を窘めた。
儼乎たる姿はまさしく領主である。
研究者の男は、ゆっくり話し始めた。
※ ※ ※ ※
内通者。セント・チェルコス領領務長官オダ・リーグ。
研究者たちはオダ・リーグの指示のもと、送致された被験者にヌザンビの研究を行ったと白状した。
「内通者の可能性は危惧していましたが、領務の長官が一枚かんでいたとは……」
信頼する領務長官に裏切られたエンリーノの表情は、義憤、憂い、恐怖、負の万感を湛えていた。
「彼は今どこに?」
「先日、外から招集を受けたと領地を出ていきました」
「タイミングが良すぎますね」
返答を聞いて、愚痴るセルヴァ。
当然、オダはセント・チェルコス領内には居なかった。
研究者たちが口を割ることを予期して、事前に逃げていた訳だ。
「外からというのは?」
「私も彼を疑うことはなかったので、特に質問などはしませんでした」
質問するリメアに、エンリーノは悔しそうに首を左右に振った。
リメアは続けて「最近、長官に就任されたのですか?」と問う。
「いえ、十年ほど前からです。それに彼は生まれた時からこの領民です。一番白い存在だったのですが……」
十年前で、生まれも育ちも領民とは。疑いようがない。外出に対して何も訊かないのも、仕方のないことだ。
「最初から、敵の根が張っていたというわけですね」
「根を張っていたって感じより、丁度使える駒があったから、便宜で使ったって感じネ。行動が突然すぎるし、白かったのは、それまで裏切る必要がなかったからかもネ」
セルヴァが考え込むようにぼやくと、今まで口を閉じていたラウラが喋々と熟案を喋り始める。
エンリーノが「趣旨をお聞きしても?」と訊くと、ラウラは「ただの勘ネ」とバッサリ言い切った。
「中央都を急襲した賊の中に、中央都の長官とずぶずぶの関係だった奴がいたのは、知ってるネ?」
「はい」と頷くエンリーノ。
国の中枢が襲われたとなれば、それに付随する事柄も周知の事実だろう。
「そいつが、アンコウエンの急襲にも参加していたネ。そして、その急襲を指示したのはルマティアの枢機卿ネ。なら中央都の急襲も、ルマティアの枢機卿が関わってた可能性は高いネ。なら枢機卿の狙いが、アルヒスト全体の転覆と考えられる」
ラウラは未だに縛られている研究者の男の手の上に足を乗せ、熟案した内容を明かしていく。
ここまではアンコウエン組も推認していたことだ。
「その魔の手が、西アルヒストにも迫っている。そんな時に、ここの領務長官の突然な裏切り。そもそも領務長官の男が、なぜ突然裏切ったのか? アンタよりも、大きな存在が指示したのなら、超絶自然ネ」
「その大きな存在が、ルマティアの枢機卿と……否定はできませんね」
なかなかに筋道の通った熟案だ。エンリーノも溜飲が下がるとはいかないまでも、一理以上に理があるといいたげだ。
ちゃらんぽらんなラウラだが、意外と頭の冴える人なのかもしれない。
「ラウラさん。もしかして賢いですか?」
「すっごく失礼だけど! アタシは賢いネ!! にゃは!」
セルヴァの煽りに、ラウラは舌出しウィンクでサムズアップ。そのあとに調子に乗って、猫の手の形でぶりっ子ポーズをとる。
「なら、エンリーノさんに敬語を使ってください……」
セルヴァはやれやれと、ラウラのおふざけを慣れた素振りであしらう。
「やだ」と即答するラウラに、セルヴァは「おい」と乗りよく突っ込む。
漫才かな。
「尚更、長官を捕らえる必要がありますね」
話が逸れ、その逸れをエンリーノが真面目にもとに戻す。
「そうですね。足跡がないわけじゃないです。逃げたというのなら、目撃情報や、足に使った馬車などが履歴として残っているはずですから」
リメアも緊張感を持ち直し、さっそく扉に手をかけて行動に出る。
天網恢恢疎にして漏らさず。
悪事とは、いずればれるものだ。
お天道様――エンタクがいる限り、こちらに負けはない。
「絶対に捕えて、必ず元悪にたどり着きましょう!!」
締めの言葉を道破して、リメアは部屋を出る。
「うい!」「「はい!!」」
――追跡開始だ!!