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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第19話 誘いなさい、吾が元へ

遅れました。

申し訳ないです。

 新年を迎えてから一か月。

 新たにウィジュヌスの傘下に加わった神獣――ズラトロクとヘルハウンドを、テレボウ攻略の為に派兵してから数日が経っていた。


「時は満ちました。異端の断滅の時です。我らにおもねっている研究施設をき餌に、エンタクを我々の居城に誘引します」


 火炎を絶やすことなく、常に体を燃え盛らせている魔人――ヘレアスの悲願である異端の断滅。先ずは強大な勢力であるエンタクを殺し、残り二つの異端ナースティを一つに減らす。


「同じ研究者として、同志がいなくなるのは悲しいね」


「心にもないことを……ともかく、研究施設を嗅ぎまわっている哀れな俗吏ぞくりを招き入れ、エンタクに情報が届くようにしなさい」


 マッドとヘレアスの視線の先には、彼らに媚びへつらう大勢の構成員が膝をついていた。

 富、権力、名声。いつの時代のどの地域でも、この三大要素に媚びへつらわない者はいない。


「ぅ、ク……我らの居城に侵入したとき、それが貴方の最後です。インドゥーダラの応身おうじん、エンタクよ」


 ヘレアスが小さく呻くと同時、彼女の足元から細い糸のような何かが光った。その細い糸は、光は室内全体を張り巡り、室内にいる物体を淡く照らす。

 異端の断滅する計画が今、開始されようとしていた。



※ ※ ※ ※



 西アルヒスト北部、セント・チェルコス領内にある某研究施設。

 セルヴァが目を付けていた、非合法な研究を行っている可能性のある研究施設だ。


 二か月間の間、何度か訪問したのだが、いずれも地上で行われている公表された研究の様子だけで、地下で行われている研究は見学できなかったのだ。

 地下の研究も見学させてくれと依頼したのだが、そのたびに『機密保持の為に許可できない』と却下されるばかりであった。


 だが今日は違う。領主から許可を得て、許可証を携持けいじしているのだ。


「今日こそは、この先も見学させてもらいますよ」


「何度言ったら分かるんですか? ここより先は機密保持の為、見学は許可できないと、あれほど……」


 リメアがいつものように見学の依頼をすると、研究者はいい加減にしてくれと、辟易へきえきした態度で却下してくる。

 リメアはそんな男の態度を待っていたと言わんばかりに鼻で笑い、


「そういうと思って、ほら、ちゃんとした許可証をもらってきました」


 携持していた許可証を自慢するように突き出した。

 これで却下するということは、支援を受けている領主の反噬はんぜいになるわけだ。


 却下できるわけがない。


「どうして、なんで……はや、すぎる」


 研究者の男は二の句が継げないように、顔面を蒼白にした。

 素人目でもわかるほどに動揺している。やはり地下で非合法な研究を行っている可能性は極めて高い。


「断るおつもりですか? 領主が出した許可証ですよ? 領主が主であるこの土地で、領主から支援を受けて研究を行っているのです。拒否する意味は、理解できるはずですが……」


 下を向いて冷や汗をかいている男に、セルヴァが年貢の納め時だと煽る。

 とどめの一撃だ。ここまで責めさいなまれれば、もう却下することはできまい。


「くッ! わ、分かりましたよ……見学の許可を出します」


 男は手を大きく振り下ろして乱悪に振舞いながらも、辛うじて理性的に受け入れた。セルヴァも理性的に「ありがとうございます」と、紳士のお辞儀で返す。


「少々、準備に時間がかかりますので、この場で待機していてください」


 証拠の隠滅でも図るのだろうか。少なくとも何かしらの詭策きさくを巡らせるに違いない。


 数十分という時間が経過して、ようやく一人の男がやってきた。


「準備が整いました。では持ち物検査をさせていただきますので、ご協力お願いします」


 リメアとセルヴァは男の願い出にこくりと頷く。


「服装以外の持ち物があればここに置き、その後は両手を横に広げてください。もしも、何らかの持ち物を我々が見つけた場合、見学は即却下となりますので、どうかご留意を」


「「分かりました」」


 セルヴァも気づいただろう。ここで服装以外の荷物を取り上げる。言い換えれば、抵抗できる道具を取り上げるということ。即ち、拘束して揉み消そうとしている。


「見学できる人数は、許可証を持っていらっしゃるニュートラル様とセルヴァ様のみでございます。ですので、ほかの方々は一階の待合室で待機してもらいますよう、お願いいたします」


 そう考えていればだ。

 見事なまでな分断である。 


「待合室に何か仕掛けられている可能性もあります。待機する場合は、待合室の外か、施設外でお願いします。できれば、両方に分かれていただけると、うまく対応できるかと」


 セルヴァが後ろで待機している護衛の青年にそう耳打ちする。青年は「承知しました」と、小声で答えた。

 本来、待合室で待機させることに違和感はないが、罠が仕掛けられている可能性は低くない。賢い選択だ。 


「リメア殿、もし何かあれば、私をおとりに外に連絡を……地下とはいえ、完全に密閉されているわけではないです。大声で叫べば、護衛に聞こえるはずです」


 セルヴァは今度、リメアにそう耳打ちする。

 リメアはセルヴァと違い、訓練も受けなければ戦闘経験もない貴族様だ。ましてや、相手も自分も傷つけたくないという聖人思考の持ち主。


 戦うならば、リメアではなくセルヴァになるのは必然的なこと。


「わ、分かりました。くれぐれも、命を危険にさらすようなことは、しないでくださいよ」


 リメアは自己犠牲の選択肢を用意したセルヴァに対し、年下でありながらもいさめる。


「心得ています」


 セルヴァは真摯にまっすぐな目で報答ほうとうした。


 研究者たちは、こちらが温室育ちだと思っているはずだ。だからセルヴァがその欠遺けついを突く。研究者を捕らえ、証拠をもって公にし、元悪を突き止めるのだ。


 セルヴァの思惑通り、男たちは奥の部屋で、


「地下に入れたら、隙をついて箱入りの二人を捕らえろ。随兵ずいへいの奴らは、毒物を仕込んだ飲み物で毒殺するんだ」


「気づかれたらどうする?」


「大丈夫だ。情報によれば、随兵の中に強力な奴はいない。数で抑えられる」


「分かったぜ」


 欠遺したもみ消しの計画を練っていた。

 結末のカギはセルヴァが握った。 


 二人は互いに頷きあい、持ち物検査を受ける。

 そして、地下へと入った。


 階段を下りると、薄暗く湿気の強い空間が広がっていた。


 目下のそこかしこにコケが生えている。掃除や換気をしていないのだろう。中のものを極力さらさないぞ、という気概が感じられる。機密保持の年季の入り方が尋常ではない。


 地上の白とガラス張りの高雅こうがな雰囲気とは、真逆も真逆だ。薄暗くて人気もなく、陰湿で不潔で忌避したくなる。 


「案内します」


 地上に繋がる扉が閉じられ、研究者の男が前に出て頭を下げる。

 リメアとセルヴァは男の後ろに付いていく。

 前に一人、後ろに二人。前後挟まれての移動だ。


「ではまず、こちらの部屋で行っている研究の案内をさせていただきます」


「どうも、ご丁寧に」


 前を歩く研究者の男が止まり、重い石の扉に手をかける。扉が完全に開かれると、リメアが頭を下げながら入室した。

 中は暗闇だ。目もまだ暗順応していない。全く視認できない。リメアは唾を嚥下えんげして厳戒げんかいする。


 背後にいる研究者の男であろう人物が、部屋に備え付けられた光の六色鉱石に触れ、明かりをつけた。


 するとそこには、


「ついに、ついに掴みましたよ! 証拠を!! これは確実に、非合法な研究を行って――ッ」


 血にまみれながらも、微かに生きている男が薄く粗末なベッドに縛り付けられ――、


「しねぇぇぇぇぇ!!!!」


――リメアの頭に向かって、突如、隠れていた女が鈍器を振りかぶった!!


 だが、


「正体を現したな!!」


 セルヴァが振りかぶった鈍器を掴んで、惨烈さんれつな未来を未然に防いだ。

 辛い訓練経験があるセルヴァにとって、鈍器を片手で受け止める程度、造作もないことである。


「なにっ!?」


「このクソアマぁぁあ!!!」


「ガァッ!?」


 セルヴァは空いた左手を大きく振り上げ、構成員の女を一撃で気絶させた。

 すかさず顧眄こべんして、手にオドを集約させている二人の研究者の男に突撃。有無を言わせぬ速さで気絶させる。


「くそ! 動くな!! この女がどうなってもいいのか!?」


「しまっ!? 彼を放せ!!」


 だがセルヴァの迅速な行動もむなしく、一人の研究者によってリメアが捕縛されてしまったのだ。セルヴァはとっさに飛び出そうと体を動かしたが、冷静に引きとどまった。


「彼!? なんだこいつ! 男なのか! 確かに胸はねぇな! 女みたいな顔と体躯でよかったぜ! 捕えやすくてな!!」


「リメアさん!!」


 男に体中をまさぐられるリメア。それを見ることしかできないことに、セルヴァは大呼たいこする。大呼することしかできない。

 最悪な状況だ。


「わ、わたしは……」


「あ、なんだ? 抵抗するんじゃねぇぞ。おい! その男も捕えろ!!」


 男から指示を受け、他の部屋で待機していた構成員たちが、セルヴァを捕縛しようと囲う。当然、リメアを人質に取られてしまった以上、セルヴァは抵抗できない。

 リメアも自身より体躯の良い男の捕縛から逃げられず、そのことに気力をなくしてしまったのか。俯いてぼやくこと――、


「私は!! 男だぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ギヤッファ!?」


――リメアは早却さっきゃくに男の捕縛を解いて、流麗な背負い投げをした!!


 その通り。リメアを女扱いするのは禁句なのである。

 獣人の血が流れる彼にとって、多少の体躯の差による問題など釐毫りごうもない。ただ本人の意思どうこうの話である。


「なッ!?!?」


「ッ!!」

 

 リメアの背負い投げに瞿然くぜんと驚愕する構成員の隙を、セルヴァは見逃すことはない。

 まず前方の男の顔を蹴り上る。次に倒れる男の身体を台にして、蹴り上げた体勢の身体を横に。もう一人の男を横蹴りで気絶させる。

 そして、後ろから両手を拘束している男に、全体重をかけて転倒させる。衝撃で拘束は剥がれ、セルヴァは起き上がって男にこぶしを振り下ろし、気絶させた。


「リメアさん! 今すぐ出口へ!!」


「いえ、逃げるよりも、彼らを捕まえましょう! 地上に逃げている時間に、奸悪かんあくたちが地下から逃げてしまうかもしれません!! それにどうやら、地上ではすでに抗争が始まっているようです!!」


 最悪な状況を打開したことで、セルヴァは明敏に退却の指示を出すが、リメアはその彼よりも明敏に進攻の指示を出し返す。

 セルヴァは耳を澄ませ、地上の音を聞き取る。


 大呼に破砕音などが地下にまで響いている。


 リメアのいった通り、地上でも抗争が始まっているのだ。

 逃げたところで助太刀はなく、混戦に巻き込まれる可能性は大だ。邪魔になる。


「分かりました! 敵は素人ばかりです! ここで捕まえましょう!!」


 ならば、数少ない人員で仕留めようとしていた浅陋せんろうな研究者たちを、相手取る方が安全で適切である。

 

「くそ! 逃げるぞ!!」 


 残った数名の研究者と構成員は分が悪いと悟ったか、地下の奥へと逃げ出した。

 それ即ち、セルヴァがいれば制圧できるという裏返しであり、


「逃げるな!! 大人しくお縄につきなさい!!」


「追いかけましょう!!」


 研究者たちを追いかけるのは、火があれば煙が上がるほどに必然的なことであった。


「っ!!」


「天井が!? リメア殿!!」


 研究者の女が何か歯車を回し、苦し紛れに天井を崩してくるが、セルヴァには効かない。セルヴァはリメアを抱えて飛びのけ、トラップを簡単に避けた。


「ありがとうございます!」


 瓦礫を魔法で払いのけ、二人は十秒もかからずに再び追いかける。

 十数秒の追いかけっこの末、逃亡する研究者と構成員の男女は、最奥にある重厚な扉の部屋に入った。


 ここまでくれば、大詰めだ。


 ――視点は少し切り替わり、研究者と構成員の男女に。


「捕まったら死刑じゃ済まない!!」


「結局私たちは足切りかよ!! わかってたけどさ!!」


 彼彼女らは最奥にある部屋に入ると、身を潜めるように部屋の奥の物陰に隠れた。

 逃げ道はない。正確には完成に至らなかった、である。


『地下での研究を探ろうとしている者がいて……どうすれば、よいでしょうか?』


『潮時ですね。噂として広まっている時点で、何をしようと後の祭り。貴方方の研究施設は処分します』


『そ、そんな!? 待ってください!! お願いです!!』


『外につまみ出しなさい。彼らが逃げた場合、口封じを』


 数日前、リメア達の存在を消してほしいと、領地の長官に懇願しに行った彼彼女らだが、無慈悲な言葉を掛けられるだけ掛けられて、雑にあしらわれてしまったのだ。


 それから切り捨てられると分かった彼彼女らは、自分たちの手で山奥に続く道を作り、そこから隠遁いんとんしようと画策したが、間に合わなかったのである。

 完成する前に、リメア達が許可証を持って訪れたのだ。


 当然だが、地下の非合法な研究を見せるわけにもいかない為、外部に注文はできない。かといって素人のそれ。


 逃げれば、上に口封じで闇にほうむられる。

 彼彼女らには、圧倒的に選択肢と時間がなかったのだ。 


「やぶれかぶれだ……ふふ、かかか、ヌザンビを使うぞ」


「正気か!? 俺たちも死ぬぞ!?」


 そんな中、一人の研究者の男が恐怖を押し殺すように、薄く笑いながら呟いた。それに対し、構成員の男が苦言する。

 

「知るか!? 人権を剝奪されて、実験の被験者にされるよりかはマシだ!!」


 研究者の男は大声でその苦言を振り払った。

 ほかの男女は何も言わずにただ固まるのみ。

 万事休す。ことここに至ってどうすればよいのか、判断できないでいるのだ。


 研究者の男が勢いよく立ち上がり、薄く粗末なベッドを見た。

 そこには、


――視点は戻る。


 リメアが魔法を何度か撃って重厚な扉を破壊し、


「退路はもうないぞ!」


 セルヴァが先んじて部屋に入り、奇襲されないか危険がないかを身を張って確認する。が、何もない。そして、室内を見回して気づく。

 研究者と構成員の男女が、部屋の奥の隅で縮こまっているではないか。


「追いつきました!! もう逃げ場はありませんよ!!」


 リメアが前に出て、諦めたであろう男女に投降を勧告するが、彼彼女らは縮こまったまま出てこない。

 それどころか、男女の視線は物陰――リメアたちから見て死角の物陰に向いていた。眼中にないのだ。


 怪訝けげんに思い、その方向に目を凝らすと、そこには、


「いけ! 上位の魔法を行使できる凶悪犯に、改造に改造を重ねた完成型ヌザンビだ!! お前たちのような、ぬくぬくと事務仕事ばかりしている奴には、到底止められッ――!?!?」


 三メートルを超えようかという全身真っ黒な巨躯の男が、研究者の男を壁まで殴り飛ばす姿が。

 殴り飛ばされた男は頭から血を流して、力なく項垂れ衰残すいざんする。


「はは……俺たちも、お前たちも終わりだ」


「ここで全員、ヌザンビに殺されて終わりだ!! あはははは!!!」


「――――ッ!」


 研究者と構成員の男女の発言と、仲間の男を殴り飛ばしたこととは対比するように、理性があるのか無いのか、巨躯の男は無言でセルヴァに飛び出した。


「は、はやいッ!?」


 巨躯の男は瞬きの間に距離を詰める。

 飛び出した勢いを殺さぬまま、巨躯の男はその満身を以って体当たり。


 距離があったお陰か、セルヴァは体を斜め下にのけ反らせることで回避した。

 

「…………クソ、ここは逃げましょうリメア殿!!」


「ですが……あ、いや、分かりました!」


 見ればわかる。リメアも理解した。

 殺される。


 巨躯の男が体当たりで通った一直線が抉られ、道ができていたのだ。

 机や椅子といったものは勿論。鉄製のものまでプリンのように抉られている。


 戦闘を軽くかじった程度のセルヴァでは、足元にも及ばない。

 

「…………」


 巨躯の男が壁から振り返り、目がない目でセルヴァを睨み据える。

 しかしその時、巨躯の男の視線が頭上に遷移した。


「どうやら、困っているようですね!!」


 天井が崩れ落ちた。

 部屋中に振りかかる中、天井から三つの形影が落ちてくる。


「誰ですか!?」


 リメアが問い、煙が晴れると、


「我々です!!」


 瓦礫の上にはフェンと、


「何かあると勘が働いてな!! ウッピョォォォォォ!!」


「黙って付いてきて正解ネ!!」


 握りこぶしを固めて血気盛んに意気込むボトーに、サムズアップしながらウィンクするラウラが力感を漂わせ佇んでいた。


「いつから付けていたんですか!?」


「お前たちがアンコウエンを出てからだ!」


「出てから!?」


 答えるボトーの言葉にリメアは驚倒する。

 なぜなら、ここはアンコウエンからかなり距離があり、


「二日前ですよ!?」


 出立したのはなんと、二日前であるからだ。

 彼らは二日前から、気づかれないようにこちらの後をつけてきていたのだ。これで驚かないのは不可能だ。


「敵を騙すなら、味方からネ!!」


「だ、そうです!! 他の護衛は、表で構成員たちと交戦中です!!」


 そうはいっても無理がある。

 ただ嫌な予感がしたという理由で、二日間、仲間には何も言わずについていくというのは、さすがに無理があると言いたい。 


「――――ッ!!」


 そうやってリメア達が欣欣きんきんと会話する中、巨躯の男はその楽しい雰囲気を引き裂くように、ボトーに向かって一直線に飛び出した。


 ボトーは「くるかっ!!」と言って、腰を低く隠然と構える。


「ッ!!!!」


「んんッ!! んーーーーーーーん!!!!!」


 満身で体当たりしてくる巨躯の男を、ボトーは力強く受け止め、見事に弾き返した。

 巨躯の男は満身で体当たりしたことが悪因あくいんで受け身をとることができず、壁に体を衝突させ地面に打ちひしがれる。


「やるな!! だが!!」


「――――ッ!?」


「力任せがすぎるな!!」


 ボトーはすかさず巨躯の男の図星を見抜き、タイム無しで追撃する。


「ラウラ!!」


「わかってるネ!!」


 フェンもボトーに続いて巨躯の男に向かい、ラウラに指示を出す。

 ラウラはなんの指示かも訊かずに、研究者と構成員の男女の方へ走り出した。


 彼女のやることは男女の捕亡と、セルヴァとリメアを安全な場所まで退避させること。

 事前に決めていたわけではない。アドリブである。だがそれでも、プロの彼らの動きにラグは生じない。


「く、くる――ッ!?」


 まず一番近くにいたという理由で、ラウラは研究者の男に急接近。男は慌てながらも、傍にあった即席の武器をとって応戦しようとする。だが、


「そらそら!!」


「ぐはっ!」


 男が応戦する暇もなく、ラウラは男を打擲ちょうちゃくして戦闘不能に。さらに他の研究員の間を縫って進み、通り抜けると同時に攻撃。瞬く間に三人を戦闘不能にする。


「死ね!!」


「遅いネ!!」


 最後に残った構成員の男が鈍器をラウラの背後から振り下ろすが、彼女は振り向かずに肘を鳩尾みぞおちへ。男は崩れまいと片膝をつき、次なる攻撃を鈍器で防ごうとするが、


「ハイヤ!」


「ベキッ!?」


 鈍器ごと鉄拳で砕き割って、男の顔面を殴りぬいた。

 男の鼻はつぶれたが、因果応報だ。


 ラウラは苦を感じさせないような動きで簡捷かんしょうに男女を背負い、リメア達の元まで移動する。素早すぎる行動だ。


「そのでかぶつは任せたネ!!」


「「おう!!」」


 ラウラはそう一言だけ告げ、


「外まで逃げるネ! リメア! セルヴァ!!」


「「は、はい!」」


 リメアとセルヴァを手招きする。

 そして愁色しゅうしょくを特に見せることなく先行した。

 自分たちより強く先輩の二人。増してや、相手は力任せの雑魚。なら、心配することはないということだ。


「一人ずつ持ってもらうネ。ほい、ほい!」


「わっとと!」


「うお!」


 ラウラは走りながら、気絶した男女を一人ずつリメアとセルヴァに投げ渡す。

 とはいえ、ラウラが背負う数は常人のそれではない。


「アタシが先導するから、付いてくるネ!!」


 だがそれでも、一人を抱えたリメアとセルヴァよりもラウラは早い。


「「「――ッ!!」」」


 その時、先導するラウラの前に、敵が扉を突き破って姿を現した。

 その数五体。うち四体は最奥の部屋で見た巨躯の男のように、全身が同じ黒色である。うち一体は、全身真っ白の女体――背の高い女だ。

 

 五体は同時に走り出し、男女を背負っているラウラに急接近していく。

 ラウラは背負った男女を地面に少し雑に降ろし、


「邪魔ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 右手から何の動作もなく、唐突に槍を取り出し、白と黒の敵の首を瞬目で切り落とした。


「す、すごい」


 リメアとセルヴァは抱えた男を降ろして応戦する暇もなかったのに、ラウラは二人が行動を終える前に敵を倒し切った。


「頼りになります!!」


 セルヴァが言った通り頼りになりすぎる。


「この怪物も、やはりヌザンビなのでしょうか!?」


「可能性は高いネ。さっきまで部屋の中で動いてなかった怪物が、一斉に拘束を解いて動き出したネ」


 首を落とされ動かなくなった白と黒の男女――怪物を見下ろしながら、リメアは二人に確認する。

 ラウラは槍を消失させると、一息つきながらリメアに答えた。それから後ろ髪を手でさっと整え、降ろした男女を背負いなおす。


『改造に改造を重ねたヌザンビだ!!』


 研究者の男が言っていた言葉の中に、ヌザンビという単語があったが。類推するに、この敵も魂が抜き取られ改造された元は人間だった人達なのでは。

 ここまでむごたらしい研究が地下で行われていたのか。


 すでに魂が抜けているために『救う』というのは適切な表現ではないだろう。それを言うなら、彼らの亡骸が死後も非道に扱われないように、ここで安らかに眠ってもらう、だろう。


 リメア達は走り出す。


「ヌザンビ、伝奇上の存在だと思っていましたが……」


「初出は、クェンサ帝国が広域支配主義時代に植民地化したボンボ王国。そこで勃興ぼっこうした宗教でしたか」


 ヌザンビとは、魂がなくなった生きるしかばねのことである。

 クェンサ帝国の植民地になったボンボ王国で勃興した宗教――アルヒを主とする宗教と、ボンボ王国の民族の宗教が習合した宗教から生まれたものだ。


 西アルヒ教からの弾圧を避けるために、ボンボ民族が西アルヒ教を装ったことが宗教の成り立ちである。その土地特有の西アルヒ教といえば、分かりやすいだろうか。


「これほどまでの禁忌の研究が行われていたとは」


 ヌザンビの研究は、一般人でも知っている程の有名な禁忌の研究だ。

 大罪である。


 実験に使われた人達の無念を晴らすためにも、今後同じような禁忌を犯させないためにも、研究者を裁いて元悪を絶たなければならない。


「また来た! 話すのは後ネ!! アタシが打ち漏らした怪物は、自分で撃退するネ!!」


「「了解です!」」


 そういうと、ラウラは口の中心から槍を横向きに出現させ、男女を背負ったまま突進する。リメアとセルヴァも手にオドを集め、背負ったまま怪物の中を走り抜けた。


 一方、ボトーとフェンは、足止めしていた巨躯の男を圧倒していた。それも今すぐに片づけてしまいそうな程の、圧倒の仕方だった。


「さっさと片付けるぜ! フェン!!」


「当然です!!」


 片膝をついて、口がないのに肩で息をする巨躯の男に、ボトーとフェンは前後から挟むように突っ込んだ。そして、


「ラァ!!」「セイィィィ!!」


 フェンが背後から背骨を。ボトーは正面から首の骨ごと折損せっそんするように顔面を攻撃した。

 背中を逆くの字に折り曲げ、首をあらぬ方向に折損して、巨躯の男は崩れ落ちた。


「所詮、科学の力などこの程度だ」


「遺体は丁重に葬りたいですが、先ずはラウラ達を追うのが先決ですね」


 二人は勝利をおさめ、先に脱出したラウラ達を追おうと最奥の部屋を出ようとした。だが、


「「――――ッ!?」」


 二人の背後で物音がした。瓦礫が転がり落ちた音ではない。

 気配だ。生き物の気配が、巨躯の男が崩れ落ちた場所からするのだ。


 振り返ると、巨躯の男が満身を以って突進してくる。

 巨躯の男が生きていたのは愕然としたが、攻撃方法は相も変わらず膚浅ふせんな突進。


 二人は構えなおし、巨躯の男の突進を避け――、


「ゴっ!?」


 だが巨躯の男は直前で突進を中止し、避けるために飛びのいたボトーの腹にボディブロー。ボトーを壁まで吹き飛ばし、次は着地して反撃してくるフェンの数撃の拳を綺麗に受け流して、

 

「ッ!!」


「むガっ!?」


 両掌でフェンを押し飛ばした。


「クソ……」


「こいつ……」


――やられた! こいつ、考えやがった!!


 死んでいなかったことといい、攻撃を受け流したことといい。予想外に続く予想外。

 極めつけは、二人を吹き飛ばしたことに欣懐きんかいするような、あるいは、嘲笑するような仕草。拳と拳をぶつけ合い、意味もなくその場を回って地面を叩く様は猿のようだが、まさしく『知性の片鱗へんりん』である。


 先刻まで戦っていた木偶でくの坊とは全く思えない。


「の野郎……」


「戦いながら、成長しているというのか」


 ボトーとフェンは苦戦を強いられることとなった。

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