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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
100/106

第17話 もうすぐ新年です!

なんと今回で100話目です!! 

ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます!

そしてこれからも、引き続き読み続けてもらえると嬉しいです!


そしてブクマや星評価、いいねで応援もお願いします!!

「それについてなんだが、早速シュウ専用の訓練を思い付いたぞ……刻操を使う」


「こく、そう?」


 エンタクは指を鳴らしてウィンクした後、聞いたことのない単語を言葉にした。


「そう刻を操るで刻操。実はぁ~時間が相対的なのって、知ってる?」


「あぁ、一応知ってるな」


「え!? なんで知ってるんだ!?」


 なんだそんなことかとシュウが頷くと、エンタクは何があったのか酷く驚いた。

 てらうような口振りから、こちらが知らないと言うと断定していたようだが。


「いやだって、あれだろ? 一般相対性理論のやつだろ?」


 既知であるのが驚愕する程のこととは思えない。何故なら、一般相対性理論は天才によって導き出された常識とも言える理論で——、


「そうじゃなくて何で知ってるって聞いてるんだ!」


 そう潜考せんこうしていて、シュウはようやく気付いた。


 ここは異世界であり、元の世界とは常識も文明も生態系も異なるファンタジーな世界であった。そしてエンタクの驚き方から、この異世界では一般相対性理論というのは、民衆にはあまり知られていない新奇しんきな理論である可能性が大いにあるのでは。


「それは、えっと、本を読んだからだな。読ませてもらったんだ」


 シュウは腕を組んで『うんうん』と首を縦に振り、わざとらしく思い出したように言う。ここで身近の誰かに読ませてもらったと言えば、嘘だとバレるかもしれないので名前は出さない。


「あの本クソ高いぞ! マジか。ミレナは知らなかったのに、なんでシュウは……」


 ほら。下手に名前を出さないで良かった。


「もしかして君、上流階級の家系の生まれだったりする? というかそうだろ」


「いや、中流階級より下なんだけど、運よく読ませてもらったというか、何と言うか……」


 顔を近づけ勘問かんもんしてくるエンタクに、シュウは目線を合わせず苦笑いで答弁する。


 エンタクは「マ!?」と大声でびっくりすると、窅然ようぜんと顎に手を当てて「謎が深まったな……」とぼやいた。

 何だか仲間に氏素性を詐称というか、巧詐こうさするのは気が引けるが、今更でもあるし、信じてもらえそうにもないので今のままでいることにした。


「まぁ今はいい。それじゃあ、君は早く動けば動くほど、重力が強ければ強いほど、オドの消費が多ければ多いほど、時間は遅くなるって知ってるんだね」


「まぁそれくらいの認識——、まて、最初の二つは分かったが、三つ目のオドのやつに関しては全く知らないぞ」


 ここにきて新たなる概念の追加に、シュウは馬鹿正直に心慮しんりょを吐露してしまう。


「なんで!? 本読んだんだよね!?」


 案の定、エンタクは駭然がいぜんと驚いてしまう。


——しまった!! てか知らねぇよ!! だって生前の世界じゃオドなんてなかったし!! クソ、創造主め! 絶対お前が創ったとんでも理論だろ!!


 シュウは胸三寸むねさんずんで創造主に愚痴をこぼす。

 あぁあぁ始末が悪い。拙劣せつれつだ。そこは知っているふりをしなくては意味がないではないか。


「忘れてました。教えていただけないでしょうか?」


 シュウは切り替え早く問う。

 エンタクはよく分からないと額に手を当て「あ、うん……はぁ、分かった」と言ってため息を吐いた。


 それはそうだ。読んだのに知らないなど馬鹿も休み休み言えである。だから忘れた体にした。


「さっき言った刻操についてだが、これは筋肉操作みたいな感じで、オドを体内で消費して起こす、時間感覚を故意に遅くする傑出能力なんだ」


「故意に、故意にって……」


 果たして、刻操とは時間間隔を故意に遅くする卓絶した能力のことであった。

 シュウはその常軌を逸した言葉の数々に、瞿然くぜん狼狽うろたえる。


「だから、ときを操るで刻操って読んでる。オドを消費すればするほど、時間感覚の緩速化かんそくかと、刻操を行使する時間を長くすることができる」


「…………」


 音を言葉として認識し、言葉と認識した音を意味として噛み砕く。

 それは謂わば神視点や神の所業と言える代物。末恐ろしくもあり、それでいて頼もしく妙趣みょうしゅでもある。


 宇宙の限りない秘密に——今もなお広がり続ける玄旨げんしに触れたような面白みが、シュウの胸中に広がっていった。


「だが、この傑出能力はかなり体得するのが大変でな。先ずは時間感覚が遅くなるのを、肌身で感じなくちゃいけない。そこから仮に体得できても、その時間感覚に釣り合った身体能力を身に着けなくちゃいけないんだ。もし、ひ弱な身体で刻操を使い、遅くなった時間感覚の中で身体を動かそうものなら、身体が力に耐えられなくなって、壊れてしまう」


 身体が力に耐え切れずに『壊れる』。

 恐ろしい響きだ。


 物が早く動けば動くほど、運動エネルギーが大きくなるのは必然。時間感覚が遅くなっただけで、客観的にはすごい速さで動くことになるのだ。

 ひ弱な身体が耐えられるわけがない。 


 まず肌身で感じて、そこから才能を磨き上げ、能力を体得したあとも慢心せずに鍛え続ける。


 いつも通りではないか。


「ま、聞くより体験だ。ちょっと離れて」


 シュウは「おう」と言ってエンタクから距離を取る。

 十メートルくらい離れただろうか。エンタクがサムズアップで停止の合図を出してきた。


「僕は今から、小細工無しで君の背後をとる! そしてそのまま、君の背中を五回叩く! 逆に君は、僕に背中を五回叩かれる前に捕まえるんだ!」


「分かった!」


 普通ならばこちらの方が断然有利。だが、エンタクの言った刻操が真実ならば——、


「それじゃ、はじめ!!」


「なッ!? だが!」


 刹那、開始の宣告をしたエンタクの姿が消える。

 否、左目の視界の左端に微かにだが残像が映った。流石に十メートルの距離があれば視認はできる。

 しかし、なんという神速。


 感賞かんしょうしながらもシュウは、エンタクの動きを追って左回転で振り向く。だがそこには、


「ッ!? いない!?」


 エンタクがいない。違う。遅れて土煙が左側から舞っている。となれば今彼女は——、


「クソ!」


 推断して気付いた時には、背中を軽く叩かれていた。

 反射で振り向くがまたエンタクの姿は見えない。


「ならッ!!」


 彼女が背後に居るのは分かっている。背中を叩かれながらも、シュウは身体を右回転——振り返りざまにエンタクを捕えようと両手を広げた。

 しかし、エンタクを捕まえることはできない。できても、彼女の影を微かに捉える程度。これでは、何が何だか分からないまま一瞬で終わってしまう。


 背中を叩かれ、シュウは打って出た。


「ッ!! ッ!!!」


 百八十度引く百八十度。二度、振り返りざまに捕まえようと、身体を右回転した後に今度は左回転。三百六十度、一回転すると見せかけてフェイントの半回転と反半回転だ。


 だが、


「マジかよっ」


 エンタクは捕まることなく、こちらの背後を取り続けた。

 四度目の背中を叩かれる感触が——、


「ッ!!!!」


 感触があった瞬間に、再びシュウは振り返る。

 それも今度は屈み、邪魔となる右足を横に突き出しながら上半身だけを左回転。


 叩かれた瞬間の寸隙と、障害物の右脚を駆使した二重トラップ。これでエンタクの動きを邪魔して確保するのだ。

 

 だがしかし、


「嘘だろ……」


 エンタクは既にシュウの背後にいた。

 シュウは完全にしてやられたことに絶望する。


——シュウにとって指を弾くほどの時間だけ、エンタクに視点が変わる。


——ちょっと試すか……


 エンタクは遅く緩やかになった世界で、シュウの才能の有無を確かめるため、


「————ッ!!!!!」


「ッ!?!??!?」


——尋常ならざる殺気を背中からほとばしらせた。


——シュウに視点は戻る。


——身がすくむような殺気!?!?


 まるでそれだけで相手を戦闘不能にするかのような、暗く厳烈げんれつな殺気の蚕食さんしょく

 それに無理矢理こじ開けられたのか、一瞬だけだが、シュウの見る世界が遅く緩やかになっていく。

 その主観的な世界では、空を飛ぶ鳥はその場で固まったように動かず、目の前で飛び散っていく小石が砂に変わっていく瞬間を確認できた。土煙は舞い続け、風に揺れる自身の服の皺の数を数えることもできてしまう


 本来あり得ない光景が、体験が現実に広がっていた。


——これが、まさか刻操……?


 シュウは素早く振り返った。


——シュウは遅く緩やかになった世界で、エンタクの姿をはっきりと捉えていた。


「ッ!!!」


 シュウはエンタクに向かって飛び込んだ。


「おっ!」


 だがそれでも、


「おしい、でも僕の勝」


 遅く緩やかになった世界でも、エンタクを捕まえることはできなかった。その主観的な世界でも、エンタクは神速で姿を消したのだ。

 地面に両手両足を付き、起き上がろうとしたところに背中を叩かれる。


 いつの間にか世界は、元の速さに戻っていた。


「一瞬、一瞬だけだが、世界が遅く、緩やかになった……」


 四つん這いになりながら、シュウは今さっき起こった現象を振り返った。

 もしかして先刻の世界が、遅く緩やかになる現象が、エンタクの言った刻操なのだろうか。


 シュウは地面に座って、こちらを少し嬉しそうに見下ろしているエンタクを見据えた。


「それは僕が殺気で、君の眠れる才能を無理矢理引きずり出したからだ。その才能は君が死線を超えて来たからこそ、得られたものだ。心当たりもあるんじゃないかな? 世界が遅く緩やかになる感覚を、前に味わったことをね」


「ある……そうなのか。俺に……」


 漫画や小説の中ではよくあるアレだ。そのアレが、本当に現実世界で起こり得るとは。

 いやまぁ、この異世界が現実世界かどうかの議論は野暮なので、やっておかないことにしよう。


 話を戻し、自分に刻操の才能がある。その事実にシュウは、筆舌ひつぜつに尽くしがたい快心に満たされていた。


「因みに、今のは走馬灯に類似するもので、刻操じゃないよ。だって操れてないから……」


「あぁ。てかなんで、捕らえられなかったんだ? まさか刻操って能力で、俺の遅くなった時間感覚よりも更に遅くなった時間感覚で、高速移動したってのか?」


 エンタクの水を指す言葉に快心を凋萎ちょういさせられつつ、シュウは純乎じゅんこたる疑問を口にする。

 すると、エンタクは「その通り」と思惑通りの返答をしてきた。さらに続いて、


「普通、僕が君の背後をとるより、君が僕に背後を取らせないように振り向いて捕まえる方が早いに決まってる。でも、事実は違う。それは君が言った通り、僕が刻操を使って君よりも早く高速移動したからだ」


 懇切丁寧な解説まで加えてくれた。


「マジかよ。まさか、本気出せばもっと早い、とか?」


「まぁね。本気出せば、多分見えないよ。疲れるからやらないけど……言っておくけど、僕のお姉ちゃんのアンタクは刻操を極め過ぎて、音速を超える速さで刀を触れるんだぞ。凄いだろ。刀を振る度に、衝撃音がばんばん出るからな」


——音速を超える速さで刀を触れるだ?


 嬉しそうに話すエンタクを見ながら、シュウは心の中でぼやく。


 理解に苦しむ言葉だ。

 刀を振る度に音速を超えて衝撃波を発生させるなど創作の世界。

 もし叶うのなら、一回でもいいから見てみたい。


 とりとめのないことを疑問に思ったのだが、エンタクの姉がいたのは彼女が幼い頃になる。その頃から音速を超えると、衝撃波が発生するとは認知されていないだろう。もしや彼女の姉の刀は、衝撃波を生むなどと恐れ慄かれていたのでは。


 知らない側からしたら、刀を振るだけで衝撃波が生まれる現象は畏怖でしかない。


 刻操の奥深さたるや深海に潜るが如くだ。

 シュウは「えぐ……」と驚懼きょうくした。


「それでだ、君はその神器での攻撃は割に合わないと言った。だがもし、君が僕のように刻操を行使し、遅くなった時間感覚の中で神器の攻撃を行えたら……」


「高速で何度も攻撃ができる」


 エンタクの後押ししてくれる言葉にあやかり、シュウは立ちあがる。そして握り拳を作って言明した。

 割に合わないなら、割に合わせる為に能力を身に着ける。なんと力技で、なんと単純明快なことか。


 刻操を行使できるようになれば、巨岩を砕く程度の攻撃を倏忽しゅっこつとした時間で何度もたたき込めるようになる。


 塵も積もれば何とやら、だ。


「だから積羽沈舟せきうちんしゅうって訳か。シュウだけに……」


 シュウは何時ぞやかに言われた嘲戯ちょうぎの言葉を思い出す。それから、籠手に彫られた二つの四字熟語を眺めた。


「なに? もしかして結構気に入ってた?」


「今だけはな」


 ニタッとイヤらしく笑い、覗き込んでくるエンタクにシュウは気障っぽく返す。

 本当はかなり気に入っているとは、恥ずかしくて言えない。


 もうバレてるだろうけどな。


「ぷぷッ。すっごく気に入ってるじゃん! シュウ面白過ぎ!」


 エンタクは笑顔を深化——莞然かんぜんと笑ってシュウから離れる。そしてくるっと回って止まり、


「それじゃあシュウ! これから僕が君に刻操を練兵する! 期間は設けない! 刻操を体得して、その後も能力の精度を練武し続けること! 分かったな!!」


 シュウに『ドドン!!』と指を差して、新たな訓練の始まりを宣言した。


「あぁ! やってやる!!」


 シュウはエンタクの宣言に『ドドン!!』と快諾する。

 ようやく強くなる目的の筋道が顕在化してきた。


——刻操を体得して、能力に磨きをかけて強くなってやる、必ずだ。


 そうして新たな修行が始まり、


「その感覚を忘れるな! もっと時間間隔が遅くなる体験をするんだ!!」


「分かった!!」


 あっという間に、


「いいぞ!! そこから時間感覚を故意に遅らせるのを掴んでいくんだ!! 掴めなければ生涯できない!! ここがこの修行の正念場だぞ!!」


「あぁ!! 掴んでやる!!」


 一週間が経とうとしていた。


「よし、ここまで!」


 対面しているエンタクに向けて繰り出した蹴りを止め、シュウは『ふぅ』と息を吐く。

 もう昼前だ。今日はいつもより早く修行が終わった気がする。いや、

 

「今日は神前晦日しんぜんみそかの前日だ。街中はもう祭りの準備とかで賑わってるから、汗臭いのは無し!」


 どうやら事実としても修行は早く終わったらしい。

 太陽の位置に汗をいた量、それにエンタクの云為うんい

 刻操の所為で時間感覚が狂ったのかと思ったが、まだ大丈夫のようだ。


「明日の神前晦日は、僕とミレナとシュウの三人で出かけるぞ!! 着る服とか、どこ行きたいかとか、そこで何したいかとか、ある程度決めとけよ! そうじゃないと、人が多くて全然回れないからな」


 確かに大晦日と新年くらいは、修行を忘れて祭りや行事に触れて楽しみたい。


「そして最後は、コウエンタクで飲み食いと初日の出を拝む!! てことで陽刻の二時にエンザンのふもとで集合!! 忘れないように!!」


 初日の出とな。まさか異世界で初日の出を拝むことになるとは、人生長生きしてみるものだ。

 まだ生まれてから二十二年も経っていない若造が何を言う、とはツッコませない。


 旅行前日の子供のようなわくわくドキドキだ。


「分かった。エンタクは今から事務作業か?」


 シュウは今日もいつも通りなのかと問う。


「違います。流石に休みだよ」


 エンタクは少しだけ前のめりになって首を横に振り、少しわざとらしく体勢を元に戻す。


「なら、明日の名所とか名品とか教えてくれないか? 一緒に行くなら、一緒に考えた方がいいだろうし」


「ごめんだけど、今日は事務作業以外で忙しいんだ」


 後ろで手を組んで、エンタクはニタリと笑って断った。

 どこか嬉しそうなエンタクに疑問に思い、


「もしかして、祭りの役者とか何かか?」


 借問した。


「それは言えません♪ お楽しみってことで! 明日、絶対ドキドキさせてやるから……シシ」


 だがエンタクは『内緒』と、人差し指を口の前で可愛く立てて嫣然えんぜんと微笑する。

 嫌だから言いたくない訳ではないらしい。


「じゃあまた明日」


「おう、また明日」


 手を振って飛んでいったエンタクに、シュウは手を振り返した。

 

「何があるか、調べとくか」


 シュウは森の中で修行しているミレナに『もう修行は終わりだ』と告げに行った。


——ちょこっとミレナちゃんとちょこっとエンタクちゃんがささっと登場!!


 今日は六神集の日の前日だから、六神集の日について説明するわね。


 六神集の日とは、六属性の魔法を司る六つの神——神だと崇め奉られた人類が一箇所に集い、彼らを崇奉すうほうしていた人類に魔法を行使できるようにした異日いじつ、もとい元日だ。


 その前日は神前晦日、または大晦日と呼ばれてて、その二日間は全ての人類が六神に感謝して、楽しく祭りが行われるわよ。


 僕達のアンコウエンでは毎年、花火を上げたり地域特有の祭りを開いたりして、その二日間を最大限に盛り上げるぞ。


 催された屋台の食べ物って、なんであんなに美味しく感じるんだろうね。


 雰囲気!!


 雰囲気ね!! というのは置いておいて、お祭りが楽しいのはいいんだけど、その後のゴミ掃除って、毎年すっごく大変なのよね。


 全くだ。祭りだと言って、集団心理が働いてポイ捨てばかりする奴が多いんだ。困ったものだ。


 ポイ捨てはゴミを捨てた地域によって罪が小さかったり大きかったりするから、ポイ捨てだからって軽い気持ちでやると、痛い目見るからね。


 宗教施設でやると普通に捕まるから、気を付けるんだぞお前等!!


 それじゃあ、六神集の日の説明はここまで!!


 今日はシュウとのデート! 

 三人だけどデート!!


 楽しみ!

 楽しみ楽しみ!!


 ——ちょこっとミレナちゃんとちょこっとエンタクちゃん、ささっと退場!!


 今日は神前晦日だ。

 エンタクに言われて、昨日はどこで何があるかなど調べておいた。


 まず神前晦日と新年は秋にあり、秋といえば収穫の時期だ。だからこの異世界では神に感謝し、祭りを二日間開いて豊作を祝い、そして願うらしい。


 祭りは地域ごとに特色があり、例えば四獣のスイリュウが生まれたとされるエンザンでは、リュウの灯籠とうろうを街に飾ったり、神輿みこしを担いでその上で踊りが披露されたりする。

 他にも、フイリンではミズカメの船で大河を渡る亀舟祭きしゅうさい、キーシュンでは伝統衣装を着て行う恋愛祭り、トクチーでは獅子舞いや陶磁器を舞踊と共に作る陶磁器祭、ソーシュウでは松明を掲げて街を歩いたり、鳳凰とさまざまな形の灯籠に光を灯す灯祭とうさいがあったり。都合、各地で様々な祭りが行われるのだ。


 そして各地では五大劇と言われる五つの演劇が行われ、大きなものになれば何万人も人を集めるらしい。


 二日では回り切れない量だ。


——それに今日は……


 夜にグレイ達とコウエンタクで飲み食いすることになっている。

 自分達と同じで、他の訓練場でも訓練は行われず、今日と明日は全員が休息をとっている。

 

 ならば久しぶりに、グレイやリフ達と駄弁りたいと『明日の夜はコウエンタクでご飯食べませんか?』と彼らに手紙を送ったのだ。ただリフだけは『用事があって行けません。申し訳ない』と断られてしまった。


 手紙には、フィアンの実家に行って墓参りをするという旨が書かれていた。

 どうやら、アンコウエンに向う旅路でフィアンと約束したらしいのだ。流石に全員で飲み食いすることよりも、大事な約束を優先してほしい。


「ありがとうございます。助かりました」


 シュウは隣で身丈や着丈、肩幅といった、サイズの合う服を選抜してくれた金髪の女性に感謝を伝える。

 女性はかしこまったようにそわそわと身を丸めて「いえ! 凄くお似合いですぅ! あぁ、うぅッ! いい!」と、片手は様々な服が掛かった車輪付きハンガーラックに。もう片方の手は目を隠すように自身の顔に当てて、そわそわした足取りで去っていった。


 やることが終わればすぐに帰る。他にも服の選抜をしなくてはいけない相手がいるのだろう。仕事熱心なことだ。頑張って欲しい。


 ということでシュウは長袍にした。


 色々と考えてみたが、結局派手な衣装は苦手ということで、落ち着きがありつつも優麗ゆうれい冥色めいしょくの花柄が刺繍された長袍ちゃんぱおに。

 袖口の部分が白色になっているのが、長袍らしくて気に入った。


 シュウはミレナの抱き枕にされていたであろう自分の枕を取り返し、借りた寝室を出る。長い廊下を歩き、玄関に向かった。


 現在時刻は陽刻の一時半。コウエンタクの長い階段をのろのろと降りる訳にも、況してや走って降りる訳にもいかない。

 ここは事前に許可を得ていたホウキュの背中に乗せてもらう。


 これまた選抜してもらった靴を履いて、シュウは門を開き、外に出る。快晴だ。

 絶好の祭り日和である。


「てか、三人とも同じ場所に居て、同じ集合場所に集まるんだったら、どっかで鉢合わせするんじゃ」


 そう言って歩き出して、正門前。


「あ」「あ」


 ほら。


「おはようミレナ」


「おはようシュウ……」


 チャイナ服っぽい服——旗袍ちーぱおを着たミレナに遭った。


「ねぇ、どうかしら? その……似合ってる?」


「あぁ、似合ってる。ミレナらしい緑がすげぇ似合ってて、艶麗えんれいだと思う」


 繊手せんしゅを伸ばしてキュートなポーズをとり、愛らしく訊いてくるミレナにシュウは寸感を述べる。

 彼女の薄緑の髪よりも少し濃い孔雀緑くじゃくみどりの服が、上下綺麗な配色となっていておしゃれだ。長い髪は所謂、ツインお団子でまとめていて、これも旗袍と似合っている。


「ほんと? もう、嬉しい……ちょっと露出が多くて恥ずかしいけど、シュウが似合ってるって思ってくれたなら、頑張って着た甲斐があったわ」


 ミレナの言う通り、彼女が着ている旗袍は肩が出ている。足も動きやすいよう、片足も少し出るように分け目がある。


 確かに、いつもの狩人装束や町娘風の服と比べて露出が多い。

 ただ、それを補うように薄い生地の上着——黒のシースルーのような上着を羽織っている所為か、慎ましくありつつもあでやかさを内包した見事な仕上がりだ。


 恐らく、セイかフクあたりにおすすめされたのだろう。


「それじゃあ一足先に神前晦日、楽しみましょ」


 しとやかに笑うミレナにシュウは「だな……行くか」と頷き、口笛を吹く。

 すると空からホウキュが羽撃きながら登場。彼は乗りやすいように、背中を降ろししてくれる。


「ありがとう」「ありがとねホウキュ」


「キュウ!」


 シュウとミレナはホウキュの背中に乗り、エンザンの麓に向かう。


「本当はね、集合場所でパッとお披露目したかったんだけど、エンタクより先にシュウに似合ってるって、それも艶麗だって言われたから、全然いい、かな……寧ろアリだったかも」


「それはそれは光栄です。お嬢様」


「もう、そうやって調子に乗って」


 おどけるシュウに少し頬を赤らめながら、ミレナは隣に座る彼の手に自分の手をり寄せていく。

 互いの手が当たって見合う二人。ミレナの長耳がぴくぴく動く。


「ねぇ、手、繋がない?」


「……分かった」


「んふふ。やった……」


 ミレナが手を差し出すと、シュウは少しだけ間をおいて彼女の手を優しく取った。

 緩やかな風が二人の間を通る。

 

 急速とまではいかないが、それなりの速さで降下しているにも関わらず、風に晒されないのはホウキュが気を使ってくれているからだろう。

 気が利く紳士だ。これなら盛装した服が乱れることはない。


 握る強さを強めて、指の間に指を挟んでくるミレナ。シュウは彼女の手を優しく握り、街を眺めた。既に街は殷盛いんせいだ。

 二人はホウキュの背中に乗って麓まで下降した。


 麓には既にエンタクの姿があった。

 ホウキュから降りてエンタクに近づくと、こちらに気付いた彼女が手を振り——、


「待ってたぞシュ、う……って!? おい!! なんでシュウとミレナ、恋人繋ぎしてるんだ!?」


 一瞬、表情と手の動きを固め、エンタクは険しい形相でミレナに詰め寄る。


「だ!? 誰が恋人繋ぎよ!?」


 ミレナはエンタクの勢いと恋人繋ぎという言葉に反応すると、シュウから手を離す。その彼女に今更手を離しても遅いと、エンタクは「お前だよ!!」と長耳を掴んだ。

 最もなツッコミだ。


「ち! 違うから!?」


「ふざけるな! それは僕がシュウと年越しにしようとしてたことなのに!! この助兵衛!! 淫乱娘!!」


「だだ、誰が淫乱娘よ!! 手を軽く繋いでただけだし!!」


 必死に言い訳するミレナだが、流石に苦しすぎる。

 エンタクは台無しになったと、秘密の計画を暴露しながらミレナの長耳を引っ張る。ミレナも負けじと抗弁こうべんして、エンタクの頬を抓み返す。


「どこが軽くだ! 明らかに指からめてただろ!! いつも自然にさりげなく、べたべたくっ付きやがって!! だから淫乱娘って言ったんだ!! 僕は二時まで待ってたっていうのにィィィ!!」


「し、知らないわよそんなこと!! ざ、ざまぁないわ!!」


「何を!! 抜け駆けしやがってェェェェ!!」


「「むむぅゥゥゥゥゥゥ!!!」」


 きゃっきゃっキーンキーンと、甲高い女同士の声がエンザンの麓に鳴り響く。

 猫のように引っかき合う二人の姿は、まさに縄張り争いだ。


 それを傍で見せられる側のシュウとホウキュは呆れて咨嗟しさしていた。

 名は体を表すとは真実ではないらしい。この二人の俗っぽさは、どう見ても名に伴っていない。


 シュウは「うるさい」と、二人の頭を軽くチョップ。

 ミレナとエンタクは「ムキュ!?」「フミャ!?」と言って頭を押さえ、じゃれ合うのを止めた。


「さっさと街歩きするぞ。昼からは演劇があるから、それを見に行くつもりだ。だから祭りは、午前中と夕方から楽しむ」


 時間は限られている。

 演劇など普段見ることはないし、重ねて異世界の演劇だ。異世界ならではの歴史に触れながら、役者の洗練された演技を見られるなど最高ではないか。


 となれば、他の時間に街歩きをしなくてはならない。いつものじゃれ合いをして曠日こうじつしたなど勿体なすぎる。


 『じゃあ行くぞ』と言って二人を引っ張ろうとした時、シュウはエンタクを見た。二人のじゃれ合いで目がいかなかったが、今日のエンタクは一風変わった盛装をしているのだ。


『それは言えません♪ お楽しみってことで!』


 昨日のエンタクの言葉を思い出す。

 もしかしたら、一風変わった盛装を見せるのが言えない何かの一部なのでは。


 シュウが「エンタク」と呼名すると、エンタクは悄気しょげたように「なに?」と、頭を押さえていた手を降ろしてシュウを見る。


 女性は髪型や服装など、良い変化に気付いてもらったり褒めてもらえると嬉しいと、師匠から聞いた。ここは漢らしく、可愛らしいエンタクを褒めたい。


「ポーズとってくれないか?」


「え、うん。こうか?」


 エンタクは小首を傾げながらも、その盛装——ひらひらしたドレスのような服に似合った、可愛らしいポーズをとる。


「最初に気付けなくて悪かった。その衣装、すごく似合ってるぞ。赤色とひらひらした華やかな服装が、エンタクらしくも、いつもとは雰囲気が違って高雅こうがだ」


 シュウはエンタクを見て思ったままの所感を全て伝えた。

 ミレナとは違いエンタクは服に合うように、長い髪は纏めず、軽くかんざしで結んで流してある。

 

 上半身は白く、下半身は洋紅色と白の配色のひらひらした服だ。それにエンタクの銀煤竹の髪がマッチしている。


「ん、そうか……ありがと。今日の衣装はいつも着てる旗袍とは違う、漢服っていうやつだ。ちょっと印象かえてみようってこれにしたんだけど、成功だな」


 エンタクはほほを少し赤く染め、とても嬉しそうに解顔した。

 どうだろうか。今のはかなり漢らしいと思う。


「私が着てる服が旗袍ね」


「そうそう……」


 ミレナの盛装が旗袍で、エンタクの盛装が漢服か。

 二人とも今日と明日に向けて、着る服を厳選してくれたのだ。感謝しなくては。


「シュウも似合ってるぞ」「似合ってる似合ってる」


「……ありがと」


 シュウは照れくさそうに謝意を伝えた。

 エンタクが「さて」と切り替えると、


「一応、今年エンザンでやる大きめの演劇は、北のガッピで京劇きょうげきだろ。南ではシュッシュクで越劇えつげきだ。ここは中心にあるから、どっちを見に行くかで北に行くか南に行くかが決まるな」


 北と南のどちらに行くかを提案してきた。


「京劇が通常の古典演劇で、越劇は女性が演じる古典演劇だったよな?」


「そうだな。せっかくだしシュウが好きな方にするか」


 軽く調べた情報から、シュウが見たい演劇は、


「じゃあ、初めてだし京劇にするか」


 京劇だ。

 やはり最初は王道の古典演劇だろう。


「よし、そうとなれば北に行きましょ!」


「いざ、北のガッピに向かって出発!!」


 北に指を差すミレナを先頭に、エンタクも指を差して出発の合図を出す。シュウも遅れて「出発だ」と二人の後を追う。


 ホウキュに乗って行くのは目立ちすぎるということで、三人はお忍びを兼ねて、魔獣の背中に乗って北上した。

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