第8話…西門の戦い
「スリジェ、よく飛んでくれた」
ユーリアが愛馬である天馬に水と餌を与え、汗を拭いてやっている。
その様子をジャスパーとハルは何となく見ていた。
「ハルもアレやって欲しいのか?」
「妹の身体を撫で回したいだと?!
私は性犯罪者には訴訟も実力行使も辞さない!」
ハルがジャスパーの冗談に霧宮流古武術の構えを取る。
やがて天馬の世話をする厩舎員にユーリアは愛馬を預けるが、その際に鞍の下から何か取り出す。
「ん?何だアレ?」
ハルはユーリアが天馬の鞍の下から取り出した物が何かと不思議に思う。
それをユーリアは中庭の端で大鍋で粥を煮ている料理番に渡しに行く。
「ユーリア卿、アレは?」
「馬の鞍の下に固い肉を入れておくと摩擦で肉が柔くなるんです。
東方騎馬民族の知識だと聞いています」
「なるほど」
騎馬民族には馬を使った様々な知恵があるんだな、と感心するジャスパーの隣でハルが肉入りの粥に期待してか「ウヒヒヒ」と人間の笑い声のような鳴き声を漏らしている。
やがて出来上がった粥がジャスパーたちに振る舞われた。
「カブに玉ねぎ、ニンジン、ニンニクと豆かな」
栄養を考えたのか?
安い食材で、かさ増ししたのか?
麦粥には様々な野菜類が入っていた。
ジャスパーは、それらを確認しつつ大麦粥を口に運ぶ。
ユーリアが愛馬の鞍の下で柔くした肉は細かく切られて挽き肉状になって入っている。
ニンニクの風味効いていてスタミナが付きそうだ。
「なあ兄貴、粥は旨いか?」
「まあ戦場の大鍋で作ったにしては旨い方じゃないか?」
ハルは粥の味に不満があって確認したんだろうか?と、ジャスパーは不思議に思うがハルは邪悪に笑う。
そして言った。
「兄貴、女の尻で潰した挽き肉は旨いか?」
その言葉にジャスパーは粥を噴き出す。
「なななな…何て事言うんだ!」
「ウヒヒヒ」
そうハルに注意しつつ、ジャスパーは、ついユーリアの形の良いお尻に目を向けてしまう。
「あれは良い女だが、一夜の遊びに抱くには面倒が多いだろ」
「うぇ?!」
何時から、横に立っていたのか老酒保商人の言葉にジャスパーは飛び上がる。
「女を抱きたいならウチの店の娼婦を薦めるが、どうかな?」
酒保商人の店には下働き兼任の娼婦が複数雇われており兵士たちに娯楽を提供している。
「金髪が好みなら、ミナかロッタあたりが…」
辺境伯からの褒賞金で懐が温かいジャスパーを狙って、金を使わせようとする酒保商人にジャスパーは辟易するのだが、ハルは面白がって…
「よし行け兄貴!男になってこい!」
なんて言って親指を立てている。
「僕は前世から男だよ!」
「私は前世は女、今は雌だがな」
そう言って、どう見ても寸胴な自称ワガママボディを誇りクルクル回るハルを無視し、ジャスパーは酒保商人に向き直る。
「それで、わざわざ中庭まで出張して来たのは何か売りたい物でも?」
「もちろんあるよ。
まずは上質な蜂蜜はどうだい?
甘味は疲れを取るのにいいからね」
酒保商人の護衛兼荷物運びの大男が持っていた箱から蜂蜜入りの小さな壺を出すと。
「蜂蜜っ!!」
ハルが奪うように壺を受け取り蜂蜜を舐め始める。
「すまない、その蜂蜜は買うよ」
「毎度あり」
他にも酒保商人は色々持ってきており薦めてくる。
「甘いのなら干しイチジクと干しブドウもあるよ」
ジャスパーは2、3個買ってハルに食べさせてみる。
結果、両方とも一袋買い腰のベルトに下げておく事にした。
「兄貴、胸甲があるぞ。
これなら小鬼の矢くらい防げるだろ」
商人の箱を覗いたハルが鉄製の胸甲を見つけて騒ぐ。
他にも新品の硬革鎧や鎖帷子もあるがジャスパーは首を横に振る。
「戦の最中に鎧を変えて動きが悪くなるのは避けたいからいらないよ」
ハルの言葉は解らないが鎧に興味が無いと悟った酒保商人が別の物を薦める。
「この連弩の矢はどうだい?
王都の職人が作った品で命中率が三割は高いって逸品さ」
「バラまく前提の連弩に命中率はいらないよ」
他にも色々薦める酒保商人にジャスパーは首を縦に振らない。
ハルは手にした高価な蜂蜜が入った壺を見る。
辺境伯から貰った袋には沢山の金貨が入っていた。
それなのにジャスパーが自分のために買った物は、下着などの必要最低限の消耗品だけ、酒も女も買おうと思えば買えるはずなのに、ハルには高価な菓子類を惜しみ無く買ってくれるのにジャスパーは自分のためにお金を使おうとしない。
「兄貴、私は蒸留酒も欲しい」
「ああ、いいよ。
爺さん蒸留酒はあるかい?」
「もちろんあるよ」
ハルは兄のために消毒薬になる蒸留酒をねだった。
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竜騎士ジャスパーの戦果は辺境砦の士気を大いに上げた。
しかし、同時に弊害も発生した。
「このままでは、あの小僧一人に武勲を独占されるぞ」
ウザル・リリシュ男爵は自分が指揮する私設騎士団50騎を先導する。
軍馬に板金鎧、50騎もの重装騎兵の維持には金がかかる。
それだけの金をかけて準備していた私設騎士団が武勲を上げなければ褒賞金も領地の加増も得られず男爵領は破産しかねない。
リリシュ男爵は、そんな焦りから砦から撃って出る選択をする。
「貴様らは我々が戻るまで門を開けたまま死守しておけ」
男爵領の歩兵たちに、そう命令したリリシュ男爵は隷下の私設騎士団を鼓舞する。
「黄金蹄鉄騎士団総員、出陣である!!日頃の訓練の成果を見せ、武勲を上げよ!」
本来は西門が破られた場合に備えていたはずのリリシュ男爵の私設騎士団は辺境伯に無断で西門を開き撃って出た。
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「族長、敵の重装騎兵が出てきました」
猪鬼軍の本陣に用意された武骨な椅子に腰掛け族長バーク・シャ・バラッハは部下の報告を聞いた。
戦闘種族の本能としてバーク自身が大猪騎兵を率いて出陣したくなるが、両拳を握り締め耐える。
「ベリコ!お前が50騎率いて迎撃に当たれ!」
「族長、心得た!ベリコ隊、出るぞ!」
本陣の守りについていたイー・ベリコ率いる精鋭大猪騎兵50騎が、小鬼たちを駆逐しながら戦場を駆けるリリシュ男爵の私設騎士団を迎撃するために咆哮を上げる。
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「翼竜だの鷲馬だの飛行騎兵だけが最強だと勘違いしている愚民どもに重装騎兵の突撃こそが最強だと教える良い機会だ!」
リリシュ男爵は小鬼の群れを粉砕し駆逐する隷下騎士団にご満悦だった。
砦の防壁上からリリシュ男爵の騎士団の活躍を見て上げる兵士の歓声が心地好い。
単体では強くても数を揃えられない飛行騎兵よりも、数を揃えて密集突撃する重装騎兵の方が破壊力がある。
重装騎兵こそが最強であり飛行騎兵など見た目が派手なだけ。
そんなリリシュ男爵の信念通りに黄金蹄鉄騎士団の騎兵突撃は小鬼たちを駆逐していく。
野戦で騎兵突撃を防ぐには、長槍を装備した歩兵で槍衾を形成しての密集防御か、圧倒的な数を揃えた弓兵による飽和射撃くらいしか無い。
そして20匹~30匹の小規模な群れで行動する小鬼は槍を持っている個体も短い石槍であり槍衾を形成する戦術も無い。
弓矢を持つ個体もいるが、石の矢尻では板金鎧には無力であり、何より数が少なすぎた。
結果、リリシュ男爵の黄金蹄鉄騎士団は面白いように小鬼たちを駆逐し殲滅していく。
彼らが通った後には、騎兵槍に貫かれ馬蹄に踏み潰された小鬼の死体だけが残った。
「見よ!我こそがウザル・リリシュ男爵である!
我が黄金蹄鉄騎士団の武勲を王国中に響き渡らせるのだ!」
男爵家の紋章が描かれた陣羽織を誇らしく靡かせリリシュ男爵は突撃を繰り返した。
確かにリリシュ男爵率いる騎士団は勝っていた。
彼らの周りだけは勝利を重ねていた。
しかし、それ故にリリシュ男爵の視野は狭まり、自分が辺境砦に対して致命的失策をしている事に気付いていなかった。
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「おお、見ろ!男爵閣下が、また小鬼の群れを殲滅したぞ!」
西門は開け放たれたままリリシュ男爵の帰還に備えていた。
そこを守るのは男爵家の私兵たち。
農村の余剰人員をかき集めただけの農民兵とは違う日頃から訓練を施された本物の兵士たち。
主武器は農民兵と同じ長槍だが、鎧は金属輪で革鎧を補強した鉄輪鎧、農民兵は副武器は持たないか、装備していても普段は道具として使っている手斧や鉈程度だが、正規兵は訓練が必要だが集団戦でも取り回しが良い小剣や、刃物に対する高い防御力を持つ板金鎧相手にも効果を期待出来る軽鎚矛を持つ。
練度も武装も農民兵を凌ぐ正規兵士たちに小鬼など敵では無い。
さらにジャスパーが長射程の攻城兵器を破壊し支援射撃を受けられなくなり、大きく重い破城搥を抱えた小鬼たちが防壁上からの射撃の的になり門まで近づけなかった事。
それ故に西門への攻撃は弱く、リリシュ男爵の出陣と門を守る兵士の油断を産んだ。
散発的に門まで辿り着く少数の小鬼は正規兵たちに簡単に倒され、彼らの主であるリリシュ男爵の活躍が兵士たちを勇気付け油断させる。
開閉に時間がかかる門を閉じておいては主が凱旋した時に迎え入れられない。
そんな油断が門を開いたままにさせた。
それが、どんなに危険な事か理解出来ないままに…
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亜人軍の主力である小鬼は弱い種族である。
圧倒的な数以外に見るべきところが無い種族である。
だが一万匹を越える数は小鬼だけを目立たせ他の種族の存在を忘れさせた。
数ではなく個の戦闘力を誇る種族の存在を忘れさせた。
「雑魚共が!我々リリシュ男爵家の精兵を舐めるな!」
長槍を構えた古参兵士長マートンが叫び、散発的に突撃してくる小鬼たちを串刺しにしていく。
小鬼より体躯に優れた強小鬼も混じった群れもあるが集団で密集し息を合わせて槍を突き出し、あるいは上から殴りつける男爵領正規兵の敵ではなかった。
訓練と連携。
農民兵とは違い集団戦を身につけた正規兵の力は、小規模な小鬼の群れの比では無い。
「前衛と後衛を入れ換える、前衛の者は体力を回復させろ」
兵士長マートンの命令で、密集体型で一番消耗する前衛兵士を後ろに下げ休ませる。
こうして交代を繰り返す事で継戦能力を上げられる事も集団戦の強み。
兵士長マートン自身も若い兵士長に前衛指揮を任せて一度後方に下がる。
そして後方で一息つき水袋に口をつけた瞬間、その咆哮が響いた。
「岩鬼だーっ!!」
前衛の兵士の悲鳴と岩鬼の咆哮。
身長3メートルを越え、全身に筋肉と脂肪を纏った岩鬼が巨大な口から太い牙を剥き出し突進してくる。
その姿は兵士たちの目には実際の大きさより何倍も巨大に見えた。
古参兵士長マートンは即座に叫んだ。
「弩だ!射て!射ち殺せ!」
準備に時間がかかるが200メートル先の板金鎧すら貫通する弩を持った兵士が前衛の槍兵を押し退け前に出る。
訓練に長い時間がかかる長弓と違い簡単な訓練で高い命中率を出せる弩10丁の一斉射撃。
「俺の矢が当たったぞ!」
10本の弩の矢は半分以上が命中した。
硬く厚い皮膚と筋肉も弩の矢を防ぐ事は出来ず、次々に突き刺さる。
ノテノテ…
兵士たちは勝利を確信する。
あれだけ深々と矢が突き刺されば致命傷だろうと確信する。
しかし、相手は人間ではなかった。
圧倒的な生命力を持つ怪物だった。
「ゴォオォォォーッ!!」
岩鬼の体内に蓄えられた魔力が即座に身体を修復する。
突き刺さった矢が抜け落ち、血は止まり、傷は塞がる。
ノテノテノテ…
岩鬼は痛みに怒りの咆哮を上げ突進する。
その巨体が棍棒を振りかざし兵士たちに迫る。
「弩兵下がれ!槍兵は密集体型だ!」
古参兵士長マートンの指揮は正しかった。
彼の指示は最善だった。
だが最善をつくしたからといって圧倒的暴力の前には無力だった。
ノテノテノテノテ…
密集し連携し長槍を突き出す槍兵。
その槍は岩鬼の身体に突き刺さる。
だが岩鬼は全く意に介する事なく、手にした丸太のような棍棒を振り回した。
前衛の槍兵は岩鬼の棍棒に軽々と粉砕され肉片と化した。
身体に刺さった槍を抜き捨て咆哮を上げる岩鬼。
その後ろから多数の小鬼が迫る。
「化け物めーっ!!」
マートン兵士長は恐怖に駆られ逃げ出す寸前の部下を鼓舞するために叫び、長槍を構えて突撃した。
助走により速度が乗ったマートン兵士長の槍は岩鬼の腹に深々と突き刺さる。
部下たちが歓声を上げ、マートン兵士長は歓声に乗ってさらに槍を食い込ませる。
「死ねーっ!化け物ーっ!」
岩鬼の反撃は無い。
マートン兵士長は冷や汗を流しながら賭けに勝利したと思う。
ノテノテノテノテノテノテ…
岩鬼を仕留めたと思い顔を上げたマートン兵士長の目には信じられない物が映った。
岩鬼は槍に深々と腹を刺され内臓までえぐられながら、つまらなそうに頭を掻いていた。
「そんなバカな…」
驚愕するマートン兵士長に岩鬼がバカにするような笑みを浮かべ棍棒を振り上げる。
あれが振り下ろされたら自分は死ぬ。
指揮官としての役割すら忘れ悲鳴を上げ逃げ出そうとするマートン兵士長。
しかし岩鬼が自分の腹をえぐった相手を逃がすわけも無い。
槍を捨てて岩鬼に背中を見せ逃げるマートン兵士長の涙で滲む目に、それは映った。
「霧宮流格闘術…」
それはノテノテと奇妙な足音を立てて走る小さな碧色の生き物。
「奥義!竜爪脚!」
小さな竜の幼体の飛び蹴りが岩鬼の丸太のような棍棒を粉砕した。
「霧宮流古武術!真竜の悠!推して参る!」
西門の危機を察知し駆けつけた真竜は自身の三倍以上の体躯を誇る怪物に臆する事なく立ち塞がった。