第74話…双竜
リーヴァが投げた『痛みの短剣』は、大猪鬼バークの強靭な肉体には掠り傷しか残せ無かった。
しかし、その魔法効果による激痛は歴戦の戦士であるバークすら動きを止める程の痛みだった。
「僕の勝ちだ!猪鬼の族長!」
ジャスパーの魔法剣が大猪鬼バークの首を切り落とす。
騎手を失い、動きが鈍った神鷲を翼竜リッターの後ろ脚の爪が引き裂く。
さらに炎の巨人との戦いはメーターとポンドに任せリッターの支援に来た小柄な翼竜ヤードが神鷲の柔らかい腹部に噛みつき、深手を負った神鷲は悲鳴を上げて墜ちていく。
「竜種は雷や氷も吐けるのか?」
「そんな話は聞いた事も無いわ」
ジャスパーとリーヴァは、空中から雷と氷の息を吐き炎の巨人たちを攻撃する2匹の雌竜を見て驚きの声を上げる。
竜種の竜の息を警戒し対空戦術として投石といった技術を磨いていた霜の巨人と違い、炎の息に完全耐性を持つ炎の巨人たちは空中の竜種に対抗する技術に劣るらしい。
炎の巨人の戦士たちは、高い身体能力で、雷と氷を躱しているが反撃までは出来ていなかった。
そして、『盟主』の護衛である炎の巨人をメーターとポンドが抑えている隙に、アニュラス界最強の2匹が『盟主』に挑みかかる。
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「姿を変えた程度で、妾に勝てるつもりかっ?!」
『盟主』が無数の魔力矢を放つ。
一発一発の威力は低いが長弓や弩の矢より遥かに速い魔力矢を避けるのは不可能だ。
普通の人間ならば!
「霧宮流格闘術!竜鱗盾!」
そう、彼女は人間では無い!
彼女はアニュラス界最強の種族たる竜種!
ハルは両腕の竜鱗で魔力矢を跳ね返す。
「ならば…」
『盟主』は防御が不可能な威力の高火力魔法を使おうとする。
しかし、強力な魔法を使うには相応の時間が必要だ。
「ギャギャ!」
彼女こそ最速の翼竜!
殲滅の赤竜!
グラムの手首から肘の辺りに一体化した竜翼は、ハルのように腕と翼が別にある形態と比較して飛行時に両腕を自由に使えない制約がある。
しかし、それを補って余りある速度と機動性をグラムに与える。
新たな魔法を使おうとした『盟主』の懐に一瞬で飛び込み、強力な蹴りを放つグラム。
空中ならば脚は身体を支える必要が無い。
翼と一体化した両腕が攻撃に使えない事は、飛行に特化した竜種・翼竜には不利とはならないのだ!
「霧宮流格闘術!奥義!竜爪脚ーっ!」
グラムとの近接戦で魔法が使えない『盟主』をハルの竜爪脚が襲う!
避けられぬ技と知る『盟主』は左腕で竜爪脚を受け流すが、800年前に右腕を失った『盟主』には次のグラムの攻撃に対抗するのは難しかった。
グラムの爪が『盟主』の腹部を掠り、僅かながらも血が流れる。
『あらゆる武器で傷つく事が無い』という無敵の権能は武器という道具を持たない竜種には意味がなかった。
「おのれ!若竜ごときが!!」
『盟主』は己が持つ膨大な魔力を身体強化と肉体再生に注ぎ込み2匹の半竜人を迎え撃つ。
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ジャスパーは、空から戦場全体を俯瞰する。
『盟主』と交戦する最強の竜種2匹。
炎の巨人たちを抑え込む2匹の雌竜。
そして倍する敵軍と戦い続けている兵士たち。
近衛軍含む後衛軍の本陣が落ちた事で後方を脅かされる形になったズライグ王国軍は不利になっている。
実際には王国軍後方より奇襲してきたのは少数の闇妖精の部隊だが、王国軍が正確な敵戦力を知るはずもない。
結果、王国軍は元々少ない数から後方に備える隊を捻出せねばならず、後方に不安がある兵士たちの集中力を乱す事にもなっていた。
「リーヴァ、僕らとヤードは兵たちの支援に向かいましょう」
仮に『盟主』を討てても王国軍が壊滅しては元も子もない。
ジャスパーは、そう判断する。
「ジャスパーに任せるわ」
リーヴァは邪魔にならないように強くジャスパーに抱きつき身体を固定した。
「リッター、ヤード、地上の敵軍への攻撃を頼む」
「「ギャギャ!」」
『人語を理解しているはずだよな?』というジャスパーの疑問に関係なくリッターとヤードは地上で戦っている亜人軍の中でも大きく目立つ下位巨人や岩鬼に炎を吐きかけた。
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「兄貴の槍は、お前には効かなかった!
だが、お前が無敵なわけじゃない!」
グラムの爪で傷付いた『盟主』にハルは拳を繰り出しながら叫ぶ。
「そもそも、お前が無敵なら何故お前には右腕が無いんだ?!
それは、師匠が無敵の霧宮流で無手のまま、お前を倒したからだろう!」
元々、兄ジャスパーに戦術を任せるハルは深く物を考えて戦わない。
それは竜種の本能と身体能力だけで大抵の敵には勝てるという事でもあるだろう。
ハルとグラムは、単純に速く、単純に強い!
それこそが敵に回して一番厄介な能力。
策など劣る戦力を補う物でしか無いのだから!
「おのれ!おのれ!おのれ!」
せめて右腕があったなら、この程度の若竜2匹に遅れを取らぬものを!
そう思っても失った右腕が生えてくるわけでは無い。
傷を治せても失った四肢を再生する能力など無いからだ
「ここで、お前を倒して全てに終止符を打ってやる!!」
小型で小回りが効く身体、必要十分な攻撃力と防御力。
対『盟主』形態といえる半竜人に『盟主』は徐々に追い詰められていく。
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ハルとグラムは優勢だった。
しかし、それとは関係なく戦局は動く。
例えば『旧都』北壁。
まだ水中では海竜と魚人の戦いは続いている。
そして水上の亜人軍の軍船の大半が湖底に沈んだ。
だが2隻のガレー船が海竜の攻撃を逃れ、乗り上げるように岸に辿り着く。
「上陸戦用意!」
猪鬼の指揮官は、壊れた船には不要である櫂の漕ぎ手として奴隷になっていた小鬼たちを解放する。
猪鬼が仏心を出したわけでは無い。
壊れた船の木材の切れ端を棍棒代わりに持たされた小鬼たちは猪鬼の戦士たちに吼えたてられ無理矢理『旧都』へ突撃させられたのだから。
2隻のガレー船より上陸したのは奴隷の小鬼含めて100名程。
決して多い数では無い。
しかし、防壁には内部に侵入出来る大きさの穴が複数あり、十分な兵力が無い『旧都』内部に入られたなら被害は小さくないだろう。
「奥方たちは隠れていて下さい」
射っても当たらないだろう弩を持ったアンリエットと狐嬢を下がらせ、防壁上から弓矢を射つ兵士たち。
老兵と若兵の技量は高いとは言えず、命中率は低い。
矢を射かけられた猪鬼たちは防壁上の少数の兵士を見つけ、怒声を上げて防壁を登る階段に目を向ける。
無論、階段を守る兵士を配置する余裕など無かった。
無人の階段を登られたなら、少数の守備兵も2人の少女も命は無いだろう。
「全く、もう歳ですから100人斬りとか勘弁して欲しいものです」
北壁に駆けつけた歴戦の老騎士は幅広い長剣で小鬼を斬り倒しながら愚痴った。
例えば『旧都』の東の森。
一際巨大な全長12メートルの蛇竜が霜の巨人に巻き付き締め上げる。
「シャギャァァァーッ!」
蛇竜の咆哮が響き、ついに巨人は地響きをたてて地に伏した。
体長5メートル程の蛇竜に巻き付かれ脚の骨を折られた霜の巨人が、仲間の手を借り戦場から後退する。
しかし、全体として見れば数は多いが個体戦闘能力に低い蛇竜の多くは霜の巨人の武器の前に散っていた。
まだ、勝敗の行方など誰にも分からなかった。
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「ダメだ…兵たちの体力が限界なんだ」
低空を飛び、地上を舐めるように竜の息で焼いていくリッターとヤード。
しかし、いくら強力な竜種でも2騎では、2万もの亜人軍に与えられる損害は、たかが知れていた。
そして赤竜姫リーヴァの参戦に士気を上げたといっても人間とは無限に動けるわけではない。
精神力は、時として信じられない力を出すが、それにも限界はある。
倍以上の敵と戦うズライグ王国軍の兵士たち。
その疲労は限界を向かえようとしていた。
そして一度疲労を自覚してしまえば、兵士たちの多くは動く事すら難しくなるだろう。
「ジャスパー、前衛軍の後ろの丘にいる木人形が見えるかしら?」
「うん?丘の上の?」
「あれを倒せば前衛軍は丘の上に後退出来るわ」
「なるほど」
王国軍本陣があったカムラの丘の上に陣取る闇妖精の木人形たち。
戦うためよりも後方を脅かし王国軍の動きを制限するのが目的らしく、丘の上から動いていない。
「ヤード、ついてきて!」
声が届いたのか?
単純に単独行動を嫌うヤードの習性か?
カムラの丘目指して飛ぶリッターにヤードはついて来る。
カムラの丘の上には王国軍本陣跡があった。
参謀たちや近衛騎士の遺体も残されていた。
そして、メドラウド王の遺体も…
「リッター!焼き付くしなさい!」
それらに構わずリーヴァは、木人形を炎で焼き付くした。
後世において、赤竜妃と呼ばれるリーヴァ・ペンズライグが自身の夫を含む多くの王族や貴族を暗殺し権力を握ったと言われる由縁。
それが彼女の乗る竜の炎により焼かれたメドラウド王の遺品の存在であるという。
真実を後世の人間が知るわけもなく、ただリッターの竜の息が、メドラウド王の遺体を焼き、幾つかの焼けた遺品しか残らなかった事だけが事実として残った。
「後方の憂いが断たれたのは、ありがたいが…」
浸透してくる小鬼を自ら剣を振って撃退したウォードエンド辺境伯は、自軍の限界を悟っていた。
もはや全てはアニュラス界最強の2匹に託されていた。
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『盟主』の身体には無数の傷が付いていた。
膨大な魔力量を誇る『盟主』とて、無限の魔力を持つわけでは無い。
浅い傷を治す余裕は既に無かった。
一方でハルとグラムも無傷なわけも無かった。
鱗に覆われていない部位に何ヵ所も傷が残り血を流している。
魔力消費を抑えながら高い戦闘力を維持する半竜人形態でなければ、貯蔵魔力量が少ない2匹は魔力切れになっていただろう。
双方、既に余力を失いつつある。
「グラム…まだ、ヤれるな?」
「ハルカこそ…息が上がっているぞ」
2匹の竜種は微笑む。
コイツとなら、どんな強敵にも勝てるという絶対の信頼。
自身と同等の好敵手が、味方として共に戦っている事が、これ程に頼もしいのか。
そして2匹は、自分たちの限界も感じていた。
おそらく全力を出せるのは、次の一撃が最後だ。
「霧宮流古武術拳士・悠!
今、師匠より受け継ぎし技の真髄の全てを!」
「我はグラム!世界の守護者にして裁定者!
世界を守護する宝剣たるグラム!」
2匹は、己を鼓舞するために叫ぶ!
そして、同時に『盟主』目指して加速した。
「妾はメーガジット界の頂点たる者!
お前たちごとき若竜が討つなど1000年早いわ!」
先に飛び込むのは最速の竜種グラム。
一瞬遅れて、グラムの背に触れる程近くハルが飛ぶ。
『盟主』の左腕を魔力の光が包む。
光は魔力刃となり、幼女の体躯しかない『盟主』に武器の間合いを与える。
魔力刃の長さは2メートル程度だが、伸ばした幼女の左腕より先に2メートルの刃が発生したのだ。
それは鱗に覆われぬグラムとハルの胴体を同時に真っ二つにして不思議ない威力。
『盟主』は自分に高速で向かってくるグラムとハルに左腕の魔力刃を構える。
魔力刃が凪払うように振り抜かれた!
グラムもハルも高速で突撃した故に上下にも左右にも避けられず、魔力刃は確かに2匹の胴の位置を通過した。
「ギャギャーッ!」
「あんぎゃーっ!」
それは悲鳴ではなく…
戦いの咆哮!!
魔力刃が振り抜かれる一瞬前、2匹の半竜人は、幼竜に戻っていた。
魔力刃は小さくなったグラムの足の下を、小さくなったハルの頭上を通過したのだ!
「「超合体!!ダブル・ドラゴン・ドッキング!!」」
幼竜形態では飛行出来ぬハルを両足にぶら下げグラムは上昇する。
『盟主』の頭上へと上昇する!
空中で2匹の幼竜はクルリと回る。
そして対となった2匹は無敵の蹴りを放った!!
「「超合体奥義!!双竜爪脚ーっ!!」」
2匹の無敵の蹴りは空中で自在に方向を変え!!
必ず敵に突き刺さる!!
「この妾が…幼竜ごときに…」
2匹の幼竜の蹴りが『盟主』の腹部を貫き!
その身体を真っ二つにした!!




