第73話…右手の剣と左手の勝利の女神
「霧宮流古武術拳士・薮崎悠!
推して参る!」
半竜人。
新たなる竜種は、空手とも拳法ともつかない構えをとる。
それは戦国の世に産まれ、とっくの昔に廃れた古き技。
師匠と少数の親族のみしか継承者が居ないという忘れさられた武術。
「死ね!邪竜!」
炎の巨人王ヴァティンが長さ10メートルもの大剣を振り下ろす。
「師匠は言っていた!
『霧宮流は無敵だ!』と!
今の私には全てがある!
無敵の技と!
その技を活かせる最強の肉体がある!」
ハルの全身に魔力が廻る。
最後の同族・白の竜より受け継ぎし血と力が廻る。
そう、今の彼女には全てがある。
人の編み出した技を使うための長くしなやかな手足。
あらゆる攻撃を跳ね返す肘と膝から先の竜鱗。
鉄すら引き裂く手足に生えた鋭い竜爪。
空を飛ぶための竜翼。
体幹を支え、打突武器にも第三の脚にもなる無敵の竜尻尾。
「霧宮流格闘術!」
振り下ろされる大剣。
巨人王の膂力と大剣の質量が重力の加護を受けて身長145センチの半竜人に叩きつけられる。
「奥義!」
だが!
それが何だというのか!
「竜爪脚ーっ!!」
ただの跳び蹴りを何故に奥義と呼ぶのか?
原理など誰にも分からない。
この技を使う師匠にも分からない。
ただ、そうであるだけだ。
地より跳び上がった少女は物理法則を無視した動きを見せる。
その蹴りは、人が自由が動けぬはずの空中で自在に方向を変え、必ず相手に突き刺さる!
故に奥義なのだ!
「馬鹿な!?」
身長10メートルの巨人王の一撃が、身長145センチの小さな少女の蹴りに跳ね返される。
地に降り立った妹に兄が問う。
「ハル…なんだよな?」
「他の誰に見えるんだ?」
「えーと…昔の悠と竜の間の子?」
「お…おう…」
ハルは自分の身体を見下ろす。
今のハルの姿は、前世の少女の姿に竜の各部位が付いた姿。
「殺せ!邪竜を殺せ!」
そう叫び、猪鬼が岩鬼が小鬼が武器を振り上げ殺到する。
「無手の乙女に武器を持って打ち掛かる…
その所業許すまじ!
私は訴訟も実力行使も辞さない!」
兄妹は、互いの背を相手に預け迎撃する。
「霧宮流尻尾戦闘術!竜尾撃!」
ハルの強靭な尻尾が敵を凪払い。
「白の竜の血のおかげかな?
右腕がちゃんと動く」
ジャスパーの魔法剣が次々に敵を斬り倒した。
「ふむ、きりがないな…」
一瞬で十数の敵を倒しても、敵の数は100や200では無い。
ハルは、ジャスパーを抱き抱えるように掴むと背の翼に力をこめる。
そして飛翔した。
「リッター!」
「ギャギャ!」
成竜化した今ならば、ハルが雄竜リッターを一番大きいと評したのが解る。
他の4匹より明らかに大きなリッターの背にハルはジャスパーを放り投げ…
「おい!ハル!」
ジャスパーの抗議の声に関係なく、ジャスパーは飛んできたリッターの背に落ちしがみ付く。
「…」
ハルの姿をグラムが見ていた。
「何だ?何か言いたいのかグラム?」
「お前だけズルいぞ!」
ハルだけ新形態なのが気に入らないらしいグラム。
「うらやましいかグラム?
なら、お前も変身してみればいいだろう?」
ハルは勝ち誇ったように笑う。
「出来るものならな!」
そんなハルに…
「えっ!
ちょっとグラム?!
貴女、何を考えているの?!」
リーヴァの悲鳴。
当然だろう、グラムは成竜化を解き幼竜に戻ったのだから。
幼竜グラムは幼竜ハルをぶら下げて自力飛行出来るが、リーヴァの体重では無理だ。
「きゃあああ!」
墜ちるリーヴァ。
「リーヴァ!」
「ジャスパー!」
ジャスパーの意を酌んだのか?
グラムの意を酌んだのか?
ともかくリッターがリーヴァの下に回り込み、リーヴァはジャスパーの腕の中に収まった。
「グラム!覚えてなさいよ!」
そんな恨み言を発するリーヴァの目の前でグラムも姿を変える。
「きゃあああ!グラム!服!服を着なさい!」
再び悲鳴を上げるリーヴァ。
何故なら…
グラムの半竜人形態は、ハルのそれに似ていた。
頭部の角が4本である事、翼が背ではなく腕と一体化している事。
そして長い髪の毛や鱗が燃え上がるような赤色である事が違いだろうか。
ただ、ハルの姿が前世で人間だった時の物を基礎にしているのに対して、グラムの姿はリーヴァを基礎としていた。
つまり…
リーヴァの姿に、肘と膝の先のみ鱗に覆われ、角や尻尾はあり髪の色は違うのだが…
胸の頂点と股間部だけを一枚づつの鱗で申し訳程度に隠す、ほぼ全裸であったのだ!
「グラム!貴女には羞恥心が無いの!隠しなさい!」
真っ赤な顔で叫ぶリーヴァ。
自分の身体の複製が、ほぼ全裸を晒しているのだから当然だろう。
「ハルカ、羞恥心とは何だ?」
「焼いて洋辛子を付けて食べると旨い」
「ほう?食べ物か?」
空に浮かぶ2匹の半竜人が戦場とも思えない巫山戯た事を話している。
リーヴァは羞恥心で顔を覆い泣きそうになっているが、そんな事をしている場合では無かった。
「竜騎士!!」
空に響く怒声。
天より降りるは黄金の神鷲。
そして、その背には巨体の大猪鬼。
「猪鬼の族長か?」
ジャスパーは左腕でリーヴァを抱き抱え、右手に魔法剣を構える。
「バラッハ氏族々長バーク・シャ・バラッハ!」
大薙刀を振りかぶり名乗る大猪鬼バーク。
「リッター頼む!」
「ギャオォォォー!」
翼竜リッターは咆哮を上げて、迎撃のために上昇する。
「私も…」
リーヴァも戦うために右手に『雷の短杖』左手に『氷結の長杖』を握った。
「神鷲は兄貴たちに任せるか。
グラム!私たちは『盟主』をやるぞ!」
「承知!」
ハルとグラムは『盟主』に突撃するため翼に力をこめるが…
「我らを忘れるな!」
その前に立ち塞がるは強壮なる炎の巨人たち。
「「「ギャオォォォ!」」」
だがハルとグラムにも共に戦う盟友が居る。
鮮やかな鱗の雌竜メーター。
角が短い雌竜ポンド。
小柄な雄竜ヤード。
「うむ!任せたぞ盟友よ!」
3匹の翼竜の吐く火炎の閃光と熱波を隠れ蓑にハルとグラムは『盟主』に突撃した。
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「我らに炎は効かんぞ!」
炎の巨人の武器を躱して3匹の翼竜は上昇する。
「ギャギャ~?」
必殺の竜の息の炎は、火と熱に完全耐性を持つ炎の巨人には効果は無く。
身長10メートルの巨体の炎の巨人に体長7メートル程度の翼竜が格闘戦で勝利するのは難しい。
さらに翼竜は3匹に対して炎の巨人は20人近い数が居るのだ。
翼竜たちには上空から襲いかかるふりをする事で牽制するのが精一杯だった。
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「くっ!」
「きゃあああ!」
大猪鬼バークの大薙刀がジャスパーの身体を捉える。
ハルでは無い慣れないリッターへの騎乗と、左腕に抱き抱えたリーヴァを庇う動き、騎乗で使うには短い片手半剣。
諸々の条件がジャスパーの動きから精彩を奪い、ジャスパーの右腕から血が流れた。
白の竜の血の加護がなければ、ジャスパーの肉体が鋼のような強度を得ていなければ、右腕を失っていただろう。
「あっ!」
悪い状況は重なる。
飛行騎兵として訓練を受けていないリーヴァは2本の杖を取り落としてしまう。
これで魔法具による遠距離攻撃でバークを倒す手も使えなくなった。
「ジャ…ジャスパー…」
泣きそうなリーヴァ。
当然だろう、リーヴァは本当の意味での戦闘経験など無いのだから。
それでもリーヴァは唯一残された武器である短剣を抜く。
騎乗中には全く意味が無いだろう短い刃の小振りな短剣。
金銀で細工が施され宝石が飾られた儀礼用としか思えない短剣。
(どうする?)
ジャスパーは勝つ手段を考える。
初めて乗った翼竜リッターでリーヴァと2人乗りしながら、敵の神鷲のように高速機動させる事は不可能だ。
ジャスパーの片手半剣は当たれば大猪鬼の強靭な肉体すら切り裂く魔法剣だが、騎乗で使うには短く、技量に優れる大猪鬼バークに当てるのは難しい。
左腕に抱き抱えるリーヴァは魔法の杖を取り落とし、まともに戦えない。
(どうする?どうする?どうする?)
不利過ぎる状況にジャスパーは思わずリーヴァを強く抱き締める。
震えるリーヴァも抱き締め返し、リーヴァに一瞬目を向けたジャスパーの目はリーヴァの手にした短剣を捉える。
あの短剣は…確か…
北部に向かう時に、勝手に翼竜の幼竜たちを連れて来たハルたちを制裁するのに使った短剣…
「リーヴァ!」
天啓のように勝ち筋を思い付いたジャスパーは、勝利の女神たる白銀の姫君に口づけした。
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上空で戦うリッターから何か落ちてきた。
その匂いに覚えがあった。
耳が尖った人間に似た生き物が作った魔法のお菓子とかいうのに似た匂い。
翼竜メーターとポンドは、魔法のお菓子の味を思い出す。
あのお菓子は美味しかったと思い出す。
それと似た匂い。
それは魔力の匂い。
リッターとポンドは迷わず落ちてきた物を食べる事にする。
「「ギャギャ~?」」
思った味とは違った。
美味しくは無かった。
それを残念に思いつつ、メーターとポンドは旋回し炎の巨人に牽制の竜の息を吐くため顎門を開く。
何故、そのような事が出来たのか?
それは誰にもわからない。
上空から落ちてきたのは2本の魔法の杖。
メーターが食べたのは『雷の短杖』
ポンドが食べたのは『氷結の長杖』
そして2匹の翼竜は竜の息を下方の炎の巨人に吐きかける。
閃光による牽制にしかならない炎の息、もはや炎の巨人たちは避ける素振りすら見せない。
自分たちの身体に掠り傷すら残せないと分かっているのだから…
「ぐぁあああー!」
断末魔の絶叫が響いた!
それは炎の巨人の断末魔だった。
2人の巨人が絶命し地に倒れた。
「竜が、雷と氷を吐くだと?!
そんな能力は聞いていないぞ!」
巨人たちの驚愕の叫び。
メーターが吐いたのは雷の息、ポンドが吐いたのは氷の息だった。
2本の魔法の杖が、どのような作用を2匹にもたらしたのか?
「「ギャギャ?ギャギャーッ?!」」
一番驚いている当のメーターとポンドにも解らない事だっただろう。
ただ…
新たな力を得た2匹は、再び顎門を開き、空中から雷と氷の息を放った!
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「やっぱりリーヴァは、僕の勝利の女神だ!」
「ジャスパー?」
小首を傾げるリーヴァにジャスパーは作戦を囁く。
翼竜リッターの竜の息は神鷲に通用せず、機動性でも勝ち目は無い。
大猪鬼バークの技量はジャスパーより高く、武器の間合いでもジャスパーは不利であり、普通に戦うならば勝機は無いだろう。
だが、それは!
ジャスパーの左腕に勝利の女神が居なければの話だ!
「いくよリーヴァ!」
「ええ、ジャスパー!」
再び迫り来る大猪鬼バーク。
「その首貰うぞ!竜騎士!」
ジャスパーの剣が届かぬ間合いでバークは、大薙刀を振ろうとする。
しかし、それより一瞬速く、リーヴァは短剣を投げつけた。
「そんな得物で、俺を倒せるつもりか!」
前にジャスパーが戦った大猪鬼ヨークの身体は短剣では貫け無かった。
それ故、ジャスパーは大猪鬼バークが短剣の攻撃が自分に効かないと判断し避けるよりも攻撃を優先すると考えた。
その短剣は、普通の短剣では無かった。
『痛みの短剣』
殺傷能力は、ほぼ皆無であるが、熟練の戦士にすら耐えられぬ激痛を与える魔法具
「ぬぉおおおーっ!」
歴戦の大猪鬼の戦士が痛みに悲鳴を上げた。
痛みが大猪鬼バークの動きを止めたのは数秒だっただろう。
だが、それは…
「僕の勝ちだ!猪鬼の族長!!」
ジャスパーがバークの首をはねるのに十分過ぎる数秒だった。




