第72話…世界を守る宝剣
「メドラウド陛下が戦死だと?!」
その報せは戦場を駆け巡る。
謀略に優れた闇妖精が、ズライグ王国国王にして王国軍総大将であるメドラウド・ペンズライグの戦死を戦場に広めないはずは無かった。
「国王陛下が?」
「陛下が亡くなった?」
後ろを振り返った兵士たちの眼に映るのは、燃えるカランの丘。
丘の上には王国軍本陣がありメドラウド・ペンズライグ国王陛下が座していたはずだった。
つまり…本当に…国王陛下が…
この時、ズライグ王国軍の士気は決定的に折れようとしていた。
辺境砦と西域都市での敗戦。
倍する数の敵。
強壮なる巨人たちの姿。
姿を消した碧竜と地に墜ちた白竜。
そして、国王陛下の戦死。
それらは王国軍の兵士たちの心を折るのに十分過ぎただろう。
この時、王国軍の兵士たちは東に見える燃える丘を見ていた。
燃える丘を見て、その心が折れようとしていた。
そして…
彼らは、それを見た。
それは旗だった。
赤き竜を図案化した王族にのみに許される軍旗だった。
「グラァァァァームッ!!殲滅せよっ!!」
東の空より舞い降りるのは、5騎の翼竜!
いや!5騎の赤き竜!
5騎の赤き竜は一斉に顎門を開く。
翼竜には、亜竜には、本来あり得ない力。
竜の息!
5騎の赤竜の吐く火炎が地を舐め亜人軍を焼き尽くす。
小鬼も猪鬼も岩鬼も下位巨人さえも、その炎には抗しえず焼き尽くされていった。
そう、この国の名は赤き竜王国。
そして、この国の王家の名は…
「赤き竜の長…」
誰かの言葉。
呟くような名もなき1兵士の言葉。
それが戦場に広がる。
赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!赤き竜の長!
王国の民は偉大なる王家の名を連呼する。
800年の時を経て…
今、再び赤き竜を駆る赤き竜の長の姫君は戦場に舞い降りる。
「赤竜姫…」
その名を最初に呼んだのが誰なのかは分からない。
しかし、その名は瞬時に戦場に広がった。
「赤竜姫リーヴァ・ペンズライグ殿下に続け!!」
「我らには赤竜姫の守護があるぞ!」
「赤竜姫と共に戦え王国の民よ!」
10年前。
王国西部の安定を願って命を亡くした王弟グズルーン公爵。
その娘は亡き父の軍旗を掲げ戦場を駆ける。
亡き父の想いを継ぎ戦場を駆ける。
「グラァァァァームッ!焼き尽くせ!!」
グズルーン公爵家の戦旗を翻し赤竜姫は声を張り上げた。
========
「来たよ」
「助けに来たよ」
「友達」
「戦友」
聞こえる。
その声が聞こえる。
真竜ハルカが欲しかったモノ。
それに一番近く、そして決定的に違う存在。
真竜足り得ぬ亜竜。
5匹の翼竜たち。
届きますか?
その言葉が届きますか?
その想いが届きますか?
鱗の色が違っても…
姿が違っても…
種が違っても…
それでも…
貴女に届きますか?
「答えよ!我が弟子よ!
この世界に、お前が守る価値は無いか?!
答えよ!我が弟子よ!」
「師匠…」
化け物の子供は、幼竜ハルは顔を上げる。
しかし、その体内は破壊されつくし、体表から鱗が剥がれ落ち、その肉体は崩壊しつつあった。
そして、顔を上げたハルの眼に、それは見えた。
「お前の干渉は無駄だったな白涼」
『盟主』の左手に腹部を貫通されたぬいぐるみ。
それは師匠のお気に入りだったぬいぐるみ。
暇さえあれば作っていた奇妙で尻尾が大きな怪獣のような姿のぬいぐるみ。
「師匠…」
何故か分かった。
あのぬいぐるみに師匠が宿っていたのだと。
そして腹部を貫かれたぬいぐるみは崩壊していく。
ぬいぐるみに宿る師匠も、もうすぐ消える。
「我が弟子よ…
全ては、お前が決めるのだ…
生きるも死ぬも…
この世界の命運も…
お前の選択を誰も責めはせぬ…
ただ、己の心に従え…」
「師匠…無理だよ…
私は…もうすぐ死ぬ…」
選択する時間など残っていない。
例え何を願っても、もうハルの命に残された時間など無かった。
全身に深手を負い、何度も倒れ、そして再び立ち上がる白の竜。
彼も力尽きようとしていた。
「どうした白の竜!
貴様は何のために戦場に来た?
死ぬためにでも来たのか?」
それは炎の巨人王の嘲笑。
老いて力を失い。
勝ち目などない戦場に来た白の竜への嘲笑。
「そうだ…」
白の竜は答える。
「何?」
炎の巨人王の疑問の声に、白の竜は最後の力で立ち上がり、砕けかけた右手の爪に力を込める。
「我は死ぬために、此処に来た!」
白の竜は足元の幼竜を見た。
最後の同族。
最後の真竜。
「我が種族、最後の子よ!」
最後の同族として出来る最後の事。
「そなたの道行きに幸多からん事を!!」
白の竜は最後の力で、己の胸を貫いた。
砕けかけた右手の爪で胸を貫き、己の心臓を抉り出す。
最強と謳われた白の竜の最後に残った血と魔力を全て籠めた心臓。
「白の竜…」
最後の同族。
2匹の真竜は一瞬だけ見つめ合う。
そして…
白の竜は己の心臓を握り潰し、その最後の血と力が兄妹の頭上に降り注いだ。
========
ぬいぐるみが砕け、その身体に宿る魂は再び異界の冥府に引き戻される。
白の竜が最後に微笑み、ゆっくりと地に倒れた。
もはや先達はいない。
800年前、世界を救った英雄は誰もいない。
それでも!
古き英雄が倒れても!
新しき英雄が居る!
若き英雄が居る!
「来たぞ!盟友よ!」
「ジャスパァァァーッ!」
新たな赤き竜と赤き竜の長。
グラムとリーヴァ。
「亜竜?
いや下位竜か?
竜種は全て力と知恵を失い獣に堕ちたと思っていたが。
知能を残した竜種が残っていたのか?」
自分目掛け飛翔する5騎の赤竜に『盟主』は小首を傾げる。
先頭を飛ぶグラムが炎を吐き、炎の巨人王ヴァティンに防がれる。
「やれやれ竜種よ。
お前たちは何処まで愚かなのだ?
そもそも、何故お前たちが退化したのか、考えた事は無いのか?」
『盟主』の言葉。
「お前たちが退化した理由は、そこの邪竜を送り込んだ邪神のせいであるぞ」
『盟主』は語る。
800年前の真実を。
「800年前、この地に現れた邪神白涼が、お前たちの祖先を誑かし我々をメーガジット界へと追い返した。
結果、メーガジット界とアニュラス界を繋ぐ門は想定より早く閉じ。
メーガジット界より十分な魔力が流れ込まなかった事で、竜の卵は成育に必要な魔力量を得られず、お前たちは退化したのだ」
それが真実。
真竜が下位竜や亜竜に退化した理由。
「討つならば妾ではなく。
そこの邪竜であろう。
あやつこそが2つの世界に仇なす悪なる者だ」
『盟主』の言葉に、グラムは口を開いた。
「黙れ!貴様ごときが我が盟友を悪と断ずるな!」
=========
今から十数年前。
アニュラス界に邪悪なる竜が産まれた。
異界の邪神に送り込まれた魂を持った邪竜。
そして世界は邪竜が世界に仇なす時に、邪竜を討つための宝剣を産み出した。
「我はグラム!世界を守る宝剣!」
宝剣は誇り高く吠える。
「確かに我ら竜種は、力も知恵も失った。
だが、それが何だと言うのか!」
戦っていた。
力など失っても竜種は戦っていた。
赤い鱗の一族の老竜たちが、黄金の神鷲と戦っていた。
緑の鱗の一族が、強壮なる霜の巨人の軍勢と戦っていた。
青の鱗の一族が、多数の軍船と魚人の水軍と戦っていた。
「力など失ったとて!
我らの誇りの欠片すら失われておらぬ!」
グラムは誇り高く言葉を紡ぐ。
「知恵を失い、言葉など無くとも!
共に鍋を囲むだけで盟友になれる!」
世界を守る宝剣は咆哮する。
「我はグラム!
アニュラス界の守護者にして、裁定者!
メーガジット界の『盟主』よ!
アニュラス界に争乱は不要だ!
我ら竜種は、力や知恵よりも平安こそを望む!
アニュラス界に仇なす者は、我が盟友では無い!
貴様だ!メーガジット界の『盟主』よ!」
============
「おのれ…貴様ら竜は、何処まで愚かなのだ!」
『盟主』の怒りの声。
「殺せ!邪竜を殺せ!」
『盟主』の命令に従い猪鬼の戦士たちが一斉に幼竜ハルと妹を庇うジャスパーに斬りかかった。
戦斧が、長槍が、薙刀が、ジャスパーの身体を襲った。
それは異界の英雄譚。
竜の血を浴びた英雄の身体があらゆる刃を通さぬ不死身の肉体になったという英雄譚。
白の竜の血が物理法則を無視した力をジャスパーに与えた。
「馬鹿な!何故死なない?!」
猪鬼たちの驚愕の声。
白の竜の血を浴びたジャスパーの肉体は、竜種のような硬度を得て無数の刃を跳ね返した。
「我らと共に戦え!盟友よ!」
グラムの声に応えて風が吹いた。
風が吹いた、灼熱の砂漠を駆けるような熱風が吹いた。
それは体長1メートルしか無い小さな碧竜の幼体から吹き付けていた。
白の竜から託された血が魔力が、物理的に有り得ない現象を産み出す。
それこそが魔獣の証し、幼竜の身体は熱風と光に包まれ物理法則を凌駕する。
光は肥大し輝きを増し、その光が消えた時、そこには…
========
力が欲しい…
アイツに勝てる力が…
ならば願いなさい。
身につけた技を十全に発揮出来る身体が欲しい…
ならば想像しなさい。
敵を貫く爪…
敵の攻撃を防ぐ鱗…
空を自在に飛ぶ翼…
今の貴女には全てがある。
この世界を守るために、貴女には最強の身体と無敵の技が与えられたのだから!
光は肥大し輝きを増し、その光が消えた時、そこには少女の姿があった。
十代前半の美しい少女。
大人に成りきれていない細い身体に、肘から先と膝から下は硬い鱗に覆われて指先には鋭い爪、背中には分厚い皮膜の大きな翼と長く強靭な尻尾。
幼さを残す愛らしい顔の頭頂部には後ろに流れる二本の角。
頭部を覆う短髪の髪の毛は、青と緑の中間の美しい碧色に輝いていた。
美しい肢体の胸の頂点と股間部だけを申し訳程度に隠す一枚づつの鱗。
それは新たなる竜種。
真竜でも下位竜でも亜竜でもない新たなる竜種。
半竜人。
「霧宮流古武術拳士・薮崎悠!
推して参る!!」
新たなる竜は戦いの咆哮を上げた。




