第71話…同胞
「我こそは白の鱗の一族・島白!!
かつて白の竜騎士と共に世界を救いし者!!」
それは巨大な竜だった。
ズライグ王国の守護者たる翼竜の成竜で7~8メートル、最大の者でも9メートル。
それに対して、その竜は倍近い15メートルもの巨体だった。
800年の大戦に参戦した多くの真竜。
彼こそは最強の種族と呼ばれた真竜の中で、最強の竜と謳われた『白の竜』
かつて世界を救いし者。
「まさか白の竜?!『島白』か?
まだ生きていたのか?」
メーガジット界の『盟主』が驚きの声を上げる。
かつての大戦より800年、大戦時に成竜だった白の竜の年齢は1000歳にはなるだろう。
それは長命な真竜でも寿命を向かえる年齢。
とっくに寿命で死んでいるはずの宿敵の出現に『盟主』は驚愕する。
空を我が物顔で飛んでいた人面鳥たちの姿は既に無く。
白の竜は一気に『盟主』の前まで飛ぶ。
その顎門が開かれ、喉の奥の炎が見えた。
竜最大最強の攻撃竜の息
白の竜の吐く業炎が『盟主』を襲う!
だが、それを彼が許すはずもない。
彼は『盟主』の前に割って入り、その身で業炎を防ぐ。
アニュラス界最強と呼ばれるのが竜種ならば、メーガジット界最強と呼ばれる種族。
すなわち巨人。
その中にあって霜の巨人と並び上位巨人と呼ばれる巨人族。
赤黒い巨体は、いかなる火でも熱でも傷つく事が無いという、火を司る巨人。
彼こそが炎の巨人の王。
「我こそは!ヴィズルの孫、レギャルの子!害なす炎の剣ヴァティン!
炎の巨人王たる我が貴様の相手だ!
最強と呼ばれし白の竜!」
身長10メートルの巨人王ヴァティンが、その身体に相応しい巨大な両手持ちの大剣を構える。
「この痛みは…まさか?!」
炎の巨人王ヴァティンの背に庇われた『盟主』の失われた右腕が激しく痛む。
『盟主』は、白の竜の背から発せられる邪悪な気配に気付く。
「この邪悪な気配…白涼?!
馬鹿な!白涼はアニュラス界に干渉する術を失ったのでは無いのか?」
白の竜の背に彼女は立つ。
800年前、異世界より転移し真竜たちを率いて戦った英雄。
白の竜を駆り、白の竜騎士と呼ばれた者。
幾つもの世界を旅し、気まぐれに世界に干渉し、ある世界を救い、ある世界を滅ぼした。
人として産まれ、人である事を辞めた者。
すなわち邪神であり悪神であり祟り神。
霧宮白涼。
「そうだ私だ!
久しぶりだ『尻尾なき者』よ!」
「白涼ーっ!!」
『盟主』は宿敵に怒りを嫌悪を込めて、無数の火球を放つ。
「今再び無敵の霧宮流を見せてやろう!
尻尾なき者よ!」
白の竜の背より小さなぬいぐるみが跳び。
体長15メートルの巨竜と身長10メートルの巨人が激突した。
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「白の竜!白の竜が来てくれたぞー!」
伝説の白の竜の出現に王国軍の士気は上がる。
碧の竜の姿は空から消えたが、辺境砦で戦っていた者は、碧竜が身体を小さく出来ると知っている。
今も小さくなった碧竜と碧竜伯が敵陣で獅子奮迅の活躍をしているはずだ。
そう信じて王国軍は倍以上の敵軍と戦っていた。
ウォードエンド辺境伯が指揮する前衛軍は、西部貴族の兵たちを中心とした軍であり、ジャスパー碧竜伯と共に辺境砦で戦った兵が多数居た。
辺境砦で数々の武勲を上げたジャスパーへの信頼が前衛軍の士気を上げ、結果として前衛軍の奮闘は前線を押し上げた。
前衛軍の左右の左軍と右軍も前衛軍の奮闘に引きずられて前に出る。
亜人軍の前衛の多くが数だけ多く個としの戦闘力に劣る小鬼だった事もあり、ズライグ王国軍は数の劣勢を感じられぬ程に進んでいた。
それは軍として勝っているように見えた事だろう。
前衛軍の後方にある小高いカムラの丘に陣をしく王国軍本陣にも自軍が優勢に見えた。
「長槍兵第一隊、第二隊を前に出せ!」
「アレン卿の騎馬隊は、右軍の支援に!
敵の左陣を抜け本陣を攻めるのだ!」
メドラウド王自らが率いる王国軍本陣を守る王国軍後衛軍。
メドラウド王の決断力に劣るという欠点を知る参謀たちは、王に代わり次々に命令を出す。
本陣が構える地は、小高いカムラの丘。
例え、敵軍の一部が前衛軍を突破して来ても、丘へと続く坂が敵の勢いを殺し、迎撃する守備隊に有利であり少数の敵軍に本陣は落とせないだろう。
カムラの丘の背後は鬱蒼と繁る森で、少人数ならともかく軍が通過するには無理がある。
つまり背後からの奇襲は無い。
本陣の場所を進言したウォードエンド辺境伯も進言を受け入れた参謀たちも無能ではなかった。
この決戦の地でカムラの丘こそが本陣をしく最善の地だった。
敵が人間であったならば…
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カムラの丘の背後。
その森の中。
森妖精の近縁種である闇妖精の1隊は潜んでいた。
森を生息圏とする闇妖精たちには鬱蒼と繁る森も庭と変わらない。
元々種族個体数が少ない闇妖精たちの軍の兵数は少ない。
50人にも満たない数。
一方でカムラの丘の王国軍本陣には国王直属の近衛兵、その数500。
仮に闇妖精たちが奇襲をかけたとて、十倍の数の王国軍近衛兵を突破しメドラウド王の首を取るのは不可能だろう。
普通ならば…
「『木々に命を与えよ』」
闇妖精たちが魔法具を起動させる。
魔法をかけられた木の小枝は、姿を変える。
その姿は身長2メートル程の木人形。
全体的に大雑把な造形で、かろうじて人型と解る程度の物だが、造形に不満を言う者は誰もいない。
「ブォラン、木人形の指揮は任せる」
闇妖精の1隊を率いる女。
ジャスパーやハルが『マイクロビキニ』と呼ぶだろう露出度の高い衣装の青肌を持つ女闇妖精シュウェインと6人の闇妖精たちは隠れ蓑の魔法具で姿を消す。
「御武運を!」
姿を消したシュウェインたちを見送り闇妖精ブォランと部下たちは操作する木人形を敵本陣に特攻させた。
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「魔法人形です!背後より魔法人形による奇襲!」
メドラウド王を守る最後の盾・近衛兵は優秀だった。
近衛兵を中心とした後衛軍は、背後から奇襲してきた10数体の木人形に即座に対応する。
木人形に次々に矢が射掛けられ、矢が突き刺さるが痛覚がない木人形が怯むはずもない。
「槍兵、防御体型!」
槍ぶすまを形成し守りを固める兵たち。
一方で奇襲を知った参謀たちはメドラウド王を逃がすか否かを迷う。
「前衛軍、右軍、左軍、全て交戦中だ。
陛下を逃がすとして、どちらに逃がすのだ?」
「少数の魔法人形ならば近衛兵だけで対処出来るのでは無いか?」
仮に、この時点でメドラウド王が馬に乗り本陣より逃げていたらば結果は変わっていただろう。
しかし、メドラウド王は決断力に乏しく、参謀たちもカムラの丘という戦場で最も安全と思える要地からメドラウド王を逃がす事に迷った。
メドラウド王も本陣の参謀たちも馬鹿では無い。
実力と忠誠心を兼ね備えた近衛騎士たちが簡易的に作られた玉座に座るメドラウド王の側に控え護衛している。
その武芸は大猪鬼の戦士にすら引けをとらないだろう。
仮に簡易玉座まで木人形が来ても近衛騎士を殿軍に、王は逃がせる。
少数の木人形相手ならば、そう考えたのは仕方ない事。
だが…
いつの間にか、そこに女が立っていた。
長く尖った耳に、切れ長のつり目、人とは違う青い肌を晒す美女。
闇妖精シュウェイン。
「『火球よ』」
シュウェインの持つ金銀と宝石で作られた火球の杖より放たれる火球。
「敵襲…」
咄嗟に王を守ろうと前に出ようとした近衛騎士隊長も間に合わず。
ズライグ王国国王メドラウド・ペンズライグの身体は炎に包まれた。
さらにシュウェインの左右に出現した闇妖精の魔法具が、火を雷を風を氷を…次々に放ち王国本陣の参謀たちの命を奪っていった。
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「白涼…なんだ、その姿は?」
「お前こそ、その姿は私の真似事か?」
ぬいぐるみと幼女が空中で激しく拳撃を応酬する。
「お前の裸を晒す嫌がらせだよ」
「相変わらず小さいヤツだな。
これだから尻尾が無いヤツはダメなんだ」
他者から見るならば微笑ましいとすら見えるだろう殴り合うぬいぐるみと幼女。
しかし、その姿は巫山戯ていても中身は亜神と呼ばれる化け物。
その一撃を受けたならば重装騎士とて絶命する威力。
「そんな身体で妾に勝てるつもりか白涼?」
ぬいぐるみに宿る仇敵を嘲笑する『盟主』
「このダイナマイトボディの魅力を理解出来ないとは残念なヤツめ」
反論する白涼。
しかし、彼女に余力など無かった。
邪神たる彼女の本体は異界の冥府に捕らえれ、この小さいぬいぐるみに僅かな力を送り込んでいるだけなのだから。
そして、白の竜と炎の巨人王ヴァティンの戦いも決着がつこうとしていた。
15メートルの巨体が地に倒れる。
その全身に深い傷が残り、左腕は根元から失われていた。
「ふははは!どうした白の竜!最強の竜の名が泣くぞ!」
勝ち誇りながらも油断せず大剣を構えるヴァティン王。
血まみれの白の竜は身を起こす。
勝てない。
そんな事はわかっていた。
既に年老い、その身体は自由に動かない。
竜種最強の攻撃竜の息は炎の巨人には通用しない。
それでも白の竜・島白は再び立ち上がる。
牙すら折れた顎門を開き戦いの咆哮を上げる。
小さなぬいぐるみにも老いた真竜にも勝機など有りはしない。
そんな事は両者とも分かっていた。
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闇の中で子供が泣いていた。
その小さな身体は鱗に覆われ、頭には角が生え背中には翼がある化け物の子供。
もうすぐ世界最後になる小さな子供。
滅び行く種族最後の1匹。
「…弟子よ…」
声が聞こえた。
小さな声が…
「我が弟子よ…」
「師匠?」
化け物の子供は顔を上げずに小さく答える。
「そうだ、我が弟子よ。
どうした我が弟子よ、お前は何をしているのだ?」
「師匠…
私は、もう独りぼっちなんだ…
私の仲間は何処にも居ないんだ…
だから生きていても仕方ないんだ…」
化け物の子供の上げる絶望の声。
滅び行く種族の最後の1匹の絶望の嘆き。
それに師匠たる彼女は答えた。
「真竜は滅ぶ。
それは事実だ、最後に残った島白も間も無く死ぬ」
「私は独りぼっちなんだ…」
「それでも…」
「ずっとずっと孤独な化け物なんだ…」
「それでも我が弟子よ!
お前は決して孤独では無いのだ!!」
「師匠…?」
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『旧都』に迫る亜人軍の軍船。
多数の猪鬼の戦士たちを乗せ、無数の魚人を従える亜人軍の水軍が上陸すれば兵力に余裕などない『旧都』は簡単に落ちるだろう。
「弓の用意を!」
防壁上で叫ぶ老兵士長。
十人程度の老兵と若兵の射つ弓矢で多数の軍船を防げるわけもない。
「弩なら私でも射てます」
古びた弩を手にするアンリエット。
狐嬢も見よう見まねで弩を構える。
その行為に意味など無い。
アチコチが崩れ穴が開いた防壁も少数の兵士たちも多数の軍船の前には意味など無い。
『旧都』に進軍する霜の巨人率いる軍勢。
強壮なる霜の巨人は一撃で古びた防壁など粉砕し、その武力は『旧都』を蹂躙するだろう。
「投石器用意!」
防壁上に1器だけ残されていた投石器に向かいユーリアが声を張り上げる。
細剣を抜き白兵戦に備えるユーリア。
ユーリアの隣で女騎士クロエ卿も剣を抜く。
彼女たちに従い武器を構える兵士たち。
その行為に意味など無い。
完全武装の重装騎兵や重装歩兵でさえ防げない無敵の巨人の軍勢に、少女騎士と少数の守備隊に出来る事など無い。
孤独な化け物の脳内に映るイメージ。
もうすぐ落ちる街と、死に行く少女たち。
王国軍本隊は決戦中であり、他の地域より援軍として向かっている軍勢も間に合わない。
『旧都』は、もはや人の手では守れない。
それが世の理…
この時『旧都』の命運は、人の手から離れた。
それは人の身業では無かった。
それが起きた理由は人による物では無かった。
「アンリエット様…」
「どうして?」
それを見た狐嬢とアンリエットは北の防壁上で呆然と呟く。
「何が起こっている?」
それを見たユーリアは東の防壁上で呆然と呟いた。
その時…
北より進軍する軍船が砕けた!
東より進軍する霜の巨人の侵攻が止まった!
「アンリエット様、海竜です!
無数の海竜の群れです!」
「どうして海竜が?」
北の湖。
湖上を進む軍船を砕くのは、青い鱗を持つ海竜の群れ。
「ユーリア卿!蛇竜です!
蛇竜の群れが巨人たちを押し留めています!」
「蛇竜?なぜ蛇竜が?」
東の森より進軍する巨人たちを押し留めるのは緑の鱗の蛇竜の群れ。
800年前。
滅び行く真竜は最後の卵を残した。
生き残った真竜の中で最も若い緑の鱗の雄竜と唯一生き残った青の鱗の雌竜が交じり最後の卵を残した。
来たぞ!
同じ血を引く同胞よ!
お前が戦うならば、我らも共に戦おう!
お前の父たる緑の鱗の一族。
お前の母たる青の鱗の一族。
力も知恵も失い、その姿は祖と似ても似つかない。
それでも我らは同じ血を引く同胞なのだ!
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「どうして…」
力も知恵も失った。
それでも戦う亜竜たち。
海竜の身体に軍船の衝角が突き刺さり、海竜は悲鳴を上げ水中に沈んでいく。
霜の巨人の武器が蛇竜を切り裂き叩き潰し、蛇竜の悲鳴が響く。
それでも青の鱗の一族も緑の鱗の一族も一歩も引く事は無い。
1匹が倒れたなら2匹が立ち向かう。
2匹が倒れたなら4匹が立ち向かう。
それを孤独な化け物は見ていた。
「彼らだけでは無い!」
孤独な化け物に師匠は告げる。
「聞こえるはずだ!」
何が?
「その声が聞こえるはずだ!」
誰の?
それは、たどたどしい言葉。
初めて言葉を覚えた幼子のような言葉。
「とも」
「なかま」
「ともだち」
「せんゆう」
「いくよ」
それは誰の声?
「問おう、我が弟子よ」
「師匠…」
「この世界に、お前が生きる価値は無いか?」
東の空より飛ぶ。
「とも…ともよ…盟友よ!
来たぞ!盟友よ!」
その声の主は?
「グラム…メーター…ポンド…リッター…ヤード…」
赤き鱗の翼竜たち!
「答えよ!我が弟子よ!
この世界に、お前が守る価値は無いか?!
答えよ!我が弟子よ!」




