第65話…独りぼっちの化け物
「真竜なのか…」
「我は、白い鱗の一族。
人が言うところの白の竜騎士と共に戦いし者」
「おおう!」
ハルの目の前には巨大な白い竜。
翼竜や蛇竜、海竜とは違う本物の竜。
ハルは自分の身体と目の前の白い竜を見比べる。
頭には角があり、背には翼があり、四肢があり指は5本。
全く同じ姿だった。
「居たのか…私の仲間はちゃんと居たのか!!」
ハルは歓喜の咆哮を上げる。
白い竜は涙を流しながらハルを見つめている。
ハルは、白い竜にずっと知りたかった事を問うた。
「それで、他の仲間は何処にいるのだ?
私の親は?家族は?どこにいるのだ?!」
期待に満ちた眼で見つめる幼竜。
白の竜は、目の前の子供の半生を想う。
歳の頃は十数歳だろうか?
まだ赤ん坊と呼べる小さな幼体。
親もなく、友もなく、孤独に生きてきた最後の子。
その子に、白の竜は残酷な真実を告げた。
「真竜は、もう我とそなたしか残っていない。
我らが最後の竜なのだ」
「そんなバカな…」
ハルは呆然と呟いた。
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なるほど酷い物だ。
ジャスパーは、ボロー代官から出された食事を見て、そう思う。
仮にも宮中伯爵の爵位を持つジャスパー相手に出すには、余りにも質素な食事。
一瞬だけ、自分を軽んじての嫌がらせかとも思ったが同席するボロー代官も『旧都』守備隊を指揮する騎士隊長の料理も同じ物。
貴族からは平民の飲み物と揶揄される麦酒も質の悪いライ麦で作った黒パンも、今の『旧都』には精一杯の持て成しなのだろう。
「碧竜伯は、リーヴァ殿下の伴侶であると伝え聞いておりますが」
タンザ・ベローズ騎士隊長は、ジャスパーの本妻リーヴァの父であるグズルーン公爵に支えていた騎士で、子供の頃のリーヴァの事を知っている事もあってリーヴァの現在の話を聞きたがった。
またジャスパーが知らないリーヴァの子供の頃の話などを聞かせてくれ、質素な食事に関係なく話題には事欠かない。
ボロー代官が、そんな雰囲気に胸を撫で下ろしている。
「リーヴァ…いやリーヴァ殿下の『旧都』への到着は3日後になるでしょう」
「再び、殿下にお会い出来るのが楽しみです」
ジャスパーは、ハルが食事に来なかった事を少しだけ疑問に思うが、あの最強無敵の邪悪な生き物が野生動物に襲われたりするはずもない。
何か興味ある物でも見つけて時間を忘れているのだろうと思う。
(代官の出す食事でコレなら街ではマトモな食事は出来ないだろうな、ハルが戻ってきたら飯屋か酒場で食事するにもマトモなメニューは無いだろうし)
代官にハルの分の食事を追加で要求するのも気が引ける。
そんな事を考えていると皆の食事は終わり、代官が手を叩いて何かの合図をした。
合図で入って来たのは着飾った女たち。
「碧竜伯殿も長旅でお疲れでしょう。
今夜は羽根を伸ばしてはいかがでしょうか?」
「あ~」
碧竜伯ジャスパー・ファーウッドにまつわる噂の1つが、碧竜伯は無類の女好きだという物。
そんな噂からジャスパーの機嫌を取るために女たちを用意していたのだろうが…
ジャスパーは妻を昔から知るベローズ騎士隊長の方を見て苦笑する。
そして代官に言った。
「妻の嫉妬が怖いので遠慮しておきます」
その言葉にベローズ騎士隊長も笑った。
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「何故だ?
何故、竜は滅んだんだ!!」
幼竜の悲痛な叫び。
ずっと孤独に生きてきた。
ずっと独りぼっちだった最後の幼竜の悲痛な叫び。
「今から800年前の大戦は知っているな?」
「門から敵が攻めてきた戦いか?」
「そうだ」
白の竜は遥か昔に想いを馳せる。
「あの戦いの最後、決戦の前。
元々個体数が少ない我らは、戦いで多くの者が死ぬと解っていた。
だから我らは決戦前に卵を作った」
ハルは黙って聞いていた。
自分たち種族の最後を…
「我らの多くが倒れても、残された卵から次代の竜が産まれるはずだった」
「産まれなかったのか?」
「卵は孵った。
だが、卵から産まれたのは何故か奇形の子供だけだった。
そなたは下位竜や亜竜を見た事があるか?」
「翼竜とか海竜か?」
「そうだ、産まれたのは真竜ではなく下位竜や亜竜だった」
白の竜は、絶望を思い出す。
生き残った10匹に満たぬ真竜。
それも大半が深く傷つき長くは生きられぬ身体だった。
そんな真竜たちが見たのは種族の終焉。
「何故だ?何故、そんな事になったのだ?」
「我にも解らぬ…
ただ、それが事実であるだけだ。
大戦で生き残った真竜は10匹にも満たず。
その竜たちも次々に息絶えた」
ハルは当然の疑問を発した。
「では、私は?
私は、どうして産まれたのだ?」
「我らは希望が欲しかった、種族の未来が欲しかった、自分たちで種族が終わると思いたくなかった。
だから生き残った竜の内で最も若い緑の鱗の竜と唯一生き残った雌だった青の鱗の竜が交わり最後の卵を作った」
「それが…」
それが自分なのかと問おうとしたハルに白の竜は真実を告げた。
「だが…卵は孵らなかった…
最後の卵は孵らず、最後の子は産まれなかった」
ハルは眼を見開く、そして叫んだ。
「では、私は何処から産まれたのだ!!」
白の竜は、最後の幼竜を見る。
「その角の形は、緑の竜に似ており、その鳴き声は、青の竜と同じ。
なにより、その鱗の色は2匹の子で間違いない。
しかし、本来800年も卵が孵らず生きているはずは無い。
そなたの存在は、まさに奇跡なのだ」
ハルは自分の手を見る。
鱗に覆われ、鉤爪があり、短い指の小さな手を見る。
人とは、人間とは違う手を見る。
「私と…お前しか居ないのか?」
白の竜は、さらに残酷な真実を碧の竜に告げる。
「もうすぐ、我も死ぬ。
我が寿命は、もうすぐ尽きる。
あと半月も持たず、我は死ぬだろう。
そなたが最後の真竜なのだ」
自分の手を見つめていたハルは小さく呟く。
「何故だ?」
白の竜は、その呟きに首を傾げる。
「何故!卵を作ったのだ!!
何故!私を産んだのだ!!」
それは血を吐くような叫び。
「何故!最後になると解っていたのに!!
何故!未来など無いと解っていたのに!!
私を産んだのだ!!」
ハルは信じていた。
世界の何処かに自分の仲間が居ると。
自分は決して独りぼっちでは無いと。
しかし、誰も居なかった。
「私は…私は…」
ハルは自分の手を見る。
人とは違う手を見る。
「世界で、たった1匹の化け物なのか!!
何故だ!!何故!私を産んだ!!
こうなると解っていたのに!!
私を、ずっとずっと独りぼっちの化け物にして、お前たちは勝手に死んでいくのか!!
だったら何故!私を産んだのだ!」
最後の真竜の慟哭が湖に響いた。
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知っていた。
孤独を知っていた。
数百年も前に最後の同族を失い。
自分の仲間を探して世界を彷徨った。
何処かに自分の仲間が生き残っていると願って彷徨った。
白の竜は、その孤独の知っていた。
この子は、親も知らず、友も知らず、恋も知らず。
長い時を孤独に生きるのだ。
希望が欲しかった。
未来が欲しかった。
自分たちが最後では無いと信じたかった。
その身勝手さが、この子に全てを押し付けた。
絶望を、種族の最後を、孤独を、押し付けた。
竜に神は居ない。
竜は神など信じない。
それでも白の竜は、神あるいは運命を呪う。
何故、今なのだ?
何故、800年前に産まれなかったのだ?
この子は、愛されて産まれるはずの子供だった。
例え、最後に孤独が待っていても…
例え、最後に絶望が待っていても…
それでも愛されて産まれるはずの子供だったのだ!!
例え短い時間でも、生き残った全ての竜に愛されて育つ子供だったはずなのだ!!
それでも、全ては自分たちが悪いのだ。
この子に全てを押し付けた自分たちが悪いのだ。
白の竜にも時間が残されてはいない。
真竜の中でも長命な彼の命も間もなく尽きる。
彼には、これから悠久の時を孤独に生きる最後の竜に何もしてやれない。
その時間が彼には残されていなかった。
「許してほしい」
その謝罪にも意味など無い。
ただ自分の罪悪感を軽くしたいだけの言葉。
白の竜を眠りが襲う。
寿命が近づいた竜は眠りにつき、やがて死を迎える。
彼の身体を叩きながら幼竜が何かを叫んでいる。
その声も、もう聞こえない。
白の竜は、きっと二度と目覚める事がない眠りに落ちた。
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夜空を見ていた。
白い島のような巨大な竜の上で、最後の同族の上で、夜空を見上げていた。
「そうか…私は独りぼっちなのか…
私の仲間は、もう居ないのか…
なら、もう…」
生きていても仕方ない…
孤独な化け物は、独りぼっちで夜空を見上げ続けた。




