第62話…水着回?
『氷壁都市』
遥か遠くの西部での敗戦の報告が届いていない北部は平穏な時を過ごしていた。
実際には霜の巨人の襲撃の後始末にヴィーグ伯爵を始めとする北部貴族は奔走している。
北部貴族隷下の飛行騎兵は事実上壊滅、北端を監視する砦は崩壊。
碧竜伯ジャスパーの活躍で巨人討伐は成したものの、北部貴族を戦慄させるのに十分な被害だろう。
北部貴族には、さらにリーヴァ王女より命じられた西部への派兵問題もある。
編成したばかりの騎兵隊を巨人討伐に派兵したため西部派兵の再編成にも手間取っていた。
「ジャスパーは何が欲しいのかしら?」
北部連合軍主将の地位にあったリーヴァ・ファーウッド=ペンズライグは1つの問題で頭を悩ませていた。
主将として巨人討伐に功績があったジャスパー・ファーウッドに論功行賞しようにも、夫ジャスパーは基本的に無欲で、ジャスパーが欲しがりそうな褒美が思い付かないのだ。
「何かを収集する趣味もないし…私に与えられる褒美は何があるのかしら?」
リーヴァは寝室に用意された衣装を見る。
法衣、修道女服、侍女服、騎士服、女給服、女子学生の制服…
「ジャスパーが喜びそうな物といったら、コレくらいよね」
着飾るのとは少し違う、制服の数々。
何故か夫は、このような服をリーヴァが着ると喜ぶのである。
「でも、目新しいのは無いのよね」
リーヴァの寝室にある制服の類いは既にジャスパーの前で着て見せた物。
論功行賞としてジャスパーが喜ぶ物としては弱いだろう。
「無欲なのは強欲より難しいわね」
リーヴァは頭を悩ませた。
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褒美に何を与えればよいか分からない相手が居れば、逆に選択が極端に簡単な相手も居る。
今、ジャスパーの目の前に居る邪悪な魔獣が、その典型例だろう。
「鱈の塩漬けか?」
「うむ!樽ごと買って貰った!」
保存技術が未発達なズライグ王国で、数少ない保存方法である塩漬け。
海で漁をした魚を船上で樽に入れ塩漬けした物。
平民の口にも入る一般的な食材だが、大きな樽丸ごとは安い買い物では無いだろう。
邪悪な魔獣ハルと仲間たちに樽から塩漬けを取り出し配るのは侍女姿の狐嬢。
ハルが食べている分は焼いて調理されているが、グラムたち翼竜の幼竜は樽から取り出した物をそのまま食べている。
これは単純に好みの問題らしい。
ハルが食べ終わった頃を見計らい侍女が塩漬け鱈の煮込み料理を運んでくる。
「この漬物も悪くないな」
付け合わせの漬物。
生野菜を保存出来ないズライグ王国で、冬に野菜を食べるための漬物。
それをハルは齧っている。
とりあえず食べ物を与えておけば満足する邪悪な魔獣である。
「身体の方は、もう大丈夫なのか?」
傷を負った妹を心配する兄に、ハルは左腕をクルクル回して見せる。
「あと二、三日もあれば全快するな」
目立つ傷である折れた2本の角も再生してる所を見ると事実なのだろう。
「神鷲の傷だけ異様に治りが悪かったが…」
ジャスパーは、前にハルに重傷を負わせた神鷲を思い出す。
あの時負った傷だけ異様に治りが悪かった事を思い出す。
神鷲が『盟主』が竜種を倒すために造り出した魔鳥だと知らないジャスパーに神鷲の爪や嘴に竜種の再生を鈍らせる力があると知るはずもなかった。
「碧竜伯様、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
リーヴァが雇う侍女が温かい紅茶を持ってくる。
美形と呼べる外見の侍女に一瞬だけ公式愛妾・狐嬢の尻尾が不穏な動きをするがジャスパーは気付かず紅茶を受け取った。
「室内でも温かい紅茶はありがたいよな」
日本の近代建築と違い、暖房器具も断熱効果も未発達なズライグ王国の建物は室内でも寒さ対策に限界がある。
温かい紅茶で身体を温められるのはありがたい。
果実酒を蒸留した蒸留酒を足した紅茶は酒精の働きで身体を温める効果が高い。
この蒸留酒も鉱妖精が作っている物で、ヴィーグ伯爵から北部総督府への贈り物の1つだった。
「どうせ追放されるなら、寒い北より暖かい南が良かったんじゃないか?」
「それは…そうかもな」
ハルが言う通り、ジャスパーの北部行きは一種の懲罰で、王都圏からの追放である。
「南なら今頃は水着の美女を侍らせてウハウハだったのにな」
ティヒヒと笑うハルにジャスパーは微妙な表情を浮かべた。
日本人だった前世に見た水着グラビアのような美女たちを侍らせてビーチチェアに寝転ぶ自分を想像したからだ。
「うーん…」
想像の中で露出度が高いエロ水着を着せた4人の嫁の姿を浮かべてみる。
ビキニ姿の嫁たちの中で、何故かアンリエットだけがスクール水着で胸部の名札には平仮名で『あんりえっと』の文字。
「うーん、それも見て見たかったな」
寝室で全裸を見た事もあるが、水着は水着で別腹であるのは男の子の本能だろう。
「ジャスパー伯、剣の稽古に付き合ってほしいのだが」
木剣を手にユーリアが誘いに来た。
「今、行きます」
残った紅茶を飲み干しジャスパーは席を立った。
ジャスパーが立ち去った後。
「さて、私は昼寝でもするかな」
食事を終え、傷を回復するために昼寝しようと竜部屋に向かうハルの尻尾を狐嬢が掴んだ。
「てぃひ?」
「ハルさん、その『みずぎのびじょ』とは何ですか?」
ハルは笑顔なのに全く目が笑っていない狐嬢に戦慄した。
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ズライグ王国の西端の守り『辺境砦』は陥落した。
『辺境砦』は猪鬼が小鬼が岩鬼が、様々なメーガジット界の亜人に占拠された。
巨大な体躯を誇る巨人族に砦は狭すぎるため炎の巨人と霜の巨人は砦の外に野営していた。
他にも砦に入りきれぬ多数の小鬼の群れなども野営…というか雑多に固まり焚き火を囲んで騒いでいる。
辺境砦に備蓄されていた食料に酒類は、砦を落とすのに尽力した種族たちに配られており、それを口にしながら彼らは勝利を祝う。
「ヴァティン、賭けに負けた分だ」
霜の巨人王ルグニルが、人間基準なら大きな、巨人基準なら盃1杯分になるかという酒樽を手に炎の巨人王ヴァティンを訪ね酒樽を差し出す。
頷き酒樽を受け取ったヴァティンは、目の前の焚き火で丸々焼いていた軍馬を2つに裂いて半分をルグニルに差し出す。
2人の巨人王は向かい合って地面に胡座をかく。
しばし無言で酒と肉を口に運んでいた巨人王たち。
やがて、ルグニルがヴァティンに問うた。
「『盟主』は?」
「砦の中庭に魔法陣を作っておられた」
「そうか…」
ルグニルは空を見上げる。
右腕を失った『盟主』が力を使うには時間がかかるだろう。
「再進軍には時間がかかるか…」
「北に向かった魚人との連携もある。
それに大食いのルグニルが食うための兵糧の準備にも時間はかかるだろう」
「誰が大食いだ!」
笑うヴァティンに怒鳴るルグニル。
2人の巨人王の様子を家臣たちは、何時もの事と無視して酒と食事を口に運ぶ。
『辺境砦』への増援として来ていた軍は『盟主』により大打撃を受けたそうだが。
辺境砦の指揮官は優秀で早めに砦を放棄して撤退したため、次の攻撃目標である『西域都市』には十分な戦力が残っているだろう。
巨人族は強力な種族だが、身体が大きい分だけ必要な兵糧も多い。
補給線を確保せずに進軍する程に亜人軍も馬鹿ではなかった。
そして、アニュラス界最強の竜種が劣化した今、人間どもに時間を与え『西域都市』の防衛を強化させたところで巨人族の進軍を止められるはずは無いと2人の巨人王は思っていた。
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「水着?詳しく聞かせてもらえるかしら」
ジャスパーは剣の稽古で汗をかき、蒸風呂に行っている。
その隙にジャスパーの4人の嫁たちはリーヴァの寝室に集まっていた。
4人の視線の先には、砂糖と蜂蜜をたっぷり使ったケーキを賄賂に渡されたハル。
「下着のような物でしょうか?」
ハルの説明を狐嬢が通訳すると、海水浴といった行為を知らないアンリエットが首を傾げる。
川で水浴びするくらいしか知らないアンリエットは海で泳ぐ事も水着も知らない。
娼館育ちの狐嬢も泳ぐという事を知らず、よく分からないという顔。
「昔は女性も海や湖で泳ぐ事はあったと文献で読んだ事はあるけれど」
今のズライグ王国には女性が肌を人前で晒して泳ぐ風習は無い。
リーヴァも昔の事を書いた文献で知っているだけだ。
「それにしてもジャスパー伯は、どこで水着なんて物を知ったのでしょうか?」
疑問顔のユーリア。
同郷というか隣村出身のアンリエットが知らない知識をジャスパーが知っているのは不思議ではある。
「そうですね。
私たちの故郷には海も湖もありませんし、ジャスパー様は何処で知ったのでしょう?
故郷では川で水浴びくらいしかしませんし…」
昔の事を思い出したアンリエットは、性という物に目覚めた直後のジャスパーの奇行をも思い出す。
「幼い頃のジャスパー様は、私の水浴びを覗こうとしてましたけど…」
女の子の身体に興味を持ってもエロ本もエロ画像も無い世界故に一番身近なアンリエットの裸に興味を持ち見ようとしたのだろう。
ともあれ…覗きは犯罪です!ストップ性犯罪!
そんな思い出を口にしたアンリエットに他3人は苦虫を噛み潰したような顔をする。
自分以外の女性の身体に興味津々だった夫の過去を苦々しく思っているのだろう。
リーヴァは不機嫌なまま手を叩く。
すると死んだような目をしたリーヴァの直属侍女が姿を現した。
「服商人を呼びなさい、急ぎで仕事が出来る商人をね」
「かしこまりました」
口調は丁寧なのだが、どこか慇懃無礼な印象がある侍女が主の言い付けにより動き出した。
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『辺境砦』より北。
海岸には何隻もの軍船が浮かんでいた。
決して大きな船ではなく、櫂で漕いで進むガレー船の類いであるが衝角が付いた姿は軍船に違いない。
船内には櫂を漕ぐために奴隷にされた小鬼たちが鎖で繋がれ、戦闘員である猪鬼たちが乗り込んでいた。
門より分解された木材の状態で、圧倒的膂力を持つ巨人族に運ばれてきて、海岸で組み立てられた軍船。
さらに水中と陸上を自在に行き来出来る魚人たちも泳ぎ同行する。
陸上にある門より出現する亜人軍が軍船を持っているなどズライグ王国民は想像すらしていない。
これらの軍船による進攻が完全な不意打ちとなる事は間違いなかった。
「出航である!小鬼どもに櫂を漕がせよ!」
亜人軍ガレー船団指揮官の猪鬼の命令によりガレー船団は進み始める。
目標は、ズライグ王国の西部防衛拠点『西域都市』より、さらに東にある『旧都』
『旧都』に面した湖は大河で海とも繋がり、海から船で行き来できる。
亜人軍ガレー船団と魚人の軍勢は、10年前の水害で大きな被害を受け、防衛設備の修復すら終わっていない800年前には王都だった都市『旧都』目指して櫂を漕いだ。
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「えーと…これはいったい?」
呼ばれて寝室に行ったら、4人の嫁たちが下着姿で待ち構えていた。
ジャスパーの視点からするなら、そうなるのだろう。
「あら?ジャスパーは水着姿の美女を侍らせたかったのでしょう?」
臆面もなく、自分自身を美女だと称する本妻リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ。
確かに絶世の美少女である。
そんな本妻は扇情的な白い下着姿でベッドに寝そべっていた。
リーヴァ本人はスリングショット水着のつもりなのだろうが、ハルから狐嬢、さらに服商人、さらに服職人…と伝言ゲームのように伝わるうちに、水着は下着と変わらない物に成り果てていた。
「そのだな…私には、このような格好は似合わないと思うのだが…」
ユーリアは黒い下着姿。
本人はマイクロビキニのつもりなのかもしれない。
筋肉質で古傷があるユーリアは、自分の身体を恥じるように両腕で隠すが、ジャスパーから見ればビーチバレーの選手か水泳選手を連想させる魅力的な肢体。
特に4人の中で一番大きな胸が揺れる様はジャスパーの目を楽しませる。
「…」
寸胴幼児体型のアンリエットは無言。
大人の女といった体型の他3人と自分の身体を比較して唇を噛んでいる。
なぜかコレだけ異常に再現度が高いスクール水着、しかも旧型スクール水着であった。
そして、そのスクール水着を纏う肢体には胸と腰の括れは全くなかった。
「似合いますかジャスパーさん」
そう問いかける狐嬢はハイレグ競泳水着…には見えない、よく分からない服。
いや作った服職人は努力したのだろうが…
競泳水着という概念もなければ、そういった布地も無いのだから仕方ないだろう。
強いて言うならボディスーツ型下着といった服を着た狐嬢は6本の尻尾を揺らす。
「えーと…」
ジャスパーは、よく分からないと言った表情で嫁たちに問うた。
「今夜は5人で寝たいの?」
ジャスパーは、パジャマパーティー的な物を想像したのだが、ズライグ王国人にはパジャマパーティーなんて発想はなかった。
「複数の女性と一緒とか…ふざけないで!」
怒るリーヴァ。
「いや…身体を他人と比較されながらは…許してくれ」
自分の身体に自信がないユーリア。
「ジャスパー様…最低です」
幼児体型を恥じるアンリエット。
「それは別料金です!」
追加料金で色々サービスしてくれるらしい狐嬢。
結局、どういう事なのか理解出来ず、水着には全く見えない姿の妻たちにジャスパーはタメ息をついた。




