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第60話…『盟主』

 『西域都市』より『辺境砦』を目指し進む、5000の兵。

 その先遣隊主将は八脚馬(スレイプニル)に跨がる若い男だった。

 

 ズライグ王国第一王子アルスゥル・ペンズライグ、当年18歳。

 美姫と名高い妹リイルや従妹リーヴァと同じ血筋を思わせる美しい外見を持つ王子。


 「初陣なれば、不安を覚えるのは仕方ない事でしょうが。

 敵は下等な亜人。

 誇り高い騎士の敵ではありません」


 アルスゥル王子と轡を並べ軍馬に跨がるのは王子の妃の父。

 つまり外戚にあたるケンドリック・ガム侯爵。


 名目上は先遣隊主将はアルスゥル王子でも弱冠18歳で初陣のアルスゥル王子に指揮がとれるはずもない。

 実質的な指揮官は副将ガム侯爵と西部貴族代表格のウォードエンド辺境伯の娘婿ルフォン伯爵の2人だろう。


 「アルスゥル殿下が辺境砦に到着する頃には、既に味方が勝利しているのではないでしょうか?」


 第一王子であり、メドラウド国王の実子の中で唯一の男子であるアルスゥル王子が次期国王なのは確定した未来。

 アルスゥル王子の軍に参陣を許された貴族たちは、次期国王に少しでも顔を売ろうと楽観的な発言を繰り返し王子のご機嫌取りをしようとする。


 今朝、『西域都市』を出陣した時の報告では『辺境砦』は勝ち続けていると言う話だった。

 (ゲート)から無尽蔵に出てくる亜人たち相手であるから、戦い自体は続いていても、何度も亜人軍の進攻を跳ね返し勝利を重ねていると言う。


 「殿下は運が良い。

 数だけ多く弱小の亜人ども相手に、初陣にして武勲が約束されておりますからな」


 アルスゥル王子に取り巻く貴族たちも自分たちの運の良さを神に感謝していた。

 

 数だけ多く、中身は脆弱な亜人軍相手に簡単に武勲を上げ、さらに次期国王の覚えめでたくなる機会を得た事を感謝する。


 この時代の情報伝達は遅い。

 詳しい情報を伝達する一番速い方法が飛行魔獣による直接伝令なのだから当然だろう。


 それ故にアルスゥル王子率いる先遣隊は、辺境砦の現状を知らなかった。


 ===========


 「大きいな…」


 成竜形態のハルより、ハルより大きい翼竜(ワイバーン)の成竜たちより巨大な海竜(リヴァイアサン)

 身体は水中にあり、正確な大きさは解らないが水面から出た頭部の大きさと首の太さから胴体の巨大さは想像出来た。


 海竜(リヴァイアサン)は、しきりにハルの匂いを嗅いでいる。

 真竜(トゥルードラゴン)の匂いが珍しいのだろうか?


 少なくとも敵意は感じない。

 食料にするなら身長1メートルの幼竜よりも巨大な巨人の肉が大量にあるだろう。


 ジャスパーは海竜(リヴァイアサン)を刺激しないように、ゆっくりと下がり騎兵槍(ランス)を拾う。


 「ギャギャ~」


 巨人に吹き飛ばされたリッターとヤードがノテノテ歩いてくる。

 巨人の一撃は身体が小さな幼竜には大打撃だったらしく、2匹はフラフラと身体を揺らしながらノテノテ歩く。


 開拓村からの飛行と戦闘で疲労した3匹の雌竜たちは疲れきり固まって休んでいた。

 やがて2匹の雄竜も合流して竜団子と化した幼竜たちは身体を寄せ合い休息する。


 「ヴィーグ伯爵の本隊が来るまで動けそうにないな…」


 海竜(リヴァイアサン)に舐められているハルは傷を負い、魔力も体力も使いきり自力で開拓村まで戻るのは難しいだろう。


 不意に轟音がした。


 「何だ?」


 唯一、まだ戦える余力を残したジャスパーは騎兵槍(ランス)を構える。

 轟音と共に激しく水柱が上がり、霜の巨人(ヨトゥン)が氷上に這い上がってきた。


 「まだ生きていやがったか!」


 ハルは叫び、脚を引きずりながら構えるが戦える力が残っているはずも無かった。


 「待てハル」


 右腕だけで必死に氷上に這い上がる巨人。

 その巨人をジャスパーは悲しい目で見た。


 巨人には左腕が無かった。

 そして、下半身も無く、千切れた内臓を引きずりながら氷上に必死で這い上がってきていた。


 その傷は明らかに致命傷だった。

 既に巨人の命は長くなかった。


 「おぉぉぉー!」


 巨人は最後の咆哮を上げる。

 800年前、竜たちとの戦いに敗れ、湖面に落ち、氷塊の中で眠っていた巨人。

 既に、彼の仲間は、戦友たちは、伝説の彼方へと消えていった。

 同胞の誰にも知られず、看取られず、死を迎える巨人。


 霜の巨人(ヨトゥン)・凍てつく大地を砕く鎚鉾ガルザの孤独な最後。


 その時、空間が歪んだ。


 「兄貴!何だ?アレは何だ?!」


 本能的恐怖に震えハルが叫んだ。

 

 空間は歪み、別の場所へと繋がる。

 魔法具(マジックアイテム)とは違う本物の魔法。


 「女?」


 空間を歪め現れたのは美しい幼女の姿をしていた。

 長い黒髪が幼い裸身に絡み付き、やや陰鬱な印象の瞳が死を迎える巨人を見詰める。


 美しくありながら、決定的に欠損している幼女。

 右腕が失われた幼女。


 「おおお…『盟主』よ…

 我が鎚矛は遂に邪悪なる者に届かず…

 無能なる我が身を許したまえ…」


 巨人ガルザの目は既に見えていない。

 ただ気配だけを頼りに主を感じ、巨人は許しをこう。


 「ミズルの孫、ギリグの子、ガルザよ…戦で死するは戦士の誉れ、安らかに眠るが良い」


 「おお…我が…主よ…」


 巨人の流した一筋の涙は、直ぐに凍りつき流れる事さえ無かった。

 800年の時を眠り続け、最後に戦士として戦い散った巨人は、敬愛する主に看取られ逝った。


 ハルは、その姿を見た。

 右腕の無い幼女のような怪物を見た。

 全身の血が凍りつくような恐怖。

 本能が今すぐ逃げろと警告する恐怖。


 それでも、ハルは叫んだ。

 叫ばねばならぬ理由があった。


 「お前は何故、姉弟子の!霧宮天白(きりみや・あましろ)の姿をしている!?」


 『盟主』の姿を見た霧宮流拳士・(ハルカ)は叫んだ。


 =========


 「……」


 なるほど、これは邪悪なる者だ。

 『盟主』は、小さな(ドラゴン)の姿をした者を見る。

 姿形は(ドラゴン)だが、中身は全く違っていた。

 アニュラス界の人間という種族によく似ているが、似て非なる異界の人型種族。

 その魂を無理やり(ドラゴン)の身体に入れた、吐き気をもよおすような不快な存在。


 「あましろ?はて、誰だ?それは?」


 巨人の言葉はジャスパーやハルに理解出来なかった。

 しかし、空間を越え現れた怪物の言葉は理解出来た。

 いや、それは言葉ではなく念話(テレパス)の一種なのだろう。


 そして隻腕の幼女の姿をした怪物もまたハルの念話(テレパス)を解するようだ。


 勝てない…

 ジャスパーは理解する。

 非才の人間の身でも解る。

 アレは隻腕の幼女の姿をした化け物だ。

 完全な状態の真竜(トゥルードラゴン)でさえ勝てるか解らぬ化け物だ。


 「グルル…」


 小さく威嚇の唸り声を上げる翼竜(ワイバーン)たちも眼に映る隻腕の幼女の危険性を理解しているのだろう。

 ゆっくりと後退していく。


 (どうする?ハルもグラムたちも戦えない、僕じゃ絶対に勝てない、逃げる?どうやって?)


 「ふむ…」


 『盟主』は騎兵槍(ランス)を構える若い騎士に目を向ける。

 こちらも見た目だけアニュラス界の人間で中身は別物。

 あの異界の邪神が送り込んだ眷属…にしては弱すぎるが…


 「何にせよ、生かしておく理由は無いな」


 『盟主』は1本だけ残った左腕を掲げる。

 魔力を使い、物理法則を上書きする技術。

 すなわち『魔法』

 『盟主』が左腕を楽団を指揮するように動かすと、その周囲に無数の火の球が浮かぶ。


 「あれは、まさか『火球(ファイアボール)』か?!」


 ジャスパーが老賢者から聞いた攻撃魔法。

 当たれば、あの一発一発が爆弾のように爆発し熱と衝撃を撒き散らす強力な攻撃魔法。


 「ハルには熱に対する完全耐性が…いや熱には耐えられても、あんな数の爆風と衝撃には耐えられない…」


 自分とハル程の耐性を持たない翼竜(ワイバーン)たちは言うまでも無い。

 あの無数の火球の一発だけで即死するのがオチだろう。


 戦える竜も、もう居ない。

 ただの人間であるジャスパーには、どうしようも無い。

 

 完全に詰みだった。


 ========


 何故かなどはジャスパーには解らない。

 その疑問に答える者は誰もいない。


 「アンギャー!」


 戦える竜は居ない?


 いや、戦える竜ならば、ここにいる。

 

 青い鱗の海竜(リヴァイアサン)が戦いの咆哮を上げ『盟主』に襲いかかった。


 水中より飛び上がり鋭い歯が並んだ顎を大きく開く。

 霜の巨人(ヨトゥン)の身体すら軽々と食い千切る体長15メートルの巨竜の牙が『盟主』に迫る。


 「邪魔」


 『盟主』が左腕を振ると無数の火球が舞った。

 火球は次々に海竜(リヴァイアサン)の巨体に命中し爆発し火炎と衝撃を撒き散らす。


 「アンギャ~」


 鉄より硬い竜種の鱗が爆ぜ、肉も骨も爆炎と衝撃に破壊された。


 「竜種が…あんなに簡単に…」


 ジャスパーは、片足が折れて歩けないハルを背負い逃げようとする。

 しかし、走って逃げて逃げ切れる相手では無いだろう。


 「北部総督殿!ご無事か?!」


 遠くから複数の騎兵の足音がする。

 ヴィーグ伯爵の本隊だろうか?


 「ふむ、この世界は魔力濃度が低すぎるな」


 『盟主』は自分が開けた空間の穴を見る。

 遥か西部より転移するのに使った空間の歪みは消えかけていた。


 「まあ、良い」


 『盟主』は、異界の邪神の眷属たちを見た。

 メーガジット界とアニュラス界の調和を乱す邪悪なる者たちを見た。


 「その首、しばし預けておこう」


 空間転移のための歪みを作るには膨大な魔力がかかる。

 魔力濃度が低いアニュラス界では『盟主』と言えど消費した魔力の回復に時間がかかる。

 そう判断した『盟主』は空間の歪みへと姿を消した。


 「見逃してくれたのか…」


 ジャスパーは、自分の首に死神が触れていたような恐怖に膝をついた。


 「姉弟子…天白(あましろ)では無いのか?

 でも、似ていたな…」


 ハルは師匠の姪であり、霧宮流古武術の姉弟子であった少女に、よく似ていた『盟主』の姿に首を傾げた。


 ========


 「ジャスパァァァァーッ!」


 ジャスパーが兵站輸送用の馬車に乗せられ開拓村へと辿り着くと、ジャスパーの本妻リーヴァが人目も憚らずに抱きつき泣きじゃくった。


 「ヴィーグ伯爵、後の事は伯爵にお任せしてよろしいでしょうか?」


 「ユーリア卿…リーヴァ殿下も北部総督もお疲れの様子。

 後始末は、こちらで受け持ちましょう」


 ユーリアが、リーヴァの様子から気をきかせてヴィーグ伯爵に頼むとヴィーグ伯爵は了承する。

 巨人討伐は事実上ジャスパー個人が行った、後始末くらいしなければ北部貴族の立つ瀬がないという事でもあるだろう。


 開拓村の村人たちは『氷壁都市』に避難済み。

 今の村の家々は北部連合軍が接収し利用している。

 主将という事になっているリーヴァは職務を放棄してジャスパーの手を引き、一番大きな村長宅へと入っていく。

 そこは、リーヴァが使う事になっている家。


 「ちょっと、リーヴァ落ち着いて…」


 暖かい暖炉の前には毛布が敷かれ、仮眠をとれるようになっていた。

 そこにジャスパーの手を引き連れてきたリーヴァは、脱ぐのも待てないとばかりに自分の服を破り捨てながらジャスパーの唇を奪った。


 ========


 「飯!飯!飯!」


 「ギャーギャー!ギャギャー!」


 本来は軍議を行う集会所を占拠するのは幼竜たち。

 ハルの念話(テレパス)もグラムたちの鳴き声も、人間たちには意味は解らない。


 それでも何を望んでいるのかを察した兵たちが幾つかの家々の暖炉にかけられていた鍋を運んでくる。

 鍋の中身は、適当な具材を入れて少量の塩で味付けた煮込み料理。

 さらに小さな樽に入った蒸留酒(スピリッツ)も運ばれてきた。


 傷つき疲労した幼竜たちは、我先にと鍋に飛び付き、直接顔を突っ込んで食べ始めた。


 =========


 北部総督府で壊れた聖印を胸に抱き、愛する人の無事を祈るアンリエット。


 間もなく彼女の元にも、ジャスパー・ファーウッドの無事と武勲が伝えられるだろう。


 そして、安堵の息を漏らすアンリエットが、遥かな西部での父の戦死を知る事は無かった。

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