第58話…神が善良などと誰が決めた?
そこは光が無い世界だった。
1つの世界の、1つの神話体系の冥府の底。
一切の光が射さない冥府の底の捕らわれたモノ。
それを見る者が居たならば、それは巨大な蜷局を巻く龍に見えた事だろう。
全長何キロメートルあるのかすら解らない巨大な蛇身の龍のようなモノに見えた事だろう。
だが、よく見れば、それは龍ではなかった。
龍ならば頭部に当たる部分にある…いや居るのは美しい女だったのだから。
龍と見えたモノは女の腰部より生えた長大な尻尾だった。
それは長く黒い髪に豊かな胸を持つ全裸の美女。
長大な尻尾を持つ怪物のような姿の美女。
彼女の眼は閉じられ眠っているようだった。
彼女は旅人だった。
幾つもの世界を旅し、ある世界を救い、ある世界を滅ぼした。
気まぐれに世界を旅し、気まぐれに世界に干渉し、気まぐれに世界を救い、気まぐれに世界を滅ぼす。
故に彼女は邪神であり悪神であり祟り神だった。
しかし、彼女は失敗した。
幾つもの世界を旅した彼女は、この世界の神々との戦いに敗れ虜囚となった。
光射さぬ冥府の底に幽閉された彼女に再び旅立つ力はなかった。
「ママ~ママ~言い付け通りやってきたのですぅ」
冥府の底に2匹の神性が降りてくる。
冥精と呼ばれる冥府の精霊、あるいは下級神に似た神性。
冥府に封じられた邪神の眷属神たち。
それを見る者が居たならば、それは着ぐるみを着た幼女に見えた事だろう。
1匹は尻尾が大きな怪獣の着ぐるみ。
1匹は尻尾が多数ある狐の着ぐるみ。
「狛白がやったのですぅ!
こんな大きな石を落としてやったのですぅ!
ちゃんとペチャンコになったのですぅ!」
怪獣の着ぐるみが両手を広げて石の大きさを示しながら言う。
「言い付け通り、魂は回収して孵化しなかった竜の卵に入れてきたのですぅ!」
狛白と名乗る邪悪な神性は胸をはる。
「山白だって頑張ったのですぅ!」
今度は狐の着ぐるみが自分の功績を主張する。
「六尾をアッチの世界に送っておいたのですぅ!」
山白と名乗る邪悪な神性も胸をはる。
2匹は、げへげへと不快な笑い声を上げる。
アニュラス界と呼ばれる世界。
冥府の底に捕らわれた彼女が遥かな昔に訪れた世界。
その世界に再び危機が迫っていた。
しかし、虜囚となった彼女に出来る事は余りにも少ない。
2匹の眷属神に、彼女が人間であった頃に気まぐれに技を教えた少女をアニュラス界に転生させ送り込む事。
少女を補佐させるために、彼女の盟友たる九尾狐大神の眷属神を送り込む事。
その程度の干渉しか彼女には出来なかった。
少女を転生させるために、少女の人間としての生を奪った事。
少女を転生させる際に、少女の兄を巻き込み一緒に生を奪い転生させてしまった事。
そんな事を彼女たちが考える事は無い。
九尾狐大神の眷属神『六尾狐枯葉神』が能力的にも性格的にも全く戦闘に向いていない事。
そんな事を彼女たちが考える事は無い。
何故なら彼女たちは、いい加減で適当で刹那的で食い意地がはっていて、邪悪な神々だからだ。
冥府に捕らわれた彼女が僅かに眼を開き微笑む。
すると2匹の眷属神の着ぐるみのお腹にある袋が膨らむ。
2匹が、お腹の袋を探ると出てきたのは大きなオニギリ。
「「やったのですぅ!やったのですぅ!」」
2匹は大喜びでオニギリに齧りつく。
冥府に捕らわれた彼女は、昔の事を思いだそうとする。
それは昨日の事のようにも、何千年前の事のようにも感じられた。
彼女が、まだ人間だった頃に旅した世界。
竜たちと共に戦い駆け抜けた世界。
「島白…」
かつて共に戦った盟友の名を呟き。
冥府の底に捕らわれた邪悪なる存在『霧宮白涼』は再び眼を閉じた。
眠りにつく前。
邪悪なる者・白涼はアニュラス界に残してきたモノに一瞬だけ想いを馳せた。
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「霜の巨人は想定より強力な魔物です!
竜騎士は苦戦しております!
増援が必要と思います!」
ヴィーグ伯爵が、碧竜伯ジャスパーに同行させた鷲馬騎士は優秀だった。
巻き上げ式弩装填のために一時戦場より離れた2騎の鷲馬騎士はジャスパーの不利を見て、1騎を即座に報告に戻らせた。
ヴィーグ伯爵率いる本隊に援軍を求めるために。
「北部総督が苦戦?」
ズライグ王国最強の個人戦力が苦戦する程の怪物。
その報告に北部連合軍の諸侯は戦慄する。
竜騎士ジャスパー・ファーウッドの戦力は、数百の兵…いや数千の兵にも匹敵するだろう。
つまり、たった1人の巨人が千の兵に匹敵する力を持つという事でもある。
北部連合軍の現有戦力は500騎。
騎兵主体の戦力は、かき集めた農民兵の数倍の戦力と言えるが、全戦力を持ってしても巨人を討てるかどうか?
「飛行騎兵を全て出し、北部総督を援護。
それで巨人を討てないならば全軍を『氷壁都市』まで後退させ籠城戦を行う」
『氷壁都市』は防壁で囲まれた城塞都市。
しかし、その防壁は人間程度の種族が相手ならばともかく、巨人相手に効果があるのか?
巨人には簡単に破壊されてしまうのでは?
そんな不安が消える事はない。
そして西部で、万の数の亜人軍と戦っているズライグ王国に北部に援軍を送る余力があるとも思えない。
寒冷で人口が少ない北部に動員出来る戦力で巨人を倒せるのか?
「たった1人の巨人に、北部存亡の危機となるのか…
人とは何と弱いのだ…」
ヴィーグ伯爵は愛馬八脚馬の背で天を仰ぐ。
それでも北部を守るために戦わねばならない。
ヴィーグ伯爵家こそ北部貴族の代表であり、北部の民を纏め導いてきた族長の家系なのだから。
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「ジャスパーが苦戦?」
開拓村に作られた北部連合軍本陣にも竜騎士ジャスパーの苦戦の報は届いていた。
その報告を受けた北部連合軍主将リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ王女は震える手で扇子を開き顔を隠した。
王女たる者が動揺してはならない。
まして主将たる自分が動揺すれば全軍の士気にかかわるのだから。
それでもリーヴァに全身が震えるのを止める事は出来なかった。
夫は、最強の竜騎士ジャスパー・ファーウッドは、無敵なのだと勘違いしていた。
いかなる敵も鎧袖一触に討伐し、人の良い笑顔を浮かべて帰ってくると勘違いしていた。
リーヴァは、夫の心配をしながらも、夫が戦で死ぬ事など有り得ないと勘違いしていた。
「そう…その報告はヴィーグ伯爵にも届いてますね?
では、対応はヴィーグ伯爵に一任します」
報告に来た騎士が去った後。
リーヴァは床に崩れ落ちる。
「リーヴァ殿下!」
リーヴァの護衛としてついているユーリアが、倒れたリーヴァの肩を抱く。
「帰ってきて…どんな姿になってもいいわ。
手足を失っても、顔や身体に醜い傷が残ってもいいわ。
だから生きて帰ってきて…お願い…ジャスパー…」
ユーリアは同じ男を愛する恋敵である王女を抱き締める。
そして一緒に愛する夫の無事を神に祈った。
そんなリーヴァの足元で昼寝していたグラムは欠伸しながら立ち上がる。
ノテノテ歩くグラムに、仲間たちも続く。
獣であっても解る事はある。
力も知恵も失っても、決して失わない物がある。
「ギャオオオオオー!」
赤き竜たちは咆哮する。
盟友の危機ならば行かねばなるまい!
5匹の赤き鱗の一族の末裔は一斉に飛び立った。
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真竜と霜の巨人の戦いは続いていた。
身体中に竜の爪による傷を受けた霜の巨人ガルザ。
顎と左肩を砕かれた真竜ハル。
共に消耗は激しい。
(再生が遅い…それだけ深手なのか?それとも防御力強化に魔力を取られて再生に回す余力が無いのか?)
ハルの顎の傷は塞がりつつあるが、左肩は血が止まっただけ。
もっとも流血は極寒の気温で短時間で凍りつき止まるのだが。
ジャスパーは巨人ガルザの傷を見る。
霜の巨人の再生能力は不明だが、ガルザの傷が再生しているようには見えない。
再生能力が無いのか?
身体強化などに魔力を回しているのか?
ガルザの傷で一番の深手は左腕。
竜の息に対する盾として使い霜の巨人が苦手とする炎の攻撃を諸に受けた左腕。
さらにハルの竜爪を防ぐのにも使い傷だらけになっている。
まだ左拳を握れているのが不思議な程の深手だろう。
他の箇所、上半身は火傷を含め、大小多数の傷がある。
「ハル、まだヤレるな?」
「当たり前だ!」
発言は強気だがハルの体力、魔力は限界に近い。
元々、身長1メートルしかない幼竜が魔力で無理矢理成竜化しているのだ。
変身しているだけでハルの魔力は消費し続けている。
そして小さな身体のハルが貯蔵出来る魔力量は多くない。
持久戦で不利なのは明白だった。
「ハル、作戦は伝えた通りだ、奴を河の中央に誘導する」
「兄貴!それが簡単に出来たら苦労しないよ!」
河の中央部。
氷が薄い場所はハルが氷面を突き破り落下する恐れがある。
ただでさえ強敵との戦いの最中に、足元にも気を配りながら敵を誘導する事の難しさは議論する必要すら無いだろう。
「竜騎士殿!」
ヴィーグ伯爵隷下の飛行騎兵たちが増援に駆けつける。
数は10騎もいないが弩による一斉射が巨人に向かって放たれた。
弩の太矢が巨人に次々突き刺さり巨人は膝をついた。
「やったぞ!」
歓声を上げる飛行騎兵たち。
だが…
「不味い!逃げろ!」
ジャスパーの叫びは飛行騎兵たちに届かなかった。
膝をついたと見えた巨人は、足元の雪を掴む。
巨人の圧倒的握力で固められた雪は、岩にも匹敵する堅さ。
立ち上がり様に巨人は、その雪玉を投擲する。
「なっ?」
飛行騎兵が驚愕した瞬間。
雪玉は鷲馬騎士の1騎を直撃し粉砕した。
「散開しろ!」
そう叫んだ時には既に遅かった。
巨人ガルザは魔力で強化された圧倒的身体能力を持って跳躍し、巨大な鎚矛を振るい3騎の飛行騎士を1振りで叩き落とす。
「雑魚が!このガルザと戦いたいなら竜に乗って出直してこい!」
巨人が咆哮を上げる。
「後退しろ!」
ジャスパーの叫びに飛行騎兵たちは従わなかった。
余所者である北部総督ジャスパーへの不信感や対抗心が飛行騎兵たちに撤退ではなく交戦を選択させる。
「全騎!騎兵槍突撃!我々だけで殺るぞ!」
弩を捨て、騎兵槍を構え、突撃する飛行騎兵たち。
「おおおおーっ!」
その突撃にガルザは咆哮し全身から発する冷気を最大にする。
他の場所ならば、温暖な地域ならば違っていたかも知れない。
だが、ここは極寒の北部。
突撃した飛行騎兵たちの騎兵槍は、ジャスパーの持つ魔法槍とは違う鉄製の槍。
騎兵槍は冷気の壁で凍りつき防寒手袋に包まれた騎兵たちの腕すら凍らせた。
騎兵槍の先が巨人の身体に触れても、既に強靭な巨人の肉体を貫く力など残っていなかった。
騎兵槍は凍りつき砕け、それを握る騎兵の腕すら破壊したのだった。
巨人の冷気に悲鳴を上げたのは騎獣も同じだった。
真竜ほどの冷気耐性を持たない飛行魔獣たちは凍傷を負い悲鳴を上げて逃げ出した。
「くそっ!だから撤退しろと…」
一見、無駄に見えた飛行騎兵の突撃。
しかし、実際には違った。
ほんの僅かな時間。
それでも確かに存在する時間。
「ふっかーつ!」
真竜ハルは、再生した顎を開き咆哮する。
「あんぎゃー!」
それだけでは無い。
「来てくれたか盟友よ!」
「ギャギャー!」
ハルに匹敵する防御力を持つ翼竜の幼竜たちの咆哮も戦場に響く。
「さあ!世界最強が我々竜種だと教えてやろうじゃないか!」
ハルの喉が光り、鋭い歯の間から炎が漏れた。
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「右翼に炎の巨人、左翼に霜の巨人を展開せよ」
もはや人の軍勢など玩具にしか見えない強壮無比な軍勢が姿を表す。
巨大な大剣を手にした炎の巨人の王が率いる赤黒い巨人の軍勢。
右手に戦鎚、左手に大盾を構えた霜の巨人の王が率いる青白い巨人の軍勢。
身長10メートルの強壮な巨人の軍勢を誰が阻めるというのだろうか?
そして、それだけでは無かった。
炎の巨人や霜の巨人に劣り、特別な能力も無く、体躯も6~7メートル程度しか無いとはいえ、人間などより遥かに強大な下位巨人たちも大木のような棍棒を手に咆哮する。
「戦い!勝利し!略奪せよ!それこそがメーガジット界の掟である!」
右腕が無い幼女の姿をした亜神の号令と共に、巨人たちが戦の詩を唄い進軍を開始した。




