第57話…凍った大河
「この辺りは赤の縄張りだったか…」
気まぐれに飛び続けていたら大陸の西まで来てしまったらしい。
久しぶりに赤い鱗の一族の顔を見に行くか?
そんな事を考えた白い鱗の真竜は眼下に奇妙な物を見つけた。
「お腹が減って動けないのですぅ…
誰か白涼に食べ物を分けて欲しいのですぅ…」
人間の言語は様々だが念話で会話する竜には関係ない。
いかなる言語で話す生き物とも意志疎通が可能だ。
(はて?あれは人間か?)
数を増やし多数の集落を作るようになった人間という種族に似た生き物。
行き倒れだろうか?
腹を空かせて動けないようだ。
(人間にしては奇妙な姿だが…獣人の一種か?)
その生き物は毛むくじゃらで自身の身長と同程度の長さの尻尾を持つ人型種族だった。
白い鱗の竜は、ちょっとした好奇心で地に降り、その生き物を観察してみる。
どうやら獣人ではなく人間で間違いないようだ。
毛むくじゃらなのも尻尾も人間が着る服の一種であるようだ。
白い鱗の竜は首を傾げる。
服らしい尻尾が動いていたからだ。
(はて?魔法で動く服にしては魔力の匂いがしないが?有尾人といった種族なのか?)
ぐーぎゅるぎゅるぎゅる!
人間とすると10歳にも満たない子供らしい、尻尾を持つ生き物の腹から巨大な音がした。
本当に空腹であるらしい。
白い鱗の竜は、近くの大樹に果実がなっているのを見る。
その果実が付いた枝を鋭い爪で切り、尻尾を持つ生き物の前に落としてやると、生き物は空腹で動けないという言葉が嘘に思える素早さで果実に飛び付きガツガツを食べ始める。
全ての果実を食いつくし一息ついたらしい生き物は、白い鱗の竜を見た。
「おおう!立派な尻尾を持つ者ですぅ!名のある山の主とお見受けするのですぅ!」
生き物は尻尾を振る。
どうやら挨拶のつもりらしい。
体長15メートルを越える世界最強の真竜相手に全く恐怖を感じていないらしい。
「白涼は『食べ物の恩と恨みは絶対に忘れない』のですぅ!
この恩は絶対に忘れないのですぅ!」
それが、後世に白の竜騎士スィーラスーズ白竜公と伝えられる少女・霧宮白涼と白の真竜の出会いだった。
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鉄より硬い鱗が弾け、肉は潰れ骨は砕かれた。
その時、ハルが感じたのは痛みや恐怖よりも自分自身への怒りだった。
目の前の戦士を舐めた自分自身への怒り。
ハルが今までに戦ってきた相手。
大禿鷲や神鷲は、強力ではあっても獣でしかなかった。
しかし、目の前の巨人は違った。
霜の巨人ガルザは本物の戦士だった。
跳躍の高さ、鎚矛の一撃の重さ、鍛練によって得られた身体能力と技術。
ハルはアニュラス界最強の魔獣だった。
だが、それ以前に拳士だった。
霧宮流古武術を修得した拳士だった。
強すぎる真竜の肉体は、ハルに拳士としての好敵手を与えなかった。
ハルに匹敵する肉体を持つ者は、大禿鷲も神鷲も翼竜グラムも技を持たぬ獣だった。
「認めよう、私はお前を舐めていた…
戦士であるお前を舐めていた!
それは詫びよう!
そして!
私は霧宮流古武術拳士・悠!
その名にかけて!お前を倒す!」
ハルの拳士としての血が騒ぐ。
技を持って戦う好敵手との戦いに高揚する。
顎を砕かれ地に墜ちるハル。
ハルは四肢の鋭い爪で滑る氷を掴み止まる。
再び空に逃すまいと巨人ガルザが突進してくる。
その身体は焼け爛れ、それでも怯む事なくガルザは走る。
ハルは顎の傷を魔力で急速再生させるが、巨人ガルザの突進の方が速い。
「霧宮流格闘術!竜角鎚!」
再生が間に合わないと悟ったハルは硬い角を使った頭突きで巨人を迎撃する。
振り下ろされた鎚矛とハルの2本の角を持つ頭が激突した。
「ぬうっ!我が鎚矛を弾くかっ!!」
巨人ガルザの剛腕で振るう鎚矛が弾かれる。
だがハルも無事ではすまない。
2本の角は折れ、額から一筋の血が流れ、低い気温で血が凍り止まる。
右手の鎚矛が大きく弾かれ身体を仰け反らせる巨人ガルザ。
「僕も居る事を忘れるな!!」
巨人ガルザの腹に突き刺さる騎乗槍。
傷は浅い、内臓を抉る深さでは無い。
それでも真竜ハルに跨がる騎士ジャスパーは己の存在を示す。
「兄貴?!」
「ハル!お前は1人で戦っているんじゃない!」
「そうだな兄貴!2人でアイツをやっつけよう!」
凍った大河の氷上で巨人と竜は対峙する。
(ハルの怪我からして、しばらく竜の息は使えないな、格闘戦だと…)
ハルの体長は7メートル、霜の巨人は10メートル。
身長180センチの戦士が、体長120センチの蜥蜴と戦うような体格差。
(ハルに爪と牙があっても不利か…)
「剣道三倍満と言ってな、武器を持っている方が圧倒的に有利という逸話なわけだが」
素手で戦う拳士であるハルが鎚矛を武器に持つ巨人との戦力差を呟くが。
「それ三倍満じゃなくて三倍段だよな?
三倍満は麻雀の役だ」
「そうか?まあ、ともかく武器を持っている方が有利という話なわけだが」
「ハルの場合は爪とか牙とか肉体自体が武器じゃないのか?」
ハルは、それでハッとしたように尻尾を振る。
「確かにな!師匠は言っていた!『尻尾さえあれば木刀くらいは余裕で対処出来る』と!」
『だから、お前の師匠には何故に尻尾があるんだ?』という突っ込みをジャスパーが発する前に巨人ガルザが再び突進してくる。
ハルの顎の傷は完治していない、2本の角も折れたままだ。
「霧宮流はな、戦国時代に武装した敵を倒すために編み出された全方位対応武術だ!
それを見せてやる!」
『霧宮流には剣術や槍術もあったよな?戦国時代は、そっちがメインだったんじゃないのか?』というジャスパーの考えが言葉として発せられる前に、巨人ガルザの鎚矛とハルの爪が激突する。
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「何っ?」
霜の巨人ガルザは、叩きつけた鎚矛の奇妙な感触に疑問の声を上げる。
真竜あるいは古竜と呼ばれる竜の原種が高い知能を持つ事は知っていた。
しかし、圧倒的な肉体能力を持つ竜種は、巨人のように鍛練により技を磨く事をしない。
攻撃には、強力な竜の息、鋭い牙と爪、防御には強固な竜鱗。
さらに飛行能力による高い機動性を持つ真竜は持って産まれた身体能力だけで大抵の生物に勝利出来るからだ。
それが、目の前の碧竜はガルザの鎚矛を爪で受け、さらに受け流してみせる。
それは鍛練された戦士の技に思えた。
「偶然か?」
竜種は武芸の鍛練などしないという先入観が、ガルザを戸惑わせる。
「霧宮流の貫手を喰らえ!」
人間であれば鍛えぬいた指による攻撃だが、ハルの貫手とは鉄さえ貫く竜爪。
後ろ脚で立ち上がったハルは両腕の爪を自在に使う。
その技は拳闘のように左右の貫手を使ったコンビネーション攻撃。
「ぬっ!ぬう!」
巨人ガルザの右手の鎚矛は強力な武器だが、左手には武器はない。
人間と比較するなら巨大さの分だけ強靭な身体も同等近い大きさの獣の爪に耐えられるわけはない。
これは身長180センチ人間が体長120センチの肉食獣の爪牙に生身で耐えられるのか?という話と同じだろう。
ハルの爪は、ガルザの身体を刻んでいく。
しかし、道具を、武器を使う事で人間が万物の霊長となったように、巨人ガルザの鎚矛の一撃は、攻撃間合いの長さ、威力、共にハルの爪を上回る。
「おおおおーっ!」
咆哮し降り下ろされる鎚矛が当たればハルの肉は潰れ骨は砕かれる。
爪で受け流すにも、それを熟練の戦士ガルザが簡単に許すはずもなかった。
鎚矛がハルの肩口を捉え骨をへし折る。
魔力により再生出来るとはいえ、それにも時間がかかる。
「左腕を潰されたか…」
巨人ガルザの身体には、ハルの爪により無数の傷が出来ていた。
しかし、その傷は致命傷になるほど深いわけでは無い。
さらに極寒の地という地形効果は、またしても霜の巨人に味方した。
他の地ならば、致命傷ではなくとも傷からの出血により体力を奪う事が出来ただろうに、傷口が即座に凍りつき出血を防いでしまうのだ。
そして寒冷地への適性と冷気への耐性を持つ霜の巨人は、傷口が凍りつく事をものともしない。
「竜騎士!援護します!」
2騎の鷲馬騎士がジャスパーが不利と見て巻き上げ式弩による射撃を行う。
歯車を利用する巻き上げ機構で弦を引く巻き上げ式弩の威力は強力で、背中に矢が深々と突き刺さった巨人ガルザは悲鳴の咆哮を上げる。
だが、それだけだった。
強力であるが弦を再び巻き上げるのに時間と手間がかかりすぎる巻き上げ式弩を再装填し射撃するには飛行魔獣の上では難しい。
かと言って真竜すら苦戦する巨人に鷲馬が格闘戦を仕掛けても簡単に返り討ちに合うのが関の山だろう。
やむ無く鷲馬騎士たちは一時離脱する。
巨人の攻撃が届かない場所に着地して弩を再装填するためだろう。
「マズイな、打つ手が無い」
ジャスパーはハルに聞こえないように小さく呟く。
あの巨人は単純に強い。
そして単純な強さこそが一番やっかいだった。
策により対処する事が難しいからだ。
「神鷲相手に使った手は…
ダメだな、ハルを幼竜化させて幻惑させても、僕の騎乗槍やハルの蹴りではトドメを刺せない」
竜の息を目眩ましにして、上昇し幼竜形態になる事で相手に一瞬だけ自分たちを見失なわせ奇襲しても、奇襲で倒せる攻撃力がジャスパーたちには無かった。
巨人ガルザの攻撃を躱すために大きく後ろに跳んだハルの爪が氷を掴み。
バキバキと音を立てて氷が割れる。
「おおう!ビックリしたぁ!」
河に落ちかけたハルが慌てて翼を打ち付け空中に飛び上がる。
「河が大き過ぎて完全に凍ってないんだ!
落ちたら…」
「私はともかく、兄貴は凍死だな!」
「いやハルも不味いぞ!」
「てぃひ?」
ハルが踏み破った氷が短時間で再び凍りつき水面を覆う。
「むむっ!いくら無敵の真竜でも水中で呼吸は出来ないな」
「ああ、水面が塞がったら最悪溺死するぞ」
海竜のように水中活動に適応した竜種ならば水中でも呼吸出来るが、ハルには不可能。
ハルは一時間程度なら無呼吸で潜っていられるが、いずれは溺死するだろう。
「この辺りが河の真ん中か?
なら、もっと端で戦った方がいいな」
ハルは再び氷を踏み抜かないように移動しようとするが…
「いや待て、僕に考えがある」
ジャスパーの脳内には別の考えが浮かんでいた。
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「はぁ…娘の花嫁衣装を見れないとは…」
ズライグ王国西部、辺境砦周辺の村々は亜人軍から脱走した小鬼などの攻撃を受けていた。
そこで集団戦には向いていない小規模領主の隊が遊撃隊として近隣を見回っていた。
アーミン領主ベルトラン・シーパルニア卿の1隊も、その1つだった。
ベルトラン卿の率いる隊は、騎馬に乗るベルトラン卿本人と槍持ち従者1名、他は農民兵が5名。
これだけでは20~30匹の小鬼の群れに対処するのは難しいため、似たような編成の領主騎士2名の隊と合同で見回っている。
2人の領主騎士の領地もベルトラン卿の領地と近く3人は顔見知りだった。
そんな3人は焚き火を囲んで座り休憩中。
娘アンリエットが婚約者について王都に行き、そこで側室に収まったとの手紙がベルトラン卿に届いており、娘の花嫁衣装を見れなかった事をベルトラン卿は嘆き続けている。
「ベルトラン卿の令嬢は、竜騎士に嫁いだのだろう?良縁ではないか」
「うむ、伝え聞くところでは竜騎士は宮中伯の爵位を得たとか。
玉の輿と言えるのでは無いかな」
そんな慰めの言葉もベルトラン卿には届かない。
「はぁ…アンリエット…」
ベルトラン卿は母親に似て愛らしい顔立ちの娘を想像する。
きっと花嫁衣装も似合っただろうに…
従者たちが近くの川で水を飲ませていた軍馬を牽いて戻ってきた。
「さて、 もう少し北の村々を回ってみるか」
そう言って騎士たちは立ち上がった。
そして、北の村々を回り、辺境砦に戻ろうというところで奇妙な物を見る事になった。
「見ろ!あれは巨人か?!」
人間の5倍は巨大な体躯の巨人たちが、その巨体でこそ持てるだろう大荷物を持ち、北に進んでいた。
「伝承では門より巨人が現れる事があると伝えられていたが、実在したとは」
林の木々の影から戦慄しながら巨人たちを見るベルトラン卿たち。
「何故、北に向かっているんだ?
ここより先には海しか無いはずだが…」
「理由は解らないが、我々で対処できる相手では無い。
辺境砦に報告に戻ろう」
そして踵を返そうとした瞬間だった。
そこに女が立っていた。
それはジャスパーやハルならば『マイクロビキニ』と呼びそうな異常に面積が小さな下着のような服を着た青い肌の美女。
「闇妖精!!」
即座に騎兵槍を構え闇妖精を討ち取ろうと軍馬を走らせようとしたベルトラン卿。
だが…
「『火球よ』」
闇妖精の女が持つ杖から放たれた火球がベルトラン卿の隣の騎士に直撃し爆発した火球の爆風にベルトラン卿は吹き飛ばされた。




