第56話…霜の巨人
「下ネタの巨人だと?!
どれほど下品な冗談をかますのだっ?!
百戦錬磨の真竜である私も戦慄を禁じ得ないな!」
北部総督にして王国最強の竜騎士ジャスパー・ファーウッドは、妹に『お前の耳は節穴か?』と内心突っ込みを入れつつ、その言葉を理解する人間が自分だけだという事実を神に感謝した。
ここは『氷壁都市』の北にある開拓村に設置された北部連合軍の司令部。
より正確に言うなら開拓村にあった石造りの集会所を接収し司令部とした場所である。
「巨人は西部の古文書に書かれた霜の巨人でしょう」
軍議で発言したのは、北部連合軍主将リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ王女殿下の護衛であるユーリア・ファーウッド卿。
「ヨトゥン?」
「日本語で言うなら霜の巨人だな」
北部連合副将ジャスパーが、隣で干し肉を齧っている碧竜ハルに説明したところ。
先の『下ネタの巨人』発言である。
真面目な軍議の席でフザけた事を言う妹の念話を参陣した諸侯が理解出来ない事は僥倖だろう。
こんなアホな発言があれば、碧竜の主ジャスパーの権威は地に落ちかねない。
「ユーリア卿、霜の巨人というのは、いかなる怪物か説明していただけるかな?」
ジャスパーと並ぶ、もう1人の副将ヴィーグ伯爵がユーリアに説明を求める。
ジャスパー碧竜伯とヴィーグ伯爵、どちらが北部連合軍主将となっても問題が出る。
ジャスパーが主将となれば、北部総督は北部貴族の上位に位置し指揮権を持つと成りかねない。
逆にヴィーグ伯爵が主将となれば、国王より命じられ派遣された北部総督は北部貴族の代表ヴィーグ伯爵より下との誤解を生む。
そこで、名目上は王族であるリーヴァを主将にして、ジャスパー碧竜伯とヴィーグ伯爵は副将として同格扱いにしたわけである。
とはいえリーヴァに軍を率いた経験は無いわけで、実際の指揮はヴィーグ伯爵が取り、ジャスパーは最強の個人戦力として遊撃を行うという役割分担。
「霜の巨人は800年前の門からの大進攻で亜人軍の一翼を担った種族です。
身長は人間の約5倍。
当然、肉体的な能力は人間を遥かに凌駕します。
さらに全身から冷気を発しており、寒さに対する完全耐性を持つ種族です」
リーヴァに命じられヴィーグ伯爵が準備していた西部への派遣軍先遣隊が北部連合軍の中核。
北部貴族から集められた兵数は500。
数としては少なく見えるかもしれないが、移動速度を重視した騎兵と補給兵站のための馬車隊で構成されており高い機動性を持つ部隊だった。
「空も飛べないような下等生物の何を恐れるのだ?」
人間から見れば、圧倒的な力を持つ巨人も竜であるハルから見れば脅威にならないらしい。
上空から竜の息の火炎を吐きかければ簡単に倒せる。
それがハルの意見だろう。
「ギャギャ…」
何か言いたそうなグラムの鳴き声にハルはグラムを睨む。
「何だグラム?」
「ギャギャ~」
ジャスパーには、何となくだがグラムが『お前も幼竜形態だと飛べないじゃん』とか言っているような気がする。
もちろん獣並みの知能しかないグラムが、そんな事を考えるわけもないはずだが…
「やるのかゴラァ!」
「ギャギャーッ!」
取っ組み合いの喧嘩を始めた幼竜2匹を無視して軍議は進む。
「凍った大河を巨人が越える前に、僕が威力偵察します。
ハルの攻撃で巨人を倒せるなら良し、無理な場合に備えて軍を展開しておいて下さい」
そう主張するジャスパーに北部貴族の面々は渋い表情を見せる。
北部総督ジャスパーのみで巨人を退治してしまえば武勲がジャスパーの独り占めになるからだ。
その北部貴族の思考を察したリーヴァが発言する。
「ヴィーグ伯爵、北部にも飛行する竜に同行出来る飛行騎兵は居ますね?」
「はっ!数は少ないですが鷲馬と天馬が居ります」
「では、碧竜伯の偵察に2騎同行させなさい。
そうすれば巨人退治に北部貴族の軍も参加した事になるでしょう」
「直ぐに用意させます」
そうしてジャスパーとハルによる威力偵察という名の強襲攻撃が決定した。
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開拓村に居るのは北部連合軍の兵たちと臨時で雇われた傭兵に冒険者。
開拓村の村人たちは『氷壁都市』へと避難させられている。
北部総督直属の部隊は、リーヴァを守るための騎士隊とオーツォたち3名と森妖精のスゥエィの冒険者たち。
「リーヴァ、少しでも危険だと思ったら直ぐに撤退して」
「私の心配はいらないわ。
それよりジャスパーこそ気をつけて」
リーヴァは戦に向かうジャスパーに口づけする。
「勝利の女神に接吻されたから僕の勝利は間違いないよ」
そう笑うジャスパー。
「私の接吻でジャスパーが生きて戻ってこれるなら何度だって接吻するわ」
リーヴァは再び唇を奪い、さらに両頬にも接吻した。
「ご一緒します竜騎士」
2人の鷲馬騎士が愛騎を引き連れて来る。
「まずは偵察です、決して無理はしないようにお願いします」
そう鷲馬騎士に言いながらジャスパーは1戦で決着をつけるつもりだった。
碧竜ハルに乗ったジャスパーが2騎の鷲馬騎士を率いて飛び立った。
「我々も軍を進めるぞ」
王国最強の竜騎士が負けるはずは無い。
そう思いながらも後詰めとして北部連合軍の騎兵たちも出陣した。
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「それにしても西の門から来た下ネタの巨人が何故北から来るんだ?」
「霜の巨人な。
ゴーラ殿の話だと北の海にある小島に氷漬けになって眠る巨人の伝説があるそうだし。
遥か昔に門から来た霜の巨人が、海を渡って北の島で眠っていたのかもな」
「ふーん?」
真実を知る方法は巨人本人に聞くしか無いだろう。
そして、人間の砦を破壊した巨人と友好的な会話は難しいだろう。
つまりは真相は闇の中。
「兄貴、今回は寒さは大丈夫か?」
「北部の騎士たちから防寒の助言も受けたし、今度の防寒対策に抜かりは無いよ」
「そうか、では本気で飛ぶ事にしよう」
「頼んだハル!
出来るだけ人間の住む場所から離れた地点で食い止めたい!」
「任せろ兄貴!」
やがて霜の巨人の青白い巨体が見えてきた。
「デカイな…ハルの3割増しか…」
成竜形態のハルの体長は約7メートル。
一方で霜の巨人の身長は10メートル。
明らかにハルより巨大な怪物の姿が其処にあった。
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アニュラス界最強の種族が竜ならメーガジット界最強の種族は巨人族。
その中でも特に強壮な種族が炎の巨人と霜の巨人。
霜の巨人の戦士ガルザは、空より自分を目指す邪竜を見た。
800年前に異界より現れた邪神・霧宮白涼の眷属たる邪竜。
いや竜なのは見た目だけだった。
あれは竜の卵に無理矢理に邪神の眷属の魂を押し込み、竜の身体を持つ怪物を産み出したのだろう。
あの邪神の考えそうな事だ。
「盟主よ!我に邪悪を打ち倒す力を与えたまえ!」
メーガジット界を守る亜神たる盟主に祈りを捧げガルザは足元の氷雪を掴み握り締める。
巨人の圧倒的握力で氷雪は石のように硬く固められる。
上空の邪竜が口を開く、その喉が光り口から火が溢れる。
それは竜の息を吐く前兆。
ガルザの目に映る邪竜の大きさは7メートル程。
800年前に戦った古竜たちと比較するなら小さすぎる。
「邪竜とはいえ若竜か!
この『凍てつく大地を砕く鎚鉾ガルザ』と戦うには200年早いわ!」
ガルザは邪竜目掛けて握り固めた雪玉を投げつけた。
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「ハル!上昇!」
「てぃひ?」
竜の息を吐く直前だったハルは閉じた口から炎を漏らしながら身を捻り上昇する。
一瞬前までハルが居た場所を正確に打ち抜く雪玉。
いや分類するなら雪玉だろうが巨人の握力で握り固めた雪玉は大型投石機の砲弾と同等以上の威力だろう。
「飛び道具は無いってのは先入観だったな」
日本の戦国時代でも石を投げて武器にする投石部隊が存在したという。
ジャスパーが戦った辺境砦でも適当な大きさの石を防壁上に備蓄し敵に投げつける投石攻撃を行っていた。
「あれは化け物じゃなくて、知性を持った巨大な人間と考えるべきだな」
ジャスパーは巨人ガルザの戦力評価をし直す。
「うーん、近づくと石を投げてくるわけか?
だったら高速で通り過ぎながら竜の息を撃ち込んでやる!」
ハルは一度上昇し助走をつけるように降下する。
上昇から落下速度を追加したスピードで擦れ違い様に炎を吐きつける一撃離脱戦法。
「今度こそ喰らえ!」
巨人は左腕で顔を守り、その身体が歪むように見えた。
「何だ?」
ジャスパーは疑問に思うが高速飛行するハルの上では観察するにも限界がある。
それでもジャスパーの眼に、ハルの吐く火炎が巨人の身体が発する冷気に相殺されるのが見えた。
巨人が歪んだように見えたのは、巨人から発する冷気が大気を歪めたためか?
「グォォォーッ!」
ハルの炎は確かに巨人を傷つけた。
顔を庇った左腕を中心に巨人の皮膚が焼けているのが見えた。
「致命傷には程遠いな」
火傷はしている。
だが重傷とは言いがたい。
「ぐぬぬ…ここは気温が低すぎるんだ!私の竜の息の威力が落ちてる!」
ゲーム的に言うなら地形効果がハルにはマイナスで、霜の巨人にはプラスなのだろう。
ハルの炎による攻撃は威力が落ち、霜の巨人の冷気による防御は効果が上がる。
「でも何度も繰り返せば倒せるはずだ」
「そうだな!師匠は言っていた『一発殴って解らない奴は、百発殴って解らせろ』と!」
ハルは再び上昇する。
ジャスパーは巨人ガルザは化け物ではなく人間と同じ知性を持つ亜人だと評価を改めたつもりだった。
しかし、その評価は甘かった。
霜の巨人凍てつく大地を砕く鎚鉾ガルザとは、ただの知性を持つ亜人では無かったからだ。
彼は、知性を持つ亜人であり、何より優れた戦士であったのだ!
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「一撃離脱か…良い戦法だ…
だが、この我に二度同じ戦法を使う愚を教えてやろう」
ガルザは、自分に向かい降下する邪竜目掛けて走り出す。
「向かってくるとは間抜けな奴め!」
ハルは竜の息を吐くために息を大きく吸い込みながら念話で呟く。
ガルザはハル目掛けて走り。
「喰らえ竜の息!!」
竜の息を放つために降下したハル目掛けて跳躍した。
ハルの吐く炎を身体に受けながらガルザは跳躍する。
その跳躍は鍛えられた肉体と技量に裏打ちされ、ジャスパーとハルの予測した高さを越える。
「てぃひ?」
冷気の守りがあってもガルザの負った火傷は軽くは無い。
だが、その傷と引き換えにガルザの巨大な鎚矛がハルの横っ面に叩きつけられた。
メキッメキメキ…
そんな破滅的な音を上げて無敵の防御力を誇る真竜の顎の骨が砕けた。
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ジャスパー・ファーウッドが去った後もズライグ王国西部の戦いは続いていた。
「空を制される事が、これ程にやっかいとはな」
亜人軍本陣に帰還する黄金の神鷲を駆る大猪鬼バーク・シャ・バラッハ。
バークと共に帰還した大禿鷲を操る猪鬼たちの数は出陣時の半数にも満たない。
「空中戦では話しにならんか…」
バークたちを迎え撃ったのは翼竜騎士たち。
大禿鷲が翼竜に劣るのでは無い。
乗り手の技量こそが問題だった。
考えてみれば当たり前の事だろう。
ズライグ王国は数百年に渡り飛行騎兵を運用してきたのだ。
今回の進攻で始めて大禿鷲を実戦投入した猪鬼とでは経験が違い過ぎた。
現状で翼竜騎士と互角に戦えるのは神鷲を持つバークのみ。
「ヨークとアグウが生きていれば…」
あの2人は、まさに天才だった。
ヨークとアグウならば翼竜騎士にも引けをとらなかっただろう。
「族長、悪い報せだ」
バークの叔父であり地上の指揮を取っていたハンプ・シャ・バラッハが声をかけてきた。
その表情は暗い。
「小鬼共の3割が軍を抜けた」
「そうか…」
亜人軍の旗色は悪い。
猪鬼はともかく、小鬼や岩鬼は戦利品が得られなければ指揮を無視して勝手に行動し始める。
亜人軍を抜けた小鬼や岩鬼は門からメーガジット界に逃げ帰ったか、それとも命令を無視して近隣の村や街を襲っているのか?
どちらにせよ軍として機能していないのは変わらない。
「ぶははは!苦戦しているようだな!バラッハの小僧!」
そんな大声と共に1騎の大猪騎兵が駆けてくる。
その背には老齢の大猪鬼。
「ゴノ・ウー・ヂュウ族長か!?」
バラッハ氏族と何度も激戦を繰り広げた有力なヂュウ氏族の族長ゴノ。
「援軍に来てくれたとは、ありがたい」
バークの感謝の言葉にゴノはと呵々と笑う。
「儂だけでは無いぞ」
その時、地面が揺れた。
「まさか?」
「そのまさかじゃよ」
驚愕するバークの眼に、門より隊伍を組み進み出る軍勢が見えた。
「まさか炎の巨人と霜の巨人の軍勢が来てくれるとは…」
その威容を呆然と見る猪鬼たちは、彼女の姿に気付き一斉に平伏した。
彼女が、何故に、そのような姿をしているのかを誰も知らない。
それは10歳に満たない人間の少女の姿。
長い黒髪に黒い瞳を持つ美少女の姿をした彼女には右腕が無かった。
それがメーガジット界の亜神たる盟主の姿だった。
「この邪悪な気配…まさか?
白涼はアニュラス界に干渉する力を失ったのでは無いのか?
いや、自ら干渉する事が出来ぬから眷属を送り込んできたのか?」
美しい少女の姿をした盟主は、不快げに呟いた。




