第51話…自分に出来る事
熊の毛皮を纏う冒険者オーツォの一党の雇い主は碧竜伯婦人にして王族の一員であるリーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ。
当然、オーツォたちが得た情報は、まずリーヴァに報告され、リーヴァの夫であるジャスパーにすら知らされる事はない。
ジャスパーが知らされる情報は、リーヴァが精査し夫に知らせるべきと判断した物だけ。
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リーヴァに得た情報を報告したオーツォたち3人は、ジャスパーも交えて、今後の行動を決めるためにリーヴァの執務室に呼び出された。
「失礼します」
扉を開けると秘書を兼任する執事に手伝わせながら大きな机で書類仕事をするリーヴァ王女殿下。
「「「……」」」
それは良いのだが、不思議なのはリーヴァの服装だった。
国教教会の女性聖職者、それも高位の聖職者が纏う白い法衣を身につけている。
絶世の美少女であるリーヴァが法衣を纏った姿は聖女と呼びたくなる程に美しく神々しい。
まあ、中身は聖女ではなく悪女か魔女の類いだが…
それにしても、聖職者の身分を表す聖印を身につけていないため身分詐称にはならないとは言え、何故に法衣など着ているのか?
疑問に思うオーツォたちだが、執務室の端の長椅子が目に入った事で疑問が解決した。
長椅子に座るのは、リーヴァ殿下の夫であり、碧竜伯、北部総督、王国最強の個人戦力、真なる竜騎士など様々な銘を持つジャスパー・ファーウッド。
アニュラス界最強の伝説の魔獣たる真竜の碧竜ハル。
ズライグ王国の力の象徴にして王国最強の魔獣たる翼竜の赤竜グラム。
そうそうたるメンバーである。
名前だけならの話であるが、何しろ長椅子に座る1人と2匹の実態とは…
「聖女様っていいものだな…」
「そうだな」
「ギャギャ~」
嫁にコスプレさせて楽しむ残念な男と相槌を打つ残念な生き物たちである。
1人と2匹は『萌え~』と表現される顔で、聖女様コスプレのリーヴァを見ながら、お茶と茶菓子を楽しんでいる。
「それでは報告を聞きましょう」
羊皮紙に何やら書いていたリーヴァは羽根ペンを置き、わざとらしい言葉を発する。
もちろん、何も知らないジャスパーに聞かせるための言葉だ。
「開拓村には護衛の冒険者が居ましたが、はっきり言って三流以下の使えない連中です。
冒険者の店での評判も大人数での護衛の数合わせくらいにしか使えない新米という話でした」
オーツォの報告をトントが引き継ぐ。
「冒険者を雇ったのはロシって行商人だが、コイツは臭すぎるね。
何しろ全く儲かってない」
「儲かってない?」
疑問顔のジャスパーにトントは続ける。
「このロシって行商人は、春に出来た開拓村5つだけを回っているんだ。
出来たばかりの開拓村に買い物する金の余裕なんてあるわけないだろう?
それなのに慈善事業みたいに儲け度外視で回ってやがる」
「単純に、困っている人のために動く善人って事は?」
「無いね。
なにせ開拓村以外を回ってないんだ。
仮に困っている開拓村の人々のためにやってたとするなら、仕入れの金は?生活費は?必要経費は?どこから出てきた?」
「つまり背後に金を出してる人物がいると?
その人物が匿名で善行を…」
「無いね!」
ジャスパーの意見をトントは、あっさり否定する。
「調べてみたが、ロシに金を出してるのはヴィーグ伯爵だ。
ヴィーグ伯爵が開拓村を支援するなら、そんな回りくどい事しないで表から支援すりゃいい」
ヴィーグ伯爵は開拓村を含む地域の領主。
開拓村の生活が成り立つように、表だって支援しても誰にも文句は言われない。
それが、わざわざ秘密裏に影から支援するような真似をする事が怪しいと言えた。
「うーん、よく解らないな。
ヴィーグ伯爵が弱い冒険者を開拓村の護衛に送ったとして目的は?
単純に安い冒険者しか雇う予算が無かった?
どちらにしても開拓村周辺にはヴィーグ伯爵の隊が見回りをしてるわけだし、開拓村が襲われた時に見回りの兵士が駆けつけるまでの時間稼ぎくらいなら弱い冒険者で大丈夫って事かな?」
ジャスパーは色々考えてみる。
予めオーツォたちから報告を受けていたリーヴァは、何も言わずにジャスパーが考えをまとめるのを待つ。
ハルとグラムは、ジャスパーの前の皿に残っていた茶菓子を奪うと2匹で分けて食べるのに夢中で何も聞いていない。
オーツォはジャスパーの言葉が事実と違う事を指摘する。
「碧竜伯、残念ですが。
ヴィーグ伯爵の兵は開拓村周辺を巡回していません」
ジャスパーがピタリと止まったのは、無意識に手を伸ばした茶菓子の皿が空っぽだったからでは無いだろう。
「どういう事ですか?」
温厚で高級茶菓子を竜種たちが勝手に食べても怒らないジャスパーの怒りを含んだ言葉。
「ヴィーグ伯爵は開拓村を守るつもりがありません。
役に立たない冒険者を雇い護衛にしたのは、開拓村を守る努力はしたとの言い訳のためでしょう。
そして護衛がついた事で村人たちは安心しきっています。
村全体が警戒心を失っただけ護衛の存在は害悪になっています」
「ヴィーグ伯爵が開拓村を見捨てる理由が?」
その質問にはリーヴァが答えた。
「私の想像でしか無いけれど。
北部にも西部へ派兵するように要請はあるのよ。
それに対して『北部は魔獣や亜人の襲撃で被害が出てますから兵を割けません』なんて事にして出兵しない口実にするつもりなのでしょうね」
リーヴァは、オーツォたちが街で聞いてきた話、春に作られた開拓村5つの内4つが壊滅した事、老人や子供といった働けない弱者は逃げ遅れて死んだ事を話す。
「つまりは冬の前に口減らししたかったとも言えるわね」
「そんなバカな…」
「ジャスパー、おかしいと思わない?
これから新しく開拓して村を作るため募集したのに、何故に働けない老人や子供がいる人たちを選んだのかしら?」
「それは…」
生活が安定するはずが無い開拓を始めたばかりの村。
そこに移住する人間を募集するなら働き盛りの人間を集めるべきだろう。
何なら未婚の若い男性だけを先に移住させて、2、3年経って生活が安定してから女性を送り込んで家庭を作らせてもいい。
それが最初から足手まといになる老人や子供がいる世帯を移住させた。
「最初から口減らしを考えていた…」
ヴィーグ伯爵の領内の事は、ヴィーグ伯爵が決める事。
部外者であるジャスパーが横から口を挟む問題ではない。
一年の半分が雪に覆われる北部では、働けない人々を養う余裕は無いのかもしれない。
北部の事を知らないジャスパーが知らない事情があるのかもしれない。
それでも…
「気に入らないな…」
ジャスパーは不快気に呟く。
「オーツォさん、開拓村が再び襲撃される危険はあると思いますか?」
ジャスパーはオーツォの意見を聞く。
「開拓村周辺には小鬼の偵察と思われる足跡がありました。
狙われているのは間違いないでしょう。
おそらく近日中に襲撃があると思われます」
それを聞いてジャスパーは決意する。
「ヴィーグ伯爵の思惑なんて知った事じゃない。
あっちが守るつもりが無いなら、こっちで勝手に守るさ」
そう決意するジャスパーにリーヴァが水を差す。
「どうやってかしら?
前の小鬼の襲撃は300匹だったかしら?
それだけの数に対抗するには、最低でも100人の兵が必要ね。
それだけの兵を何処から連れてくるの?」
傭兵なり冒険者なりを雇えば人数は揃えられるかもしれない。
しかし、それだけの兵士を派遣するには、相応の兵站が必要だ。
兵1人が1日3食とるなら、100人の兵には1日300食が必要になるのだ。
それが何日必要なのか?
10日なら3000食、20日なら6000食。
もちろん食事以外にも必要な物は色々あるだろう。
それを北部総督府だけで維持するには人員も予算も足りない。
「僕が行く、僕とハルなら小鬼の300匹や400匹…」
「自領でジャスパーが好き勝手に戦力を動かすのをヴィーグ伯爵が許すかしら?
それとも碧竜でヴィーグ伯爵の屋敷を襲撃でもする?」
リーヴァは冷たい瞳でジャスパーを見つめながら続ける。
「中央から派遣された北部総督が北部貴族の代表ヴィーグ伯爵の屋敷を襲撃した。
そんな事になれば北部貴族は中央に対して反乱も辞さないでしょうね」
元々北部貴族は、北部に住む異民族。
ズライグ王国に服従しているのは、自領が安堵されており戦うより従った方が利益があると判断しているから。
中央からしても北部で反乱など起きず安定しているなら、北部貴族の統治に口を挟まないのが慣例。
その慣例を破れば、ズライグ王国は西の『異界の門』に続き、二つ目の爆弾を国内に抱え込む事になる。
「だったらヴィーグ伯爵にバレないように行動すれば…」
それに対してオーツォが言った。
「ああ、それは難しいでしょうね。
この北部総督府は監視されてますから」
「えっ?そうなの?」
驚くジャスパーにオーツォは話を続ける。
「少なくとも碧竜伯とリーヴァ殿下、ヴォル騎士隊長、ロロフ卿といった主要な方々は監視されています」
「知らなかった…」
「使用人に出入り業者と人数が多いため全ての人物までは不可能ですが、この建物は元々ヴィーグ伯爵が所有していた物です。
内装は変えられても、出入り口までは改装出来ないですから監視は簡単かと思われます」
ジャスパーは唸り考える。
「夜闇に紛れてハルで空から屋敷を出れば…」
その考えはリーヴァに否定される。
「ヴィーグ伯爵の家臣の…何て名前だったかしら?魔法具使いが定期的に来てるでしょう。
彼が来てジャスパーが不在なら間違いなく疑われるわよ」
ジャスパーは定期的に北部の村々を見回りしている。
それに同行するヴィーグ伯爵家臣の老賢者ゴーラ。
老賢者の役割はジャスパーが勝手に姿を消さないように監視する意味合いもあるのだろう。
「それならハルだけを…」
ジャスパーは茶菓子の最後の1個を取り合ってグラムと殴り合っているハルを見る。
いや腕が翼状で殴れないグラムとの喧嘩は蹴り合いが正しいだろうか。
ハルは人間と会話出来ない。
筆談は一応可能だが、竜の手は不器用で文字を書くのに時間がかかる。
それでは素早い意志疎通は難しいだろう。
そんなハルに単独行動させるのは不安しかない。
ヴィーグ伯爵との関係悪化覚悟で動くか?
他に方法は無いか?
ジャスパーは悩む。
その時、扉がノックされた。
「お茶のお代わりお持ちしました」
入ってきたのは、お茶と茶菓子のお代わりを持ってきた侍女狐嬢。
「うぇひ?」
早速、新しい茶菓子を受け取るハルを見ながらジャスパーに1つの考えが浮かんだ。
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北部総督ジャスパーの提案で定期的に行われる村々の見回り。
ヴィーグ伯爵領内の事であるから、ジャスパーの1隊の回る地域は、ヴィーグ伯爵が見られて困らない場所を予め指定して決めている。
万が一、領内に攻めこまれた時の防御に使う地形などを部外者のジャスパーに知られるわけにいかないなど、様々な事情で決められたルートを監視役の老賢者ゴーラと共にジャスパーたちは回る。
「この村で休憩にしましょう」
ジャスパーたちが立ち寄ったのは、比較的大きな村。
街道沿いにあり宿屋もある。
その一階は酒場になっており、暖かい店内で食事が出来た。
(これだけ見れば色ボケの若者だが)
老賢者ゴーラは、明らかに戦闘力がない小柄な側室に給餌させながら食事するジャスパーを見る。
中央とは勝手が違う北部での実戦経験を積ませる意味もありジャスパーの連れている騎士のメンバーは毎回変わっている。
そして、今回はジャスパーが護衛の名目で連れ歩く側室ユーリアが参加していない。
それだけなら不思議は無いのだが、何故か側室のユーリアの代わりに連れてきているのは側室のアンリエット。
「ジャスパー様、あ~ん」
熱愛中の恋人のようにジャスパーに匙を差し出し食べさせるアンリエット。
今回参加している騎士たちは、いつもの事とばかりに見ないふりをして食事に集中している。
「ギャギャッ!」
「ギャギャ~?」
食事をしているテーブルの下には、床に置かれた皿に盛られた大きな川魚の干物の独特な匂いに鼻を動かす翼竜リッターとメーター。
ユーリアだけでなく碧竜も屋敷でローテーションで休ませているらしい。
(碧竜伯が無類の女好きという噂は本当だったのだな)
老賢者ゴーラは、戦闘の役に立たない側室をわざわざ連れ回すジャスパーに呆れたが表情には出さなかった。




