第50話…森妖精の話
田舎の村に余所者が訪れる事は珍しい。
人間の住む街や村の外は、亜人や魔獣が徘徊する人外の領域、それがズライグ王国の一般常識であり旅人など稀なのだから当然だろう。
それ故に開拓村に外から訪れる人間は、馴染みの行商人くらい。
そんな開拓村に、3人組の冒険者が立ち寄ったのは珍しい事だった。
開拓村を訪れた冒険者たちに対応したのは、村の護衛として雇われている冒険者ネードたちだった。
「そこで止まれ!村に勝手に入ってくるな!」
長剣を片手に叫ぶネードだが、内心は焦っていた。
3人組の装備は、武器も防具も使い込まれていて、質も良さそうに見える。
おそらく熟練冒険者の部類だろう。
ネードの一党は6人と人数は倍だが、全員が素人よりマシ程度の技量しかない戦士。
熟練冒険者相手に戦闘になれば死人が出るのは確実。
「騒ぎを起こすつもりは無い。
金は払うから温かい飯を食わせてほしいってだけだ。
村長か顔役を呼んできてくれないか?」
熊を模した革製の兜を被り熊の毛皮を纏った一党の頭目は、そう主張する。
長剣を抜いて構えるネードに対して、熊の毛皮の冒険者は戦斧を背負ったまま両手を広げて戦うつもりは無いと示す。
他の狼の毛皮を纏い戦槌を背負った戦士と犬の毛皮を纏い短槍を杖代わりにしている小妖精も戦う構えは見せていない。
そこに報せを聞いた村長デイブが駆けてきた。
「私が村長をやっていますデイブです。
我が開拓村に何の御用でしょうか?」
「ここより北の地に用事があるだけなんだ。
温かい場所で温かい飯を食わせてくれたら直ぐに立ち去る。
もちろん飯代は支払うから頼めないか?」
開拓村より北には見張り台としてしか機能していない小さな砦があるだけ。
そんな場所に何の用事が?と疑問には思うが、冒険者のやる事を理解しようとするのが無駄だろう。
学者などに調査の依頼を受けたのかも知れないし、何か未知の遺跡でも見つかったのかも知れない。
どちらにしても『氷壁都市』から北にある人里は開拓村くらいであり、温かい屋内で温かい食事を食べられる場所は此処しか無いだろう。
寒い中を歩いて来た冒険者たちが金を払ってでも食事をしたいというのは理解出来た。
「たいした物は出せませんが、それで良ければどうぞ」
開拓村には飯屋も宿屋も無い。
村長は、村で一番大きな家である自分の家に冒険者3人を招く事にした。
「助かります」
そう答えての毛皮の冒険者オーツォは頭を下げた。
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「兄貴、この世界でも森妖精というのは美人なんだな」
リーヴァが新しく雇った魔法具使いの森妖精スゥエィは、美しい金髪に尖った耳と切れ長の瞳を持つ美女。
ジャスパーの背中に張り付き肩越しにスゥエィを見たハルは、日本で読んだ漫画やライトノベルの森妖精を思い起こしているのだろう。
「それに爆乳だな」
ハルが言う通り、スゥエィの胸は大きかった。
ジャスパーの側室ユーリアより明らかに大きいだろう。
ジャスパーが日本人時代に読んだ漫画やライトノベルでは森妖精はスレンダーな貧乳体型だった気がしたが、アニュラス界の森妖精全体の胸の大きさなど解らないため、スゥエィの体型が一般的なのか否かは判断出来なかった。
「あの娘も兄貴のハーレムに入れるんだろ?」
とんでもない事を言い出す妹をジャスパーは慌てて否定する。
「入れるわけないだろ、お前は僕を何だと思ってるんだ?」
そのジャスパーにハルは、心底意外といった声を出した。
「異世界物だと爆乳エルフと猫耳幼女はハーレムの基本ってのが常識じゃないのかっ?!
兄貴は、他にも白髪の人蜘蛛、ピンク髪の吸血鬼、金髪の自動人形、意思を持った赤い魔剣とかをハーレムに加えるつもりなんだろっ?!
それが兄貴のハーレム計画じゃないのかっ?!」
『お前の常識は世界の非常識だ!』とジャスパーは呆れつつ。
『他はともかく剣に欲情する趣味は絶対に無い!』とも思う。
ジャスパーとハルが、そんなアホな会話をしていると、侍女たちが用意した紅茶と茶菓子が置かれたテーブルで話し合っていたリーヴァとスゥエィは仕事内容や報酬に合意して契約書にサインしていた。
正式に契約が済んだところでリーヴァの死んだような眼をした侍女が、ジャスパーの鍵付きの箱に仕舞っていた魔法具を持ってきてテーブル上に置いた。
魔法具の所有権はジャスパーとハルが半々なのだろうが、ハルは食べ物以外に所有権を主張しないし、ジャスパーからすればリーヴァが魔法具を使えるなら、リーヴァの護身用として役に立つから使ってほしいとの意見である。
それが理由であり…
前日、ハルがリーヴァから高価な子牛を丸々1頭貰って仲間たちと平らげた事…
昨夜、ジャスパーが泊まったリーヴァの寝室に、何故か修道女服や侍女服や魔法学院の女生徒の制服があった事は、リーヴァが売れば一財産になる魔法具を事実上譲り受けたのと関係ないであろう。
多分、無いだろう。
無いに決まっている。
無い事にしておこう。
ともあれ、スゥエィの前には2本の杖と2本の巻物、そして変態衣装が1着。
「これほどの物を何処で手に入れたのですか?」
スゥエィが手にしたのは、闇妖精シャンディエンが持っていた雷の短杖。
雷の攻撃魔法を発する魔法具自体は珍しくないが、シャンディエンの短杖程の物は、森妖精の里の長老クラスでも所有していないレベルの物との事。
「昔、討ち取った闇妖精の持っていた物です」
「闇妖精…」
ジャスパーの答えにスゥエィは一瞬だけ眉をひそめる。
森妖精と闇妖精は近縁種であるが宿敵と言われる程に仲は悪い。
森妖精曰く、闇妖精とはアニュラス界に住む森妖精が、メーガジット界に行き堕落した存在。
闇妖精は、森妖精とはメーガジット界からアニュラス界に移住した闇妖精が劣化した種だと主張する。
どちらの話が真実かはともかく。
両種族がお互いを毛嫌いする理由には間違いないだろう。
「その闇妖精は、里の長老や族長といった地位の者だったのでしょうね」
戦っただけでシャンディエンの背景を知らないジャスパーには答えようがないが、シャンディエンは亜人軍先遣隊の闇妖精たちの指揮官であり闇妖精の中でも高位な立場だったのは間違いなかった。
成竜形態のハルを叩き落とし大猪鬼の戦士を即死させる程の威力の雷を発する短杖は規格外の魔法具なのだろう。
「こちらは氷結の効果ですね。
直接的な攻撃力よりも相手を凍りつかせて動きを止めるのを重視した物でしょうか」
半妖精の冒険者が持っていた氷結の長杖は、攻撃用の魔法具としては珍しくない物。
攻撃力は低く、凍りつかせて敵の動きを止めてから武器などで止めを刺す使い方。
当然、雷の短杖の方が使用時の魔力消費が倍以上で、人間にしては魔力が高いリーヴァでも2回の使用が限界。
「護身用ならば氷結の長杖をお薦めします。
こちらならリーヴァ殿下の魔力なら日に4度は使用出来るでしょう」
そんな話を聴きながらジャスパーは、前に戦ったシャンディエンという闇妖精が、いかに化け物だったかを理解する。
「よく勝てたよなぁ…」
狐嬢が煎れてくれた紅茶を飲みつつジャスパーは背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
シャンディエンのような闇妖精と、もう一度戦えば勝てない気がする。
そんな強敵だった。
巻物はスゥエィの鑑定では、『取り寄せ』の効果。
使用者の所有物を空間を越えて取り寄せる。
取り寄せられる物の大きさは1メートル四方の箱に入る程度の体積の物。
そんな説明を聞いたジャスパーは、自分の背中に張り付く身長1メートルの生き物の尻尾を掴んでスゥエィの前にブラ下げて見せた。
「コレも巻物で取り寄せ出来ますか?」
興味半分、冗談半分のジャスパーの質問にスゥエィは真面目に答えた。
「ご自身の愛用品と認識出来るならば可能でしょう」
「そういう事ならグラムにも効果があるのね」
リーヴァは自分の足元で欠伸している翼竜の頭を撫でながら言う。
ハルが取り寄せられるなら当然グラムも可能だろう。
その後、スゥエィがシャンディエンの『隠れ蓑の服』の魔法具としての出来はともかく、形状の悪趣味さに何とも言えない表情をしたりと色々あったのだが、鑑定が一段落したところでジャスパーは雑談として聞いてみた。
「この短杖は森妖精でも滅多に見ない高レベルな物と言われてましたが、闇妖精もしくはメーガジット界の方が魔法具開発技術が高いのでしょうか?」
『闇妖精の方が森妖精より優れた技術があるのか?』とも解釈出来る質問は、両種族の関係からして森妖精のスゥエィには失礼な気もするが、スゥエィは気分を害した様子もなく空になった茶菓子の皿に手をかざした。
スゥエィの指に嵌められているのは金銀と宝石で作られた指輪。
「『糧を与えよ』」
スゥエィが呪文を唱えると空だった皿の上には、焼き菓子が出現する。
「この指輪は私が作った魔法具です。
私が子供だった頃に初めて作った物を100年以上かけて作り直し続けてきました。
作り出せる焼き菓子の味、量、性質などをより良い物にしたり、魔法具使用時の魔力消費量を減らしたりして来ました」
1つの魔法具を100年以上かけて改良し続けるのは長命な森妖精だから出来る事なのだろう。
「この『糧の指輪』は戦いでは役に立たないでしょう。
私たち森妖精の作る魔法具にも、その『雷の短杖』に引けを取らない物はあります。
ただ戦いに使う類いの物ではないだけです」
アニュラス界で最も繁栄している人型種族は人間。
一方でメーガジット界では戦闘種族である猪鬼だろう。
常に戦いを求める猪鬼たちの蔓延るメーガジット界は、戦乱が吹き荒れる世界と言える。
そんな世界に住む闇妖精は、種族として生き残るために軍事力に力を注ぎ込み、魔法具も戦いに使える物が優先して作られる。
一方で、比較的平和なアニュラス界の森妖精は、平和利用出来る魔法具を作る事が出来る。
「世界一の戦車を作れる企業と世界一の冷蔵庫や洗濯機を作れる企業のどちらの技術が上かみたいな事かな」
ジャスパーは日本人的な考えで森妖精と闇妖精の違いを理解する。
「ウヒヒヒ…」
「ギャギャギャ…」
そんな感想を持っていたジャスパーはテーブル上の焼き菓子を狙う2匹の魔獣に気づく。
初めて見る魔法の焼き菓子に興味津々な食欲魔竜ハルとグラム。
「ん?」
珍しい食べ物の存在を察知したのか他の幼竜たちもノテノテと集まって来た。
このままでは、弱肉強食の野生の掟に従い幼竜たちのバトルロイヤルが始まるだろう。
まあハル以外は人間の管理する竜舎育ちで野生の生き物とは呼べないだろうが。
見た目はチンチクリンだが戦闘力は重装歩兵に匹敵する幼竜たちが喧嘩を始めれば周りの被害が馬鹿にならない。
「スゥエィさん、その焼き菓子なんですが譲っていただけませんか?
それと魔法具の使用料は支払いますので、あと2個作っていただきたい」
「それは構いませんが…」
スゥエィが合計3個の焼き菓子を作るとジャスパーは焼き菓子を半分に割り6個になるようにする。
「半個づつだからな」
餌を強請る鯉か何かのように口を開けて跳ねる幼竜たちの口に、ジャスパーは焼き菓子を放り込んでいった。
騎士たちが訓練に使う中庭には、標的として古びた鎧が立てられ、スゥエィの指導の元、リーヴァの魔法具使用訓練が始まった。
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リーヴァ王女に雇われたオーツォたち3人の冒険者が命じられたのは、開拓村の状況の確認。
これはジャスパーが自分が救った開拓村のその後を気にしていたが、開拓村近隣の見回りはヴィーグ伯爵の家臣の1隊の担当で勝手に訪れるわけにいかなかったからである。
開拓村を出たオーツォたち3人は村の周辺を確認する。
「妙だな」
開拓村で食事を提供してもらい世間話ついでに開拓村の現状を聞いたオーツォは、そんな感想を持つ。
「ヴィーグ伯爵の1隊が見回りに来ているはずが、村長は兵たちが来た事は無いと言っていたな」
「あのド三流冒険者たちを雇ったのが誰なのかも謎だよな」
狼の毛皮の戦士ガルガンと小妖精トントも奇妙な物を感じていた。
「報告のために戻ろう。
それとトント『氷壁都市』に帰ったら開拓村に冒険者を送り込んだ行商人を調べろ」
「あいよ、行商人と出資者の調査だろ」
頭目オーツォの指示に答えるトント。
「何かキナ臭い物を感じるからな」
オーツォたち熟練冒険者たちは陰謀の臭いを嗅ぎ取っていた。
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「指導されてるからなのか?それとも才能なのかな?」
ジャスパーが全く当てられなかった雷撃をリーヴァは2発目で当ててみせていた。
スゥエィから魔力供給を受けてリーヴァの訓練は続くようで、今度は氷結の長杖を手にしている。
そんな様子を見ていると、狐嬢がジャスパーの肩を掴み囁いた。
「ところでジャスパーさん…」
「狐嬢さん?!」
振り向けば狐嬢の尻尾がギンギンに立ち上がっている。
そんな狐嬢は全く笑っていない目で言った。
「ジャスパーさんのハーレム計画について詳しく聞かせてもらえませんか?」
その姿は肉食獣そのものだった。




