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第48話…人は産まれながらに平等では無い

 身長3メートル近い巨体の亜人の咆哮が響く。

 いや全身を毛に覆われた姿は亜人というより猿人といった印象だろうか?


 「あれが雪鬼(イェティ)か…」


 巣穴としている洞窟より出てきた雪鬼(イェティ)は2体。

 碧竜伯ジャスパーの家臣…いや碧竜伯ジャスパーの妻リーヴァ王女の家臣である5人の騎士たちが雪鬼(イェティ)に挑む。

 

 北部の村々を守るために見回り中の碧竜伯ジャスパー率いる騎士隊は、立ち寄った村近くの洞窟に巣くった雪鬼(イェティ)討伐に来ていた。


 「雪鬼(イェティ)は北部固有の種ですので碧竜伯には馴染みは無いでしょうが、力としては大鬼(オーガ)と同等と言ったところでしょうか」


 説明する老賢者。


 ヴィーグ伯爵の領内でジャスパーが好き勝手に動き回れるわけもない。

 開拓村への雪小鬼(スノーゴブリン)の襲撃からジャスパーがヴィーグ伯爵に領内の見回り強化を提案し、ヴィーグ伯爵の家臣による2隊とジャスパー率いる1隊が領内の見回りをしている。


 ジャスパーの隊は事前に回るルートが限定され、お目付け役としてヴィーグ伯爵の家臣である老賢者(セージ)ゴーラが同行する条件での参加であった。


 「大鬼(オーガ)なら私も戦った事がありますが、リーヴァ殿下の騎士達の実力ならば2人で掛かれば確実に倒せると思います」


 そう発言したのはジャスパーの護衛として側に控えるユーリア。

 大鬼(オーガ)は、人喰い鬼とも呼ばれる狂暴な亜人で、人間を襲って食す習性から人里近くに姿を見せれば即座に討伐対象となる。

 ユーリアも辺境伯爵領に現れた大鬼(オーガ)討伐の経験があった。


 そんなユーリアは経験から雪鬼(イェティ)の戦力を読む。

 そしてリーヴァの護衛騎士の中でも最強と言えるバルタ・ヴォル騎士隊長含む5人の騎士ならば2体の雪鬼(イェティ)に勝てると判断した。


 「ドラゴン探検隊、極寒の地でビッグフットを見た!」


 戦う騎士たちから離れた場所から見守る碧竜伯ジャスパー、女騎士ユーリア、老賢者ゴーラ。

 その足元で、お菓子の入った袋を抱えてバラエティー番組のタイトルのような事を言っている碧竜ハルとオヤツとして太い骨を齧っている翼竜(ワイバーン)リッター。


 8名と2匹がジャスパー隊の総員であった。


 「くそっ!この程度の敵に!」


 リーヴァに支える騎士の中でも最年少のダス卿は焦った声を漏らす。

 たった1体の雪鬼(イェティ)相手に騎士3人で戦い決定打を与えられない。

 

 理由は解っている。

 

 1つ目は鎧。

 高い防御力を持つ板金鎧(プレートメイル)は、寒い北部では冷えて凍傷になるため装備出来ず、硬革鎧(ハードレザーアーマー)しか身に付けていない。

 そのため回避主体で戦わねばならず、攻撃の踏み込みが甘くなっている。

 

 2つ目は武器。

 ズライグ王国の騎士たちの武器といえば片手用の長剣(ロングソード)だが、冬の北部では分厚い手袋で握り難いため慣れない長槍(ロングスピア)を使っている事。


 そして3つ目…


 ダス卿は雪鬼(イェティ)の攻撃を避けるために大きく後ろに下がる。

 ダス卿の視線は雪鬼(イェティ)に集中し、足元を見る余裕など無かった。

 足元には今朝降り積もり、溶けずに残っていた雪。

 それがダス卿の足を滑らせ転倒させる。

 

 北部の雪による足場の悪さこそが騎士たちが実力を発揮出来ない理由の3つ目。

 転倒したダス卿に雪鬼(イェティ)の豪腕が振り下ろされる。

 その一撃は硬革鎧(ハードレザーアーマー)しか装備していないダス卿には致命傷となるだろう。


 「危ない!」


 老賢者は思わず叫ぶ。


 北部総督ジャスパーの騎士を損なうのは不味い。

 雪鬼(イェティ)が巣くっていた事は老賢者ゴーラも知らなかった事だが、北部総督ジャスパーが『ヴィーグ伯爵が、わざと危険な怪物が巣くうルートを指定し家臣を死なせた』と抗議してきたならヴィーグ伯爵の立場は悪くなる。


 老賢者ゴーラは、手にした魔法具(マジックアイテム)長杖(スタッフ)を振り上げ、使おうとしたが、隣の碧竜伯が全く焦っていない事に気づく。

 そして、もう1つの事に気づいた瞬間、ダス卿を狙った雪鬼(イェティ)翼竜(ワイバーン)リッターの頭突きで吹き飛んでいた。


 「いつの間に…」

 

 そう、さっきまで足元でオヤツを食べていた2匹の幼竜が消えている。


 「霧宮流格闘術!奥義!竜爪脚!」


 リッターに吹き飛ばされ、立ち上がろうとした雪鬼(イェティ)の顔面にハルの蹴りが打ち込まれ派手な鼻血が吹き出した。


 「そちらの1体はハルたちに任せてヴォル卿の援護に回って下さい」


 「それでは我々の名誉が…」


 ジャスパーの命令に反論しようとするダス卿に、ジャスパーは困った笑みを浮かべる。


 「卿らに戦死されると僕がリーヴァに怒られるんですよ。

 リーヴァは怒ると怖いんですから」


 そう言われてダス卿ら3名は、騎士隊長ヴォル卿の援護に向かった。


 2匹の竜種と5人の騎士が2体の雪鬼(イェティ)を倒すまで時間は掛からなかった。


 ==========


 「リーヴァ殿下、あまり良い事とは言えませんが」


 死んだような目をした侍女(メイド)が一応諫言するが主は全く聞くつもりなど無かった。


 リーヴァの前には大きな箱。

 夫ジャスパーの所有物で鍵がかかっており、中身はリーヴァも知らない。

 金銭の管理にすら割と無頓着で、大量の金貨の入った袋をアンリエットや狐嬢に丸投げして管理させてるようなジャスパーが鍵付きの箱に何を隠しているのか?


 「夫の趣味嗜好を知るのも妻の役割よ」


 そう言ってリーヴァは侍女(メイド)に鍵を開けろと指示する。

 死んだような目をした侍女(メイド)は針金のような道具を取り出し、しばらく鍵を弄るとカチリと音がして鍵が開いた。


 リーヴァが嬉々として箱を開けると一番上にあったのは厳重に布で包まれた四角い物だった。


 「これは…絵画かしら?」


 リーヴァは布を解きつつ考える。

 ジャスパーに絵画を愛でる趣味は無い。

 そして絵画なら、なぜ隠すように仕舞ってあるのか?

 

 その理由は?


 「まさか裸婦画ではないでしょうね?」


 裸の女性を題材にした裸婦画は珍しくない。

 夫が自分に隠れて裸の女の絵などを楽しんでいたなら許せそうに無い。

 不機嫌になりながら布を解いたリーヴァは花のような笑みを浮かべた。


 「まあ!私の肖像画を隠していたなんて!」


 それはメドラウド王より下賜されたリーヴァの肖像画であって、ジャスパーが購入した物では無いのだが…


 「私と会えない時に眺めて寂しさを紛らわすために、私の肖像画を持っていたのね」


 そんな事実は全く無い。

 単純に王様に下賜された物を処分も出来ず持っていただけであるし、飾らないで隠していたのは、飾ると側室や愛妾が不機嫌になりそうで怖いからである。


 しかし、夫が自分恋しさの余り持っていたと勘違いしたリーヴァは上機嫌に箱の中身を調べ続ける。


 「これは杖よね?」


 次に出てきたのは短杖(ワンド)長杖(スタッフ)の2本の杖。

 どちらも金銀と宝石で飾られた物で高価な物に見える。


 「魔法具(マジックアイテム)かしら?」


 それは闇妖精(ダークエルフ)シャンディエンから奪った雷の短杖(ワンド)半妖精(ハーフエルフ)の冒険者が持っていてハルが拾ってきた氷結の長杖(スタッフ)であった。


 「これは巻物(スクロール)ね」


 巻物(スクロール)と呼ばれる魔法具(マジックアイテム)

 効果は一度だけの使い捨てだが、誰でも簡単に使える代物。

 これも半妖精(ハーフエルフ)の冒険者の持ち物だったのだが、魔力の臭いが解るハルが戦利品として持ち帰り、ジャスパーに渡した後は存在すら忘れている物である。

 それが2本ある。


 そして最後に…


 「これは何かしら?」


 革を思わせる材質の黒い布に金糸で複雑な刺繍がされたV字型の物。

 それを広げたリーヴァは、しばらく首を捻り…


 「まさか…これは服なの?!」


 V字型の服。

 ジャスパーやハルがスリングショット水着と呼ぶ形の扇情的な服。


 それは闇妖精(ダークエルフ)シャンディエンが着ていた姿を消す効果を持つ魔法具(マジックアイテム)

 なのだが…リーヴァは夫が女性に扇情的な衣装を着せたくて隠し持っていたと勘違いする。


 「こんな物を誰に着せようと…」


 リーヴァは考える。

 V字の服からして、ある程度以上のスタイルがなければ美しく着こなせないだろう。

 ジャスパーの妻は4人。

 はたして誰に着せようと?


 「アンリエットは無いわね」


 何しろ寸胴である。

 アンリエットが着たなら残念極まりない姿になるだろう。


 「狐嬢は…ないわね」


 狐嬢の身体は細く胸は無い。

 この衣装を着こなすには、ある程度の胸が必要だろう。


 「ユーリアは…」


 ユーリアの巨乳なら…と一瞬思うが、筋肉質な上に古傷があるユーリアにも似合いそうにないと判断する。


 「まさか…私に着て欲しくて持っていたの?」


 消去法で自分に着せようと用意した衣装だとリーヴァは判断し、こんな扇情的な衣装を着て夫の前に立つ自分を想像して赤面した。


 「……」


 死んだような目をした侍女(メイド)は衣装が魔法具(マジックアイテム)と気づいていたが何も言わなかった。


 ==========


 「『発火』」


 老賢者ゴーラの左手には4つの指輪。

 その1つ『発火の指輪』から火が出て薪を燃やす。


 「魔法だ!魔法!」


 「ギャギャ!」


 その様にハルとリッターが興奮してゴーラの周りをグルグル回る。

 そんな様子を生暖かく見守りながら騎士たちは昼食の用意をしている。


 雪鬼(イェティ)を倒した一行は休息と昼食のために焚き火を囲む。


 「それ全てが魔法具(マジックアイテム)ですか?」


 ジャスパーは興味津々にゴーラの指輪を見る。


 「魔法学院が販売する一般的な物です。

 発火、明かり、浄化、守り」


 マッチかライターのように簡単に火を着ける『発火』

 蛍光灯のように光る『明かり』

 汚れた水を飲み水に変える『浄化』

 攻撃を防ぐ壁を生み出す『守り』


 ゴーラは『明かり』の魔法具(マジックアイテム)を火の着いてない薪に使うと薪は光出す。

 そして興味津々に覗き込むハルに光る薪を差し出した。


 「おおう!」


 ハルは子供のように喜んで薪を振り回す。

 その周りをリッターが鳴きながら回る。


 ジャスパーはハルに玩具を提供してくれたゴーラに礼を言い。

 疑問だった事を質問してみた。


 「僕も闇妖精(ダークエルフ)が持っていた魔力を消費する魔法具(マジックアイテム)を使ってみた事がありますが、一度使っただけで倒れてしまいました。

 ゴーラ殿は人間なのに高い魔力があるのですか?」


 その質問にゴーラはジャスパーから使った魔法具(マジックアイテム)について確認したのち答える。


 「私も森妖精(エルフ)のように、強力な魔法具(マジックアイテム)を連発する魔力はありませんが、人間の中にも森妖精(エルフ)程では無くても魔力が強い者は居るのです」


 「どのくらいの人数が居るものなんですか?」


 「魔法学院では20人に1人程度と考えています」


 ジャスパーは20分の1にも入らない自分の凡人ぶりに苦笑しつつ、身近な人間にも強い魔力の持ち主がいるのだろうかと考えた。


 =========


 ジャスパー率いる騎士隊は、さらに幾つかの村を見回り『氷壁都市』に戻ってきた。


 雪鬼(イェティ)2体を倒したジャスパーたちの武勲は北部総督府に知らされており、歓声を持って迎えられた。

 ジャスパー個人からすれば、何もせずに騎士やハルたちの活躍を見ていただけで賞賛されるのは微妙な気分なのだが、喜ぶ皆の気持ちに水を差すわけにもいかず引きつった笑顔を浮かべておいたのだった。


 そして事件は、その夜に起きた。

 


 =========


 北部総督府にジャスパー個人の寝室は無い。

 4人の妻の誰かの寝室に泊まり夜を過ごすしか無い。

 ジャスパーの毎夜は5夜で1回りであり、1夜~4夜はリーヴァ、ユーリア、アンリエット、狐嬢の寝室とローテーションで過ごし、最後の5夜目はジャスパーが誰と過ごすか自分で選ぶ。

 その夜はリーヴァの寝室で過ごす日だった。


 寝室の扉を開けたら、妻がベッドの上でスリングショット水着を着ていた。

 そんな状況に遭遇した夫の心境とは、どのような物であろうか?


 ジャスパーは乾いた笑みを浮かべて、変態としか思えない衣装を纏う妻に聞いてみた。


 「リーヴァ…その服は?」


 「あら?ジャスパーが私に着てもらいたくて用意していたのでしょう?」


 妻は何かを激しく勘違いしているようだった。

 あの闇妖精(ダークエルフ)の魔法の服は鍵付きの箱に入れていたという事実を思い出せない程のショックを受けながらジャスパーは妻の勘違いを正す事にする。


 「リーヴァ…その服は昔討ち取った闇妖精(ダークエルフ)の持っていた魔法具(マジックアイテム)…」


 「なんですって?」


 狐嬢に着せてみようとか考えて売らずに残していた事実は無視してジャスパーは魔法具(マジックアイテム)だから残していたと主張し、リーヴァは自分が勘違いで破廉恥極まりない格好をしてしまったと理解した。


 リーヴァは羞恥と怒りで震える。

 こんな物を隠し持っていたジャスパーが全部悪いという責任転嫁による怒り。


 リーヴァは怒りのままに叫んだ!


 「グラァァァァーム!殲滅せよっ!」


 「えっ?リーヴァ?!何を言って?!」


 慌てるジャスパーの後ろで扉が開く。

 そして、ナイトキャップを被った眠そうなグラムがノテノテと入ってくる。

 さらに枕を小脇に抱えたハルが欠伸しながら入ってきた。


 2匹の竜種はリーヴァとジャスパーの前に立つと尻尾を立て翼を広げて威嚇のポーズをとる。

 

 そして…


 「ギャギャー!」


 「あんぎゃ~!」


 一声吠えると、義理は果たしたとばかりにノテノテと立ち去っていった。


 リーヴァとジャスパーは、しばし竜種が立ち去った扉を見つめる。


 「ジャスパァァァーッ!!」


 「リーヴァ、落ち着いて!」


 愛竜グラムが役に立たない事を理解したリーヴァは、ジャスパーに飛びかかり、リーヴァを抱き止めたジャスパーはリーヴァが怪我しないようにベッドに押し倒した。


==========


 人間という種族にも魔力が強い個体がいるらしい。


 「美人で…スタイル完璧で…王女様で…翼竜(ワイバーン)の主で…その上、強い魔力まであるなんて…」


 「これ、面白いわね」


 リーヴァが大きな鏡の前で姿を消して見せている。

 ジャスパー・ファーウッドは凡庸極まりない人間だった。

 一方で、本妻は神より幾つもの贈り物を与えられた人間だった。


 リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ王女殿下は闇妖精(ダークエルフ)の隠れ蓑の魔法具(マジックアイテム)を使える程の強い魔力の持ち主だった。


 「世の中、不公平だー!」


 そう嘆くジャスパー・ファーウッドは、自分が世界最強の魔獣の主という反則(チート)持ちだという事実を忘れていたのだった。

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