第46話…開拓村の戦い
北部貴族ヴィーグ伯爵が領内に5つ作った開拓村。
その内4つは雪小鬼の群れの襲撃により壊滅した。
残った最後の開拓村の命運も尽きようとしていた。
村人が逃げこんだ集会所。
頑丈な石造りの壁は、まだ壊されていない。
しかし、入り口の扉や窓の鎧戸は丈夫とはいえ木製だった。
小鬼たちが造れる石斧や棍棒の攻撃には耐えられても、人間から奪った鉄製の手斧には耐えられず、少しずつ削られていく。
集会所の中には四方から小鬼が武器を叩きつけ、扉を鎧戸を壁を破壊しようとする音が響く。
大声で恐怖の悲鳴を上げ泣いていた子供たちも大きな声で泣く体力を使いきり母親の腕の中で啜り泣くだけ。
集会所に内に予め持ち込んでいた木材で壊れそうな場所を補強したり、長机や椅子でバリケードを造り正面扉を支えていた男衆も疲労の色が濃い。
皆を励ますために気休めの言葉を叫び続けていた村長も座り込み神へ祈るだけ。
そして、遂に窓を覆う鎧戸の1つが破れた。
まだ穴は小さい、小鬼が侵入出来る大きさでは無い。
それでも、その穴から小鬼たちの不気味な笑い声が響き、鎧戸を開けようと小鬼の腕が差し込まれる。
「この化け物がー!」
男衆の1人が畑を耕す鍬を小鬼の腕に叩きつけ、小鬼は悲鳴を上げて腕を引っ込める。
だが、鎧戸の穴の隙間から見えるのは、僅かな空と涎を垂らし不気味に笑う小鬼の顔。
もうダメだと。
もうすぐ自分たちは小鬼たちに蹂躙され死ぬのだと。
人々が絶望に包まれた時、鎧戸より僅かに見えた空に、それは映った。
それは赤き竜王国の名を体現する存在。
かつてペンズライグ王家と共に空を駆け、この地を救った偉大なる赤き竜の血を引く者たち。
天を見上げよ王国の民よ!
汝らの守護者は其処にある!
いざ空を駆けよ!赤き鱗の翼竜よ!
「「ギャオオオオオオオオーッ!!」」
赤い風が吹き抜け。
鎧戸の穴より嫌らしい笑みを浮かべ覗きこんでいた雪小鬼の首が消えた。
「竜…?」
鎧戸の穴から見えたのは一瞬、それでも赤い鱗の竜種の姿は村人の眼に焼き付いた。
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「ハルより強いんじゃないか?」
ハルが翼竜の幼竜2匹を先行させようとした時、ジャスパーは身長1メートルしかないチンチクリンな生き物たちだけで大丈夫かと不安だったが、それは杞憂だったようだ。
飛行に特化した亜竜の翼竜の飛行能力は真竜のハルを凌ぐ。
幼竜たちでさえ短距離飛行ならば加速、速度、運動性、全てで成竜形態のハルより上である。
その幼竜ポンドとヤードは上空より高速で小鬼に襲いかかり一撃離脱戦法で次々に小鬼を仕留めていった。
「私が盟友たちより弱いだと?」
翼竜が飛行特化型なら、真竜ハルは汎用型。
汎用型なのだが、幼竜形態限定では、飛行能力もなく、火も吐けない、なんとも残念な竜種である。
ちなみに個体戦闘力では弱い竜種の蛇竜は魔力体力の消費を省力化し、少ない熱量で生存出来る他、生殖能力が他の竜種より高く数が多いのが特長。
海竜は水中行動に特化し、水中という環境への適応により身体を大型化した竜種である。
結局は一長一短。
最強の竜種と呼ばれる真竜は、あらゆる場所で必要十分な力を発揮出来るものの、特定の環境では、その環境に特化した竜種には劣るという事。
なのだが、最強を自認するハルには認められない事であった。
「ならば私が最強だと兄貴に見せてやろう!」
ハルは竜の息を吐くために息を大きく吸い込む。
集会所は石造りとはいえ、竜の息を吐きつければ、炎で避難した村人に被害が出る可能性が高いと考えたハルは集会所より少し離れた10匹ほどに、火を吐きかけた。
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「聞いてないぞ…」
雪小鬼の群れを率いる一本牙は、竜種の襲撃に対して即座に身を隠した。
雪小鬼としては破格の強さを持つ雪小鬼王である一本牙の戦闘力は並みの騎士をも凌ぐ。
しかし、竜種、それも成竜に勝てるわけもない。
それゆえに一本牙は即座に近くの民家に逃げこみ、窓から外の様子を見る。
「まさかとは思いますが、裏切られたのでは?」
一本牙の側近で知能に優れる小鬼亜種の火係も一本牙について民家に身を隠している。
一本牙の目に、もう一匹の側近である樽腹が、右手に棍棒、左手に手斧を構え吠える姿が見えた。
腕力では群れで一本牙に継ぐNo.2の樽腹だが頭の出来が残念過ぎた。
人間たちが農民兵とか呼ぶ簡単な訓練しか受けていない兵士モドキや引退して一線を退いた元傭兵を相手に勝利し万能感にでも酔っているのか?
勝てるはずもない成竜相手に武器を振り上げ威嚇し吠えている。
一本牙は、集会所を包囲していた雪小鬼たちの動きを見る。
自分が率いる群れの半数以上は成竜が姿を見せた瞬間に逃げ出し、姿を隠すか村から逃亡を選択した。
他は残念な事に樽腹に従い武器を振り上げ吠えている。
他の群れは…
「鉤鼻と斑髪の群れは隠れたか、優秀だな」
「族長、強小鬼はダメですね」
「なまじ力が強い分、警戒心を失っているのだな」
一本牙が集めた群れの中に小鬼王は他に居ないが強小鬼は十数匹居た。
しかし、強小鬼たちは逃げる事なく、地上まで降りてきた翼竜の幼竜に殴りかかっている。
種族的には普通の小鬼と変わらないが個体差のレベルでは強い各群れの長である雪小鬼長の中には優秀な者が居り、即座に逃げる選択をしていた。
小鬼は個体として弱い種族のわりに興奮状態になると暴走しやすく、逃げるという当たり前の選択肢を取らない者が多数出てしまう。
特に勝っていると確信している時には状況が変化しても即座に切り替える事が出来なくなる場合が多い。
その中で、即座に群れごと逃げる隠れるという選択を出来る長は優秀と言えた。
一本牙は、後のために情報を得るため隠れたまま留まる事にした。
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「逃げられたか?
どうする兄貴、追撃するか?」
北部に住む雪小鬼と呼ばれる小鬼の亜種の群れ。
その半数が散り散りに逃げて行くのが見えた。
しかし、まだ大型の強小鬼十数匹を含む多数の群れが集会所周辺に残っていた。
短弓や連弩を持ってきていないジャスパーには上空から小鬼を倒すのは無理がある。
「上からじゃ排除は難しいな。
ハル降りるぞ、地上戦で強小鬼を排除する」
「任せろ兄貴!地上でも真竜は最強だと見せてやる!」
そう見栄を切った後、ハルは心配そうに続けた。
「私はいいが兄貴は大丈夫か?」
「何がだ?」
集会所周辺には他にも建物がある。
それらを壊さないように戦うならハルは幼竜形態になるしかない。
そうなるとジャスパーは剣で戦うわけだが…
「だって兄貴って弱いじゃん」
「なっ?!」
ジャスパーは道中で護衛の騎士たちと何度かやった模擬戦の勝ち抜き戦を思い出す。
残念ながらジャスパーの成績は最下位だった。
「いや!僕が弱いんじゃなくてリーヴァの護衛が強いだけだからな!」
「そうか?兄貴って巨乳にも負けてたろ?」
「ユーリア卿の細剣は実戦より訓練で強い武器なんだよ!」
「そうなのか?」
ハルは、兄の名誉のために女騎士クロエ卿にもジャスパーが勝てなかった事実は指摘しない事にした。
ハルは降下し地表スレスレで幼竜形態に戻る。
「「ギャギャ」」
ハルの姿を認めたポンドとヤードが駆け寄り、3匹は謎のポーズを決めた。
ジャスパーが子供の頃に見ていた特撮ヒーローのような決めポーズだった。
「いくぞ!ドラゴン・ストリーム・アタック!」
変な技名を叫んでハルたち3匹は三位一体攻撃で小鬼の群れに殴り込む。
地上では腕が無いため戦闘に不利と思われる翼竜だが、圧倒的な鱗の強度は小鬼の石斧や石槍では傷付かず。
手斧や柄を短く切って小鬼でも使い易くした鍬や鋤でも簡単には傷つけられない。
そして強力な脚の蹴りと噛みつき攻撃は強小鬼すら簡単に引き裂いていった。
しかし、まだ雪小鬼は50匹近く残っている。
ジャスパーが村人の安否確認のために駆け寄った半壊した正面扉の前、それは居座っていた。
他の強小鬼に倍する体重の肥満体。
樽腹と呼ばれる雪強小鬼。
「小鬼に相撲取りとか居るわけないよな」
ジャスパーの連想する相撲取りと同じように、樽腹はただの肥満体ではない。
身体を脂肪という鎧で覆った戦士だ。
盾を持っていないジャスパーは魔法剣である片手半剣を両手で構える。
「こいつ1匹くらい倒さないと兄の威厳がな」
緊張を和らげるために、そんな独り言を呟きジャスパーは樽腹と対峙する。
「ゲヒャヒャー!」
何も考えない乱暴者樽腹に戦術など無い、正面から力で叩き潰すだけだ。
右手の棍棒と左手の手斧を滅茶苦茶に振り突進する樽腹。
何人もの村人の血を吸い変色した棍棒、樽腹という怪物の悪行を象徴するような太く硬い棍棒がジャスパーの頭目掛けて振り降ろされ…
「うぇひ?」
ジャスパーの魔法剣にあっさりと両断された。
その切れ味に一番驚いたのは魔法剣を振ったジャスパー本人。
ジャスパーは棍棒を受けるつもりで振ったのだが、両断してしまった。
メドラウド王より下賜された魔法剣はジャスパーの想像以上の切れ味だった。
「魔法って凄いな」
そう独り言を呟く間に、樽腹の左手の手斧が迫る。
「僕が弱いわけじゃない…リーヴァの護衛が強すぎるだけだ!」
樽腹の一撃は強小鬼という種族の中では強力な一撃だっただろう。
しかし、幾つ物の実戦を潜り抜けたジャスパーには力任せの稚拙な一撃でしかなかった。
手斧の一撃を軽く躱したジャスパーは、すれ違いざまに樽腹の肥満した腹部を斬り裂き、多くの人命を奪ってきた雪強小鬼を絶命させた。
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「半分以上に逃げられたか…」
逃げた小鬼は、また村を襲うだろう。
しかし、ジャスパーたちだけで散り散りに逃げる小鬼を追撃し全滅させられるわけもない。
「後はヴィーグ伯爵の兵士に何とかしてもらうしかないな」
ハルたち3匹は空に向かって勝利の咆哮を上げている。
「助けに来ました、小鬼たちは撃退しましたので安心して下さい」
ジャスパーが集会所の扉から声をかけると、扉が軋みながら開いた。
先頭に出てきたのは、警戒しながら木材伐採用の大きな斧を持った若者。
彼はジャスパーの姿を見ると目を見開き、斧を投げ捨てて平伏した。
続いて出てきた村人たちも次々に平伏していく。
「貴族様、助けていただき感謝の言葉もございません。
よろしければ、お名前を教えていただけないでしょうか?」
村長と名乗った人物が平伏しながらジャスパーに言った。
「碧竜伯ジャスパー・ファーウッド」
「ジャスパー様、村をお救い下さり、ありがとうございます!」
村人たちは平伏したまま、口々に礼の言葉を述べる。
何だ?この反応?と疑問に思ったジャスパーだが、自分が行進のために派手に着飾った姿だと思い出し赤面した。
「ハル!帰るぞ!」
「てぃひ?」
恥ずかしくなったジャスパーは成竜化したハルに跳び乗ると開拓村を後にした。
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罪人である事を表す焼き印の傷が酷く痛む。
いや疲労した身体全体が痛みを発していた。
当然だろう、牢屋に入れられる事も調べもなく、顔に罪人の焼き印を入れられ『氷壁都市』より追放されてから休まず歩いてきたのだから。
いや雪小鬼の襲撃があり農耕馬で村を駆け出てから、まともに休んですらいない。
村は、どうなったのだろうか?
開拓村の若者テップの目に映ったのは、アチコチから煙が上がる開拓村の姿。
テップは最後の力を振り絞り走り出す。
村では雪小鬼に破壊された家や荒らされた畑の再建が行われ、疲れきりながらも笑顔の村人たちが働いていた。
「テップだ!テップが帰ってきたぞー!」
テップの姿を見つけた村人が叫び、その声を聞いたテップの恋人リィリァが真っ先に駆け寄ってくる。
テップは咄嗟に焼き印が入れられた顔を恥じて隠したがリィリァは構わずにテップに抱きつき口づけした。
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『氷壁都市』の北の防壁近くの建物。
ここはヴィーグ伯爵家の別館の1つである。
その地下室に向かう階段をグナル・ヴィーグ伯爵と家臣たちは降りていた。
「直訴した者を死罪にしなくてよかったのですか?」
ヴィーグ伯爵の側近の1人、人間にしては珍しく高い魔力を持つ魔法具使いの老賢者が問う。
「北部総督は、平民にすら甘い人物と聞くからな。
領民1人ごときの命で対立するのは馬鹿らしい」
ヴィーグ伯爵は、温厚で能天気で平民出身の侍女が粗相をしても叱責すらしないというジャスパー碧竜伯に配慮して直訴してきた領民を焼き印の刑のみで赦した。
「北部総督には、総督府で静かにしていて貰いたいからな」
北部の事は、北部貴族が、北部貴族の代表たるヴィーグ伯爵家が決める。
北部総督などには、お飾りで居てもらわなくては困るのだ。
ヴィーグ伯爵は、北の防壁の下を通る抜け穴に繋がる地下室の扉を開けた。
中では、ヴィーグ伯爵家の騎士たちに囲まれ、ボロボロのフードを目深に被った子供のように小柄な男が貪るように肉料理に齧りついていた。
フードの下から、僅かに見える男の肌は緑色をしていた。




