第44話…歓迎式典
「歓迎式典で行進をやる…と」
北部総督府が設置される北部の中心『氷壁都市』まで、目と鼻の先の位置まで北部総督ジャスパー・ファーウッド碧竜伯一行は来ていた。
『氷壁都市』の領主であり北部貴族の代表格グナル・ヴィーグ伯爵へは先触れの使者を送り、ヴィーグ伯爵の家臣が『氷壁都市』に北部総督が着任する際の歓迎式典の打ち合わせにジャスパーの天幕に訪れている。
「碧竜伯には、防壁の外部にて我が主君ヴィーグ伯の馬車隊と合流していただき、両伯爵の馬車が並走する形で南門より大通りを通り、北部総督府まで行進していただきたいのです」
『氷壁都市』の領民へ北部総督ジャスパー碧竜伯の着任を知らせる式典であり、同時に領主ヴィーグ伯爵の力を誇示する式典でもあるのだろう。
主役であるはずのジャスパーとヴィーグ伯爵の馬車が並走するのは、現地領主であるヴィーグ伯爵と中央から派遣された北部総督に上下関係が無い事を北部の人々に示そうとする意図が感じられる。
温厚で能天気とも言われるジャスパーが難しい顔でヴィーグ伯爵の家臣を見る。
ジャスパーの隣に座る本妻リーヴァ殿下が扇子で顔を隠しながら珍しい表情の夫を盗み見る。
ジャスパーの護衛隊長の名目で横に控える側室ユーリアも無表情に努めているが、ジャスパーの反応を怪訝に思う。
ヴィーグ伯爵の家臣の顔色が悪くなっていく。
普通に考えるならば、ジャスパーの態度は、国王陛下より任じられた北部総督を地方領主ごときと同列に扱うのかと不快に思っているとなるだろう。
ジャスパー・ファーウッド碧竜伯は、普段は非常に温厚な人物だと評価されるが、逆鱗に触れたなら乗騎の真竜に乗り、相手を焼き尽くすまで怒りが治まる事が無いという。
王都で、美姫として名高い妻リーヴァ殿下に色目を使った貴族を屋敷ごと竜で焼き払ったなんて噂もある。
目の前の少女にも見える若く柔和な顔立ちの碧竜伯が竜で『氷壁都市』を襲えば、どれほどの被害が出るか解らない。
北部の有力貴族であるヴィーグ伯爵が交渉の使者として送ってきた家臣は、他の貴族たちとの交渉も経験した胆力に優れた者だろうが、機嫌を損ねたら個人で街の1つや2つを焼き払える化け物との交渉など初めて。
「話はわかりましたわ」
現時点では、ヴィーグ伯爵と無用の対立を生むべきでは無いと判断したリーヴァが夫に代わって答える。
そして側に控える執事と騎士隊長に命じる。
「細かい事は、そなたらに任せます」
白銀の姫リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ王女殿下は、碧竜伯に溺愛されていると聞いている。
リーヴァ殿下が、そう言って下さるなら碧竜伯も否とは言わないだろうと安堵し、ヴィーグ伯爵の家臣は式典の細かい点を協議するためにリーヴァの執事、騎士隊長らと天幕を後にした。
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「ジャスパー伯、ヴィーグ伯爵の使者殿に何か思うところでも?」
普通に考えるならば北部総督の権威を守るために、ヴィーグ伯爵と同列に並走する式典に不快感を表したのだろうが、ジャスパーが権威に拘る事が全く無いと知っているユーリアは使者に何かジャスパーを不快にする問題があったのかと思う。
「式典と行進って着飾って民衆の前に出るんですよね」
「それは当然だろう、何しろ主役はジャスパー伯だ」
ジャスパーは、見目麗しく、王女として着飾る事に慣れている本妻リーヴァの手を取る。
「何かしら?」
リーヴァを真剣な顔で見つめながらジャスパーは言う。
「僕は体調不良という事で、リーヴァに代理をして貰いたいんですが」
ユーリアとリーヴァはタメ息をつく。
どうやらズライグ王国最強の個人戦力たる碧竜伯は、式典で目立つのが恥ずかしいとか、そんな理由で不快な表情だったらしい。
「そんな事出来るわけないでしょう。
私の隣で笑っているだけでいいのだから諦めなさい」
笑顔で答えたリーヴァにジャスパーは天幕から逃げ出そうとしたが、あっさりとユーリアに取り押さえられた。
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春に5つ作られた開拓村の内4つが壊滅した。
最後に残った5つ目の開拓村。
開拓村の中で、一番『氷壁都市』に近く、『氷壁都市』から比較的広い道で繋がっている。
その開拓村にも他の開拓村が雪小鬼の群れに襲われた事は知られていた。
そのため、村では可能な限りの対策をしていた。
村の中央にある石造りの集会所。
村人全員を収容出来る大きさで頑丈な壁は簡単には壊れない。
その集会所に食料や毛布を備蓄し扉や窓を補強し避難場所として用意している。
村人が金を出し合い農耕馬を一頭購入し、雪小鬼の襲撃があった場合に『氷壁都市』まで助けを呼びに行く手筈も整えた。
命を守るために村から避難すれば良いと思うかもしれない。
しかし、開拓村への移住に応じた村人は自分の農地を持たない農夫たち。
親から農地を相続出来ない次男や三男、地主から農地を借りて耕作する農奴、税が払えず先祖から受け継いだ農地を売らざるを得なかった者もいる。
開拓村より『氷壁都市』まで避難して農地を放棄したと領主に見なされたなら農地を取り上げられる可能性もある。
暮らしていけるだけの農地を買うだけの金を得るなど、自分の耕作地を持たない農奴の生活では不可能だ。
自分の農地を得る生涯一度の機会が開拓村への移住だった。
その機会を不意にする事は村人には出来なかった。
まだ一年目だが冬を越すのに十分な収穫を得られた。
来年には、もっと収穫量を増やせるだろう。
数年は税が大幅に免除される事もあり、上手くいけば家畜を買ったり生活を豊かに出来るだろう。
そんな未来への希望を簡単に捨てれるわけが無かったのだ。
それが最悪の事態を招くと予感していても…
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「見よ!このワガママボディ!」
全長7メートルはある真竜の迫力は並みでは無い。
式典の行進のために成竜形態になったハルが奇妙なポーズを決めている。
その姿を見て激しく鳴き騒ぐ翼竜の幼竜たち。
ハルは、主役であるジャスパーと本妻リーヴァの乗る馬車の直ぐ後ろを歩く事になる。
普段の行進ならば民衆の目を引く勇壮な騎士隊や豪華な馬車など押し退け、一番目立つだろう巨大な碧竜。
「おおっ!これが真竜!」
『氷壁都市』に滞在する事になる客人への礼儀という事だろうか、グナル・ヴィーグ伯爵がジャスパーへの挨拶に出向いてきて巨大なハルの姿に感嘆の声を上げる。
少なくとも同格の貴族であるはずのジャスパーは、上級貴族ヴィーグ伯爵へ無表情な顔を向ける。
ジャスパーは上級貴族相手には緊張して上手く話せないため、リーヴァに「とりあえず無表情にしてなさい」と言われ、そのためだけに必死で努力しているのだ。
「我が『氷壁都市』に、ようこそお越し下さいました。
北部は一年の半分が雪に覆われる何も無い田舎ではありますが、精一杯の歓迎をさせていただきます」
ヴィーグ伯爵の挨拶に、ジャスパーは冷や汗が浮かんだ顔で無表情に頷く。
「北部貴族の中でも、その名を知られるグナル・ヴィーグ伯爵殿にお会い出来て嬉しいですわ」
そんな夫の代わりに、王女に相応しく美しく着飾ったリーヴァが扇子で口元を隠しながら挨拶の言葉を述べる。
社交辞令的な挨拶を交わすヴィーグ伯爵とリーヴァ王女、その隣のジャスパーは知らない人には威厳ある北部総督に見える無表情を維持した。
挨拶を終え、ヴィーグ伯爵は自分の馬車に乗り込んで行った。
服装の豪華さではジャスパーとヴィーグ伯爵に差は無いだろう。
しかし、隻眼の勇壮な顔立ちに筋肉質な太い手足のヴィーグ伯爵と柔和で少女にも見えるジャスパーでは外見の威厳に圧倒的な差があった。
「髭を伸ばせば威厳が出るかなぁ」
ズライグ王国の成人男性は髭を生やすのが一般的、成人したばかりで女性的顔立ちのジャスパーは髭を生やしていないが、外見に威厳を出すために生やすべきかと考える。
ふとジャスパーの隣から寒気がした。
見れば美しく着飾った妻が北部の外気より冷たい視線を向けている。
「リーヴァ?」
「髭を伸ばすなんて絶対に許さないわ」
「うぇひ?」
「もしも伸ばしたなら、永遠に毛が生えなくなる魔法薬で髭が生えない身体にしてあげるわ」
ジャスパーの顔に髭は絶対に似合わないと思っているリーヴァが冷たい視線で警告する。
そんな妻に恐怖しながら、ジャスパーはリーヴァの身体を上から下まで見る。
「何かしら?」
「いや…もしかしてリーヴァに無駄毛が無いのって魔法薬の…」
魔法薬で無駄毛処理してるのかと問おうとしたジャスパーをリーヴァの肘打ちが襲った。
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『氷壁都市』の南門より大通りを行進は進む。
通りには民衆が、ズライグ王国最強と喧伝される竜騎士、美姫として名高い白銀の姫君、そして何より伝説の魔獣・真竜を一目見ようと詰めかける。
その人手は『氷壁都市』の全ての住民が集まったかのようだった。
ジャスパーは威厳を保つために無表情に馬車に座り、隣のリーヴァが民衆に手を振り歓声に応えた。
行進の主役は北部総督ジャスパーだが、ヴィーグ伯爵への歓声も聞こえる、リーヴァはヴィーグ伯爵が領民から高く支持されている事実を理解し政敵となるだろう相手への警戒を高めた。
そして何より…
「遠からん者は音に聞け!近くば寄って尻尾を見よ!」
ジャスパーと狐嬢以外には理解出来ない念話で格好つけたつもりらしい変な口上を叫びながら行進する巨大な碧竜。
その姿に民衆は一際高い歓声を上げた。
北部の海には海竜という亜竜が住み、夏場に海に出る漁師や海岸を通る人々に目撃される事はあるが、これほど身近で成竜を見る機会は無い。
ハルの迫力は皆を驚かせるのに十分すぎるだろう。
そのハルの後ろからジャスパーの側室…には全く見えない地味な氷狼の毛皮の外套を着たアンリエットと5匹の幼竜を乗せた大型馬車が続き、グラムたち5匹が行進を理解しているのか?いないのか?尻尾を振って民衆に応えている。
ちなみに、もう一人の側室ユーリアは、煌びやかな騎士姿でジャスパーの馬車の側を軍馬で進み、公式愛妾・狐嬢は獣人であるからと遠慮して姿が見えない大型馬車の中に隠れていた。
行進は、ゆっくりと進む。
そして、1つの事件が起こった。
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最後の開拓村は、雪小鬼の群れの襲撃を受けていた。
雪小鬼王一本牙率いる100匹を越える大きな群れ。
さらに他の20匹~30匹の群れが複数が参加していた。
総数は300匹近い大規模襲撃であった。
「他の群れも参加させて良かったのですか?」
村人が立て籠った大きな石造りの集会所を包囲した雪小鬼たちを離れた場所から眺めながら雪小鬼巫覡火係は族長に問う。
かなり訛りはあるが一応通じるズライグ語で話す火係。
単語が少ない簡単な言語である小鬼語では複雑な会話が出来ない。
と言ってもズライグ語を話せるのは、群れでも一本牙と火係くらい。
他の群れの長である雪小鬼長の中には、ズライグ語を少し理解する者がいるが、一本牙や火係ほど流暢に話せる者は稀だろう。
「使えるヤツがいるなら我が群れに引き入れたい」
火係は一本牙の考えを知る数少ない理解者。
一本牙は、100匹程度の群れの長で満足していない。
最終的には北部の雪小鬼全てを統率する大族長となる野望を持っている。
そのため、群れの長が優秀と思える幾つかの群れに声をかけ襲撃に参加させ実力を見ている。
しかし、他の群れを参加させれば、略奪品の分け前が減る事になる。
4つの開拓村から多数の略奪品を得たが、北部の冬の厳しさは想像を絶する。
一本牙の群れ全員が冬を越せる保証など無い。
もっと略奪品が欲しいのが火係の本音。
人間たちは集会所に物資を集めていたようだ。
集会所に逃げ込んだ人間たちの家を探り略奪品を探したが、極少数しか見つからなかった。
「さて、どうするか?」
一本牙は集会所の扉を人間から奪った手斧で壊そうとしている雪小鬼たちを見る。
先頭に立って扉を殴りつけているのは雪強小鬼の樽腹。
頭空っぽで気が短い樽腹には待つだの戦術を考えるだのは不可能という事だろう。
他の窓など壊しやすそうな場所も攻撃しているが、集会所は頑丈で建物内に侵入するのに手間取っている。
「人間共を殺すだけなら、外から火をかければいいが」
「そうすれば略奪品も焼けてしまいます」
「そうだな」
一本牙は、もう少し様子を見る事にする。
頑丈な扉も永遠に耐えられるわけでは無いのだから。
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「ママ!怖いよ!怖いよ!」
集会所の中に子供の泣き声が響く。
扉に外から何かが叩きつけられ揺れ軋む。
男たちが必死で机や椅子でバリケードを作り扉を支える。
母親たちが子供を泣き止ませようと抱き締める。
「必ず!必ず助けは来ます!それまで頑張りましょう!」
そう言って村人を励ます村長、その言葉を気休めにすがり付いているのは村長本人かもしれない。
雪小鬼の襲撃を察知して直ぐに農耕馬に乗った村長の息子テップが『氷壁都市』に向かった。
領主のヴィーグ伯爵様なら、きっと開拓村のために兵を出して下さる。
それだけを希望に村人たちは恐怖に耐え続けた。
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開拓村から『氷壁都市』まで農耕馬に乗り必死で駆けたテップ。
馬とは無限に走れるわけでは無い。
最高速度を持続出来る時間は短く、無理をさせれば馬の命にかかわる。
『氷壁都市』直前で農耕馬は疲労で倒れ、テップは走って街を目指す。
「助けて…助けて下さい!村が小鬼の群れに…領主様に…兵隊を…」
北門の番兵に開拓村の危機を訴えるテップだが、不運な事に北部総督ジャスパーの歓迎式典の警備に人手が割かれ、番兵は経験が浅い若い兵しか残っていなかった。
「領主様に訴えたい事があるなら、役所に行け」
やる気無さげに役所の場所を教える番兵。
「もっとも今は竜騎士の行進とかで忙しいからな。
訴えても無駄だと思うぞ」
俺たちも竜を見に行きたかったなぁ…と緊張感なく話す番兵たち。
「行進は大通りですか?」
「そうだが…」
それだけ聞くとテップは大通りへと走り出した。
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(もうすぐ終わりか…)
普段は着ない派手な飾りが付いた衣装を着ていると孔雀にでもなった気分になる。
こんな派手な衣装で人前に出るなんて酷い罰ゲームだとジャスパーは思う。
横目に見える美姫リーヴァなら派手な衣装に負けない美貌で似合っているのだろうが、ジャスパーは自分には全く似合っていないと思う。
「あんぎゃ~」
後ろからファンサービスとばかりに翼を広げて咆哮して見せるハルの声が聞こえる。
この罰ゲームも、もうすぐ終わると安堵しつつあるジャスパーの耳に奇妙な声が聞こえた。
歓声と竜の咆哮の響く中を確かに聞こえた助けを求める声。
「領主様ーっ!お助け下さいーっ!」
民衆が詰めかけた沿道から飛び出してきた若者。
身なりからして、どこかの村の農夫だろうか?
必死で助けを求め叫ぶ若者は警備の兵士に取り押さえられる。
領主への直訴は重罪である。
領民一人一人が領主に直に訴えて来ては、領主の執務の邪魔になるだけだ。
だから直訴をする者は、訴えの内容に関わらず死罪となるのが普通だ。
それを知っていながら開拓村の若者テップは、領主ヴィーグ伯爵へ助けを求め直訴した。
村の人々を守るために、文字通り命をかけて訴えた。
しかし、この式典はグナル・ヴィーグ伯爵の権威を示すための式典でもある。
そして北部総督ジャスパーにヴィーグ伯爵の領民が非礼を働けば、ヴィーグ伯爵の面目は丸つぶれとなり政治的窮地に立たされる事になる。
ヴィーグ伯爵が、農夫一人の訴えなど聞くはずもない。
むしろ、自分の顔に泥を塗った愚かな農夫へ怒りしかない。
だからヴィーグ伯爵の馬車が止まる事は無い。
開拓村の若者テップの願いが聞き入れられる事は無い。
開拓村の運命は、この時決まった。
雪小鬼の群れに蹂躙され、村人は皆殺しになると決まった。
そのはずだった。
だが…
ここに英雄が居る。
人から、お人好しの愚か者と笑われても、それでも他者のために戦う英雄が居る。
「馬車を止めろ!」
緊張で無表情を維持して座っているだけしか出来なかったジャスパーが叫ぶ。
そして馬車より飛び降りると薄汚れた農夫の若者に駆け寄った。
「何があった?」
テップは目の前の人物が誰なのか知らない。
それでも煌びやかな衣装から貴族と分かって平伏して叫んだ。
「村が300匹もの小鬼の群れに襲われております!
どうか村をお助け下さい!」
その訴えに、ズライグ王国最強の竜騎士ジャスパー・ファーウッドは叫んだ!
「ハルっ!助けに行くぞ!」
「任せろ兄貴!!」
アニュラス界最強の魔獣が、戦いの咆哮を上げた。




