第42話…その心には闇がある
小鬼とは弱い種族だ。
この場合の弱さとは個体の能力の事。
種族全体として見るならば、その評価は変わってくるだろう。
個体としては他種族との生存競争に敗れ、短い生涯を終える小鬼たち。
しかし、1匹死んだなら2匹産めばいい、そんな圧倒的な繁殖力。
生後1年で群れの役割を最低限はたせる大きさになり、2年で大人と遜色ない大きさになる成長速度。
そして、あらゆる環境に適応し変化できる環境適応力。
メーガジット界でもアニュラス界でも小鬼は最弱の亜人と呼ばれる。
だがメーガジット界でもアニュラス界でも、小鬼という種族は滅びる事なく数を増やし繁栄している。
そんな小鬼の中には稀に産まれる上位種がいる。
通常の小鬼より一回り大きく、高い戦闘力を持つ強小鬼。
強小鬼より、さらに大きく、高い統率力を持つ小鬼王。
この2種は人間にも存在が知られ、小鬼退治の依頼を受けた冒険者や領内に住み着いた小鬼の群れを討伐する領主の兵士たちから警戒されていた。
しかし、その希少種は人間には知られていなかった。
理由は単純だ。
その希少種は見た目は普通の小鬼と変わらず。
腕力のみが群れでの上下関係の基準となる小鬼の群れの中で特別な地位となる事も無いからだ。
後に小鬼巫覡と呼ばれる、高い知能を持つ亜種の存在は人々に知られていなかった。
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「逃ゲタ!逃ゲタ!」
小鬼は小鬼語という独自言語を持つが単語が少なく最低限の意思疎通が出来る程度。
ズライグ王国北部の開拓村を襲った雪小鬼の長、雪小鬼王一本牙は配下の雪小鬼たちの声を聞く。
村のアチコチに散って略奪品を探す部下たち。
この開拓村の人間たちは、派手に雪煙を上げて見せたら早々に逃げていった。
そのため群れに被害も無いが略奪品も少ないだろう。
それでも短時間で逃げる準備をした以上は持ち出せなかった物もあるはずだが。
開拓村の中心にある広場に一本牙の姿はあった。
他の雪小鬼より二回り大きく、硬革鎧を身に付け、その上に防寒用の毛皮の外套を纏っている。
人間には当たり前の外套も雪小鬼には貴重品。
手にした長槍も石槍ではなく鉄製の穂先を持つ代物。
百匹を超える群れを統率する長に相応しい出で立ちだろう。
一本牙は名前の由来となっている右上の犬歯だけ極端に大きく唇からはみ出している褐色の顔で左右に控える側近を見る。
赤い肌の雪強小鬼の樽腹。
頭の中身は空っぽで肥満体の乱暴者だが腕力だけなら群れで二番目の戦士。
前に襲った村は、村人たちが激しく抵抗してきたが、村長らしい戦士の頭を棍棒で叩き割ったのが樽腹だ。
頭が悪く、考え無しに動くため監視を兼ねて側に置いている。
もう1匹は緑色の肌をした雪小鬼の火係。
他の群れならば長の側近になる事はないだろう平凡な外見。
人間から見ればガラクタにしか見えない飾り付けがされた長杖を持ち、よく見れば右手に複雑な意匠の指輪をしている。
『発火の指輪』と呼ばれる人間でも使える簡単な魔法具。
火打ち石などを使った火起こしには手間と時間が掛かる、そのため少し裕福な人間向けに売られており、簡単な合言葉で火をつけられる『発火の指輪』。
魔法具の研究開発を行っている魔法学園が研究費を稼ぐために多数販売している事もあり、大きな街でなら購入出来る比較的ありふれた魔法具。
火係が外見も腕力も並みの雪小鬼でありながら、群れで族長の側近と認められている理由が、この魔法具で簡単に火をつけられる事と族長・一本牙が巫覡という役割を火係に与え、占い呪いの使い手と認識されているから。
そして一本牙が火係を側近としているのは、その知能の高さ。
小鬼は考えるより先に本能で動く種族だが、稀に考えるという行為を行う個体が産まれる。
小鬼の群れの中では、特に重要視されない能力である『考える能力』だが一本牙は自分の相談役として火係の頭脳を重宝していた。
「ホォォーウ!」
村の南側から聞こえた遠吠えのような部下の声に一本牙と側近2匹は、声が聞こえた方向に走る。
あの遠吠えは敵を見つけた時の合図。
まだ開拓村に人間が残っていたらしい。
「来るな!来るなー!」
一本牙が駆けつけると、小柄な人間がさらに小柄な人間を背中に庇いながら薪を棍棒のように振っていた。
小鬼程度の体格しかない人間の子供が2人。
親が逃げるのに邪魔になる子供を捨てて行ったのだろうか?
石槍や石斧を構え遠巻きに子供を包囲する雪小鬼たち。
そこに駆けつけた一本牙たちの内、何も考えない乱暴者の樽腹が棍棒を振り上げ突進し2人の子供の頭を叩き割った。
「族長…」
火係が一本牙に囁き、村の外に見える小高い丘を指差す。
そこには1騎の騎兵の姿。
一本牙は、頭を叩き割った子供の衣服を剥ぐのに夢中な樽腹たち考え無しの部下に目を移す。
雪小鬼の脚で騎兵に追い付くのは不可能だろうが、人間の領主が派遣しただろう騎兵に手を出すのは不味い。
一本牙は、丘の上の騎兵に『ここより去れ』といった手振りをし、開拓村の状況を監視していた騎兵が去っていく。
開拓村のアチコチに散っていた部下たちが集まってきた。
村には此処以外にも逃げ遅れた子供や老人が残っていたようで、部下たちが血のついた衣服を見せてくる。
戦った者には戦利品を多く分配するのが一本牙のやり方。
樽腹が肥満体なのも戦利品として食料を多く得ているから。
簡単な橇に村に残っていた食料や衣服に毛布、集めてあった薪などを積み上げ雪小鬼たちは引き上げていく。
この戦利品だけで冬を越せる個体の数は飛躍的に増えるだろう。
特に体力が無い子供は毛布一枚の差が生死の差となる。
一枚の干し肉の有無が生死の差になる。
「戦利品を洞窟まで運ぶぞ」
一本牙は一時的に物資を溜め込んでいる洞窟まで群れを移動させる事にする。
部下たちを休ませた後に、さらに東にある開拓村を襲う。
本格的な冬が来る前に、まだまだ物資が必要なのだから。
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「ジャスパー様、この服は、どうでしょうか?」
アンリエットがジャスパーに勧めてきたのは、アンリエットが着ている氷狼の毛皮の外套と同じ毛皮の外套。
ジャスパーが広げて見るとアンリエットが買い、着ている氷狼の毛皮と全く同じ毛並みのようだ。
巨大な氷狼から2枚の外套を作ったのだろうか?
ジャスパーは氷狼の外套に袖を通してみる。
店員が用意した大鏡に映るのは、同じ毛並みの外套を着たジャスパーとアンリエット。
いわゆるペアルックというヤツだろう。
アンリエットは満面の笑みでジャスパーの左腕に腕を絡ませる。
大鏡に映るのは熱愛中の恋人か若夫婦といった姿。
ジャスパーは、ペアルックが恥ずかしいという気持ちはあるが憎からず思っている幼なじみで側室のアンリエットが嬉しそうだから良いかとも思う。
そんなジャスパーの左腕に腕を絡ませていたアンリエットが反対側に移動する。
そしてアンリエットは自分の左腕をジャスパーの右腕に絡ませる。
ジャスパーもアンリエットも利き腕は右、つまりアンリエットはジャスパーの利き腕に封じるように腕を絡ませた事になる。
ジャスパーは、そんなアンリエットの行為に特に疑問を持たない。
アンリエットが色んなポーズを取ってみたいのだろう程度にしか考えなかった。
「まあ、これは悪くないかな」
値段は高いが見た目は地味な氷狼の外套はジャスパーの好みに近い。
「…?」
大鏡を覗くジャスパーは、隣で笑う幼なじみの美少女の笑顔に違和感を覚えた。
違和感の正体は?
「うぇひっ?!」
それに気づいた瞬間、ジャスパーから血の気が引く。
隣で笑う幼なじみの瞳からハイライトが消えている?!
次の瞬間、何処からかアンリエットが取り出した魔法銀製平鍋の一撃をジャスパーが躱せたのは、ジャスパーの騎士としての技量と何より運のおかげだろう。
「アンリエットーッ!何するんですかー!」
平鍋の狙いはジャスパーの膝の辺り、直撃していれば膝間接が折れていても不思議ない。
一撃を外したアンリエットは舌打ちしつつ、利き腕の右腕を封じられたジャスパーに2撃目を放とうとする。
「うふふ…ジャスパー様ぁ~。
ジャスパー様が一生ベッドの上から動けなくなっても、アンリエットがずっとお側でお世話しますから安心して下さいね~」
「ええーっ!!?」
やべぇ!
このヤンデレ幼なじみ、脚をへし折って歩けなくして監禁するつもりだ!
そう気づいたジャスパーは戦慄し逃げようとするが腕を絡ませたアンリエットは離れない。
「痛いのは一瞬ですから安心して下さいね~」
「安心できるかー!」
再び平鍋を振りかぶるアンリエット。
そのアンリエットが糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
アンリエットの後ろには狐嬢を馬車まで運び戻ってきていた歴戦の老騎士ロロフ卿。
ロロフ卿は手刀でアンリエットを気絶させ、そのままアンリエットを担いで馬車へ運んでいく。
「た…助かった…」
熱愛中の恋人か若夫婦のようなペアルックがアンリエットを異常興奮させ、このような凶行に走らせたのだろうか?
真相は闇の中であるがジャスパーは小柄な身体を恐怖に震わせた。
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下級騎士の経済状況は見た目より悪い。
収入が少ないという事ではない。
辺境伯家に支える下級騎士クロエ卿の給金は、衛兵などより遥かに高い。
問題は収入より支出が多い事である。
軍馬1頭の値段は農夫の生涯年収より高いなんて言われるほど高価で、餌代もバカにならない金額。
武装も長剣も板金鎧も高価だし、戦闘に使えば傷み、場合によっては壊れて使い物にならなくなるため予備の武装も常備する必要がある。
衣服も食事も他者の目のある場所では騎士の家格に相応しい物を用意する必要があるため簡単に節約出来ない。
結果、下級騎士の経済状況は悪くなる。
そんな下級騎士のクロエ卿にはお菓子の1つも買う余裕はない。
他者の目が無い場所での食事は安い麦粥だけで肉の1切れも付かない。
「いやぁ碧竜伯は太っ腹だねぇ。
俺らの食事代も碧竜伯持ちだろ」
小妖精の冒険者トントが嬉々として高い酒を注文している。
寒い北部で好まれるアルコール度数が高い蒸留酒の一種。
北部では鉱妖精たちが蒸留酒を大量生産する技術を持っており火酒と呼ばれる蒸留酒が普及しているそうだ。
そんな火酒の中で高級酒の部類の物をトントは何杯も空けている。
経済的に苦しい下級騎士のクロエ卿にとって碧竜ハルの買い食いの護衛は普段は食べれない高価で珍しい食べ物や酒を碧竜伯持ちで口に出来る役得が大きな仕事。
碧竜ハルの言葉を通訳する碧竜伯の愛妾によると、碧竜は「お供が羨ましそうに見ている中で自分だけ食べれば飯が不味くなる」とかでクロエ卿の食事代も碧竜伯持ちで出してくれる。
しかし、役得には相応の働きが必要だ。
ハルが店のお品書きを見ながら揚げ物を口に運んでいる。
「ウヒヒヒ」
ハルの手元に集中していたクロエ卿は、ハルが指差した料理を追加注文する。
料理がテーブルに並んだ瞬間、幼竜たちが食い付き胃袋に消えていく。
「見てるだけなら大人しい生き物ですけど」
そう呟きながらもクロエ卿は、目の前の生き物は見た目はチンチクリンでも危険な魔獣だと己を律した。
クロエ卿は伝え聞いた話を思い出す。
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翼竜の幼竜が竜舎で産まれる事は100年以上無かった事で、5匹の幼竜が産まれた時に翼竜を幼い頃から飼い慣らし乗騎にしようと考えた貴族たちが何人も竜舎を訪れた。
そんな貴族の中には幼竜が乗用馬と同じような獣だと勘違いしていた間抜けな者もいた。
彼は、獣は鞭で叩いて仕付ければ従順になると勘違いして、今より小さかった幼竜を鞭で叩いた。
そして次の瞬間、その場には血塗れの貴族の死体が残っていた。
そんな危険な魔獣が幼竜だ。
時々、殴り合いの喧嘩をする碧竜伯ジャスパーと碧竜ハルの姿や、悪戯をしてリーヴァ殿下に叱られている赤竜グラムの姿が異常なのだ。
竜舎に見学に訪れた幼いリーヴァ殿下が、巨体を丸めて眠り続ける長老と呼ばれる老いた翼竜の頭と尻尾で出来た輪の中で遊んでいた幼竜グラムと見つめ会い。
「私の家臣にしてあげるわ、ついて来なさい」
そんな一言で主となった事が異常なのだ。
この魔獣たちは基本的に人間など食べても不味いから食べない肉の塊程度にしか認識しておらず。
懐いたり従ったりするのが異常なのだ。
クロエ卿は、幼竜のために頼んだ肉が山盛りに盛られた大皿から肉を一切れ貰おうと手を伸ばしたトントの手を掴んだ。
「へっ?一切れくらい、いいだろ。
足りなきゃ追加注文すりゃいいんだし」
酔っているトントは、そんな事を言ったが、クロエ卿の真剣な眼を見て、その音に気づいた。
それは小さな唸り声。
自分たちの餌を奪われると判断した幼竜たちが威嚇する声。
ハルが無言で大皿の肉を幼竜たちの小皿に取り分けていく。
トントの方を見ていた幼竜たちは目の前の肉に齧りつく。
「危なかった…のか?」
冷や汗を流すトント。
「あのまま手を出していたら、手を食いちぎられても不思議では無かったですよ」
クロエ卿が真剣な声で警告した。




