第34話…尻尾持つ者たち
王都でも貴族の館が建ち並ぶ地区は最も治安の良い地域である。
道の左右は各屋敷を守る高い塀がそそり立ち、軍馬に股がった騎士が複数の衛兵を従え巡回している。
早朝、リーヴァ・ペンズライグ王女を乗せた小さな馬車が、石畳の通りを進んでいた。
お忍びで辺境伯爵別館を訪ねたため馬車には王家の紋章もなく、お供は御者と護衛を兼任する執事と翼竜の幼体グラムだけ。
それでも執事は正規の騎士にも劣らぬ武芸を持ち、幼竜グラムの戦闘力は重装歩兵に匹敵する。
治安が良い貴族の居住地区を行き来するには問題ないだろう。
貴族地区の道には用事がない平民は近寄らない。
その道を行き来するのは貴族屋敷への出入り業者といった者だけだ。
馬車を進める執事の眼に映った6名の一団。
目深に被ったフードと顔を覆う布で顔を隠した一団も、何処かの貴族に雇われたのだろう。
冒険者。
その仕事は魔獣退治や遺跡の調査、他にも金さえ払えば何でもやる、何でも屋とでも言うべき無法者。
貴族の中にも冒険者を雇う者は珍しくない。
武力が必要である冒険者には、騎士家や貴族家の次男や三男がなる場合もあり、貴族から専門に仕事を受ける冒険者すらいるのだから。
執事は武装している6人の冒険者を一応は警戒するが、馬車を襲う犯罪者の類いとまでは思っていなかった。
この貴族地区は王都で最も治安が良く、この地区に出入りする冒険者は、何処かの貴族に雇われた者たちなのだろうから。
馬車は進み、冒険者たちは道を譲るように道の端に寄る。
多少奇妙なのは6人が3人ずつ左右に別れた事だろうか。
馬車と冒険者たちはすれ違う…その瞬間だった。
執事は奇妙な現象に襲われた。
馬車を牽く馬の足音、車輪が石畳を進む音、その全てが消え無音と化したのだ。
「…」
執事が奇妙な現象に気付き困惑した一瞬。
その一瞬で全てが終わった。
馬車馬に向かって左右から投げつけられた短剣と手斧は、その身体に突き刺さり、馬車馬は後ろ脚で立ち上がり嘶くが、その音が響く事は無い。
(音を消す魔法具?)
そう判断し小剣を抜く執事に、野伏らしい弓使いの矢が襲う。
急所こそ外したものの矢は肩口に突き刺さり執事は御者席より落ちる。
両手持ちの大剣を持つ戦士と戦斧を構えた背は低いが手足が太く怪力を持つ鉱妖精の戦士が馬車の扉を開けようと駆け寄る。
次の瞬間、馬車から赤い鱗の翼竜グラムが跳び出し体当たりで鉱妖精の戦士を突き飛ばした。
馬車の中の主を守るために尻尾を立て翼を広げ威嚇の咆哮を上げるグラムだが、その声が外部に届く事は無い。
無音の魔法具が、音を阻害しているからだ。
グラムに相対するのは大剣使いの大柄の戦士と戦斧を持つ鉱妖精の戦士。
この二人は金属製の板金鎧を装備した重装備の戦士。
この二人だけでグラムを倒すだけの実力はあるだろう。
他に斥候か盗賊らしい短剣使いの男と短槍を構えた男、それに執事を射った野伏は動きやすさを考えた革鎧の軽装備。
そして、最後の一人は長衣に長杖で、よく見れば尖った耳から半妖精だと解るだろう。
無音の魔法具も効果は永遠ではない。
音が戻れば、異変を聞き付けた近くの屋敷の者や衛兵が駆けつけてくるはずだ。
冒険者たちがグラムを倒す事は可能だろう。
しかし圧倒的防御力を持つ幼竜を短時間で倒す事は難しい。
そのはずだった。
半妖精は数歩後ろに下がり長杖の先端をグラムに向ける。
そこは無音の効果の外側、長杖は木製だが先端部には大きな水晶が飾られ、水晶を支える台座は黄金と宝石で輝いていた。
「氷結よ」
氷結の長杖。
その魔法具は物理的に圧倒的防御力を誇る翼竜グラムの身体を凍り付かせ動きを封じた。
グラムが再び動けるようになった時。
リーヴァ・ペンズライグは、冒険者たちに連れ去られた後だった。
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「なるほど…」
亜竜であるグラムの知能は獣並みであり、言語や念話による意思疎通は出来ない。
それでもハルには、グラムが助けを求めている事は解った。
そしてグラムが助けを求める理由は、主であるリーヴァの危機しかあり得ないだろう。
飛行するグラムに掴まりハルが訪れたのは、リーヴァ王女襲撃現場。
まだ馬車馬の亡骸は他者に発見されていないらしく衛兵や野次馬の姿は無い。
ハルは現場を見渡す。
空になった馬車、リーヴァ王女は連れ去られたという事だろう。
石畳に襲撃者の足跡は残らない、普通ならば追撃は不可能な状況だが…
「ふむ、馬車の中から変な臭いがするな」
それはリーヴァが使った魔法薬の残り香。
魔法薬の効果は無くなっても魔力を臭いとして感知するハルの鼻には解る。
その奇妙な臭いは道にも残っている。
それがリーヴァの手掛かりだとハルは判断する。
「コッチだ!行くぞグラム!」
2匹の幼竜は臭いを辿りノテノテと走り出した。
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リーヴァの執事は死んでいなかった。
肩を貫かれ一瞬気を失い、その隙に主を連れ去られてしまった。
リーヴァの父、グズルーン公爵に支えていた執事は己の不明を恥じる。
公爵が亡くなった時、彼は王都に居り主を守る事が出来なかった。
それを悔やまなかった日は1日たりともなかった。
そして今また、主の忘れ形見の側に居ながら守る事が出来なかった。
矢に毒の類いが塗られてなかった事は不幸中の幸いだろう。
いやリーヴァ王女に間違って当たった時のために毒を塗っていなかったのか?
執事は傷の痛みも忘れて立ち上がる。
翼竜グラムの姿も見えない。
一緒に連れ去られたのか、それとも逃げ出したのか。
「助けを求めなければ…」
リーヴァ王女の屋敷は遠い、近くの貴族屋敷に助けを求めるべきだろう。
だが貴族社会とは複雑な力関係で構成されている、王族であるリーヴァ王女の味方をしてくれるとは限らない。
確実に味方してくれる貴族は…
「リーヴァ殿下の夫…碧竜伯なら…」
辺境伯爵別館ならば、まだ近い。
執事は走り出した。
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ハルとグラムは石畳の道をノテノテ進む。
やがて王都を守るために外周部に建てられた防壁が見えてきた。
臭いからして襲撃者たちは、あらかじめ用意していたロープか何かを使って防壁を乗り越えて行ったらしい。
「ギャギャ!」
幼竜形態のハルには飛行能力は無い。
それを知ってかグラムがハルが掴まれるように低空を飛ぶ。
「超合体!ダブル・ドラゴン・ドッキング!」
奇妙な技名を叫びながらハルが跳躍しグラムの脚に掴まると、グラムは高く飛び上がり2匹は防壁を越え王都の外へと飛び出して行く。
臭いを辿り、王都の外に広がる森の中に2匹の幼竜は踏み込んだ。
鬱蒼と繁る…という程では無い森は王都の人間が薪や木材を取るのに立ち入っているらしく一応程度の道がある。
そこをノテノテ進む2匹はアニュラス界最強の種族である竜種。
その2匹が野生の本能で止まり樹の陰に隠れる。
「ギャギャ?」
「何だ?何かいるな?」
幼体とはいえ竜種の警戒本能を刺激する相手。
それは木々の間、地を這いながら姿を表した。
「あれは竜種か?」
全身を覆う緑色の鱗はハルやグラムと同じ形。
手足は無い蛇身の姿だが頭部はハルのように2本の角があり後頭部の方に流れ、顔形も蛇ではなく竜の類いだろう。
全長は3メートル程の蛇身の亜竜・蛇竜。
蛇竜は身体をくねらせ地を這い進む。
成竜の翼竜や真竜からすれば弱小の竜種であるが幼竜には危険な相手だろう。
「ふむ…」
ハルは姿を表した蛇竜に一応程度には警戒する。
いざとなれば成竜化して竜の息で倒せばいい程度の警戒。
だからだろう、隠れているハルに蛇竜は気付き鎌首を上げた。
「…」
「…」
緑色の蛇竜と碧色の真竜は暫し見つめ合う。
「何だ?何か用か?」
緑色の蛇竜はハルの臭いを嗅ぐ。
緑と青の中間の色の碧竜の臭いを。
獣並みの知能しかない蛇竜が何を感じ取ったのかは解らない。
単純に腹を空かせていない蛇竜が幼竜たちを餌と認識しなかっただけかも知れない。
2本角の蛇竜は幼竜たちに背を向け去っていく。
「ギャギャ!」
安堵するように鳴くグラムの4本角が生えた顔をハルは見た。
「急ぐぞグラム」
そして2匹は再び走り出した。
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そこは森の中の少し開けた場所に立つ小屋。
森の中で仕事をする木こり等が使う休憩小屋の類いだろうか?
リーヴァ・ペンズライグを拐った冒険者たちは小屋の中に潜んでいた。
冒険者たちは交代で休息を取りながらも警戒を怠ってはいない。
一国の王女を拐うという仕事の危険さは言うまでもなく。
この場所で落ち合う予定の依頼人の使いさえ、自分たちを口封じに殺しにかかる可能性はあるのだから。
「赤き竜王国とは、よく言った物だぜ」
大剣使いの戦士が愚痴る。
こんな王都に近い森の中を竜種が徘徊している。
ここまで来るまでに蛇竜の幼体に何度か出くわした。
他の亜竜も森に巣くっていないとは限らない。
「地元民が、こんな森に足を踏み入れるのが信じられないな」
弓使いの野伏は野外行動の専門家だが、竜種の徘徊する森に入りたいとは思わない。
小屋は2部屋に別れ、大部屋に冒険者4人。
小部屋に拐ってきた王女と監視役の盗賊と斥候の2人。
王女は暴れても無駄と理解しているのか大人しくしている。
身代金が払われれば解放されると思っているからかもしれない。
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「ふむ、あいつらだな」
冒険者たちからも見えない距離。
小屋に視線が通る樹の影に潜むのは2匹の幼竜。
圧倒的視力を持つ竜眼でハルは小屋の窓から内部を観察する。
大きな袋に入れられ戦士に担がれていたリーヴァ某が窓から見える大部屋から別部屋に連れて行かれたのもハルは見ていた。
「相手は6人か、ゲームなら基本編成だな。
戦士3人に盗賊と野伏、それに魔法使いか?
ゲームだと僧侶とかいるはずだが」
アニュラス界の聖職者は回復魔法とか使えるわけでは無い。
だから回復役の神官戦士とかも居ないわけである。
「兄貴に知らせないで来たのは失敗だったな」
ハルとグラムの戦闘力なら戦士2人は倒せるだろう。
しかし6人の冒険者相手では手が足りない。
「師匠なら、こんな時どうするかな?」
ハルは師匠の教えを思い出す。
そしてハルは尻尾を立てて腕をパタパタさせ始めた。
沢山の犬を飼っていた師匠の家では、こうすると犬たちが集まってきたらしい。
「尻尾持つ者よ~尻尾持つ者たちよ~集うのだ~集い力を貸して欲しいのだ~」
ハルの真似をしているのか、ハルの後ろでグラムも尻尾を立て翼状の前足をパタパタさせている。
ノテノテ…ノテノテ…
「これで助けが来るなら誰も困らないか…」
ハルは成竜化して一度戻り兄に助けを求めようかと思う。
問題は、戻ってくるまで連中が、この場に留まっているかだが…
ノテノテ…ノテノテ…
「仕方ない一度戻って…ん?」
ハルが後ろを振り向くとグラムが増殖していた。
「ギャギャ?」
不思議そうに首を傾げるグラムと、グラムとよく似た赤い翼竜の幼竜が4匹。
「お前の仲間か?」
「ギャギャ?」
あらかじめグラムが仲間を呼んでいたのか?
多分そうなのだろう。
ハルは、そう判断し小屋へ突入する事にする。
無敵の竜種6匹ならば冒険者ごときに遅れをとるはずも無いのだから。
「突撃ーっ!!」
ともあれ碧の幼竜を先頭に6匹の幼竜は走り出した。
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「何だ?」
窓から外部を監視していた野伏は小屋に向かって走ってくる幼竜たちを見た。
ズライグ王国は赤い翼竜を操る翼竜騎士を擁する国。
あの翼竜の幼竜は王国の操る魔獣か?と一瞬考えるのだが窓から小屋に突入してきた1匹だけ色が違う幼竜の動きから野生の竜種だと判断した。
何故なら碧竜は真っ先に部屋の隅に置かれた背嚢に飛び付き、厚い布を食いちぎると中身の保存食をあさり始めたからだ。
「何じゃコイツら?!」
他の幼竜たちも続き背嚢から撒き散ちらされた保存食に食い付く様に鉱妖精の戦士が叫ぶ。
「どこかで人間の食べ物の味を覚えた幼竜だ!」
野伏は、そう判断する。
野生動物の中には人間の食べ物の味を覚え、旅人や行商人の荷物を奪う事がある。
この幼竜たちも人間の小屋には食べ物があると学習した連中なのだろう。
「失せろ!」
短気な鉱妖精の戦士が戦斧を振るうが体長1メートル前後の幼竜たちは散開し斧を避けた。
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(まずは、これでよし)
冒険者にとって不幸だったのは、アホの子とはいえ人間の知性を持つハルの存在。
人質救出で一番面倒なのは人質に刃物でも突き付けられる事。
しかし野生の幼竜相手なら人質など意味を成さない。
もう1つの不幸は狭い室内で小柄な幼竜との戦いになった事。
リーヴァが捕まっている小部屋から短槍を持った斥候が援軍に来て、冒険者側は前衛が4人、そして後衛の魔法具使いの半妖精。
しかし、狭い室内で大きな武器は使い難い。
背が低く狭い場所での戦いにも適した鉱妖精はともかく、最大の戦闘力を持つだろう大剣使いはデカイ剣を上手く振るえず戦力半減。
副武装の小剣を抜いた野伏と短槍を構えた斥候の攻撃では圧倒的防御力を持つ幼竜は倒せない。
翼竜の幼竜を率いるグラムは、本能的に一番危険な相手と見た鉱妖精に自分と一番身体が大きい雄竜の2匹で挑み、他の3人には1匹ずつ当てる形を取る。
そして前衛の戦いは膠着した。
あとは後衛。
半妖精は迷う。
魔法具の使用には大量の魔力が必要だ。
これから依頼人との取引、国外への脱出と魔法具が必要な場面があるかもしれない。
ここで使うべきか否かを迷う。
一方でハルは迷わなかった。
ハルが一番警戒していたのは魔法使い。
耐久力が低い後衛から潰すのはゲームのセオリー。
そう考えたハルは、グラムたちに前衛を任せて半妖精を狙う隙を探っていた。
そして前衛の隊列に隙間が出来た瞬間、ハルは霧宮流の歩法で一気に間合いを詰め半妖精に襲いかかる。
狙いは魔法具らしい杖を持つ手。
「ぎぃやぁぁぁー!」
鉄の平鍋すら食いちぎるハルに手を噛みつかれ半妖精は氷結の長杖を落とし悲鳴を上げた。




