第28話…王都へ
「どうして…どうして、こうなった…」
田舎の領主騎士の三男ジャスパー・ファーウッドは平凡な少年だった。
彼は14歳まで平凡で堅実に生きてきた。
その後も下級騎士か下級役人になって、ささやかで平凡な人生をおくるはずだった。
その平凡な人生の中で、平凡に女性と出会い結婚し家庭を持ち、ささやかで平凡な幸せな暮らしをするはずだった。
それが…
「ユーリア様、そこは、このようにすれば良いのですよ」
「なるほど」
ジャスパーの目の前には刺繍をする美少女が2人。
領主騎士シーパルニア家令嬢アンリエットとウォードエンド辺境伯爵家令嬢ユーリア。
有力貴族の令嬢で、騎士として戦場にあったユーリアは最低限の裁縫技術はあるが、刺繍は初めてでアンリエットから習いながら進めている。
この2人は意外と相性が良いようで、田舎の領主騎士の娘であるアンリエットに有力貴族令嬢であるユーリアが社交界の礼儀作法や不文律を教えたり、逆に今のようにアンリエットが持つ刺繍といった技術をユーリアに教えたりと仲良く出来ているようだ。
「狐嬢…ああ…そこそこ」
「ここですね」
部屋の隅のベッドでは、狐の耳と尻尾を持った獣人の狐嬢が、大きな蜥蜴…いや小さな竜の腰を揉んでいる。
栗色の短髪の幼げな容姿の愛らしい美少女アンリエット。
金髪を貴族令嬢らしく結い上げ豊かな胸と運動部少女のような肉体を持つ美少女ユーリア。
銀色の髪に白い狐耳と6本の狐尻尾を持つ美少女である狐嬢。
この3人の内の誰にでも、愛を囁かれたら男は有頂天になるだろうという美少女ばかり。
その3人がジャスパーの本妻、側室、公式愛妾となる事が確定している。
男なら誰もが夢見る美少女ハーレムである。
だが夢はあくまでも夢である。
実際のハーレムとは…
「ジャスパー卿、どうだろうか?」
出来上がった刺繍を見せてくるユーリア。
初心者が作ったにしては上手に出来た花の刺繍。
「綺麗だと思いますよ」
「ギリッギリギリ…」
「ぎゃあああーっ!狐嬢!痛い痛い!」
当たり障りない感想である。
それなのに、ジャスパーが口に出した瞬間、歯ぎしりする音と最強の防御力を持つはずの魔獣の悲鳴が室内に響く。
褒められた事に顔を赤らめ喜びを表すユーリアの後ろで暗黒のオーラを放ちながら歯ぎしりしていた悪魔…いや幼なじみの美少女が、今度は自分の作った刺繍を見せてくる。
「これは凄いですね」
刺繍は、ジャスパーの家であるファーウッド家の紋章を少し変えた図柄。
翼竜騎士を排出した家系に許される赤い翼竜の図柄が、碧色の真竜ハルになっている。
つまりジャスパーの紋章という事なのだろう。
短時間で複雑な紋章を刺繍したアンリエットの技術と紋章のデザインに素直に感心していると…
「うぇひっ!?」
ユーリアが、何故か腰の細剣を抜き、手入れを始めている。
その表情は、無表情に努めているが、親の仇との決闘にでも挑むかのような暗い闘志が漏れ出ていた。
「狐嬢!折れる!折れる!背骨が折れるーっ!!」
大猪の体当たりにも岩鬼の剛腕にも耐える最強の真竜の悲鳴が大きくなる。
怖くて、そちらの方は見れないがジャスパーには6本の尻尾を持つ狐の妖怪が獲物を食い殺そうと狙う様がイメージされた。
そう、男の夢ハーレムとは、現実には地獄である。
そんな朝の日常は来客により中断された。
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「国王陛下に謁見せよ、と?」
王都から派兵された増援と共にもたらされたジャスパーへの勅命。
王都に向かい、国王陛下に謁見せよとの命は、田舎騎士の三男には小躍りして喜ぶ程の名誉であるが…
ジャスパーは命令書を持ってきた文官に困った顔を見せる。
「陛下の命令を軽んずるつもりはありませんが…
この命令に従うのは難しいと思います」
「何?勅命に逆らうと?!」
「いいえ逆らうのではなく、僕の竜は負傷し長距離飛行が難しい状態ですし、現在の僕は砦の防衛にあたるという辺境伯閣下との契約に縛られておりますので」
国王陛下の勅命に逆らうつもりかと、激昂しかけた文官は、目の前の少年が田舎の騎士家の息子で本当に物を知らないだけだと理解する。
「全く、これだから下賎な者の相手は嫌なのだ…」
その文官の言葉に、ジャスパーの後ろで控えるユーリアの眉が動き、アンリエットの瞳からハイライトが消え、狐嬢の尻尾が膨らむが、文官は気づかず言葉を続ける。
「まず、何故に竜で飛行し移動せねばならぬのか?
王都までの移動のための馬車は用意しておるし、護衛の騎兵については辺境伯と協議済みだ。
当然にジャスパー卿が砦の防衛より抜ける事も辺境伯の了承済みの事項である」
「ああ、そうなのですか…」
「ジャスパー卿の竜の傷は癒えていないとも聞いている。
この度の王都への道行きは、竜の療養にもなるであろう」
「はっ!ジャスパー・ファーウッド、謹んで勅命に従います!」
こうしてジャスパー・ファーウッドの王都行きが決まった。
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文官が他に山積みの仕事に戻るため去った後。
「ユーリア様、あの文官様は何という方でしょうか?」
「確か、ロニィ男爵だな」
「顔と名前は覚えましたわ」
王都に行くために荷物を纏めるジャスパーの背後で不穏な会話が聞こえた。
『顔と名前を覚えたから何なの?何をするつもりなの?』という疑問は恐くて聞けなかった。
「さて、私は自室に戻り旅仕度をする」
「私は、お父様に王都行きを報告してきますわ」
そう言って出ていくユーリアとアンリエットに…
「えっ?ついてくるの?」
というジャスパーの声は届かなかった。
「王都なんて始めてです」
「きっと美味しい物が沢山あるぞ!」
そう言って旅仕度を始めている狐嬢とハルにも届かなかった。
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「リーヴァ、このような事をする必要があるのか?」
ズライグ王国メドラウド・ペンズライグ王は、弟の忘れ形見である姪に問う。
「余が降嫁を命ずればすむ事では無いのか?」
竜騎士ジャスパー・ファーウッドが国王に謁見する。
国王からジャスパーへの呼び出し命令の名目は、辺境砦防衛の論功行賞。
ジャスパー本人は爵位や領地や褒賞金を与えられるくらいの認識だろうが、メドラウド王の思惑は違う。
最大の目的は王族の女性と婚姻させ、王国最強の個人戦力を手駒にする事。
メドラウド王は独裁が出来る程の権力は無いと言っても、国王である。
国王から王族の女性との婚姻を命じられたなら断れる貴族はいない。
まして竜騎士とはいえ、田舎領主騎士の三男などに国王の命令に逆らう事が出来るはずがない。
王都に呼び出し、王族の女性との婚姻を命ずる。
それで終わる話だ。
そしてリーヴァ王女の思惑は、さらに違っていた。
まず婚姻相手だ。
メドラウド王は王族の中からジャスパー卿と年齢が近い未婚の娘を選び、その中の誰かとジャスパー卿と政略結婚させる思惑。
だが、リーヴァ・ペンズライグは違う。
リーヴァは自分がジャスパーと結婚し竜騎士の武力を自分のために使う腹積もりなのだ。
だが、それだけならば伯父であるメドラウド王に「私がジャスパー卿に嫁ぎますわ」と申し出れば済む話だ。
「このリーヴァ・ペンズライグが、相手に請われずに降嫁する?
伯父様の権力で、嫌がる相手に無理矢理押し付けられる?
あり得ないわ、私は相手に望まれて降嫁するのよ」
そうでなくてはならない。
白銀の姫リーヴァ・ペンズライグが、王権に逆らえず仕方なく婚姻するしかなかったなどと相手に言わせる事があっていいはずがない。
ジャスパー・ファーウッドは、リーヴァ・ペンズライグ王女との婚姻を望み、それをメドラウド王が許し、リーヴァは降嫁するのだ。
それ以外あってはならないのだ!!
リーヴァの小さな呟きに気づかなかったメドラウド王はリーヴァの提案を承認する。
メドラウド王としては、可愛い姪のちょっとした悪戯くらいにしか考えてなかったのだろう。
王との謁見を終え、帰るリーヴァに、リーヴァの父の代から支える執事が影のようについてくる。
「竜騎士の嗜好は調べてあるわね?」
「はい、料理の好み、酒類の好み等、抜かりなく」
「そう、それで女の嗜好も間違いないのね?」
「竜騎士ジャスパー卿は、銀髪の遊女を囲い侍女服を着せていると報告を受けております」
リーヴァは、自分の銀髪を指にクルクル巻く。
リーヴァは、メドラウド王がジャスパーの花嫁候補として上げていた王族の娘たちの顔を思い浮かべる。
美姫と呼ぶに値する娘は何人かいる。
特にリーヴァの従姉妹でありメドラウド王の娘リイル・ペンズライグの美しさはリーヴァと双璧をなすだろう。
「竜騎士が銀色の髪が好みというなら、お母様に感謝しないとならないわね」
美しさは双璧だが、リイル王女の髪は金色。
リーヴァは銀髪だった母親に感謝しつつ、竜騎士ジャスパー・ファーウッドが思惑どおり自分を選ぶか考える。
「このリーヴァ・ペンズライグを前にして、他の女を選べるものなら選んでみせなさい。
そんな事、絶対に出来るわけは無いのだから」
そんな事はあり得ない。
何しろ彼女は『白銀の姫リーヴァ・ペンズライグ』なのだから。
「お待ち下さい!お待ち下さい!」
リーヴァの耳に、王宮に支える侍女の悲鳴のような声が聞こえた。
執事は即座にリーヴァを守るために前に出る。
「何かしら?」
小首を傾げたリーヴァの眼に、リーヴァ目指してノテノテ走る生き物と、それを必死で追う侍女の姿が映る。
その様にリーヴァは頭痛がする思いだった。
「グラム!貴女は何をしているの?!!
王宮に来てはいけないと言い聞かせたでしょう!!」
勝手に王宮までついてきて、用意がいい執事の出した干し肉に齧りつく生き物をリーヴァは叱責した。
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「なるほど、馬の股肉を沢山食べたいと考えた人間が品種改良した結果か」
「そんなわけないだろ!!」
国王が用意させたという大型の馬車。
それを牽く馬を見たハルがウンウンと解ったように頷き、ジャスパーがアホな事を言う妹に突っ込む。
八脚馬。
八本の脚を持つ馬の姿をした魔獣である。
天馬のような飛行能力は無いが、普通の軍馬などと比較にならない力と速度を出す魔獣。
平民の生涯収入より高価と言われる軍馬より、さらに数倍高価な八脚馬が2頭で牽く馬車。
これだけで王家の財力を感じるだろう。
「ジャスパー卿、王都までは我らが護衛につきますので、ご安心下さいませ」
馬車の護衛である騎兵を率いるのは歴戦の老騎士ロロフ卿。
「それじゃ行こうぜ、兄貴」
旅仕度のつもりなのだろう食べ物が大量に入った風呂敷を背負ったハルが真っ先に馬車に乗り込む。
「行きましょうか…」
ジャスパーは自分の後ろで旅装を整えついてくる気満々の美少女たちに声をかけた。
王都への行き帰りの時間だけ、正妻問題を先送りできるなど甘い考えであった。
そして、王都でジャスパーを狙う陰謀が張り巡らされているなどジャスパーが知るよしもなかった。




