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第22話…私が私であるために

 ズライグ王国の王宮には有力貴族が集められていた。

 ズライグ国王メドラウド・ペンズライグと同じ卓に着く事が許された貴族たちの議論は半月を過ぎても結論が出ていない。


 「国の一大事と理解しておられないのか?

 辺境砦が落ちれば数万の亜人が国土を蹂躙する事になると申しておるのです!」


 ルフォン伯爵が声を張り上げるが、王国の東側に領地を持つガダ侯爵は冷笑を浮かべる。


 「何のためにウォードエンド辺境伯に大権を与えているのだ?

 西の守りは辺境伯の役割であろう?」


 「ガダ侯爵の言われるとおりですな。

 東部は昨年の麦の収穫量が例年より少なく財政に難があります。

 西部に兵を出すなど、とてもとても」


 ガダ侯爵が主張すると、ガダ侯爵の腰巾着と言われるマルーパ子爵が賛同し財政難を理由に出兵に反対する。


 実際には東部の麦の不作は他の作物で補填出来る程度であり出兵出来ない理由とはならない。

 ガダ侯爵ら東部貴族の本当の目的は、ウォードエンド辺境伯を消耗させる事。

 辺境伯の兵力と領地に相当の被害を出させ、辺境伯の力を削ぐため援軍の派兵を遅らせようとしているのだ。


 「辺境伯軍が敗れた後に援軍を出しては各個撃破されるだけではありませんか!!

 一刻も早く援軍を出さねばなりません!」


 そう主張するルフォン伯爵が国の未来を憂いて派兵を主張しているのかと言えば、それも違う。

 ルフォン伯爵の本妻はウォードエンド辺境伯の娘である事とルフォン伯爵領が西部にあり辺境伯領が落ちれば自領が危うい故に援軍の派兵を主張しているのだ。


 国と言っても実際には多数の貴族領の寄せ集めであり、貴族たちに国を守るという意識は薄い。

 あくまでも自領の利益が優先であり、国全体の利益など二の次。

 さらに数百年間、(ゲート)からの亜人侵攻が西部の被害のみで終わっていた事から東部の貴族たちに危機感という物が欠如しているのも問題だった。


 1万を超える大軍勢の侵攻というウォードエンド辺境伯からの報せすら、辺境伯が敵の数を誇張する事で他の貴族から様々な支援を引き出そうとしているだけと考える者すらいる。


 メドラウド王は、どう議論に決着をつけるか悩む。

 国王の強権で東部貴族を押さえつければ、その後の反発は国政に悪影響を与えるのは間違いない。

 例え国王といえど有力貴族の意見を無視して好き勝手出来るわけでは無いのだ。


 悩むメドラウド王の隣に座る銀髪の美姫が口を開いた。


 「伯父様、小鬼(ゴブリン)猪鬼(オーク)が辺境伯領を抜けてしまったら旧都にも来るのでしょう?」


 旧都。

 ズライグ王国の王都が中央部に遷都する前の王都だった西部の都市。

 (ゲート)から近すぎるとして遷都された旧都は、今では昔王都だったという歴史的価値しか無い都市。


 「旧都には御父様と一緒に育てた薔薇園がありますの。

 薔薇園が焼かれてしまうなんて事になってしまったら。

 私、悲しいですわ」


 銀髪の美姫リーヴァ・ペンズライグの父である前グズルーン公爵はメドラウド国王の実弟。

 十年前に、まだ幼かった一人娘リーヴァを残し公爵夫人と共に事故死している。


 15歳と成人年齢の王族とはいえ、若い女性であるリーヴァ・ペンズライグ王女が卓についているのは、国王の養女でありグズルーン公爵家の継承権を持つが故。

 現在、グズルーン公爵の爵位はメドラウド国王が兼任し領地は王家直轄地となっているが、将来的には解らない。

 リーヴァ・ペンズライグ王女の夫となる者が公爵位と公爵領を手にする事すら有り得る。


 貴族たちはリーヴァ王女の心証を害さぬよう黙る。

 この場に集まった貴族の中には自分や息子とリーヴァ王女との婚姻を望む者が多数いるのだ。

 貴族の婚姻は家の都合が最優先と言っても、国王が実弟の忘れ形見であるリーヴァ王女の望みを無視する婚姻を許す可能性は低いだろう。


 若く美しく公爵位と公爵領の継承権を持つ『白銀の姫リーヴァ・ペンズライグ』

 

 彼女の言葉で議論の風向きが変わる。

 メドラウド国王が口を開いた。


 「そなたの薔薇園を焼かせるような事にはせぬよ」


 その国王の言葉にルフォン伯爵は喜色に満ちた声を出す。


 「陛下!では援軍の派兵を?!」


 「うむ、まずは翼竜騎士団を中心とした飛行騎兵団を派兵する」


 「伯父様、嬉しいですわ!」


 姪の『薔薇園を守りたい』という我が儘を聞き派兵を決定した国王に、東部貴族は苦虫を噛み潰したような顔を向けるが、口に出して反対する事は無かった。

 決断を下したメドラウド王は、次々に援軍の陣容を決定していく。

 その様にリーヴァ王女はニコニコとした笑顔を向けていた。


 ===========


 「リーヴァ殿下、お茶の準備が出来ております」


 下らない。

 本当に下らない議論から解放されたリーヴァ・ペンズライグの姿は、王宮の庭にあった。

 人工的に作られた池の畔のお気に入りの席でリーヴァは不機嫌に眉根を寄せた。


 何故、貴族どもは馬鹿しかいないのか?

 辺境伯軍が負けた後には、自分たちが矢面に立つ事になるという簡単な理屈すら理解出来ないのか?

 辺境伯領に大きな被害が出た場合、仮に今回の侵攻を防げたとして十年後の侵攻には誰が対応するのか?

 その程度の事すら考えられないのか?


 「あの間抜け達を並べて一人一人首を切り落としていけたなら、きっと爽快でしょうね」


 リーヴァの父の代から支える執事は、姫君の不穏な独り言を聞かなかった事にする。


 「リーヴァ殿下、お望みの物が先ほど届きました」


 「そう、見せてちょうだい」

 

 執事がリーヴァに差し出したのは一枚の絵だった。

 色はついていない線画に描かれていたのは…


 「私は竜騎士(ドラゴンライダー)の顔を見たいと言ったでしょう?

 竜騎士(ドラゴンライダー)は少女なのかしら?」

 

 リーヴァは少女に見える肖像画の事を執事に問う。


 「辺境砦に送り込んでいる間者によれば、優しげな顔立ちの少年との事でございます」

 

 「そう、ところで竜騎士(ドラゴンライダー)には婚約者はいるのかしら?」


 「竜騎士(ドラゴンライダー)ジャスパー・ファーウッド卿は、領主騎士シーパルニア家の令嬢と婚約しております。

 それとウォードエンド辺境伯が娘を嫁がせようとしているとか」


 リーヴァはジャスパーの肖像画を見る。


 「髭は似合いそうに無いわね。

 でも、見た目は及第点だわ」


 リーヴァは伯父が自分の嫁ぎ先候補としている人物の顔を思い浮かべる。


 「最悪…」


 竜騎士(ドラゴンライダー)

 ズライグ王国最強の個人戦力。

 伯父であるメドラウド王は、竜騎士(ドラゴンライダー)を手駒にしようと考えるだろう。

 その場合、一番手っ取り早い方法はメドラウド王の娘リイル・ペンズライグ王女か、姪であるリーヴァ・ペンズライグ王女を降嫁させ身内に取り込む事。

 つまり、この肖像画のジャスパー・ファーウッドはリーヴァ・ペンズライグの婚約者候補となる。


 「汗臭い騎士団長や脂ぎった宰相に嫁ぐより、竜騎士(ドラゴンライダー)を利用した方が国をマシに出来るかしら?」


 リーヴァは、決して無能では無いとはいえ考えすぎて決断力に欠ける伯父を想う。


 「伯父様、さっさと死んで下さらないかしら」


 リーヴァ・ペンズライグ王女に支える執事は、当然、その言葉を聞かなかった事にした。


 ===========


 幼体に戻ったハルは鬱蒼と繁る森の中で目を覚ました。

 神鷲(ガルダ)に右肩から背中の翼の付け根辺りまでを大きく切り裂かれたハルは上空から墜落した。


 ハルは激しく痛む右肩を見る。

 血はなんとか止まっている。

 だが右腕に力は入らず、右の翼も動きそうに無い。

 ハルのお腹が鳴る。

 墜落で地面に叩きつけられた衝撃と切られた傷を回復させるために内蔵魔力を使いきってしまった。


 ハルは恐怖に震える。

 竜に転生してから本当の意味で命の危険を感じた事は無かった。

 

 痛い、怖い、心細い、泣きたい、逃げたい…


 辺境砦には、まだ十分な蓄えがある。

 狐嬢が居れば買い物で困る事もない。

 辺境砦まで戻って、狐嬢を連れて砦から逃げて…

 どこかの街か村で静かに暮らしてもいい。

 遥か東にあるという狐嬢の種族が住む国まで飛んで行くのもいい。

 もう、痛いのも怖いのも嫌だ。


 ハルはノロノロと立ち上がる。

 砦まで歩いて戻るにも体力を回復させないとならない。

 何か食べ物が必要だ。

 ハルは森の中を見回す。


 近くの樹に何か引っ掛かっているのが見えた。

 近づいてみると兄が背負っていた背嚢だった。

 左手だけで何とか樹に登り背嚢の中を見る。

 背嚢は破けて中身の大半が無かった。

 僅かに残っていたチーズの塊を口に入れ、ハルは他に何か無いか周囲を見渡す。


 「あれは兄貴の…」


 ハルが見つけたのはジャスパーが腰から下げていた小物入れの袋。

 ノテノテ歩いて袋を拾う。

 古びた袋は、腰の革帯に括りつけていた紐が切れて落ちたらしい。

 ハルは袋の中身を見た。


 「兄貴…」

 

 袋の中には、干し葡萄。

 ハルがお腹を空かせた時のために兄が用意してくれていたオヤツ。


 「ひぐっひぐっ」


 ハルは泣き出す。

 泣きながら干し葡萄を食べる。


 「怖いよ…師匠…」


 ハルは自分に霧宮流古武術を教えてくれた師匠を思い出す。

 近所の古びた神社に勝手に住んでいた師匠。

 自称・絵本作家とかで、嘘みたいな武勇伝を話していた。

 いや嘘みたいなではなく、嘘ばかりの武勇伝だった。

 アメリカまで単独飛行したとか、七メートルもある巨大な鰐を仕留めて食べたとか、生け贄を要求する海の魔物を倒して島を救ったとか、ぬいぐるみの国の悪い独裁者を倒したとか、狐の神様の巫女と一緒に大陸を打通したとか…

 そんな作り話をしていた師匠。

 嘘つきの師匠。

 でも大好きだった師匠。


 『食べ物の恩と恨みは決して忘れてはならない』


 そんな馬鹿げた事のために命を賭けられるのか?


 もう十分に頑張った。

 きっとユーリアも兄も死んでいる。

 助けに行く意味なんて無い。

 死にに行くだけ。

 無駄死にするだけ。


 本当に、それでいいの?


 「私は…私は…」


 師匠は言っていた。

 

 師匠の一族は、戦国時代に戦った地方豪族で、『敵を絶対に許さない、そして身内を絶対に見捨てない』そんな馬鹿げた事を言って戦って死んでいった馬鹿な一族だと。


 それも、きっと師匠の嘘。

 嘘つきだった師匠の戯れ言。


 それでも…


 「私は霧宮流古武術拳士だ!

 誰が嘘だと言っても、私は師匠の言葉を信じるって決めたんだ!

 だから私は行かないといけないんだ!

 行かないと私は私じゃなくなるんだ!

 霧宮流古武術拳士・(ハルカ)じゃなくなるんだ!」


 1個の砂糖菓子と1杯の林檎酒(シードル)

 そして家族のために。


 「私は戦って死ぬ!それでいいんだ!

 私は霧宮流古武術拳士・(ハルカ)なんだから!」


 ハルは戦うために行く。

 無駄死にするだけと解っていても行く。


 「でも、その前に何か食べないと…」


 食べて少しでも魔力を回復させなくてはならない。


 その時、何かの気配がした。

 何か動物が近づいてくる気配。

 ハルは身構える。

 今の身体で獲物を狩れるのか?

 逆に狩られるのでは無いのか?

 そして、それはハルの前に姿を表した。


 「お前は…」


 ハルは眼を見開いた。

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