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第14話…狐嬢

 「うひひ!街だー!」


 廃都市、そんな酷い名前で呼ばれる街。

 一応程度に防壁に囲まれているが、壁はボロボロだし壁の中の街は無計画に建物が立てられ雑然としている。

 辺境砦を造る際に職人や人足が暮らすために造られた街。

 

 砦完成後には放棄され無人となったはずが、故郷を追われた者や盗賊といった犯罪者が隠れ住むようになり、脛に傷持つ人間が集まって暮らす街になった。

 人が集まれば、商売を始める者が現れ、行商人が立ち寄るようにもなった。

 そして辺境砦に詰める兵士たちが息抜きに遊びにくるようになれば、酒場、賭博場、娼館といった娯楽施設が作られていく。

 兵士の慰安所という価値を得た廃都市は、この辺り一帯を領有する辺境伯から黙認されるようになり現在にいたる。


 そんな廃都市は、ジャスパーにはヨーロッパの田舎の街といった印象だった。


 「ヨーロッパの田舎に旅行に来たとでも思えばいいか」


 「ヨーロッパなんて行った事無かったけどな」


 「海外自体行った事無かったな」


 「そうだな兄貴」


 2人が日本人だった時に住んでいた街は、大都会では無い地方都市だったが、それでも駅前の繁華街には遊べる場所は色々あった。

 この廃都市にはファーストフードも映画館もゲームセンターもカラオケボックスも無い。

 それでも辺境砦で缶詰めより遥かにマシだろう。


 「おっ!屋台が沢山出てるぞ!何を売ってるんだ?」


 言葉が通じないハルが迷子になると探すのは難しいし、幼体とはいえ竜種が街中を歩いていれば住人は脅威に感じるだろう。

 そんな判断からジャスパーの背中に張り付いた状態で移動する事になったハルは大通りに密集する屋台に歓声を上げる。


 「肉の串焼きか、食べてみるか?」


 「うん!」


 独特の臭みがある肉の串焼きを売る屋台。

 匂いからして羊の肉だろうか?

 ジャスパーは串焼きを二本買うが支払いで少し問題が起きた。


 「兄ちゃん、金貨なんか出されても釣り銭が無いよ」


 一日遊びまくるつもりで高額貨幣である金貨を持ってきたジャスパーだが、ズライグ王国での金貨の役割は貴族や商会が大きな取引する時に使う物。

 一般的な平民が使う貨幣は銅貨で、鉄貨が小銭といった補助貨幣、銀貨が高額紙幣といった役割。

 金貨を出して屋台で買い物をする人間なんていないのだ。

 これはジャスパーが田舎の騎士領出身で金銭で買い物する機会自体が、ほとんど無かったから知らなかった事であった。


 「銀貨なら大丈夫か?」


 「おいおい、銅貨か鉄貨は無いのか?」


 文句を言いながらも屋台の店主はジャラジャラと釣り銭を渡してくる。


 「北側の通りに両替商の店があるから両替して貰えや」


 親切に、そう教えてくれた店主は手を出す。


 「??」


 手を出された意味が解らず、頭に?を浮かべるジャスパーに、店主は不機嫌に言った。


 「情報料だよ、兄ちゃん」


 「払えと?」


 「兄ちゃん、無料(タダ)より高い物は無いんだぜ」


 街に来て早々揉めたくないジャスパーは銅貨を一枚店主に握らせた。


 廃都市は、脛に傷ある者が暮らす街。

 その治安は決して良くはない。

 水と安全は無料なんて言われる日本と、ズライグ王国でものんびりした田舎の村しか知らないジャスパーは、その事に気づいていなかった。

 

 ===========


 「兄貴、店があるぞ!

 何を売ってるんだ?」


 ジャスパーとハルは、目についた店舗を次々にひやかす。

 ちゃんとした店舗を構える商人は珍しく、大半が簡易的な屋台だ。


 「古着屋だな、ハルも何か着るか?」


 「んー?服は変身の時に邪魔になるからな」


 「そうか?」


 また別の店をひやかす。


 「道具屋というか雑貨屋だな」


 「兄貴は何か買わないのか?」


 「必要な物は酒保商人の爺さんから買ってるしな」


 「その小物入れの袋とか新調しないのか?」


 ハルはジャスパーが腰のベルトに下げている小物入れの袋を指す。

 丈夫な造りだが、かなり古くて汚れている。


 「まだまだ使えるのに捨てるなんて勿体ないだろ」


 「そうか…

 なら武器とかどうだ?名剣とか売ってるかもよ!」


 ハルは目についた武器屋の看板を指差す。


 「剣なら酒保商人の爺さんから買ったばかりだろ」


 大猪鬼(ハイオーク)に折られた騎乗槍(ランス)片手半剣(バスタードソード)は酒保商人が仕入れてきてくれた。

 ジャスパーは腰に下げた買ったばかりの片手半剣(バスタードソード)を叩くが、ズライグ王国では不人気な形の剣は、酒保商人の爺さんが中古を安く買い叩いて仕入れてきた物。

 実用性はともかく、見た目は飾り気がない武骨で安っぽい拵え。


 金はある。

 金貨どころか大商人が交易に使う大金貨すらジャスパーの財布に入っている。

 それなのに自分の物を最低限しか買わないジャスパーにハルは悲しい目を向けた。


 屋台で様々な食べ物を買って食べ歩き。

 大通りで吟遊詩人の詩や大道芸人の芸を楽しみ。

 2人は休日を楽しむ。


 「おっ珍しい果物を売ってるな」


 「蜜柑(オレンジ)?いや檸檬(レモン)か?」


 「超酸っぱい!!」


 「いや喰うのかよ」


 どう見ても甘さ皆無な檸檬にハルが手を伸ばし齧り付き、ジャスパーが屋台に金を払う。


 「これは魚の塩浸け?干物?」


 「凄い臭いだな、鼻が曲がりそうだ」


 「発酵臭ってヤツだな」


 樽に入れられ売られている魚の塩漬けのような物。

 発酵か腐敗か判断がつかない酷い臭いがする。

 そんな魚に齧りつくハル。


 「臭っ!旨い不味い以前に臭すぎる!」


 「いや喰うのかよ」


 そんな酷い食べ物も旅行の思い出と考えたら笑い話になるだろう。


 「ほら、肉入りパイ、口直しになるだろ」


 「うん、普通に美味しい」


 そうして時間は過ぎていった。


 =========


 日が沈み、夜闇が街を覆い始める


 「晩御飯を食べて帰ろうか」


 「うん」


 まだまだ遊び足りなそうなハルは、名残惜しそうに通りを見る。

 沢山あった屋台は次々に店仕舞いし帰っていく。


 「さて、どこかに飯屋は…」


 「兄貴、あっちの通りは明かりが点いてる」


 「そうだな行ってみようか」


 誘蛾灯に惹かれるように2人は明かりがある通りに向かう。


 「何の店だ?」


 「さあな、でも酒場か飯屋くらいはあるだろ」

 

 そんな会話をしながら進む2人は、その通りが何の店の通りなのかに気づいた。


 「兄貴…此処って…」


 「ああ、風俗街だな」

 

 派手な化粧をした露出度が高い扇情的な服の女たちが次々にジャスパーの袖を引く。


 「お兄さん、遊んでいってよ」


 「騎士様、私を買わないかい?」


 「いや、そういうの興味ないんで」


 ジャスパーは顔を赤くして逃げる。


 「どこかにマトモな酒場か飯屋は無いのか?」


 「せっかくだし童貞捨ててきたらどうだ?」


 「遠慮するよ」


 「あの銀髪の女とか兄貴の好みじゃないのか?

 兄貴がベッドの下に隠してたHなゲームのキャラに似てるし」


 「ハル…なぜ知っている?」


 「うぇひひひ」


 ちなみに妹のBL本の隠し場所を兄も知っていたわけだが…


 そんな会話をしながら食事出来そうな店を探す2人。


 「兄貴!あれ見て!」


 「何だよ、エロい服の女の子とか言うなよ」


 そう言いつつハルが指差す方向を見たジャスパーは驚愕に硬直する。


 それは一軒の娼館。

 売られてきた女性に娼婦をやらせているからだろうか?

 牢屋を思わせる格子の中から道行く男を誘う女たち。

 

 その一人にジャスパーとハルの目は釘付けになった。

 その服は、かつては見慣れた物だった。

 そして転生後は、それが存在するなんて思いもしなかった。


 ジャスパーは駆け寄り格子内の少女の服を凝視する。

 その服は…


 「兄貴、この服って…」


 そう、その服は2人が転生する前の世界。

 日本では和服や浴衣と呼ばれる服だった。


 格子の中の少女は、白い耳と六本の尻尾を揺らし、ハルの言葉に応えた。


 「珍しいでしょう?これは遥か東方にある国の衣装ですよ」

 

 「てぃひ?!」


 ハルは自分の言葉が通じた事に驚愕し、少女の顔を見た。

 白い狐の耳と尻尾を持つ銀髪の美しい獣人(ライカン)の少女。

 扇子で口元を隠して少女は蠱惑的にジャスパーに微笑みかける。


 「狐嬢(こじょう)と御呼び下さい。

 騎士様、私と遊んでいきませんか?」

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