第10話…大禿鷲
鷲馬。
この上半身は鷲、下半身は馬という魔獣は、比較的気性が穏やかで騎乗しやすく戦闘力も十分にあるため多くの国で飛行騎兵の主力となっている。
1対1で戦うならば重装騎兵に勝る戦闘力を持つ鷲馬騎士を最強の戦力とする国も多いがズライグ王国では少し事情が違う。
ズライグ王国には誰もが認める最強の戦力である翼竜騎士による翼竜騎士団が存在するからだ。
確かに翼竜騎士と鷲馬騎士の戦闘力を数値化するならば翼竜騎士が圧倒的に上である事を鷲馬騎士たちは自覚していた。
だからこそ、彼らは考えた。
自分より強大な存在が近くに居たが故に考えた。
それに打ち勝つ戦術を!
辺境砦中庭から飛び立った鷲馬騎士12騎は、4騎が1隊となり猪鬼軍の本陣を目指す。
いくら鷲馬騎士が重装騎兵より強くても12騎では地上戦で勝ち目は無い。
騎士隊長ジョルジュ・ジオ卿は、手にした複合弓を強く握る。
短弓並みの大きさで長弓に匹敵する射程と威力を誇る複合弓。
馬上で弓矢を使うには高い技術が必要であり、それ以上に地に脚がついていない飛行型魔獣の上からでは弓矢を使いこなすのは難しい。
複合弓自体も高価な武器であり、威力が高い分だけ弓の弦を引くためのに必要な筋力も並みではない。
ズライグ王国の鷲馬騎士たちが翼竜騎士との戦闘を想定し、勝利するために修練してきた弓術。
簡単に扱えるが、騎乗中に再装填が難しい弩や連射出来るが威力が低い連弩ではなく、血の滲むような努力により得た弓術。
「猪鬼の指揮官を一斉射にて討ち取る。
それで、この戦の一番手柄は我々鷲馬騎士の物になる。
竜騎士や翼竜騎士ではなく我々が戦を勝利に導くのだ」
他国では最強と呼ばれる身のはずがズライグ王国では二番手扱いされ続けている事への鬱憤。
鍛え続けた技術を見せつけ、自分たちの力を見せつけたいとの名誉欲。
いきなり出てきて手柄を上げた竜騎士への嫉妬。
様々な理由が、彼らに敵本陣への攻撃を選択させた。
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猪鬼軍本陣。
猪鬼バラッハ氏族々長バーク・シャ・バラッハは、空を見上げた。
上空には腐肉食鳥類の群れが飛び回り、さらに…
「来たか、ここで囮となった甲斐があったと言うべきだな」
鳥とは明らかに違う鷲馬の一団。
「竜どころか翼竜の姿すら無いとは、我々を舐めているのか?」
敵が最大戦力を出してこなかった事に、強敵との戦いを望む戦闘種族として不快感を覚えるバークだが。
「こちらの戦力は、まだ整っていない。
初戦としては十分な敵と考えるべきか」
そう呟くバークを守るために猪鬼弓兵が一斉に弓を構える。
人間より高い膂力を持つ猪鬼弓兵の長弓の射程距離は人間の物より長い。
バークは、鷲馬から目を反らし、上空を飛ぶ鳥の群れに目を向けた。
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「あれが猪鬼の王か?
デカイな」
鷲馬騎士ジョルジュ卿は、猪鬼本陣で一際大きな大猪鬼の姿を見つけた。
自分たちの接近に気づいて無いわけではないだろうに、その大猪鬼は飾り気が無い武骨な椅子の上から動こうとすらしない。
「迎え撃つ気か?
だが、上からの射撃と下からの射撃では、此方が圧倒的に有利だぞ」
ジョルジュ卿は、僚騎に手振りで攻撃を指示し自分も複合弓に矢をつがえる。
高速で飛行している鷲馬の騎上からの曲芸と呼ばれそうな難易度の射撃で猪鬼の王を射抜くためにジョルジュ卿たちは集中する。
下から猪鬼弓兵の矢が飛ぶが上空の鷲馬に届くまでに力を失い地に落ちる。
そんな攻撃では牽制にもならない、鷲馬騎士たちは射撃だけに集中する。
もしも、敵が亜人ではなく人間だったなら。
同じ兵種を運用する人間であったなら鷲馬騎士たち行動は変わっていただろう。
彼らは地上だけでなく上空から敵が攻撃してくる可能性を考え警戒していただろう。
猪鬼に飛行騎兵など存在しないとの思い込み。
難易度が高い攻撃故に射撃に集中した事。
さらに上空に集まっていた多数の腐肉食鳥類たちの存在。
それらが、それを彼らの目から隠した。
地上の猪鬼族長バーク・シャ・バラッハを狙う鷲馬騎士たちに上空から襲いかかる巨大な大禿鷲の存在を隠した。
「一斉射撃!射てーっ!!」
その命令を叫んだ、次の瞬間。
ジョルジュ卿の左右の騎士と愛騎鷲馬は、大禿鷲の爪と猪鬼の刃に切り裂かれた。
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「我こそは、バラッハ氏族の戦士ヨーク・シャ・バラッハ!
人間ども、我が戦斧の錆びにしてくれるわ!」
族長である兄バークの命令で本陣を狙いに来た飛行騎兵を迎撃するために、大禿鷲に乗り上空で待機していたヨークは高らかに叫ぶ。
戦闘種族である猪鬼、ましてや若く血気盛んなヨークに戦場の待機は大いに鬱憤を貯めさせた。
その鬱憤を晴らすべくヨークは、長柄の戦斧を振るう。
一騎目は奇襲で簡単に討ち取れた。
「散開しろ!」
二羽の大禿鷲の攻撃に、人間の指揮官らしい男が叫ぶ声がヨークにも聞こえたが無駄だった。
大禿鷲の速度と運動性は、敵の鷲馬を上回り、散開し逃げようとする一騎に簡単に追いつき乗騎ごと騎士を真っ二つにする。
大猪鬼の圧倒的な腕力とヨークの高い技量、そして大禿鷲の速度、それらが合わさり鷲馬ごと騎士を真っ二つにする等という離れ業を可能にした。
ヨークは、さらに獲物を求めて大禿鷲を駆る。
「実戦は初めてだが、使えるものだな」
射ち込まれた矢を手にした薙刀で軽々と打ち払ったバークは上空で戦う二羽の大禿鷲を見上げる。
下半身が馬である鷲馬と純粋な鳥型魔獣である大禿鷲では空中戦での速度も運動性も大禿鷲が勝る。
理屈では、そういう事なのだろうが、奇襲で2騎潰しても敵には5倍の数がいるのだ。
決して楽な戦力差ではないのだが…
「さすがはヨーク殿、凄まじい腕前」
バークの護衛についている側近が、バークの実弟ヨークの活躍を誉める。
「いや、よく見ろ。
アグウが常にヨークを守るように動き、ヨークが囲まれないようにしているのだ」
「なるほど」
アグウは大猪鬼では無い比較的高齢な猪鬼。
大猪騎兵として経験豊富だったため大禿鷲を操る飛行騎兵に選ばれたが、戦士としての評価は低い男だった。
そのアグウが他の騎士を牽制する事でヨークが1対1で戦える状況を作っている。
戦術や戦略の重要性を頭では理解していても個人武勇こそを評価する風潮が根強い猪鬼にはアグウのような働きは評価され難い。
側近は族長が個人武勇だけの漢では無いと尊敬の眼差しを向ける。
「さて竜騎士は、いつ出てくるか?」
人間の多く国々では切り札と言うべき鷲馬騎士だが、この場では露払いの雑魚でしか無い。
「盟主より戴いた神鷲が間に合えば良かったのだがな」
自分が乗るはずだった魔獣の調教が間に合わなかった事をバークは嘆く。
竜騎士と戦う名誉を弟に譲る事にバークは歯噛みした。
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辺境砦、西防壁上。
ついに小鬼たちが防壁上に到達した。
弓矢も投石も圧倒的数を止める事は出来なかった。
防壁にかけられた梯子から次々に小鬼が上がり、戦局は防壁上での白兵戦に移行していた。
「ジャスパー卿は待機していて下さい」
長い防壁上、ジャスパーのいる場所は小鬼が登ってきている梯子から遠い。
ジャスパーは片手半剣を抜き、小鬼と戦っている兵士たちを助けに行こうとするが、ユーリアに止められる。
「すみませんユーリア卿。
頭では解っていても難しいですね」
竜騎士であるジャスパーが小鬼ごときに体力を使うのは砦全体からすれば無益。
その程度の事は解っていたはずなのだが、やはり目に見える範囲で味方が戦っていれば自分も手を貸したくなる。
「竜で上空から見ている時とは感じ方が違いますね」
ハルの背中で戦場を見ていた時には、兵士たちを支援するよりハルの体力や魔力の残量を考える冷静さを持てたのだが、兵士たちの怒声や悲鳴が聞こえる場所では冷静でいられない。
「それにです」
「はい?」
「まさか竜を背負ったまま戦うつもりだったのですか?」
「あっ!!」
体重が軽いから気にして無かったが、ジャスパーの背中にはハルが張り付き眠っている。
岩鬼との戦いの後、ハルは短時間で魔力を回復するために干しイチジクと干しブドウを腹に放り込みジャスパーの背中に張り付き眠っている。
ハルの燃費は極端に悪い。
幼体であるハルが成竜と同じ能力を使えばどうなるか?
「原付バイクの燃料タンクで大型トラックを動かしてるようなものだしな。
そりゃ直ぐにガス欠になるよな」
単純に幼体であるハルには身体に蓄える事が出来る魔力の量が少ないのだ。
だから少しでも多く食べ眠り回復しなければならない。
「小鬼程度なら農民兵でも対処可能です」
ジャスパーを諭しつつユーリアは、この優しさがジャスパーの美徳だとも思う。
そもそもジャスパーには自分と農民兵が立て籠る陣地を助ける理由など無かったのだから。
あの時、陣地を見捨てて飛び去る事も出来たのに助けに来てくれたのだから。
真竜は強力な種族である。
幼体であるハルでさえ野生では天敵となる生物などいない。
例外は同じ竜種の成体くらいだが、数が少ない下位竜や亜竜と野生で遭遇する可能性は低い。
それ故にハルは卵から産まれた日から本当の意味で身の危険を感じる事は無かった。
その真竜の身体に戦慄が走った。
野生動物としての生存本能が全身に警告を発する。
ハルは低い唸り声を上げながら目を覚ました。
「どうしたハル?
まだ寝てていいぞ」
「兄貴、何か嫌な奴がいる」
「嫌な奴?」
「そうだ!私の敵がいる!」
真竜は天敵の臭いを感じ咆哮を上げた。