第0話…ここに居やがったか糞兄貴ーっ!!
「ここに居やがったか糞兄貴ーっ!!」
ズライグ王国セイブル村領主騎士の三男ジャスパー・ファーウッドの部屋の窓を、そんな雄叫びと共に何かが蹴り破って突入してきた。
当年14歳で、まだ成人と認められない年齢とはいえ、ジャスパーとて騎士家の男子、咄嗟に長剣を掴み飛び込んで来た何かに向け抜き放つ。
剣先を向けた先に居るのは竜の幼体だった。
二本足で立ち上がった体長は1メートル程で鱗に覆われた全身は青と緑の中間のような美しい碧色。
鰐を思わせる口からは鋭い牙が覗き、頭頂部から後ろへと二本の角が伸びている。
手足と胴は太く短く、頭部が大きいためか、どこか赤ん坊を連想させる姿だ。
身体の後ろには飛行出来るとは思えない小さな翼と太く短い尻尾が生えている。
そんな竜が剣を向けるジャスパーに対して空手とも拳法ともつかない奇妙な構えをとる。
その奇妙な構えには見覚えがあった。
転生前は日本の高校生・薮崎明だったジャスパー・ファーウッドが少し前に思い出した前世の記憶。
「お前、悠か?」
「他の何に見えるんだ?!糞兄貴!!」
ジャスパーは、暫し前世で妹と呼ばれていたらしい生き物を見る。
そして答えた。
「何に見えるかって…えーと…竜?」
「お…おう」
悠と呼ばれた竜は自分の身体を見下ろし答え、暫し沈黙する。
竜騎士ジャスパー・ファーウッドと碧色の竜。
ズライグ王国のみならずアニュラス界全体を揺るがす一人と一匹は、この日再会した。
前世で平凡な高校生だった兄妹は、兄は騎士家の三男坊に、妹は竜に転生していたのだった。
ここから二人の冒険が始まる。
「とりあえず甘い物とかない?転生してから山菜とか獣の肉しか食べてないんだけど…」
「ハル、蜂蜜や砂糖は貴族だって滅多に食べれない高級品だぞ」
「マジですか~?」
悠こと竜のハルは、前世ぶりの柔らかいベッドに倒れこむ。
「この世界に絶望したから、もう寝る…」
そう言ってハルは兄のベッドを占領して眠ろうとする。
「人のベッドを勝手に占拠するなー!」
「可愛い妹を床で寝かせるつもりか糞兄貴ーっ!」
「この部屋もベッドも僕の物だろうが!」
「何だと!女の子を床で寝させて自分だけベッドで寝ようとする、その所業赦すまじ!私は訴訟も実力行使も辞さない!」
転生前は兄妹だった一人と一匹は睨み合い。
次の瞬間ハルの跳び蹴りがジャスパーを襲う。
深夜の騎士館の一室は兄妹喧嘩の戦場と化した。
ここから二人の冒険が始まる…のは、もう少し先の話である。