初めての疾患
思い立ったら即行動。
いつも夢を見ていた。自分がマラソン大会で1位になって、学年のテストで1位になって、クラスの皆から好かれて、いじめなんて許せない。そんなの見たらとめにはいってやるんだ!って。いつも、見ていた。
夜、布団に潜っては妄想していた。自分がマラソン大会でビリになるかならないかギリギリくらいで、学年のテストなんて下から数えた方が早い順位で、クラスの皆から嫌われて、いじめられてるのなんて、こんなの認めたら辛すぎた。
クロセは貼り付けた笑顔で今日も登校する。本当は微塵も楽しくないのに。人の顔色伺っては意見をあちこち変える様なやつだ。そもそも、「自分」をまともに持っていなかった。
「…おはようございます」
誰もいない教室で、そう独りで呟いた。
クロセは学校へ一番最初に登校する人間だった。なぜならクラスメイトがいる時に登校したら、皆いっせいに見る。教室の扉が開く時に感じるあの視線に耐えられないからだ。
「テキトーに生きて、テキトーに死ぬ。」
これがクロセのモットーだった。
ただ、親より先に死なないようにすることくらいで、将来なんてまともに考えてなかった。
ぼへっとしているといつの間にかクラスが賑わってきた。話しかけられ、話しかける。貼り付けた笑顔でテキトーに話を合わせてテキトーに笑う。そんな時間を過していた。
そして、睡魔との戦いである授業が始まる。指名されないように存在を薄めるのに必死だった。英語なんか読めるわけない。日本人だし。数学ってなんだよ、Xってそもそも何?そこから始まるんだけど。意味不明。そしてやつが来る。睡魔が…。だが、ここで負けてはいけない。消した存在感が寝ることによって指名されてしまうからだ。
なんとか午前の授業が終わった。給食という地獄の時間がくる、それを考えるだけで憂鬱だった。
クロセは常に、年中無休でマスクを付けている。お陰で毛穴が開いて肌が汚い。いや、そんなことどうでもいい。マスクはクロセにとって心の拠り所だった。なぜかは分からないが、小学校高学年頃からマスクを付け始めた。ただ、自分の醜い鼻が、口が、顔が、隠れることに安堵していた。
午後の授業だ。あまりに教室に、学校にいたくないため、仮病を使って保健室に行った。
(なんで英語なんて使わないのに習わなきゃいけないんだよ。)なんて、グチグチ思いながら保健室へ足を進めた。すると、保健室から笑い声が聞こえた。
保健室にはいつも虐めてくる奴らがいた。
こいつらもサボっているのか。と思うと同時に頭痛と吐き気がきた。俺はこんなヤツらと同じ思考なのか?俺はこんなヤツらと同じレベルなのか?そんなことが頭の中をぐるぐる回った。頭がガンガンする。頭が割れそうなくらい痛い。
真っ暗な暗闇に落ちていく、堕ちて行った。
そこは光も届かない暗闇だった。
クロセは思った。自分を虐めたヤツらを呪ってやる。
人間なんて存在を産んだヤツらを呪ってやる。
「酷いなぁ〜。君の心は憎しみしかないんじゃないかぁ〜?せっかくの心が勿体ないよ〜?」
「…は?」
直接脳内に声が響いて来たかと思えば目の前に黒い影があった。周りが真っ暗な暗闇だが、黒い存在が、見えている気がする。「アレ」が喋っているのか?
いや…こんなのおかしい。いみがわからない。こんな変な存在と会話が成り立つのか?「アレ」はほんとになんだ?えんがちょだ。
「君の思考は大体わかってるさ〜!とりあえず、君にこの世界がどう見えてるかは君の心次第だからね〜。君が世界のことをどう思って、どう感じて…どうやって世界と向き合うかによって見え方は変わるんだよ〜!」
すごく低い、ドスの効いた声なのにこのふざけた喋り方はなんなんだ。そもそも、だ。
「ここはどこだ?そして、あんたは誰だ?」
黒い「アレ」はにんまりと笑った気がした。
「おっと!僕と話す気になった〜?」
「…。」
クロセにとって奴の喋りは癪に障る話し方だ。なんかイライラする。さっき思考がわかってるとかいっていたが、どういうことだ?思考が読めるってことか?
「そうだよ〜よめちゃうんだ〜僕ってばさすがだなぁ〜」
そう言うとさっきの話の続きをしだした。
「ここは君の精神世界。そして僕は君であり、君は僕であるんだぁ〜。」
精神世界…?僕は君であり、君は僕である?クロセはこのふざけた喋り方は好まない。
ただ、ここがクロセの精神世界であり、その世界が真っ黒だということには納得がいった。全てを呪い全てに絶望したクロセなのだから。黒色がお似合いだ。
「俺は…死んだのか…?」
真っ先にそれが浮かんだ。さっきまでのことを思い出してみると、頭が割れるくらいの頭痛があり、意識を手放した気がしたからだ。
「…しんだぁ?死んだって言ったぁ!?ハハハ!そんなくだらない事興味あるんだぁ?!」
妙にむかつくコイツはクロセの質問を笑ってきた。むかつくむかつくむかつく。アレは人の神経逆撫でするのが上手いらしい。ようやく笑い終わったかと思うと、
「あ〜、笑った笑ったぁ。言ったでしょ〜?君の精神世界なんだから。生きてなきゃ精神も世界ないよぉ〜」
クロセは自分が生きていることに安堵と同時に絶望を覚えた。
「ほらまただ、君はまた絶望したぁ〜。普通の人間は安心してぇ、『ここからどうやってでるの!?』とかいうもんじゃないのぉ〜?」
何故かギクッとした。クロセは自分が「普通の人間」では無いという自覚があったからだ。幼少期までは普通の人間だったかもしれない。自我が確立した頃には、普通の人間では無かったのだ。いや、それすらも解らない。もう、覚えてないからだ。いや、「俺になってからは覚えていない」のかもしれない。
クロセは可哀想だ。
ちなみに私は可哀想という言葉が頑張れ並に嫌いです。