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ストックの花言葉

ストックの花言葉 後日談

作者: うーさー

 (逃げよう)

 目覚めて思い付いた言葉はそれだった。

 絡み付く腕に正しく状況を把握して、逃げる算段を始める。

 毛布を引っ張りあげ、くるまる素振りをしながらどうにか逃げよう。7年ぶりの再会で和解して致してしまうなんて、どうにかしてる。きっとティオンも勢いに違いない。

 (逃げるしかない)

 幸いな事に荷物なんて大した物はないし、この身一つで何とかなる。お金だけは忘れずに。

 腕のなかで毛布にくるまり、深呼吸をした。落ち着け、このまま居なくなれば、夢でしたで済む。一ヶ所に長居しすぎたのが、そもそもの問題だ。

 毛布を枕代わりに持たせながら足元から抜け出した。そっと振り返れば、よく寝ている様子だった。これならいける。

 (さようなら、ティオン)

 金貨を適当に握って、ポケットに突っ込む。もう、振り返らない、靴紐もきつく絞めた。駆け抜けよう、下まで。ばあちゃん達にお礼を言って、ティオンを任せて。夢にしてもらおう。

 「まず、その癖を直さないとな」

 ドアノブに手を掛けた瞬間、耳元で囁かれた声に肩が震えた。

 「お、起きていらっしゃったんですね…」

 「そりゃあ、な。気配を消して近づくなんて朝飯前だ」

 「そ、そうでしたか…」

 「そうなんだよ。だから、逃げたってすぐ捕まえるし、そもそも逃がさない」

 掛けた手に手を絡めて、片手で腰を引き寄せられればもう諦めるしかない。心臓がばくばくして落ち着かないし、振りほどいて走り出す力なんて残ってない。

 「あ、あの、ティオン、」

 「おはよ、ミシェーラ」

 振り返って弁解しようとすれば、満足げに微笑まれ、額にキスをされた。そう、キス、された。

 「お、おはようございます、ティオン…」

 顔が熱い。絶対に今顔が赤い。耳まで赤い。ティオンの顔が見られなくて下を見れば、引き締まった身体が目に入って、どうしたものかと一人で慌ててしまう。

 「動けるってことは、身体は大丈夫なんだな?」

 「はい…」

 「ならよかった。隊長殿に挨拶も行かなければならないし、着替えるから座って待っていてくれ」

 「はい…」

 「いい子だ」

 恥ずかしい。少しぐらつく椅子に腰掛けながら思うのはそれだけだ。そうだ、お茶でも淹れよう。気が紛れる方法を思いつき、戸棚を開けた。彼の実家で飲んでいる高級なもの程ではないが、来客用の茶葉がある。来客なんて、うちに来ることはなかったが。

 お湯を魔法で沸かして、ポットに注ぐ。着替え終わる時には、出来上がってる筈だ。

 「魔法、使えたんだな」

 「あっ、はいっ!一人旅でしたし、身に付けられる物はなんでも学びました」

 席に着いてくれた彼に微笑んで、カップへお茶を注いだ。琥珀色と共に広がる芳醇な香りは、この殺風景な部屋にとことん似合ってなかった。

 「あとは何ができるんだ?」

 「そうですね…護身用のナイフと格闘技を少し。仕事で刺繍をしたり、修理をしたり、まあ、日常のことでしたら一通りは」

 「そうか…美味しいな」

 「ありがとうございます。ご実家にはとても敵うものではありませんが」

 「家の茶葉が高かろうと、ミシェーラの淹れたものに敵うものか」

 「あ、ありがとうございます…」

 「そう、毎回照れていたら保たないぞ?悪いがもう、隠す気はないからな」

 「そ、そうですか…」

 吹っ切れたのだろう、彼は。私は、まだ、吹っ切れていない。密かに恋焦がれていた彼に、届かないと思っていた彼に、真っ直ぐ好意を向けられるのに。どうしても、恥ずかしくなってしまうのだ。

 「さて、隊長殿の所に行くか」

 「あの、隊長殿とは…」

 「ああ、知らなかったか?隣の家主、ユーライザ・ワーゲンホルム殿は、全地域指定魔物捕獲討伐隊の隊長で、俺の上司だ」

 「…………え?」

 「俺も昨日初めてお会いした。うちの隊長らしい、豪快な人だった」

 頭のおかしいソロプレイ集団が、目の前にいた。しかも、大家のじいちゃんまで、頭がおかしかった。え、ばあちゃんは普通だよね?ただの薬屋さんだったと思うけど。

 「じゃあ、行くか。ミシェーラ」

 私の戸惑いも気にしていないのか、手を差し伸べられ、おずおずと重ね合わせた。エスコートなんて、久しぶりだ。

 「挨拶が終わったら、街を案内してくれないか?」

 「は、はいっ」

 声が上擦ってしまった。恥ずかしい。ティオンは重ねた手に満足そうに笑みを浮かべて、二人で部屋を後にした。

 

 

 「よ、ご両人」

 塔から出れば、大家のじいちゃんが庭の草抜きをしていた。頭のおかしいソロプレイ集団の頭にはとても見えない。

 「隊長殿、昨日は大変お世話になり、なんとお礼を申し上げたら良いのか」

 よっこいせと腰を上げたじいちゃんに、ティオンが凄い勢いで腰を曲げ頭を下げた。驚いて思わず手を離してしまったのは許してほしい。

 「おう、気にするな。ミシェーラ、依頼が来てたぞ。どうするよ」

 「え、今聞きます?」

 「隊長殿、依頼とは?」

 ほら、ティオンが姿勢を正して真剣に問い質している。眉間に皺まで寄せているし、腰に回された手は、私を引き寄せた。

 「あー、分かったよ!行かせる気ねぇな」

 「まあ、自分の蓄えがあれば当面困りませんし」

 「だろうな。ミシェーラ、花屋のー」

 「分かりました。ティオン、少しだけ私に付き合ってくれませんか」

 「ああ、いくらでも」

 「ジェリドの所で、物の受けとりも頼んだぞー」

 「はーい。さ、ティオン行きましょう」

 彼の手を取って、先を歩く。以前の私達ならこんなことも出来なかったろうと思うと、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 「私、こうやって出歩くのが夢だったんです」

 「…そうか」

 「通ってた学校は平民が通う所でしたし、帰り道にこうして歩いてるクラスメイトを見て、羨ましくて」

 「ああ」

 歩きながら静かに話を聞いてくれるティオンに、何とも言えない安心感があって、ついはにかんでしまう。

 「でも、ティオンはお貴族様で、私が婚約してるのが不思議なくらいな身分だったから。父には感謝していましたが、不安でした」

 「まあ、あんな態度を取っていれば当然だろうな」

 「私も何も言わずにいましたから、ティオンだけが悪いわけじゃないです」

 「そうか?実家では結構な呆れ加減だったぞ」

 「そうですね…本音を言えば、8対2の割合じゃないかと」

 「ははっ、違いない」

 「ふふっ」

 そうして色々と離しているうちに森は拓け、ネリーの街が始まる。さほど大きいとは言えない門があり、ネリーへようこそと年期の入った文字が刻まれている。

 門柱は、自警団の詰め所になっていて、私の姿に気づくと大きく手を振ってくれた。

 「お、ミシェーラ!……と、」

 「わ、私の婚約者、です。ギュアさん」

 「婚約者!?」

 「ティオン・ライセントです。ミシェーラがお世話になっているようで」

 腰を引き寄せて、素晴らしい笑顔を携えたティオンは正しく貴族のそれだった。何度も言うが、頭のおかしいソロプレイ集団の一員にはとても見えない。

 「え?は?えええぇぇぇ!?」

 その驚愕の叫びは街中に響き、なんだったら、森の鳥達が驚いて飛び去ってしまった。

 「では、自分達はこれで」

 「は、はぁ…ごゆっくりー」

 驚きすぎて気が抜けてしまったのか、エスコートされながら振り返れば柱に寄りかかっているようだった。大丈夫だろうか。

 「ミシェーラ」

 「は、はい!」

 「俺以外に隙を見せすぎなんじゃないか?」

 「え?」

 名前を呼ばれ、彼を見上げれば面白くなさそうに眉根が寄っていた。弟の相手に時間を取られ、打ち合わせの時間に遅れた時によく見た顔だ。

 「いや、見つけ出すまでに七年もかかった俺が言える立場でもないかもしれないが…」

 「もしかして、妬いてくださってますか?」

 「や!?い、いや、その、だな…!」

 「ふふっ」

 どうやら図星だったようで、耳まで赤い彼に笑みが溢れてしまう。腰に回されていた手を掴んで、指を組んでみると目を真ん丸にして驚いているようだった。

 「大丈夫です、ティオン。私、ずぅっと貴方一筋ですので」

 「あ、ああ!お互い、長い片想いだ」

 「ええ、本当に」

 「あら、ミシェーラ。いい男つれてるじゃないの」

 「フロレンスさん。毎度、ご贔屓にどうも」

 そうこうしてるうちに、目的地に到着した。軒先に並ぶ花と一緒に、ご婦人、つまるところ店の店主であるフロレンスさんがにこにこと笑みを浮かべていた。

 「婚約者のティオン・ライセントと申します」

 「おや、婚約者!今日は色んな奴が泣きそうだ」

 「フロレンスさん、いつものように?」

 「ああ、頼むよ」

 「はい!ティオン、少し時間がかかるので、散策していてもいいし任せます!」

 言うだけ言って、店の奥へと足を踏み入れた。今頃、フロレンスさんの話し相手にされているころだろう。

 この花屋の依頼だけは、私はよっぽどの事がなければ断らないようにしていた。この街に着いたばかりの頃、知り合いの居ない私に最初に良くしてくれた人だ。なんでもやるから仕事がほしいと言っても、他の人達は余所者の相手なんてしてくれなかった。所持金も底をつき始め、宿屋にも泊まれそうになかったところを助けてくれた。その上仕事までくれて、大家のじいちゃん達を紹介までしてくれた。彼女が居なければ、この街に長居はしていなかっただろう。

 「よし!やろう!」

 週に何回か花の手入れと簡単なブーケの在庫を作っている。元々教養として学ばされていたのもあって、花をいじることは嫌いじゃなかったので楽しくやらせてもらっている。

 

 


 「まさか、あの子に婚約者が居たなんてねえ」

 「色々事情がありまして…」

 「あーいいんだよ!お陰で私は楽させてもらってるし、あの子はいい子だ。幸せにしてやってね」

 「勿論です」

 花屋の中へ作業しに行ってしまったミシェーラが気になりながら、ご婦人との話を続ける。あの様子なら、逃げるなんてしなさそうだ。

 「ちょっと前までは、髪も長くしていたのにまた切っちまってさ。婚約者がいる女のすることじゃない」

 「髪を?」

 「そうさ。女の髪は高く売れるからね。ミシェーラの髪色はよくある色だし、用途が多いんだ」

 「そう、ですか」

 「軽蔑したかい?」

 「いえ、そうさせてしまったのは自分です」

 間違いなくそうさせたのは自分だった。そして、見つけられないのも自分のせいだ。ミシェーラが髪を切るなんて思ってもいなかった。各地を転々として、髪が売れる事も知っていたというのに。

 「まあ、そう自分を責めることはないよ、若いの。あれはあれで気に入ってるみたいだし、さっきからのあんたらのやり取りは、まあ、なんというか…」

 「なんというか?」

 「よそでやっとくれって思うくらいには」

 「申し訳ありません。互いに距離感を掴めきれてなくて」

 「まあ、私は良いんだが、今日は本当に何人泣くことか」

 「何人でも、自分は相手になりますよ」

 「そうかいそうかい!さすが、ミシェーラの惚れた男!」

 けらけらと笑うご婦人に、釣られて自分も笑みを浮かべてしまう。悪い笑みだと自覚はしている。

 「男の格好をしていたあの子に女の姿で過ごすように言ったのは私だが、余計な虫は付いてないから安心しな」

 「そうでしたか」

 「だって勿体無いだろ?花の盛りと言ったらあの子は笑うかもしれないが、満開のいい時期に上から日除けを被せるなんて真似、私は見過ごせなかったのさ」

 軒先に並んだ花達を見ながら、ご婦人は寂しげに話していた。確かに、咲き誇る花達は朝日を受け、輝いて美しかった。隠すなんて勿体無い話だ。虫が寄ってきても、払えばいいだけのこと。

 「フロレンス殿とおっしゃったか」

 「そうだよ、若いの」

 「貴女に最大限の感謝を。ミシェーラを守ってくださってありがとうございます」

 胸が熱くなった。頭を下げればフロレンス殿は小さく笑って、近くの花を手に取った。

 「守ってなんかいないさ。あの子は強い。ただ、枯れないようにしていただけさ」

 「それでも、貴女はミシェーラをミシェーラに戻してくださった」

 「ただのお節介さ。性分でね」

 「ありがとうございます」

 性分でもお節介でも良い。恐らく逃げ隠れる事しか念頭に置いていなかったミシェーラを、彼女はここに落ち着かせてくれた。彼女がいたからこそ、俺はミシェーラを見付けられた。

 「その白い花を頂けますか」

 「マーガレットだね、はいよ。一輪で?」

 「ええ。ミシェーラの髪に合うかと」

 「そうかいそうかい!じゃあ、合うように切ってあげるよ」

 「ありがとうございます」

 「こちらこそ。どうぞ、ご贔屓に」

 代金と引き換えに、手際よく切られた花を受けとると、丁度ミシェーラが袖で汗を拭きながら出てくるのと目があった。

 「……あ!あの、すいません、つい、癖で……気を付けます…」

 「ん?ああ、気にすることないさ。ミシェーラ、こちらへ来てくれるか」

 何に慌てているのかと思ったが、袖で汗を拭っていたのを行儀悪いと思い慌てていた様だった。わたわたの手を所在なく動かして、可愛いとしか思わなかった。こちらへと手招きすれば、素直に頷いて隣へ来ると、不思議そうに見上げている。

 「そのまま、動かないでくれ」

 左耳に髪をかけて、先程受け取った花を飾る。髪に触れた瞬間、驚いたのか肩が震えたが、綺麗に飾れたと思う。

 「綺麗だ、ミシェーラ」

 「あ、ありがとうございます…」

 顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた彼女にこっちも嬉しくなってしまう。昔の自分がいれば、間違いなく殴ってやるのに。

 「仲が良いのはいいが、よそでやっとくれ」

 「ふ、ふ、ふ、フロレンスさん!そ、そうですよね!またお願いします!では!」

 フロレンス殿の事を忘れていたわけではないのだろうが、恥ずかしさが勝って急いで頭を下げてミシェーラは先を歩いていってしまった。

 「では、フロレンス殿。また来ます」

 「そういうのはいいって。またきな」

 姿勢を正して頭を下げれば、頬をかいて手を払った。見ればミシェーラは随分遠くまで行ってしまったようだ。

 

 

 

 心臓がバクバクする。急ぎ足とか、そんなんじゃなくて、ティオンのせいだ。髪に花を飾ってくれただけなのに、昨日の事を思い出してしまった。優しい手付きとか、熱い視線とか吐息とか!ああ、ダメだやめよう…少し落ち着かないと。

 「よ!ミシェーラじゃん!どした?顔赤いぞ?」

 買い出しの途中だったのだろう、ジェリドが紙袋を抱えたまま走ってきた。

 「熱でもあるのか?昨日休んで疲れが出たんだろ」

 「あ、いや、その…」

 心配そうに覗きこまれ、鳶色の瞳と視線が絡んだ。まさか、婚約者とのことを思い出してましたなんて言えるわけがない。

 「ミシェーラに何か用か」

 「あ!昨日の!何もしてねえよ!熱があるのかと思って、確めようとしただけだ!」

 落ち着く声に顔を上げれば、ティオンがジェリドの腕を掴んでいた。また、眉根が寄っている。しかも、先程より深めに。

 「ミシェーラ、体調が悪いのか?やはり、昨日の…」

 「わーわー!大丈夫です、ティオン!元気ですから!」

 昨日の事を出さないでほしい!しかも、第三者がいる所で!恥ずかしくて死にそう。

 「は?え?ミシェーラのこと教えたものの、知り合い?」

 「婚約者だが」

 私とティオンを交互に見て、ジェリドは目をぱちくりと瞬かせる。そして、一歩下がってから大きく息を吸った。

 「………うぇぇええええ!?こ、こここ、婚約者!?」

 「問題あるか?」

 「いや、問題は大有り…いだだだだ!無いです!何にもないです!ノープログレム!」

 「あの、ティオン!」

 握っていた腕に力を込めているのは分かったので、さすがに止めに入る。服を引っ張ってみれば、ものすごいいい笑顔だった。

 「ああ、大丈夫だ。加減はしているし、何と言ってもミシェーラの事を教えてくれた大恩人だ。邪険にはしないさ」

 「してないかもしれないけども!離せって!」

 「そうだったな、悪い。つい、な」

 「絶対悪いと思ってないやつ…」

 離された腕を擦りながら悪態をついていたが、ティオンがぎろりと睨むと表情を強張らせていた。

 「ご、ごめんねジェリド」

 「いいって。後で荷物取りに来るんだろ?親父に言っとくよ」

 ジェリドに謝れば、彼は困ったように頭をかく。ティオンの不機嫌の原因は分かっているし、とばっちりを受けている彼には本当に申し訳ないと思っている。

 「ありがとう。そういえばこの間の、畑の件は大丈夫?」

 「ああ、あれな。問題ないみたいだぞ」

 「ならよかった。また、何かあったら言って」

 「りょーかいですよ、シェラさんよ」

 「ははっ、懐かしい名前。じゃ、また後で」

 「またなー」

 懐かしい呼び名に小さく笑えば、ジェリドはどこか意地の悪い笑みを浮かべていた。視線はティオンに向かっているようだったが、理由は分からない。

 「さ、ティオン。行きましょうか」

 「そうだな。お茶でも飲むか?」

 「そうですね、じゃあ私のおすすめをご案内します」

 この時にきちんと気づくべきだった、後悔している。手を繋いで歩いているうちに、見知った街なのに、どうしてか裏通りに迷いこんでしまった今の状況に。

 「あ、あの、ティオン…?」

 「なんだ?」

 背後には壁、目前には目を細めて笑っているティオン。両腕は壁に押さえ付けられ、足は閉じられないように割り込まれていて。

 「ど、どうしました?」

 「どうした?妬いているんだ、知っているだろう?」

 朝は分かっていたじゃないかと、耳元で囁かれて体が硬直する。身の危険を感じる。生死の危険とかではなく、陽の高い今感じるべきでない危機感を。

 「じ、ジェリドのこと、でしょうか」

 「ミシェーラは恐いもの知らずだな」

 ネットリとした声で呼ばれただけなのに、縛られたように動けないし、視線を逸らす事もできない。これは不味いと口を開けば、頭を抑えられ唇を貪られる。

 「ん、はぁ…」

 誰かに見られるとか、聞かれるとかそんな背徳と身を焦がす熱と。私には貴方だけなんだと、伝えるには応えるしかなくて。ようやく離れた唇からは、名残惜しむかのようにリップ音がした。

 「ティ、オン」

 「煽るな、一応外の自制くらいある」

 嘘だ、と口にしなかったのは偉いと思う。自制のある人は、裏通りに引き込まない。小さく鼻を鳴らして、ティオンはまた目を細めた。綺麗な笑顔だった。

 「弁明は?」

 「今!?ジェ…彼は男装していた頃からの付き合いですから。シェラはその時の偽名です」

 ジェリドの名を出そうとすれば、シトロンの瞳が今度はギラついた。危ない、次やられたら腰が抜ける。

 「俺とは違う対応だな?」

 「そ、それは!ティオンには、昔からこうではありませんか…!」

 「そうかそうか」

 「ひゃっ」

 そっと腰を撫でられれば、思わず声が漏れて口を抑える。彼を睨めば、悪い顔をしていた。

 「俺は、外でも昼間でも構わないが?」

 「ティオンの馬鹿!」

 バチンと乾いた音が響かせて、駆け出した。顔が赤いのは間違いない。でも、あんまりだ。

 

 

 走り去るミシェーラの背に頭をかいた。

 「からかい過ぎたな」

 脅える姿も可愛くて、とは本人には言えないが再会して二日目にしては押しすぎた。

 商会の長男に嫉妬したのは間違いないし、あの気安く話しているのが、なんとも目障りだった。極めつけは、シェラという名だ。俺の知らないミシェーラを知っている、と攻撃いただいた。あの場で見せ付けてやればよかったと思いもするが、イロイロと想像に使われるのは癪だった。いや、手の届かない妄想に使うぶんには優越感だ。今度は見せ付けてやろう。

 「さて、ミシェーラはどこまで逃げたか」

 街の構造は裏路地まで完璧に頭に入っている。今までは、姿を見付けられなかったから逃げきれていたにすぎない。見付けたからには、逃がすなんて愚かな事は犯さない。ああ―。

 「なんて、可愛そうなミシェーラ」

 こんな(悪い男)に捕まって。

どうしてこうなったのか。勢いがない気がしてなりませんが、お楽しみいただけたら幸いです。

R15の区切りがどこまでなのか教えて…。

2020.10.6


今更ですが誤字脱字修正しました。

お読みいただいてありがとうございます。評価やいいねをいただいているようで、とても嬉しいです。ありがとうございます。

2022.9.28

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