東京駅にて
大手証券会社に入社して丁度10年が経った。得意先の会社と商談をおこない、本社へ帰社。そして我が家に帰る為に東京駅へと向かう。
「もしもし。ちょっと凄く遅れそう。今晩の晩飯は抜きでいいよ」
『え~! もう作ったのに遅いよ~!』
「ごめん、あれだったら拓哉に食べさせてあげて」
『拓哉なら、もう寝たよ。仕方ないから私が食べておくよ』
「悪いね~。今度ボーナスでたらこのお詫びはするからさ」
妻の暁美とは結婚して3年になる。息子の拓哉はまだ生まれて間もないのだが、暁美一人で懸命に子育てに取り組んでいる。都内の中心部という中心部に家を構えた俺だとは言え、仕事ばかりに精をだす俺もときには家族サービスもしなきゃとは常日頃から思っていた。しかし何もできず日々は刻々と過ぎていく。おさめなくちゃいけない仕事は山積みで日々何かに追われているようだった――
『今晩は会えないの~?』
「ごめん。さすがに今日ぐらいは我が家に帰らないと」
『先週もそんな事を言ってさ、私と家族どっちが大事なの?』
「仁美に決まっているだろ。また後でLINEするからさ!」
ふとした出来心で、俺は後輩に誘われた合コンに参加した。そこで知り合った女子大生の仁美と踏み込んだ関係を結んでしまった。罪悪感がないワケではない。いつかは清算しようと思っている。しかしこの浮いた気持ちにまだ酔っていたい余裕も俺にはあると信じていた。俺と同じような事をしている男なんてこの世にごまんといるのだ。
「あれ? また電話か? もしもし」
『おお、やっと繋がった! おい、お前さ、いつになったら会えるの!?』
「室伏か。悪い、今忙しくてさ。あとで折り返す」
『お前! また逃げるつもりか!?』
大学時代の友人、室伏からの電話だった。彼とは学生時代に仲良くしており、就職活動でも情報交換をし合って励まし合った言わば親友だ。だが彼は内定取り消しをくらい、そのタイミングで家族に不幸が生じて一気に極度の生活の経済苦を強いられるようになった。敢え無く大学も退学。どん底に落ちてしまった彼を俺は社会人になっても励ましていた……が、ここ1年で俺の方から繋がることを控えるようになった。つい先日、着信拒否をはじめ連絡手段のほとんどを絶ったと言うのに、彼は電話番号を変えて電話をかけてきた……。
俺に何を求めている? 俺は俺だろ? それで何が悪い?
「何だよ? また電話か?」
携帯電話をみると見覚えのない番号からかかってきた。舌打ちをしながらも、電話にでる。俺はすぐに声のトーンを変えて「もしもし、日興第一証券営業企画部の岡島です!」と応答した。もう電車がそこに来ている。「折り返し電話を掛けさせていただきますね!」と軽くあしらうつもりで構えていたが……
『呪ってやる……呪ってやる……』
小声のその電話はすぐに切れた。室伏か? 嫌がらせ電話か?
俺は舌打ちして「クソが」って呟いた。よくみると室伏の番号ではなかった。おそらくは暇を持て余している人間がいたずら電話を手あたり次第にかけているのだろう。
電車のドアが開く。帰宅ラッシュの雪崩に身を任せるまま俺は乗車した――
俺は座席で寝ていたらしい。目を覚ますとそこに誰もいなかった。
「いけね! 寝過ごしてしまったか!」
俺が立ち上がるとドアが開いた。急いで出てみると、そこは誰もいない東京駅だった――
「え? こんなに空いていたか? 今何時だ?」
俺が降りるやいなや電車は闇の奥深くへと去っていった――
俺はすぐに携帯電話を取り出した。画面には圏外の表記が示されていた。マジかよ。最悪だな。しかし奇妙な気がここでした。
仮にもここは大都会だ。よほどの地下深くのフロアにいるのならまだしもだ、ちょっとだけ階段をのぼれば駅のエントランスにでられるというのに、何故圏外表記になっているのだろうか?
「時刻は0時ジャスト?」
携帯電話を今一度見直すと、もう3分以上は余裕でたっているのに00:00から1分も経過していない。
「何だよ? こんな時にイかれているっているのか?」
俺は仕方なしに階段を上がって改札口に向かった。
ここにも誰もいない。窓口にも誰も立っていない。
「何だよ? 俺を置き去りにでもしたのかよ」
俺は定期券をすぐに使って改札を抜け、エントランスにでた。
しかしそこにも誰一人いなかった。それどころか駅の様子が全く俺の知るものですらなくなっていた……
「おい、何だよ、これは!?」
あらゆる方向の出入り口がシャッターで閉ざされてしまっているのだ。こんな事なんてあるのだろうか? 今は8月ではあるが、はじまったばかりだ。お盆の期間ですらない。警備員すらもいない駅が稼働しているというのだろうか?
「はは……何だよ、全く。いい加減なものだな!!」
俺は腹をたてるがままシャッターを蹴った。そしてそのまま全力で叩いた。
「おーい!! 誰か!! 誰か開けてくれ!!」
シャッターを叩く音が虚しく場内に響く。
おかしい。何かがおかしい。
そう思いながら立ち尽くしていたとき、作動しない筈の電話が震えた。
「もしもし!?」
『呪ってやる……呪ってやる……』
「おい! 何だ! お前は!! 室伏か!? 嫌がらせにも程があるぞ!! 今俺がどんな状況にあるかわかってやっているのか!?」
『呪ってやる……呪ってやる……』
電話は切れたが、俺はすぐに4583の下四桁を記した番号へ掛け直した。
『お客様の掛けられた電話番号は現在使われておりません。お手数ですが今一度確認しなお……ジジジ、バババ、ガガガ、ギギギ、ギャ――――』
耳鳴りがするような金属音が耳に触り、俺は携帯を地面に叩きつけた。
ここは普通じゃない……俺はようやくその現実に向き合う事となった……
俺はシャッターの傍にすがりながら座り込んだ。
呪われる? 室伏に? 不倫をしている罰を受けて?
考えれば考えるほど胸が痛くなって頭も痛くなってくるようだった……。
ふと俺に考えが浮かんだ。電車は奥深くへ走り去っていったが、その先に何か出口のようなものがあるのではないか?
俺は立ち上がり、改札口を切符なしで通り過ぎて電車乗り場まで急いだ――
思い立ったらすぐに動けるものだ。俺は線路沿いの闇を闇雲に歩き進めた。
そしてここでも奇妙な現象は続いた。このトンネルに出口はないのだ。30分も歩けば元の場所に戻ってくるのだ。何度も何度もループをする中で俺は理解をすることにした。そう理解をするしかなかったのだ。
気がつけば俺は汗だくになっていた。そういえば、エントランスは不自然にもエアコンがついていたな。あそこで過ごした方がまだ良さそうだ。
俺は四方八方シャッターで閉ざされた広間へ戻ってきた――
もうあれから何日、何カ月、何年経ったのだろうか?
ずっと涼しいここで俺は腹を空かせることもなく、用を足すこともなく、ただ呆然と座って過ごしている。ときどきあたりを歩いてはみるが、何者と出くわすこともない。もはや人間であって人間ですらないのだ。
何故俺は生きている? 何故俺は死なない?
そう自問自答することも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
俺はただ漂流している。どこだかわからない大都会の駅の中。そしてこのまま「永遠」という空虚を味わい続けるのだろう――
∀・)なんとギリギリ「夏のホラー2020」に作品を提出させて頂きました。ええと、類似した作品がないことを切に願います(笑)誤解をされなければ幸いですがボクは東京を嫌っているワケではありません。むしろ大好きだし憧れもあります。ただ現実はそれが全てじゃないということ。それがこの作品に秘められたモノになるかもしれません。夏のホラー2020の盛況を祝して、参加された皆様お疲れ様でした……!!