5.切望と拒絶
「結界が壊されましたね」
北の辺境伯の邸宅の執務室。その部屋の開いた窓から、白銀の髪の男は嬉しげに王都の方角を見て言った。
襟足の長めな白銀の髪は星明かりに真珠のような不思議な輝きを反射して風になびき、菫色の切れ長の瞳は満足そうに細められている。
「どうやら森の少年が動いたようですね。くくっ、4大精霊王は遅れをとったようだ。彼らの悔しげな顔を想像すると楽しくて仕方がありませんね」
そう思いません?と部屋の執務机についている黒髪の青年を首だけで振り返る。
「悪趣味な。そんなことよりお前も暇なら仕事を手伝え」
興味がないというように青年は目の前にある書類を淡々と片付けている。
「おや、うちのご主人様は彼女をお迎えに上がらないのですか?仕事にうつつを抜かしていると彼女は他の者の手に落ちてしまいますよ」
クスクスと笑いながら白銀の髪の男は近くの椅子に腰をおろした。
「誰が、いつ、お前の主人になった?」
「さぁ?」
「あのな、だいたいこの書類はお前が持ってきた仕事だろうが。」
「そうでしたっけ?」
黒髪の青年はピキッと音がしそうなほどこめかみに青筋を立て、書類から顔を上げた。
幻の宝石と呼ばれるアウイナイトのような高貴な青い瞳が白銀の髪の男を睨む。
サラサラと窓からの風に揺れる彼の髪は青味がかった艶やかな黒だ。
「...光の精霊王を手に入れるつもりはない。やっかいなだけだ」
小さく呟いた声に白銀の髪の男は眉を上げ苦笑した。
「書類にはなんと?」
「ヘルヘイムからの依頼だ。ってどうせ渡す前にあらかた目を通しているんだろ?」
「まさか。死者の国からの依頼など私は関わりたくないので目を通しませんよ」
「おまえ、面倒ごとを持ち込んどいてよく言うな...」
いくら文句を言ってもこの白銀の髪の男は全く応えないことはわかっている。時間の無駄と判断して話を切り替えた。
「で、使者はどうした?帰したのか?」
「いえ、解決するまではここに滞在するとのことなので、今はパックが面倒をみているはずですね」
バタバタバタバタ......バタンッ!
「おや。噂をすれば。どうしましたか?パック」
ドアを思い切り開けた金髪巻き毛の少年はゼイゼイと肩で息をしながら半泣きの顔で答えた。
「たっ、大変です!ヘルヘイムの使者様達がお部屋にいらっしゃいませんっ!」
はぁーっと黒髪の青年は額を抑える。
「すっすみません。オレがちゃんと見てなかったから」
「違う」
「へ?」
「あいつらは誘拐されるほど間抜けでもなければ、あいつらを誘拐したいと思うほど馬鹿な奴らもいないだろう。勝手に抜け出したんだ。そのうち帰ってくる。」
「じゃあ、なんでご主人様は怒ってるんですか?」
「...の...は...か」
「えっ?」
「執務室のドアはノックしてから入らんか!!」