43.渇望ゆえに
「......う、あ......ぐっ...バラ...ガぁ...!」
「苦しい?」
まとわりつく黒い瘴気を吹き飛ばそうと精霊石に意識を集中しようとしても、ギリギリと喉や体を締め付けられるような感覚に頭がぼうっとしてしまう。
「無駄だよ。前世の記憶さえなければ、君は『器の記憶』を全て引き継げて『器の力』を思うがままに使えただろう。それができない今、君は中級位の精霊王である僕の精霊魔法でさえ解くことはできない」
「.........うう...くっ...あ......」
(喉がっ)
「オパール!どうしたの!?何があったのよ!?」
部屋の外からラタの心配そうな叫び声が聞こえた。
さっきから扉付近で激しい音がしているのはラタが扉に体当たりをしているのだろう。
「......初めは興味なかったんだ。花妖精たちが光の精霊王の世代交代を知らせてきた時も、新しい光の精霊王が王都にある祭壇の結界から出て来れないという話を聞いた時も」
淡々と話すバラガから噴き出す黒い霧のような瘴気はどんどん増えていく。
「アクアが死ななければ」
シューシューと小さく音を立てながら噴き出す黒い霧は今やアクアの部屋中に溢れ、元より窓が閉められた暗い部屋をより一層暗くした。
「こんなこと...しなかった、アクアが...死ななければ、死ななければ」
(バラガ...!)
うわ言のように呟き出したバラガはもう正気を保っているとは思えなかった。
焦点のあわない彼の瞳が私の顔を覗き込む。
「オパール、精霊石を、出して」
「ひっ」
どす黒く濁ったバラガの瞳が見開かれ、私達2人の周りに魔法が発動する。
バラガの呪文によって現れた無数の木の葉が部屋中を飛び交い、まるで鋭利な刃物のように葉の縁で天蓋から吊られた布やカーテンを切り刻んでいく。
「器の記憶の、残りを、アクアに、引き継が、せて」
その木の葉の刃はしだいに寝台の中にまで迫ってきた。ザンッ、ザンッと音がする方を切り刻まれたカーテンから溢れる外光を頼りにぼんやりと見やると、自分の白金色の髪が無残にも木の葉に切られ飛び散っていた。
はらりと顔にかかった何かに気付き、目の前の人物に視線を戻した私は絶句した。
パラパラと顔にかかるソレはバラガの薄茶色の柔らかい髪の毛だったのだ。正気を失った彼は自分自身の暴走した魔法で自らをも傷つけていた。白い狩人のような服は破かれ頬にも無数の切り傷ができている。
「人間の、人間の、寿命分の時間だけで、いいから」
「...............!!!」
寝台に押さえつけられ、動けない私の周りに沢山の先の尖った木の枝が現れた。
その枝達は尖った木の先を私とバラガに向けて宙に止まっている。
(降ってくる...!!)
恐怖に目を瞑りそうになったその時、私の視界は青一色に染まった。
ぶわっと私の左耳横からはためく青い何かが視界いっぱいに広がる。
「っ、なに、こ、れ...?」
青い蝶...?
薄暗い部屋の中を沢山の青い蝶達が一斉にひらひらと舞っていた。
そして、ぼろぼろになったカーテンから溢れる光をその繊細な羽に受け、キラキラと青く光る蝶達の中に白銀色が一瞬見えた気がした。
ダンッ!!
キィーッン!
何かを壁に押し付ける音。
そして耳を劈く金属音。
なにが起こったのかわからないぐらいの素早さで誰かが私の目の前のバラガを追いやったのだ。
その瞬間、私の周りから黒い霧がかき消える。
喉をおさえながら思わず身をおこした私の目の前にはここにいるはずのない人物がバラガを寝台横の壁に押し付け、彼の喉元に冷たい光を放つ剣先をあてがっていた。
「そこまでですよ。森の少年」
部屋中に舞う青い蝶の中から姿を現したのは、北の辺境伯邸で出会った白銀の髪の騎士だった。




