4.森の精霊王
落ちてくる!
そう思って目を瞑りしゃがみこんだ瞬間、誰かが私に覆いかぶさってきた。
ほのかな草花の香りが私の鼻腔をくすぐる。
『ヴァイン!』
頭の上で若い男の声がした。
(え......?)
結界が、落ちて、こない?
恐る恐る目を開ければ、目の前に私を覗き込む鮮緑と萌木色の瞳。
「大丈夫?」
「なっ......!?」
彼は私を守るように覆いかぶさり、左手を自分の頭上に掲げていた。その手の向こうには結界の破片全てが土から伸びだした蔓に巻き付かれ動きを止めていた。
蔓はギリギリと音を立て締め付け破片を砕こうとするがかなりの強度なのか砕ける気配はない。
その様をチラリと見ると、彼は立ち上がり左手を彼の胸前で軽く握る。
「さすが最高位精霊の作った結界だね。この程度の捕縛魔法では砕けないか。じゃあ、これならばどう?」
『我に救いを乞うなれば、我は聖木の槍をやろう。我に仇なすというならば、我は聖木の刃をやろう』
そう呪文を唱えた彼の左手の指の隙間から、綺麗な緑色の光が溢れ出す。
『バウズ・ブレイド!!』
ザシュッ!
拳を開き、空を切った左手から大きな緑の刃が現れ、彼の手の動きに連動するかのように頭上の結界の破片を切り刻んだ。
瞬間、蔓は破片から離れ役目を終えたかのように土埃を上げながら大地に帰る。
刃に切られた破片は微かに光を放ちながらさらに細かく砕け消滅した。
「どうぞ」
しゃがみ込んだままの私に彼は緑の瞳を優しく細めながら右手を差し出した。
「あなたは...?」
あまりの出来事にあんぐりと口を開けたまま、彼の手につかまり立ち上がる。
「......?君は僕が誰かわからないのか?
...あぁ、なるほど、やっぱりそういうことか」
私の問いに彼は目を見開いたが、彼の手につかまった私の手をじっと見ると何故か納得した顔で頷いた。
「僕は...って、わっ。こらおまえたち」
急に前屈みになった彼の背中には、フラワーフェアリー達がキラキラした目をして抱きついていた。
『バラガさまだー!』
『バラガさま、まほーかっこいー!』
『ひかりのかべ、きえたー!』
「はは、相変わらず元気がいいな。君たちは」
そう言ってフラワーフェアリー達の頭を撫でてやりながら、私を振り向く。
「僕は森を守護する精霊王、バラガ」
彼が名乗ったその瞬間、私達のまわりの草花達がそよ風に揺れる。日の光を浴び優しく揺らめく草花達は彼の来訪を喜んでいるかのように煌めいた。
ゆるくウェーブのある薄茶色の髪、春に芽吹く新緑のような明るい緑の瞳、背には大きな銀の弓矢を携えた彼はまるで絵画から抜け出したかのような美しい少年だった。
「はじめまして。新しい光の精霊王。
君の誕生を心から祝うよ。」
ニッコリと微笑むバラガという少年に、思わず「はじめまして」と返してしまってハッとする。
「光の精霊王?私が?」
「そうだよ。君の魂は先代の光の精霊王から器の力を受け継いだ。君は新しい光の精霊王だ。
だけど、君はどうも器の力を全て引き継げていないようだね。だから僕達のことがわからない」
そこまで話した森の精霊王バラガは、さっきまでの柔らかなオーラをなくし、警戒をするように左右を見渡した。
「このままでは君の力を狙う者達に君を拐われかねない。急いでこの場から離れよう」
「私の力を狙う者?」
「あぁ、君の力はいま非常に不安定な状態なんだ。とにかく急ごう。転移魔法は...まだ使えないか」
「すまないが、僕の力で僕より格の高い精霊の君を転移させてあげることはできないんだ。だから、こうして...」
バラガは左手の平を空に向ける。
すると淡い若草色の光とともに花びらと若葉が私とバラガを包み込んだ。
綺麗!と思った瞬間何もなかったかのように、花びらも若葉も消え去った。
「この魔法は囲った対象物を花や葉に包んで、その対象物の存在をごまかす魔法なんだよ。歩けるかな?」
「え、うん。歩けるのは歩けるけど...」
自分の足元を見る。
今まで結界の中にいたから気にしなかったが、丈の長い白いワンピースから覗く白い足は、何も履いていなかった。
トントンと私の肩を誰かが小さく叩く。
「フラワーフェアリー?」
振り返ると小さな羽で飛ぶフラワーフェアリー達がにこーーっと笑った。
彼らは各々手に花や植物の茎を持ち、くるくると空中を舞うように踊り出した。
「すごい!!」
彼らは植物の茎を踊りながら編んでいるのだ。
みるみるうちにそれは華奢なサンダルのかたちになり、蝶の羽を持つ妖精達が小花を飾り付けていった。
ほんの数秒でできた可愛い花飾りのサンダルを履きお礼を言うと、フラワーフェアリー達は嬉しそうにはにかんだ。
「行こう」
差し出された森の精霊王の手を取り、私は頷いた。
萌木色は萌黄色のことです。森の精霊に似合うかなと萌木のほうを使用しました。




