29.失うということ
「もぐもぐ、まぁ、ちょっと苦いけど食べれないことはないわね。もぐもぐ」
どうやらラタは魔力全回復アイテムである葉っぱの使い方がわからず、とりあえず経口摂取してみることにしたようだ。
「ラタ、ほんとにその使い方であってるの?」
「さあ?でもお腹は少し満たされたわ。魔力はわからないけど、昼から何も食べてなかったから。あぁ、そうね、じゃあ一枚だけ残して全部食べちゃおうかしら」
そう言ってラタはシッポを何回も振り、持っていたギザギザの葉を次々と出していく。
「なんで一枚だけ残すの?」
「なんでって、もぐもぐ。聖木の葉っぱはもう手に入らないから思い出に残しておこうと思って、もぐもぐ」
「...ちょっと待って。聖木ってバラガの呪文詠唱にもでてきたわよね?その木ってまさか...」
「世界樹の木よ」
ラグナログの時に消滅しちゃったんだけどね、と白い聖獣は葉っぱを次々と口に運んでいく。
......いや、ほんとにちょっと待て。
それって世界樹ユグドラシルじゃないのか?
その葉っぱってよくゲーム後半で出てくるアレ?
万能レアアイテムのアレ?
しかも、今なんて言った?木が消滅した?もう手にはいらない?って、おい、
「ちょおっと待ったああぁぁぁーー!!」
ゼイゼイと息を上げながら、慌ててラタの手から葉っぱを奪い取る。
「な、なによ?あんたもお腹空いてるの?だったら分けてあげ...」
「そーじゃなくて!『世界樹の葉』なんてレアアイテムを空腹を誤魔化すための食材として消費するなんて、世のRPGプレイヤー...じゃなかった勇者や薬師が聞いたら大泣きだよっ」
うん、私なら泣く。もっとちゃんとした使い方してください。
「ここから出て街か村に着いたら何か食べ物を買ってあげるから、とりあえず残しておいて!」
「仕方ないわねぇ。あぁ、じゃあ、あれが食べたいわ。あんたが好きなやつ。なんだっけ?サンドウィッチ?」
シッポをパタパタとして期待を込めた目で見てくるラタに私は瞬きを返した。
誰が、何を好きって...?
「......私はサンドウィッチが好きなの?」
「え、だって、あんたが食べながら言ってたじゃない。前世の好物だったって...」
そこまで言ってラタはハッと目を見開き、私を凝視した。
「あんた、まさか...」
その目が次第に悲しげに細められる。
「...ううん、いいの。もうわからないなら。
...さあ、もう、行きましょ。ここに長居は無用だわ」
何か言いたげな雰囲気を残してラタは窓辺に移動する。
ラタは一体どうしたんだろう。
急に様子のおかしくなったラタが心配だが、とりあえず今はここから脱出することが先決だ。
急いで夜着からワンピースに着替えてサンダルを履く。着替えながら明日の朝のために用意されたドレスが目の端に入ると、ここで出会った人達の顔がふっと過った。
領主のアウフェル、白銀の青年ルチル、私の世話をしてくれた少年パック。そして短い時間だが、共に過ごした騎士達や使用人達。ここには誰一人として私を傷つける人はいなかった。むしろとても丁寧な扱いを受けたのにそんな人達すら今は疑わなきゃいけないのか。
着替えが終わり窓辺に寄るとラタは小さな顔を上げて私を見たあと、私の左手を通し脱出方法について説明をしだした。
◇
『ひゃああああぁぁぁぁ!!』
声にならない声で悲鳴を上げる。
『オパール、小声でも悲鳴をあげるのはやめてよ!気づかれたらどうするの!』
『だって、無理でしょ!こんな高いところ命綱もなしに黙って歩けというのが無理っ!』
そう今私は屋敷の4階の外壁伝いに聖堂へと飛び移ろうとしている、いや、白い聖獣によりさせられている...。うぅっ。愛らしい外見だが中身はスパルタなのね。
屋敷を挟んで聖堂と反対側には北の大地を見張る見張り台の塔があり、こちら側には夜も人が多いため行くのは危険だ。門がある南側には城壁塔と門塔がありここも門を守る番人達がいる。
となれば、聖堂側ということになるのだが、もちろん見張り台から見つかる可能性もあるため、バラガが前にかけてくれた対象物を誤魔化す森属性の魔法というのをラタがかけてくれた。効果は短いらしいが脱出するまでの間ぐらいならもつらしい。
ひーっと心で泣きながら目を瞑り手探りで壁を伝い、えいやっとそれほど遠くはない聖堂の壁に飛び移る。装飾のされた聖堂の壁は屋敷の壁よりは凹凸があり移動しやすいが、なんせこの高さである。落ちても精霊である私は死ぬことはないだろうが、人間だった前世の私の記憶が悲鳴を上げて足はガクガクと震えていた。
ちなみにラタは飛膜でひょいひょいと飛び移っている。うぅ、いいな滑空生物。
あとは、聖堂のバラ窓の横の彫像を足場に上に上がれば尖った塔伝いに聖堂の屋根へと登ることができる。光の聖堂は南向きにバラ窓があるので屋根を歩き北西側からラタの飛膜を使い要塞の外へ飛び降りるのだ。
小さなラタの飛膜を使って私まで飛び降りることができるのかと聞いたら「私を誰だと思ってるのっ!?」と怒られたので、一体どうするのかわからないが彼女に任せよう。
バラ窓の横の彫像によじ登る。彫像は髪の長い女性を模してあり、おそらく人間達が光の大精霊と呼ぶ光の精霊王を表しているのだろう。
(つまり、私なのよね、これ。)
自分だと思うとさらに彫像の頭などに足をかけるのは憚れる。肩に足かけてっと...。
ヒュンッ!
『ひっ!!!』
瞬間、何かが私の頭上を通り過ぎた。
ラタかと思い上を見るとそこにはラタはいない。
では、不審者と思われ矢でも射られたのかと見張り台を見ても見張り台の騎士達は特にこちらに気づいている様子もなかった。
『オパール!何してるの!?早くっ』
屋根の向こうからラタの声がかかる。
『ごめん、今行......く』
.........これは何だろう?
きっと人間ではない。
でも人間の形をした空飛ぶ黒い何か。
私の横にいるそれは一瞬止まると、何かに怯えた表情で口を開けるがその声は聞こえない。
(いや、怯えたいのはこっちだから!!)
ヒィィィィとでも言いそうな顔でそれは私の横から庭園の方に向かって降りていった。
びっくりして後ろを振り返ると目の前にヒュンヒュンと飛んでいく同じような人の形をした黒い物。空から現れるその黒い霧状の人のような者達は皆怯えたような表情をして一つの場所に集まって行っていた。
『夕方行った青薔薇の庭園に集まっている...?』
彫像に足をかけたまま、庭園を見下ろすと夕方見た薔薇達は夜でも美しくキラキラと輝いている。
『なっ......!?』
しかし、今眼前に広がるその光景は心が安らぐような昼に見た庭園とは程遠かった。
薔薇園の中央に集まるように蠢く黒い霧状の人がた達。中には動物のような形の物もいる。黒いそれ達は次々と空から飛んできては蠢く黒い塊の中に入っていく。そして、その黒い物にかぶりつく2匹の狼の姿があった。
『フェンリル!!』
2匹の魔狼は涎を垂らし、さも美味しそうに尻尾を振ってその黒い何かを食していた。魔狼達がかぶりつく度に悲鳴のような声が聞こえ、黒いそれは消えていく。
異様な光景に目を見開き息を飲む。
そして月明かりの下の庭園に魔狼達とは違う別の影がもう一つあることに気づいた。
蠢く黒い物たちを貪る魔狼達を満足気に見つめる宝石のように青い瞳。
月明かりに照らされ淡く光る青みがかった黒髪。
『アウフェル・グランディディエ辺境伯......』
私の視線に気づき、聖堂を見上げた彼は風に黒い外套をはためかせ口元だけでフッと笑った。




