28.強き結界
「ラッ.......むぐうっ!!」
私の口を押さえつける小さく硬めの温かな肉球2つ。爪が当たらないようにの配慮なのかわずかに浮かせた指の震えのプルプル感が心をキュンとさせる。
これは何かのご褒美ですか?
「ラ、ラタ!無事で、ふがっ」
『しっ、静かにっ!声が聞かれないようにあんたの精霊石を使って話すわよ!』
そう、窓から飛び出してきた毛玉は、いま私の肩にのり口を塞いでいる白い聖獣ラタだったのだ。
手が小さすぎて口を塞ぎきれていないのも悶えそうな可愛さだ。しかし、ラタを近距離で見た私は彼女の変わり果てた姿に思わず絶句してしまった。
彼女の白く艶やかだった毛並みは薄汚れて灰色がかり、くったりと体に張り付いている。灰色がかった毛並みのようにラタの表情もどこか薄暗く、その小さな瞳には明らかな疲れが見てとれた。
私は急いで精霊石をポケットからとりだしてラタと石を介して心の中で話そうとしたのだが、何故かラタからストップがかかる。
『......なんで、左手のひらに石を取り込んでるのよ?』
『細かいことは気にしないで、ラタ』
『.........。』
ジト目で睨みながらも、サイドテーブルに降り渋々左手に手をのせてくる小さな動物の御手姿に心躍りたくなるが、今はそんな幸せに浸っている場合ではない。
「ラタ!会えてほっとしたよ...。でもその姿は?それにバラガはどうしたの?」
「バラガ様は先にコランバイン男爵領に向かってもらったわ。急ぐ理由があったから。彼だけなら転移魔法が使えるからカラエスからは逃れられたと思う...」
そう言ってギリっと歯を噛んだ。4大精霊王相手とはいえ、主であるバラガが傷を負ったことが悔しいのだろう。
「オパール。よく聞いて。この屋敷は誰か強い術者によって結界が張られているわ」
「え...?」
「城や要塞に結界をかけること自体は珍しくないの。強い魔力を持った人間の魔術師や聖職者が自分の主人や雇われた相手を守るために結界を張ることがあるわ。
確かにこの北の要塞も人間が張ったと思われる結界があった。でもそれを上書きするように強い、ううん、人間には到底創り出せないような強力な結界がさらに張ってあったの」
そこまで話すとラタは疲れのためか目を一瞬閉じかけ、首をふるふると振るとまた顔を上げ話を続けた。
「屋敷に近づくたびに魔力を削がれたわ。でも何かおかしいの。その強い結界は私を通した。
まるであまりに強力な結界を張っていることを人間達に気づかせないように、全てを跳ね除けないよう術者によってコントロールされてるかのよう」
なるほど、ラタがこんなに疲れているのは私を追ってここに来るため結界を突破するのに魔力を削がれたからだったのか...。胸が痛くなる。
「結界をコントロールできるなんてことができるのは相当な魔力を持っている者だけだわ。...私が知る限り、神々のいない今そんな事ができるのは、精霊王か妖精王。そして人間でありながら強大な魔力を持つと言われる魔王...」
「ちょっと待って、ラタ!ここには精霊王らしき人物なんて居なかったわよ。妖精もフラワーフェアリーすらいなかったし。いるのは人間の領主や騎士とここで暮らす人達だけだったわ」
「フラワーフェアリーがいないのは術者がこの敷地内に花妖精が入るのを拒んでいるからよ。本当にここにいる者はみんな人間?私には人間じゃない者が紛れ込んでいるとしか思えないわ、だって」
そこで言葉を区切り、ラタは鼻をスンスンと鳴らした。
「この辺り一帯に人間以外の匂いが混じっている。オパール以外の精霊の匂いに花妖精とはまた違う妖精の匂い、それに、これは魔獣?もしかしてあんたをさらったフェンリルの匂いかも」
「あぁ、そうそう、私を連れてきちゃったフェンとリルってワンチャン達ならいるわよって、えぇっ、ちょっ、何!?魔獣って何!?」
はぁとため息をついたラタは、立っているのが辛いのかペタンとお尻をつける。かなり辛い状態なのだろうか、いつもの毒舌がなりをひそめていて心配になり私はゆっくりその小さな背を撫でてあげた。
「フェンとリルじゃなくて、フェンリル。犬じゃないわよ!魔狼と呼ばれる狼の姿をした魔獣なのよ」
「魔獣...!!魔獣が私をここに連れてきたの?でもルチルは犬だって...」
「ルチル?あんたが接触した人物?...そんな名前の精霊は知らないわね...人間かしら?
でもとにかく!フェンリルは本来なら死者の国にいるはずの魔獣なのよ。そんな物騒な生き物があんたを拐うなんて何かあるに違いないわ。早くここから逃げるのよ!」
起き上がり今にも窓から出て行こうとするラタを私は飛膜を抑え込むようにむんずと掴み引き戻した。
「ちょっ、なに、やめなさいよっ!それは鳥の掴み方でしょーっ!私を誰だと思って...」
「そんなボロボロになってるのに、無理させられないよ!」
「...オパール?」
「どうしたらいいの?私の魔力を分ければラタは元気になる?」
胸元に抱き抱え、オパールの石が入った左手でラタの手を握る。
「ダメよっ!あんた、拐われる前に魔力使い切って倒れたばかりでしょうが!そんな回復したばかりのわずかな魔力を分けちゃったらまたぶっ倒れるわよっ」
「そんな...じゃ、どうしたら......ん?」
なに馬鹿な事考えてんのよっと言いながらプリプリと怒るラタのシッポが左右に強く揺れている。
ーーそう言えば、
「ラタ!シッポに入っていたあの葉っぱは?魔力全回復するとか言ってたじゃない!?」
「え?これのこと?」
ラタがシッポを斜めに振ると、スッと昼間見せてくれたギザギザの葉っぱが1枚現れた。
「そう!それよ!それを使えばラタの魔力が回復するじゃない!......って、どうしたのよ、ラタ?」
良いことを思い出したと喜ぶ私とは対照的に、なぜかラタは葉っぱを見つめ眉間にシワを寄せて考え事をしている。
「これ、どうやって使うのかしら?」
知らなかったのかーーい!!
ギザギザの縁のある緑の葉っぱ◇そう、きっと皆大好きあの木の葉っぱ。




