24.蒼
◇◇◇◇
「このグランディディエ辺境伯領はフロージ王国と北の大地ヴェルグナの境にある王国の警備の要なんです」
夕食までの空いてる時間に庭園を案内しましょうとパックに言われ、今私はお屋敷のエントランスへと階段を降りてきていた。
パック曰く、私がいた4階の部屋はゲストルームではなく、このお屋敷に住む親族の女性が昔使っていた部屋らしい。本当のゲストルームは2階にあり今は違う客が使っているそうだ。例の私を連れてきてしまった犬達の飼い主さんかしら?
「ヴェルグナに住む少数民族は王国に友好的ですが、魔獣が多く住み、特に北の大地が雪に覆われる冬になると魔獣たちが頻繁に北から南下してきます。そこでその侵略を阻む目的で作られたのがこの要塞なんです」
説明してくれながら、ガチャっと外に続く両開きの扉をパックが押し開ける。
「うっわ!!」
すごい...!
眼前に広がる光景に思わず息を呑んだ。
明け開かれた両扉の向こうに見えたのはまず中央には美しく整えられたシンメトリーの庭園。そしてその中央には噴水がある。その広い中央庭園の横には小道があり左右それぞれに違った趣きの庭園に続いているようだった。
そこまでなら手入れが行き届いているよくある貴族の屋敷の庭という感じだが、ここグランディディエの庭園、そして屋敷などの建物にはぐるっと囲む凹凸のある高い堅固な壁があった。噴水から真っ直ぐ続く広い道を進むとその壁が大きくくり抜かれた門がある。
その門の向こう側には、一段下がった土地にたくさんの建物があり、またその向こうにはさらに強固そうな大きな壁がある。
「今いるここは領主の居住地である邸宅と聖堂があります。庭園を囲む壁は武器庫や食糧庫を兼ねていて、この壁の向こう、一段下がった土地には聖職者達やこの屋敷で働く者達の居住地、そして学校や医療施設があるんです。
ここからは見えませんが、さらに一段下がると騎士と農民達の居住地があります。まぁ、農民といっても皆戦争時には戦士となるぐらいの手練れた者たちなので、ここ、グランディディエに住む者達は王都や他の街の住民と比べるとかなり異質かもしれません」
庭園の大きく意匠の凝らされた噴水の前まで歩き立ち止まる。
「ほら、もう夕方なのでちょうど聖職者達が帰っていきますよ」
庭園の広い道から離れた左右にある細い道を白いローブを着た人達が門に向かっで歩いているのが見える。
「光の聖堂の聖職者達です。聖堂と言ってもこのような辺境の地なので司教座はありません。代わりに光の大精霊様のための椅子があるんですよ。まぁ、実際には精霊は人には目に見えないですし、信仰のためのオブジェみたいなものですけどね」
光の大精霊と聞いて一瞬ドキリとする。
でも今の言葉を聞いて、自分が精霊とはバレてはいないことが確信できた。それにパックは辺境伯邸に仕えていると言っていたし素性がしっかりしてる。うん、彼は人間と考えて大丈夫だろう。
「夕食の後に午後勤務の使用人達も殆どが自分の居住地に帰ります。あっ、でもオレ...僕は屋敷に住み込みさせてもらってます。あとさっきのルチル様もここに住んでますよ」
「えっ。ルチルはここの主人ではないの?」
「はい。本来なら当主が貴方にご挨拶すべきなのに。あまり人前に出ることを嫌がる方でして...」
申し訳なさそうにショボンとする金髪の頭に垂れた犬耳が見えそうだ。
ふむ。どうやらこの屋敷の主は人嫌いらしい。
「ルチル様はご主人様の執務を手伝っていらっしゃる方です。魔獣討伐の際は騎士団を率いて前線にも出られる軍師なんですっ!」
一転キラキラと目を輝かせて語り出すパックがなんだか可愛い。やっぱり男の子は強い者に憧れるんたなぁ。魔獣を倒す騎士団かぁ。
ゲームでも騎士や戦士がでてくるよね。騎士や魔法戦士が勇者となって魔王を倒したりさ。
(ん?魔王...?)
何かひっかかりを覚えて私が首を傾げていると、パックが聖職者達の1人に話しかけられた。
「あぁ、パック。ここにいたか。明日の聖務日課の時間の件なのだがね」
どうやら高い地位の聖職者らしく、ほかの聖職者達のローブと違い青と金の長い布みたいなものを肩から下げている。
「え。あ、はい!あっ...オパール様、あちらにガゼボがあるので少しあちらで座って待っていただけますか?すみません。すぐに戻りますね」
「うん。お仕事の話でしょ。気にしないでね」
私はこちらを気にしながら小走りに行くパックにひらひらと手を振るとガゼボに歩みを進めた。
さして遠くない距離のガゼボは、昼に休憩で使った簡素なガゼボとは違い小さいながらも庭園に似合った美しい形をしているのがわかる。
丸い唐草模様のドームの屋根を支える白い円柱は前世の学校の教科書に載っていたような神殿の柱のような綺麗な彫りが入っていた。
ガゼボの中にある小さめの猫足のソファーにすわると目の前に沢山の綺麗な花が咲く庭園が一望できた。パックがローブを着た聖職者と話してるのも見える。
「そういえば...こんなに沢山の花があるのに、この庭園にフラワーフェアリーがいないのはなぜだろう?」
そう、さっきから一度も花の妖精達に出会っていない。
(もし彼らに出会えたら、今の私の状況をバラガ達に伝えてもらうことができるのだけど...)
それにバラガ達がどうなっているのかフラワーフェアリー達から聞くこともできるかもしれない。
そんなことを考えているとふいに誰かの声が聞こえたような気がした。
キョロキョロと周りを見渡しても誰も近くにはいない。もしかしてフラワーフェアリー達だろうか?
パックを見るとまだ話し込んでいるようだ。少し行ってまたすぐに帰ってきたらいいだろうとガゼボ横の小道を進む。
「こっちかな...」
すると草の壁に敷きられた向こう側から声がまた聞こえた。
「ーーー腹が減ったのか?」
「わかったわかった。しかし今は無理だ」
「夜にまた来い。っておい。飛びかかるな」
ん?
草の壁から覗くと目の前が青で染まる。
(これは......!)
薔薇だ!
一面の青い薔薇。
前世でも青い薔薇はあったけど、どちらかというと紫がかった青だった。ここまで綺麗な青は初めて見る。
そう、私が覗いた草の壁の向こう側は見事な青薔薇の庭園になっていた。芳しい香りがあたり一帯に漂う。
「...っ!すごい!!!」
つい声に出してしまった瞬間、
「誰だ?」
深い青の瞳に私は射抜かれた。
※「深い蒼の瞳」を「深い青の瞳」に訂正しました。
題については、「蒼」のままでお願いします。