22.目覚めたら
◇◇
......これは所謂、悪女転生という分野なのだろうか?
それとも、聖女かヒロイン転生?
いや、「王道はありえない、女子向けのラノベ主流はいまや悪女かモブかだ」と、誰だっけ?、あの子、同じ塾のあの子がすごい量のラノベ本を自習室に持ち込んで私に切々と語っていた記憶がある。ちなみにラノベ本とはライトノベル小説、つまり娯楽小説のことだ。
とにかく彼女曰く「死んで目覚めて天蓋付き」はそういったラノベ小説で、悪女転生の物語の始まりの部分を表し、目覚めたら天蓋付きベッドに寝ている悪女に転生してしまったことを指すらしい。このケースに陥った場合、ひたすらバッドエンド回避のために一生を掛けて周囲の人間の好感度を上げるのに奔走しなくてはならないのだ。
美少女と相場がきまっているから女子としては美味しい配役なのだが、なにせ私は高笑い未経験である。
悪役にお決まりの高笑いができるかどうかいささか不安だ。いまから練習したほうがいいのだろうか。
ーー何でそんな話をするのかって?
だって今まさに私は、目が覚めたら天蓋付きベッドを実体験しているところなのだ。
「ひゃ、すごく天井高い」
ふかふかのキングサイズベッドに仰向けになったまま両手だけを天井に掲げてみる。
寝たままゆっくり周りを見渡すと前世の私の部屋の数倍はあろう広さに品よく並んだ高級そうな調度品。
ミントグリーンの壁紙に白い腰壁、壁と天井の境には廻り縁があり、前世で親戚が結婚した際に行った高級ホテルのラウンジのような内装だった。
「.........バラガ達はどうなったんだろう」
サラリ
横を向いた私の顔に白金色の自分の髪がかかる。
どうやら髪の色は変わっていないらしい。
ワンピースのポケットを生地の上から触ると精霊石がちゃんと入っているのを感じる。
だとしたら、私はラノベのような悪女転生をしたのではなく、これは精霊になった世界の続きなんだろう。
そう思考が結論をだすと、ますます怪我をした緑の目の少年のことが心配になる。
ラタはどうなっただろう。カラエスから逃れられただろうか。
それに、ここはどこなの?私はどうしてここにいるんだろう?もしかすると、バラガ達が倒れた私をここに連れてきてくれたのだろうか?
その時、私のいる部屋の扉がコンコンとノックされた。
「失礼します。お目覚めでしょうか?」
一瞬、バラガかラタの声を期待したけれど、扉の向こうから聞こえたのは幼い少年の声だった。
「は、はいっ...起きてます」
「よかった」
私の返答にに安堵したようなため息が聞こえ、再び「失礼します」と声がして扉が開いた。
くるくる巻いた濃い金髪、くりっとした明るく澄んだ空色の瞳。扉を開けたのは年頃が10歳ぐらいの華奢な男の子だった。
彼は扉を開け私を見た途端、口をポカンと開き固まってしまう。
「おーい、何を驚いているのかわからないけど、トレイの上のお茶セットがひっくり返るわよ」
「はうっ!すっすみません!」
金髪巻き毛の少年は慌てて小走りで部屋に入ると、私の寝ているベッドのサイドテーブルにティーセットを置いた。慌てる姿が小動物っぽくてなんだか可愛らしい。
彼は慣れた手つきでコポコポとカップに紅茶らしきものを注ぐ。
「さっきはすみません。金色の瞳の方を見たのが久しぶりだったので。あぁ、でも同じ色でも人によって随分雰囲気が変わるのだなぁ...」
誰か知り合いを思い出しているのか、少年はしみじみと言うとポットをテーブルに置いてこちらを見た。
「起き上がれますか?」
少年の言葉に私は頷いて上半身をおこし、頭側にあったふわふわのクッションを背もたれにした。
「どうぞ」
手渡されたソーサーにのったカップは茶葉の良い香りがしてとても美味しそうだ。しかし、
(飲んでいいのだろうか)
はっきり言って目覚めた時から喉は乾いていた。しかし、見知らぬ少年から手渡されたお茶である。
見た感じ特に悪意も感じない可愛らしい少年だが、もしかするとカラエスのように、私の力を手に入れようとしている精霊かもしれない。
「あっ、すみません!ミルクと砂糖がご入用ならこちらに」
じっと手元のカップを見つめる私に、少年は慌てて部屋の外にある配膳ワゴンにミルクと砂糖を取りに戻る。
「あぁ、またミスっちゃった。ご主人様にまた怒られるよぉ...」とションボリと小声で言いながら慌てて用意してくれる姿がやたら可愛い。
「ぷっ。あはは。違うの。あ、ミルクは頂きたいけど。そうじゃなくて、私あなたの事知らないからさ。さすがに知らない人からのお茶は躊躇しちゃった。ごめんね。でもありがとう。美味しそうなお茶ね」
ミルクを受け取り、カップに注ぐ。一口飲んでみるとダージリンの優しい味がした。
「あぁっ、そうですよね。失礼しました。オレ...じゃなかった、僕はパックと言います。このグランディディエ辺境伯邸でペイジをしています」
「辺境伯?ペイジ?」
聞き慣れない言葉に私が首を傾げると、パックはにっこり微笑みながら教えてくれた。
「ここはフロージ王国の北に位置するグランディディエ辺境伯領の領主の屋敷です。ペイジと言うのは、まぁ、雑用係と言いますか、僕はこの屋敷に置いてもらう代わりにこの屋敷のお手伝いをさせてもらってるんです...あ、お茶のお代わりはいかがですか?」
あまりの喉の渇きにすぐに飲み干してしまった紅茶に気づきパックはお代わりを注いでくれる。
「私はどうしてここに?」
バラガとラタのことも聞きたいが、パックが敵でないという保証は無い。彼らの名前は出さないほうがいいだろう。
「えっと、びっくりしましたよね?起きたら知らない場所にいるなんて。実はフェ、いえ、魔...じゃなくて、えとお客様の狼が貴方をここに連れてきてしまって...」
「お客様の狼?知り合いが狼を飼ってるの?」
ペットが狼なんてすごすぎる!と私が目を見開き驚くとパックは「あ。しまった!」となにやら慌てて小さな声でモゴモゴ言っている。
「えと、そーじゃなくて、お客様が狼というか狼がお客様というか......あぁ、どうしよう。素性はバラすなと言われたけど、オレにはうまく説明できないぃ」
パックがなぜか頭をかかえて落ち込んでいるのをどうしたものかと見ていると
「屋敷に来ていたお客様の飼い犬が逃げ出しましてね」
扉の向こうから今度は涼やかな青年の声がした。
22話、一部文章を変更しました。
あと、今さらですが活動報告にご挨拶を書いてみました⭐︎