21.庭に咲く花
うららかな陽気の中、色とりどりに咲く花達。
1年の殆どが涼しい気候のこの北の辺境伯領にも王都より少し遅れての春が訪れ、屋敷の庭園を沢山の花々が芳しい香りを漂わせている。
「ーーで、それが謝礼ということですか?」
ふふふ、とにこやかに笑う白銀の髪の青年と青ざめている金髪巻き毛の幼い少年、そしてわふわふと尻尾を上機嫌に揺らす灰色の大きな狼が2匹。
そして、彼らの中央に横たわるのは白金の髪も眩い美しい少女。
陶磁器のような肌に長い睫毛、意識を失いその眼を閉じていても輝くばかりの姿は、花咲く庭園に舞い降りた天使ではないかとつい錯覚してしまいそうだ。
「こっ、こっ、こっ」
金髪の少年は、この現状に驚きで呂律が回らなくなったらしく口をパクパクとしながら冷や汗を滝のようにかいている。
「パック、私は庭で養鶏をはじめる気はありませんが」
白銀の髪の男が菫色の瞳を細め、面白そうに少年に微笑む。
「こけこっこーじゃ、ありません!!どっ、どうするんですかっ!この方をここに連れてらっしゃるなんて!」
「どうするもこうするも、どうやら彼らはこの少女を死者の国の依頼の謝礼として連れて来たみたいですしねぇ」
まったく困った様子もなさげな白銀の髪の青年は二匹の狼に近づくと、怖がる様子もなくその灰色の毛波をなでた。
「ヘルヘイムの使者殿、あなたがたのお気持ちは痛いほどわかりました。この依頼お受けしましょう。依頼の謝礼を前払いするほどに逼迫されているのですね。お互い横暴な上司を持つと苦労...」
「誰が横暴だと?ルチル」
怒りを含んだ声が青年の言葉を遮った。
屋敷から庭に続く石段の上から見下ろすのは、美しい宝石のような瞳の黒髪の青年だ。
「あ、あ、あ、アウフェ様!!」
パックと呼ばれた少年がさらに顔をひきつらせて真っ青になる。
黒髪の青年はちらりとその青い瞳で庭に横たわる少女を見ると苦々し気に言い放った。
「フェンリルが戻ったと聞いて屋敷から出てみれば、これは一体どういうことだ?」
その言葉に死者の国ヘルヘイムの使者であるフェンリル達はきゅーんと悲しげに耳と尻尾を下げた。
「おや、かわいそうに。使者殿が怯えているではありませんか。アウフェの顔はそれでなくとも無表情で怖いのですから小動物にはもっと優しくしないといけません」
「...誰が無表情で怖い、だ。それに魔狼はまったく小さな動物ではないが?」
はぁ、とため息をつき再び横たわる少女を見る。
「ルチル、俺は光の精霊王とは関わりたくないと言ったはずだ。返してこい」
彼の怒気を含んだ低い声にパックがガタガタと震えている。
「おや、怖いですか?光に近づくのが?」
「なっ...」
ルチルの問いに黒髪の青年アウフェは言葉を詰まらせた。
青い瞳が戸惑いと焦りで揺れる。
「......好きにしろ。責任はとらん」
アウフェはさっと踵を返すとカツカツと靴を鳴らし再び屋敷の中に戻っていった。
「えぇ、好きにしますよ。さて、パック、あなたは使者殿を部屋にお連れしなさい。その後に彼女の部屋を整えてください。整い次第、彼女は私が部屋まで連れて行きますから」
は、はいぃっ、と金髪の少年はいまだ震えた声でルチルに返事をし、二匹のフェンリルと共に屋敷へと入っていく。
少年と魔狼が去ると一気に庭は静けさに包まれ、遠くで鳴く鳥の声や葉擦れの微かな音まで聞こえるようになった。
サラサラと風になびく白銀の髪をかき上げ、庭の芝生に横たわる美しい少女の前に青年は跪く。
「やっと会えましたね」
ルチルは少女を抱き上げ、その白い頬に手を当てると菫色の瞳を愛しげに細め呟いた。
「貴方をずっとお待ちしていましたよ」




