18.拐う者
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倒れたオパールをその大きな背中で受け止めたのは、地上に存在するはずではない2匹の狼だった。
灰色の毛に犬の何倍もあろう大きな体。この場にいる者を見つめる釣り上がった目はアイスブルーの冷たい眼差しをしていた。
「フェンリル...?なんで死者の国のあんたがここにいるのっ?」
ラタが驚きの声をあげる。
バラガとカラエスも同様に目を見張っていたが、2匹のフェンリルがオパールをその背中に乗せたまま走り出そうとしているのに気づきバラガは捕縛呪文を唱える。
しかし捕縛の蔓はフェンリルまで伸びるとオパールを奪い返す前に先端から枯れていった。
2匹の魔狼は「無駄だ」とさも言うかのように一度だけ後方のバラガ達に視線を送りそのまま空を駆けて行った。
「バラガ様っ!私がフェンリルを追うわっ!バラガ様はあの子のもとに行って!」
ラタは足元に転がったオパールがくれた花冠をシッポに仕舞うとフェンリル達の後を追い走り出した。
(勝手に私のそばからいなくなるなんて許さないんだから!)
眼前の高い木に登り飛膜を広げ、ラタは勢いをつけて空へと舞った。
「ラタ...!!」
バラガは唇を噛んだ。
フェンリルは魔獣化した神獣。神の子孫ではないかとも言われている強大な力を持った存在だ。
ラタは世界樹の聖獣であるとはいえ、その世界樹がラグナログのせいで消滅している今、彼女の力はほとんど使えなくなっており、フェンリルに対抗できるとは思えない。
「で、おまえは『眠り姫』のところに行くのか?」
急にかけられた声に振り返るとカラエスが木に寄りかかり彼自身の青い髪を弄んでいる。
髪を持ち上げその髪を見つめながらバラガに問うてはきたが、視線をこちらに寄越さない時点で、さして本気で問う気もないのだろう。それにどちらかと言えば言葉に少し呆れのようなものを含んでいる。
「.......貴様、どこまでを知っている?」
「どこまでを知っているかだって?ハッ、こっちは知りたくもないんだぜ。ただな、オレが支配している水はお綺麗な水だけじゃないってことだ」
そう言ってカラエスは腰にくくりつけているスキットルと呼ばれるガラスの酒瓶を取るとその中身を口に含んだ。
「この酒のように人間を狂わせるような液体もな」
「どういう意味だ?」
青く長い前髪をかき上げながら「さぁな」とカラエスは鼻で笑う。
「しっかし、フェンリルが出てくるとはね。早く行かないとその子も連れ去られちゃうんじゃないの?」
「......っ」
バラガの緑の瞳に翳りと悔しさが混じる。
オパールが三叉槍と短剣を消滅させてくれたおかげですでに傷の痛みは殆どない。貫かれた体はゆっくりと再生し、今ならば魔法の一つや二つ放つことは可能だろう。
バラガが精霊石の入った左手に魔力を集中させようとした時、カラエスが言った。
「勝ちすぎる勝負などつまらん。さっさと行け。オレの目的は光の力だけだ。あの女が連れ去られた今、おまえに用はない」
その言葉は本気なのだろう。さっきまでの狂気のようなカラエスの戦気はなくなっており、彼の周りの空気が落ち着いたものに変わっている。
「...光の精霊王は渡さない。それにあの子は『眠り姫』なんかじゃない』
薄茶色の髪を風になびかせ緑の目の少年はそう言うと木の葉が舞う景色の中に溶けて姿を消した。
スキットル◇携帯用の小さな酒瓶。ガラス製は壊れやすいのであまり使われないが、カラエスは精霊王なので割らずに持ち歩けるのである。多分。