14.水を司る者
水面の泡から形を成し現れたその生物は黒い毛並みに緑色の鱗のようなものが散りばめられ、長い尾一つずつが細い蛇になっている。
高い嘶きをあげ、前足を絶え間なく動かしていてかなりの興奮状態のように見えた。
「馬っ!?」
あまりの奇怪な姿に私が驚愕の声をあげると、ラタが答えた。
「あれはケルピーよ!泉や川に住む妖獣だわ」
ラタは吠えると毛を逆立て、馬に似たケルピーという妖獣に緑色の竜巻を放つ。
ケルピーを捕らえた渦巻く強風は、風に踊る木の葉の刃で対象を切り刻む。
ヒヒイィィン!!
ケルピーは高く嘶くと、ブルルと体を震わせ、木の葉を吹き飛ばした。
「ふぅん、ユグドラシルの聖獣か。面白いのがいるな。ケルピーよ、遊んでやれ」
カラエスの言葉に答えるように、ケルピーはラタに向かって走り出し、その鼻面で小さなラタを押し飛ばす。
「ラターーっ!!」
私が声をあげると、ラタは空中で飛膜を広げくるりと回転し、今度は目の前に沢山の小さな球状の粒をだした。
『フォレスト・ブレス!』
小さな粒たちはどうやら木の実らしく、次々と高速でケルピーに打ち当たり、ケルピーはうめき鳴く。
「見かけによらず、なかなかやるねぇ」
ヒュンッ
楽しそうな表情でラタとケルピーの戦いを見ていたカラエスの髪の数本を一本の銀の矢が射抜いた。
パサリと水面に落ちた青髪はすっと溶けるように水に消える。
「おまえの相手はこっちだ」
カラエスを睨みバラガが言った。
「...無駄と言ったはずだがな。まぁ、暇つぶしにはなりそうだから、相手してやるか」
ふぁさりと髪をかき上げ、カラエスがニヤリと笑った。瞬間、彼の周りの水が生きているかのように立ち上がる。
『遊んでおいで』
カラエスの言葉に水がバラガめがけてすごい勢いで襲いかかる。
(水に飲まれる!!)
『グリーンダム』
バラガは左手を前にかざす。
空から無数の小枝が現れ重なり合い、バラガを守るように壁を作った。
壁に打ち当たり水は飛散し小枝は消滅する。
飛散した水しぶきの中からバラガが銀の弓をかまえ矢を放った。
『エレメンタル・アロー!!』
すかさず魔法を唱えたバラガの体から淡く光りが放出され、その光が銀の矢を追い一体化する。
光をまとった矢はカラエスめがけてまっすぐに突き進んだ。
『トリアイナ』
カラエスの頭上に三叉槍が現れ、光の矢を迎え撃った。銀の矢は光を撒き散らし砕け散る。
「なかなか楽しませてくれるな」
これだけの魔法の攻防でもカラエスの余裕な態度は崩れなかった。
三叉槍を掴み、戦いを楽しむかのように口角をあげている。
カラエスは、水の精霊王で4大精霊だと言っていた。それがどれくらい強い精霊なのかはわからないが、森の精霊王であるバラガより格が上であるのだろう。つまり、このまま攻防が続けば魔力を消費しバラガが不利になる可能性が高い。
「なんとかしなきゃ。私の器の力はなんでこんなときに何も教えてくれないんだろ」
ギュッとオパールの石を握って、結界を壊した時のような詠唱の言葉が思い浮かぶのを期待するが、石は淡く光るだけで何も応えてはくれない。
(待てよ...さっきから思うのだけど、バラガとカラエスの魔法は互いに打ち消し合いをしているように見えたわね。)
こーいうときはどうするんだっけ?
消えかけた前世の記憶を必死で手探り寄せる。
(思い出せ!私!)
「きゃああっ」
考え込んでいた私の眼前に血しぶきと悲鳴が飛ぶ。
「え...?」
ドサッ
顔を上げると血塗れになった白い聖獣が空から落ちてきた。
ケルピー◇美しい馬に似た容姿をした幻獣。Another Elementsの物語の中では幻の獣ではないので、妖獣に分類。
ユグドラシル◇9つの世界を支える世界樹。
トリアイナ◇津波や洪水をも引き起こす三叉槍。