12.花束
「ほんとに君たちは仲がいいよね」と口元に微笑を浮かべるバラガは、ラタがサンドウィッチを食べ終えたのを確認すると、真面目な顔でラタに向き合った。
「あちらの様子はどうだった、ラタ?」
「変わりはなかったわ。でもコランバイン男爵が明日にでも領地に帰ってくるって使用人が話してた」
「男爵が?」
どうやらラタはすでに一度精霊の森に帰り、報告のためにまたこちらまで帰ってきたみたいだ。
地図では精霊の森に西北から回るとちょうどコランバイン男爵領を通るらしく西北周りの駅馬車はその領地が最終駅となっている。
「...ラタ、手を」
差し出されたバラガの左手のひらにラタが小さな可愛い右手をおいた。
「お...」
「御手じゃないわよ!!」
ラタのツッコミに、まだ何も言ってないじゃんと私が軽く拗ねていると、バラガが笑って教えてくれた。
「僕の左手には僕の精霊石が入っていてね。こうやって触れると相手の心と会話することができるんだ。周囲に人が沢山いるときに便利なんだよ」
しばらくラタと心で会話したバラガはラタと手を離すと申し訳なさそうな顔をして私を見た。
「オパール、このあと僕たちの馬車はコランバイン男爵領内に入ることになる。少し気になることがあって男爵領で寄りたい場所があるんだけどついてきてくれるかな?」
「うん、私は構わないけど。一体どうしたの?」
「コランバイン男爵領には僕の友達がいてね。幼い頃から体が弱くて寝たきりなんだよ。ちょっと様子を見に行きたくて」
友達?体が弱いということはその子は人間なのだろうか。
ふと、横を見るとラタが複雑な顔をしていた。
もしかしてバラガの友達は何かすごく重い病気なのだろうか。
でも、精霊王であるバラガが人間と仲良くしているなんて、人間時代の記憶が残る私には嬉しいことだ。
「そういうことなら確かにお見舞いにいかなきゃ。...そうだ!ちょっと待ってて!」
私はガゼボの浅い階段を降りると、その周辺に咲いている花を摘み花束にした。
また階段を駆け上がりバラガに花束を見せる。色とりどりの花を選んだから我ながらとても鮮やかで綺麗な花束ができたと思う。
「はいっ、バラガ。その子に渡そうよ」
バラガの手に花束を渡すが、バラガはなぜかその花束を握ったまま動かない。
花束を見つめたまま彼の緑の瞳は大きく見開かれている。
「どうしたの?」
私が聞くと彼はビクッと肩をゆらした。
「...っ、ううん、何でもないよ。綺麗な花束をありがとう。オパール」
そう言っていつもの優しい笑顔を見せてくれたが、なんだか少し寂しそうな顔に見える。
今すぐにでもお友達のお見舞いに行きたいだろうに私に付き添ってくれていてそれができないからだろうか。
なんだかすごく申し訳ない気がした。
でも、バラガは何故ここまで親切にしてくれるんだろう?
見た感じ、私の力を欲してるようにも見えない。
「バラガは、なぜ私を助けてくれたの?」
ん?と片手で風に揺れる薄茶色の前髪をかき上げながらバラガは答えた。
「なぜ?と言われたら、そうだな、友達になってほしいからかな」
「もう友達だと私は思っているよ」
バラガは薄く笑っただけでまた花束に目を落とした。
「あっ、そうだ!こんなのも作れるよ!」
なんとかバラガに元気を出してもらいたくて、ささっと花の冠を作る。日本人であったときの幼いときの記憶をたどって。私のおばあちゃんが教えてくれた懐かしい花冠だ。
「ちょっ、ちょっと!人の頭に何をのせたの!?」
小さな花冠はラタの可愛い頭に、大きな花冠は自分に。頭にのせた花冠を見たバラガは、似合ってるよと私達に微笑んだ。
「ラタ、あっちに小川があるから水に姿を映して花冠を見てみようよ」
ガゼボ前の緩い坂を駆け下りる。
「ちょっとー!待ちなさいよ!あんたは勝手な行動ばかりしてーっ!!」
ラタが飛膜を広げて後ろからついてくる。
「アクア。僕は間違えているのだろうか」
駆け下りる私の耳を風がヒュウヒュウと音を鳴らして横切り、その時バラガが花束を見つめながら呟いた声は私には届かなかった。