10.フロージの平和
「オパール」
すっと出されたバラガの手につかまり駅馬車に乗る。
乗り場には何故か私達以外には乗客がおらず、6人ほど乗れそうな座席の好きな場所に座ることができた。
「へぇ、中はこんな風になっていたのか。」
精霊王である彼も駅馬車に乗るのは初めてなのだろう。私達2人が興味津々で内装を眺めていると、開け放していた扉から御者らしき青年がチケットの確認をしにきた。
行先と中継地点の確認、魔物に遭遇した際の注意事項......は?...魔物?
「聞いてないんですけどおぉぉぉ!!」
「どうしたの?オパール」
「だっ、だって今御者さんが魔物に遭ったときは、って、えぇっ、魔物ってモンスター?なにそんなゲームみたいなのがいるの!?」
「そりゃ、普通はいるよ。魔物や魔王ぐらい。」
ゲーム?と眉を寄せながらバラガが答える。
いや、普通はいないです。確実に日本にはいなかったです。というか、今さらっとさらにヤバいこと言わなかった!?
「魔王......」
「大丈夫だよ、オパール。魔王は引きこもりな人だから魔王城からでてこないよ。安心して。」
魔王が存在するって事実のどこをどう安心したら良いのかはわからないけど、城から出ないならとにかく光の力を狙うために追われたり襲われる可能性は低い。
なら気にしないでおこう。うん。気にしない。魔王はこない。気にしない。魔王はこない。
というか、引きこもりな魔王って何...
私が動揺してる間に一通りの説明が終わった御者の青年は不思議そうな顔で私達を見た。
「あんたたち、フロージの聖花祭に来たんじゃないんだな?」
「聖花祭?」
「知らないのか?街の通りを通ってここにきたんだろ?だったらどの家も花が沢山飾ってなかったか?今日は聖花祭なんだ。しかも今年は敬愛する国王陛下が退位なさるから皆思い切り派手に街を飾ってるんだぜ。」
「なるほど、そういえばこの国の王はそろそろ齢80ほどだね...王太子に譲位が決まったのか」
バラガが顎にその白い指を添えて納得したように頷いた。
「あぁ、もうすぐ退位の儀で国民への挨拶が王城のバルコニーで行われるはずだ。
ここからも遠目で見えるかもな。」
あんたたちは知らないかもだけどさ、と御者は続ける。
「国王様は素晴らしい人なんだぜ。戦時中、まだ国王が幼い王子だったときに、前国王が間者に毒をもられたんだ。王子は父である国王のために城を抜け出し毒消し草を探し回った。
だけどな、春には芽すら出さないその毒消し草はどこにもなかった。」
ん?春には咲かない毒消し草?
なんか似たような話をきいたような
私は首を捻る。
「でも王子は諦めなかった。ちょうどその時さ、この国の守護精霊である光の大精霊様の祭壇の周りが花で咲き乱れたのは。
精霊の加護のあるその場所になら春にない花も咲いているかもしれないと王子は思った。
王子は祭壇に向かった。精霊の祭壇の周りは結界がはられていて、近づく度に魔力が削がれるんだけどな。王子はくじけなかった。
そして王子は光の大精霊様に会うことができ、大精霊様は大地からその毒消し草を芽生えさせ、光の道を作り王子を城まで帰したんだ。」
見なよ。と駅馬車の壁に貼ってある小さな絵画に顔を向けた。
絵画には青い花と剣を頭上に掲げ跪いた少年とその少年を優しく見つめる髪の長い女性が描かれていた。
「クリストファー王子...」
「あぁ、クリストファー国王の王子時代の絵さ。旅のお守りにどの馬車でも貼ってる」
「クリストファー国王は、王子時代の間に国の外交を一手に握り貿易を推進し国の基盤を作ったんだ。
王になってからは各国と不可侵条約を結ぶのに尽くされてな。おかげで今の平和なこの国があるんだ。」
御者は自慢げに話すと、おっと出発時間だ!と扉を閉めて御者台に向かった。
嘶きが聞こえ4頭の馬が走り出す。
「あれから何十年も経ってたんだ...。
あなたはあのときの約束を守ったのね。」
ポツンと呟いたセリフにバラガが反応した。
「クリストファー国王は君の知り合いだったのかい?」
私は目を細めて窓の外の小さくなっていく王城を見る。
「えぇ、彼はとても素敵な知り合いよ。」
次の瞬間、私は馬車の窓を全開にした。
私の白金の髪が風に舞う。
「バラガ!今ならいいかしら?」
私はポケットからオパールの石を取り出す。
「あぁ。君の大切な知り合いの記念の日だ。彼の今までの功績を讃えてあげたらいい。僕らは王都からすでに離れた。気にせず好きなようにね」
「ありがとう!!」
両手に包んだオパールが優しく光った。
その光に合わせたかのように、王城にキラキラと光の粒子が舞い降る。
うおぉぉ、と歓声があがり、国民達がクリストファー国王の名を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
クリストファー王子、あれからもあなたはとても頑張ったのね。
あなたが築き上げたこの国は素晴らしい国だわ。
あなたに祝福を。
この国が末長く幸せでありますように。