表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬の苺~クマネズミ君からの贈り物~

作者: mitoka

 まだまだ肌寒い、春先の晴れた日の事です。

お母さんや兄弟と別れて暮らす事になった雪の様に白いネコ君は、黄色い蝶々(チョウチョ)が飛び始めた菜の花畑と苺畑の真ん中に作られた畦道(あぜみち)を一人、シクシク泣きながら歩いていました。

苺畑で麦藁帽子(むぎわらぼうし)を被り畑仕事をしていたクマネズミ君が、泣いているネコ君に気付いて「どうしたの?何か悲しい事でもあったのかい?」と作業の手を止めて話し掛けます。するとネコ君は、手の甲で目を(こす)りながら「(ひと)り立ちしなければイケナイ時期が来てしまって…、でも(ぼく)、もっと皆と一緒に居たかったの……。」と更に大きな声を上げて泣き出してしまいました。

困ってしまったクマネズミ君は「そうなんだ、(つら)かったね」と同情の言葉を掛け「そうだ!良い事を思い付いた♪」と言って、苺の(くき)を太く育てる(ため)摘花(てきか)した[摘()み立ての苺の花]を花束にしてネコ君に手渡し「僕の仕事を手伝ってくれたら、僕が一緒に居てあげるよ!」と言い出しました。

ネコ君は驚き「本当にホント?」と(たず)ねます。クマネズミ君は「本当だよ!正直、僕も一人で困っていたんだ」と優しく笑い「手伝ってくれるかい?」と(たず)ねました。ネコ君は(うれ)しそうに「じゃあ、ずっと一緒に居てね」と言います。クマネズミ君は返事の代わりにニコニコ笑って「住む場所はもう決まってる?無かったら、僕の家においでよ」と言いました。


 クマネズミ君の家は土壁、藁葺(わらぶ)き屋根の農家らしい作りの御家です。昔は親族皆が集まって一緒に住んでいたそうです。クマネズミ君が「今は僕、独りきりだから気兼(きが)ね無く住んでおくれよ」と言うので、ネコ君はその日から、クマネズミ君の家で住み込みの仕事を始めました。

3食の美味しい御飯付きで御昼の休憩の時に縁側(えんがわ)で日向ぼっこ出来るのは、素晴らしい環境であるけれども、農家の仕事は朝が早く、ネコ君にとっては朝起きるのが大変でした。だけどネコ君は、他に行く場所も無かったので、毛艶(けづや)が悪くなる(ほど)に一生懸命、頑張りました。

そんなネコ君を目の当たりにしたクマネズミ君は、ネコ君の事が心配になってしまいます。

クマネズミ君は、ネコ君がクマネズミ君の家に住み出した近い時期から、(となり)に住み出した御近所さん、お兄さんキツネに相談します。

お兄さんキツネは、クマネズミ君とネコ君の生活状況を質問し「ネコ君にとって家が寒かったり、食生活に問題があったりするのでは?」と言って、サンルームと油揚げを勧めました。

クマネズミ君は、お兄さんキツネに御礼を言い。縁側の外側にガラス戸を設置し、献立に油揚げを加える事にしました。お兄さんキツネが時々…、呼んでも無いのにゴハンを食べに来る様になったけれど…、ネコ君の毛艶が戻ったのでクマネズミ君は胸を撫で下ろしました。


 本当の春が来て、温室栽培では無い露地物(ろじもの)の苺が出来ると…、ネコ君にとっては初めての…、途中からでも自分が手掛けた作物の収穫となりました……。ネコ君は嬉しくて仕方が無くて、もう、来年の話を始めています。

クマネズミ君は「君は来年も、この場所に居てくれるんだね…ありがとう……。」とネコ君に言い。[来年は、君が好きな種を植えて良いんだよ」と言ました。

ネコ君が「何を植えるかは、一緒に決めようよ」と言うと、クマネズミ君は少し涙ぐんで、今日も返事の代わりにニコニコ笑っています。ネコ君は何故(なぜ)だか、とっても明確(めいかく)な返事が欲しくなってしまいました。

出会った日の事と、先程(さきほど)収穫して一緒に味見した苺の味を思い出し、ネコ君は無理矢理クマネズミ君と一つの約束を取り付けます。

「来年も一緒に苺の花を見て、実を育てて、一緒に食べようよ!絶対に!だよ?」

クマネズミ君は少し困った様な表情を見せ「そうだね…、一生懸命、守れるだけ、頑張って約束を守るよ」と笑っていました。


 今日も農家の仕事は大忙しいです。種を取る為に残した作物から種を取っては、クマネズミ君が個別の種袋にメモを残し…、肥料を与えると、どの植物に何時(いつ)、何の肥料を与えたか?とかをクマネズミ君が一人で、それぞれの作物の個別の育成日誌に書き込んだりしています……。

何時だったかネコ君が「メモや日誌を書くのって、そんなに大切な事なの?」と()くと、クマネズミ君は「僕にとって、とても大切な事だよ」と言っていました。

春撒きの種…、豆類に南瓜(かぼちゃ)西瓜(すいか)の種に胡瓜(きゅうり)にピーマン、トマトに大根、人参(にんじん)、葉物野菜、向日葵(ひまわり)の種…と、色々な種類の種を二人で一緒に撒きました……。クマネズミ君は何時も通り、メモや日誌を書き、今日は雪の結晶柄の植木鉢に一つ、何かの種を特別に撒いていたみたいです。

ネコ君が「もう、クリスマスの準備?」と言うと、クマネズミ君は声を出して笑い「良いね、それ!うん、そう言う事にしておこう」と言いました。

夏に西瓜・胡瓜・ピーマン・トマトを収穫しました。暑い中で毎日の水やりと雑草引きは大変だったけど、ネコ君はクマネズミ君とずっと一緒に居られて凄く嬉しく思っていました。作った作物を一緒に食べて、笑い合って、一緒に仕事をして、時には喧嘩したり、一緒に遊びに出掛けたりして幸せでした。


 秋の収穫祭の日、ネコ君はクマネズミ君の誕生日を知りました。

ネコ君は「本当に、数日後の誕生日で一歳になるの?クマネズミ君は大人っぽいから、もっと僕より年上なんだと思ってたよ」と本気で驚いていました。クマネズミ君は何時もと同じ様に笑い「ネコ君は、もっと色々知らなければいけない事があるかもしれないね」と自分で言って、自分で驚き「そうだ!クリスマスプレゼントには、ネコ君にでも読み解ける易しい一般教養の本を買っとかなきゃだ!」と言いました。

「ちょっと待って、クマネズミ君…、それ本人の前で言うのって、何だか酷くない?」

「ゴメン、ゴメン…、でもね、僕はネコ君の事が本当に心配なんだよ…、今日だって、お兄さんキツネ以外の村の住人と目も合わせないし、最近、新聞のTV欄以外を読んだのは何時?面白いネタ以外のインターネットニュースは勿論(もちろん)、TVのニュース番組だって、面白くないって言って観ないでしょ?そう言うのって駄目だよ、時に、ニュースになる様な事を知っておく事は大事なんだよ?」

「えぇ~…、そう言うのはクマネズミ君が見聞きして、大事な事は僕にクマネズミ君が教えてくれるから大丈夫だよ♪」

「今は良くても、将来の為に習慣付けとかなきゃ後で困るよ!僕と君では、寿命の長さが違うんだから!」

「大丈夫、大丈夫♪クマネズミ君は、死ぬまでずっと、僕と一緒に居てくれるんだろ?」

「そうだね、君が僕から離れない限り、僕は死ぬまで君の(となり)に居るつもりだよ!…そう、僕は決めているんだけど……。」

「なら、それで良いじゃないか♪僕はクマネズミ君と喧嘩(けんか)したくないから、この話は御仕舞(おしまい)♪」

ネコ君は、この手の話になると、何時の間にかクマネズミ君から逃げてしまう様になっていました。

「困ったな、僕はネコ君を甘やかし過ぎてしまったのかもしれない。」


 そうこうする内に、クマネズミ君の誕生日の日がやって来ました。

ネコ君は如何(どう)しても、クマネズミ君にサプライズがしたくて、お兄さんキツネに相談します。すると「準備する時間が足りないから、回覧板(かいらんばん)へのサインを貰って来る(ついで)に、この村に住む他の住人達も誘っておいで」と言われ、ネコ君は一人で一軒(いっけん)一軒、村にある家々を回る事になりました。

ネコ君が緊張の為に目尻に涙を溜め、顔を真っ赤にして必死で頼んで回ったので、村の住人は全員参加してくれます。なので、収穫祭をしたばかりなのに、クマネズミ君の誕生日が御祭みたいになってしまいました。

クマネズミ君は事の大きさに驚きつつも(よろこ)び、頑張ったネコ君を一度、ぎゅっと抱締(だきし)め…、皆に御礼と、引込み思案なのに頑張ったネコ君への個人的な称賛(しょうさん)…それから応援演説紛(おうえんえんぜつまが)いの事を言って回っていました……。

廃村の住人は(なご)やかな雰囲気(ふんいき)で笑い。ネコ君は、今日初めて(しゃべ)ったシマリスお姉さんの勧めでドングリを拾いに出掛け、ヤマネ君にドングリの磨き方を習い。

クマネズミ君にクマネズミ君の大好きなピッカピカのドングリのネックレスを自分で作ってプレゼントします。クマネズミ君は嬉し過ぎて泣いてしまいました。


 その後の種撒き…秋撒きの種…、レタスにセロリにホウレンソウ、エンドウ豆や空豆も撒きました。ネコ君は「来年が楽しみだね」と笑っていました。クマネズミ君は今日も返事の代わり優しく、慈愛(じあい)に満ちた目でネコ君を見て微笑んでいます。


 それから幾日(いくにち)も過ぎ去り、冬になりました。初雪を見た日、冬生まれだったネコ君の誕生日も判明しました。

前回、クマネズミ君の誕生日の時、猫であるネコ君が猫が食べてはイケナイ物まで食べてしまって大変だったのと、冬で冬眠してしまっている住民も居るので、今度は二人だけのパーティーです。

クマネズミ君は「本当はクリスマスプレゼントにしようと思ってたんだけど」と言って…、(つぼみ)に花、青い実の付いた苺の(なえ)をネコ君にプレゼントしました……。それは春、二人で一緒に初めて種蒔きをした日。クマネズミ君が特別に雪の結晶柄の植木鉢に撒いていた種から発芽し、クマネズミ君がずっと大切そうに育てていた苺です。何時の間にか、氷を乗せたガラスケースの中から出して、温かい部屋の中での温室栽培に切り替え、冬に苺が食べられる様に育てていた御様子です。ネコ君は嬉しさの余り泣いてしまいました。そうこれは、ネコ君にとって初めての幸せ過ぎる誕生日でした。


 続いて来たる。クリスマス。

「え?!本気で買ったんだ…教養の本……。」

「ネコ君の為だけじゃなくて、僕も読んでみたかったしね…、それに立ち読みしてみたら、僕でも結構知らない事が書いてあって面白かったんだよw」

「えぇ~…本当にぃ~?」

「無理には勧めないよ、本当のクリスマスプレゼントはコートと帽子、マフラーに手袋だからね♪」

「え?嘘?!僕等、同じ様な事を考えてたんだねw」

クマネズミ君からネコ君へのクリスマスプレゼントは、全部真っ白で、水色の雪の結晶がデザインされた物。

ネコ君からクマネズミ君へのクリスマスプレゼントは、クマネズミ君が好きな葉っぱの様な緑色で、クマネズミ君が大好きなドングリ柄でした。

二人は互いからのクリスマスプレゼントを着て身に付け、見せ合い「「似合うね♪」」と()め合いました。


 正月には、雪が積もりました。ネコ君みたいな真っ白い雪です。

二人は今日も仲良く、作り置きの御節料理(おせちりょうり)を一緒に食べ、互いにプレゼントして貰った物を着込み、積もった雪で雪達磨(ゆきだるま)を作りました。猫と(ねずみ)の雪達磨が家の周りに沢山並びます。

「今年は一人ぼっちで、雪達磨を作るのかもって思っていたから、ネコ君が居てくれて僕は本当に嬉しいんだ♪ずっと一緒に居てくれてありがとう、ネコ君♪」

突然、クマネズミ君が改めてそんな事を言うモノだから、ネコ君は大慌て「水臭い事言うなよぉ~」と少し照れながら「恥しいじゃないか」と言います。その日は二人で一緒に、沢山、色々な雪遊びをして楽しみました。

冷たくなった手足を囲炉裏(いろり)で温め…、クマネズミ君に教わって、ネコ君が作れる様になった温かい汁物料理を一緒に食べて体を温め、何時もの様に布団に入って御喋りして、一緒に眠りに付いたのです……。


 それ以降、クマネズミ君が目を覚ます事はありませんでした。

次の日から、ネコ君は部屋を暖め、クマネズミ君が目を覚ますのを待ち続けています。お兄さんキツネが七草の塩付けを持って遊びに来るまでずっと、ネコ君は、現実が信じられないでいました。


 扉を3回叩く音と「遊びに来たぞぉ~」の声、お兄さんキツネが来た時の何時もの合図です。ネコ君が扉を開けると、笑顔だったお兄さんキツネは何かを察知した様子で表情を硬くし、ネコ君に「大丈夫か?」と真剣な眼差しで問い掛け、返事を待たずに急ぎ足でクマネズミ君の元へ向かいました。

幸せそうに眠るクマネズミ君と対面し、お兄さんキツネは目を閉じ、クマネズミ君に向かって静かに手を合わせます。

そしてそれからネコ君を薄暗い部屋から連れ出し、ガラス戸で外と切り離され、冬の柔らかい日差しで温められた縁側へ…、クマネズミ君が何時も(あらかじ)めネコ君の為に準備していた座布団と膝掛けを縁側に設置された棚から取ってネコ君に渡して…、その棚に同じく常備されているオモテナシセットで、お兄さんキツネが湯を沸かし、熊鼠印の茶筒(ちゃづつ)に入った茶葉を急須(きゅうす)に入れ、クマネズミ君が何時もしていた様に御茶を入れました……。その後、ネコ君に食事を取らせ、一息付いてから、静かに[何故、クマネズミ君が、この場所に留まっていたのか?]をネコ君に教えてくれます。それはネコ君が知ろうともしなかった真実でした。


 まず、お兄さんキツネはネコ君を気遣い[クマネズミ君が老衰(ろうすい)で死んだ事]をネコ君に教えてくれました。熊鼠の寿命は1年~長くても2年までなのだそうです。クマネズミ君は比較的長生きした方だと、お兄さんキツネが言います。ネコ君はそこでやっと、この廃村に住む動物の住民達が[クマネズミ君の誕生日]を盛大に祝っていた意味を知りました。寿命まで生きている事が既に凄い事だったのです。


 そこから導き出される(なぞ)、クマネズミ君は何故、其処(ここ)に留まっていたのでしょうか?ネコ君が知らない事は、クマネズミ君に代わり、今日は、お兄さんキツネが教えてくれます。


 この村は以前、人間が住む村でした。でも今は廃村です。

本当なら、クマネズミ君も人間の移住に合わせ、家族と一緒に引っ越しする予定でした。ですが…、先祖代々住み続けていた家や畑を捨てる事にクマネズミ君は躊躇(ちゅうちょ)してもいました……。

そんな時、世話をしなければ駄目になってしまう作物をそのまま残して行く事が如何しても出来なくて、老い先短いクマネズミ君の祖父が居残りする事を決めます。そう決めたのですが…、冬場の農作業が祟って、引っ越しの数日前に死んでしまいました……。

クマネズミ君は、祖父が最後に手掛けた苺の種を…次に移り住む場所までどうしても持って行くたくなって、祖父に代わり一人[苺の収穫が終わるまでの約束]で、廃村に残ったのです……。

あの時、あの時期にネコ君が、この廃村に迷い込んでいなければ…「じゃあ、ずっと一緒に居てね」とか言わなければ…、クマネズミ君は未練を断ち切り、新天地へ(おもむ)き…、御嫁さんを貰って、子孫を残していたかもしれません…ネコ君はそう思えて仕方がありませんでした……。


 自分を責めるネコ君を見て、お兄さんキツネは溜息を吐きます。

「ネコ君、君は何も悪い事なんてしていないよ。先に引っ越したクマネズミ君の妹さんは、ネコ君に出会った事を兄が都合の良い様に利用し、廃村に居残る為の丁度良い理由に仕立て上げたのだろうって言っていたよ。寧ろ…、クマネズミ君の家族は、君に対して…、クマネズミ君を[一人にしないでいてくれてありがとう]って言っていたよ」と言いました。

お兄さんキツネは、クマネズミ君の祖父に冬場、食べ物を分けて貰って命を救われた事があったので、クマネズミ君の家族に頼まれ、ずっと様子を見守ってくれていたそうです。そんな、お兄さんキツネが慰めようとしても、他の冬眠していない動物達が様子を見に来て、慰めの言葉を掛けても、ネコ君が笑ってくれる様になる事はありませんでした。皆がネコ君を心配して、ネコ君の住むクマネズミ君の家に通いました。でも、通った理由は、それだけではありません。

猫も熊鼠も本来、人間の住む人里に住むべき生き物で、山向こうにはまだ、人間の住んでいる村があるのです。クマネズミ君の時に移住を強要しなかった廃村に住む動物の住民達は、凄く後悔していました。子孫を残せなかったクマネズミ君の二の舞にネコ君がなってしまわない様、ネコ君に移住を強要したのです。皆は口々に「人里には同じ猫種の動物が居る筈だ、御嫁さんを貰って子や孫を残して、ココに遊びに来たいなら、子や孫を連れて遊びに来れば良いじゃないか」と「クマネズミ君も、そう望んでいるよ」と言うのです。何度も何度も同じ事を皆が言うので、ネコ君は数日後、流されるまま同意しました。


 移住を同意してからの更に数日、ネコ君は日が昇ると日がな一日、引っ越しの準備をする事も無く、縁側で寝転がって過ごしていました。

そして移住先が決まったある日の事です。

ネコ君が何時もの様に縁側で寝転がっていると、ふと誕生日に貰ったイチゴの苗の植木鉢が目に入りました。何故だか何だか植木鉢の(ふち)から何かが剥がれ掛けています。植木鉢の淵に何時の間にかマスキングテープが貼られていたのです。マスキングテープの表面には鉛筆らしき物で書かれたクマネズミ君の字が見て取れます。ネコ君は苺の葉を手で軽く除け、その文字・文章を読んでみました。

『植物の様に種を残せない僕は、ネコ君に対して残せるモノを出来るだけ残してきたつもりです。僕が残した物の中で、ネコ君が必要な物を必要なだけ貰って下さい。Byクマネズミ』

『追伸、お兄さんキツネ君は稲荷寿司(いなりずし)が大好物です。熊鼠印のレシピ帳に黄色い付箋(ふせん)を付けておきました。御世話になったら、御礼用に稲荷寿司をネコ君が自分で作って、御裾分け名目で稲荷寿司をお兄さんキツネに渡して下さいね。』

ネコ君は植木鉢を抱いたまま、突然ピョコンと起き上がり、走ってキッチンへと向かいました。


 キッチンにはクマネズミ君の家族が歴代書き足していた日誌と、これまたクマネズミ君の親族が歴代掛けて書き上げたレシピ本が数冊置いてあります。その総てに付箋やらタグやらが付け足されていました。それは総て、ネコ君がココに来てから、クマネズミ君が付けていた物です。

「クマネズミ君…コレじゃどれか分んないよ……。」ネコ君は久し振りに笑いました。クマネズミ君が生きていた時以来の事です。

ネコ君が付箋やタグを一つ一つ確認して行くと、全部にクマネズミ君からネコ君へのメッセージが追記されています。良く見ると書棚自体にも『ネコ君へ、出したら片付けてね!』と書かれていました。食器棚、冷蔵庫にも直接、ネコ君へのメモがあります。食料庫にも勝手口を出た先の倉庫にも、倉庫で保管された物や、その置き場、種袋にも一つ一つ丁寧に、クマネズミ君からのネコ君への言葉が残されています。ネコ君は急いで縁側に戻りました。ネコ君が何時も寝そべる場所にも、ネコ君への言葉が書き残されています。『風邪引くから座布団敷いて、寒い時期は膝掛けを使おうね!縁側に作り付けた棚に置いてあるからね!!』そう言えば、元はその場所に座布団も膝掛けも置いて有りました。置いてあった棚にも『ネコ君へ、使ったら片付けましょう!』って書いて有りました。

しっかり見て見れば、行く所行く所、須らく、クマネズミ君からネコ君への書置きが残されていました。全部が全部、何時もクマネズミ君がネコ君に言っていた言葉です。クマネズミ君はもう居ないけど、この家にはネコ君のクマネズミ君が存在しています。

最後に今年掛けるのを忘れていたカレンダーに手を伸ばしました。曜日の記載の無いクマネズミ君の御手製のカレンダーです。

カレンダーには、色々な植物の名前が書かれたタグが付けられていて…、種の蒔きの時期と適した手法……、必要な手入れの時期と方法…、収穫時期の見分け方、収穫のやり方…、一番良い種を残す為に必要な条件と適切な手順、又は、株分けのワンポイントアドバイスまでしっかりと書かれていました……。

裏表紙には[誰に、どの植物を御裾分けしたら喜ばれるか?]まで、ちゃんと明記されていて『御裾分けは、御近所付き合いの慣用手段(かんようしゅだん)だから、気負わずに、毎日の挨拶と同じくらいな気持ちで持って行くと良いよ』と、人見知りなネコ君を応援する為の優しい言葉が書かれています。

ネコ君はカレンダーを見詰め、笑いながらポロポロと涙を零しました。


 ネコ君はその日の内に、熊鼠印のレシピ帳を片手に料理を始めます。心配してくれた皆に御礼をする為です。そして、出来あがった料理を持って、一軒一軒を回りました。皆、諦めた様に喜んで受け取ってくれます。

最後に、お兄さんキツネの所には、クマネズミ君が指定した稲荷寿司を持って行きました。お兄さんキツネは呆れ顔で「本当に後悔はしないのか?」とネコ君に訊ねます。

ネコ君は[もう大丈夫だよ!]と言うかの様に笑顔を見せ「あの家は、クマネズミ君から僕への贈り物が詰まっているんだ♪何一つでも受け取り損ねたりするのは嫌なんだよ!だから僕は絶対に、あの家から離れないって決めたんだ」

「あぁ~ホント、困った奴だなぁ~、仕方ないから、俺もそれに付き合うよ」

お兄さんキツネも廃村に住む動物の住人達同様、ネコ君の決定を受け入れました。


 それからと言うモノ、ネコ君は熊鼠印のレシピを切っ掛けに料理に目覚め、廃村に迷い込んできた動物達に料理を振る舞い。宿を提供し、畑仕事に精を出しながら、クマネズミ君からの贈り物と寄り添って死ぬまで廃村に住み続けました。ネコ君も、クマネズミ君と同じ様に、幸せそうでした。


 (かつ)て、迷い込んだ猫の子の一匹が、ネコ君の家族になりました。その猫の子は、廃村の住民に受け入れられて、ネコ君の子や孫達を残します。冬になると、ネコ君の子孫達を中心にして、色々な動物が理由も知らずに、人間みたいに室内で[冬の苺]を育てて贈り合う様になりました。もしかしたら、その贈り物合戦は、クマネズミ君がネコ君に冬の苺をプレゼントした[その名残り]なのかも知れません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] クマネズミくんの想いにぐっと心が締め付けられるような気持ちになりました。 受け継がれる「おくりもの」があったんですね!
2024/01/02 08:35 退会済み
管理
[一言] クマネズミ君、ネコ君、それぞれの違いを知りながら、少しずつ手探りで暮らしていたんですね。確かにクマネズミ君の食生活や生活環境ではネコ君も毛艶が悪くなってしまうでしょう。アドバイスをくれた後か…
[一言] クマネズミ君の寿命が短いのは文中に匂わせられまくっていたので覚悟はしていましたが、彼の残していったものの大きさにぐっときました。 死ぬのはいいですけど、残していくものがあると心配でたまりませ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ