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8:食後のお話

 朝が来た。

 昨夜は色々と起きたが、まず第一に重要なことが判明した。それは、俺はどうやってこの村(集落?)にやって来たのか、だ。それについてはグレイズが話をしてくれた。

 昨晩...というか既に一昨日の夜だが、俺がいたあの森“エルワナの森”に『オーディア』と呼ばれる人達の一グループが入っていたらしく、その人達が倒れている俺を見つけてこの村まで運んでくれたのだと言う。彼らの目的は、この村にある『万事請け負い受注所』という所から受けた仕事(そこでは“依頼”と言うらしい)である森の猛獣の駆除で、その日は帰り際に『ブーブー』という駆除対象の生物を見つけたらしい。普段なら辺りが暗くなる前に森から出なければならないのだが、その日はあまり対象となっている生物が見つからず、仕事の報酬が期待出来なかったのだという。どうやら、受注した仕事は営業と同じで歩合制らしい。

 そんなわけで、彼らがブーブーの後をつけていくと、突然ブーブーが走り出した。オーディア達は勿論追いかけたが、ブーブーに気づかれないように距離をとっていたことが災いし、すぐにその姿を見失ったらしい。そこで彼らが、流石に諦めて村へと帰ろうと決め踵を返したその瞬間、少し遠くの方から、ほんの一瞬だけ人の呻く声が聞こえた。とは言えそれはほんの一瞬のことであり、加えて五人のグループの内、気づいたのが一人ということもあってか、結果全員一致で帰ろうという運びになったのだ。だがそんな彼らの進行方向、木々が沢山生えている中、何の前触れもなく何十メートルもある巨木が倒れてきたのだ。普通なら、ただの木の寿命だと考えても問題ないのかもしれないが、それが立て続けに十何本も続いたら流石に何かを察したのか、彼らの内一人が聞こえたという呻き声のした方向へと向かった。そして、そこでブーブーに腕を喰われ始めている俺を発見し、直ぐさまブーブーを追い払うと俺を抱え村まで急いで帰ってきたのだという。

 グレイズが話し終えた時、正直最後の木が倒れたところは眉唾物だと思った。だが実際、俺を見つけてくれた人達がいるからこそ、俺はここにちゃんと生きた状態で居る。この村に来る前の最後の記憶では、アリクイのような熊に襲われて地面に突っ伏していたところまで覚えており、その話が本当ならばその熊がブーブーという生物なのかもしれない。そんなことをグレイズに話すと、

「いや、それは絶対に違うな。」

と断言された。彼が言うには、オーディア達の目的のブーブーは体長五十センチほどの猪のような生物で、俺を襲っていた生物とは大きさからして違うらしい。俺を襲っていた件の生物は、体長が俺と同じぐらいあり、見たこともない頭と身体の組み合わせだったようだ。そんな生物が、なぜ人が近づいてきたくらいで逃げ出したのかはよく分からないようだが、オーディア達は“襲われなくて本当に良かった...”と酷く憔悴しきっていたという。グレイズは、彼らからの情報と俺が覚えている限りのその生物の特徴を整理し、調べて来ると言って何処かへ行ってしまった。

「...(見たことない料理だけれど...う~ん、やっぱり味は薄いし旨味が乏しいなぁ...)。」

「?どうかしたか、太郎君。」

「あ、いえ。ただ、素性が分かっていない僕が、こうして食事させて貰っていいのかなって。それに昨日もお話ししましたが僕、今何もお支払い出来るものを持っていないのですが...。」

 そんな会話をしている現在の場所は、昨日俺が寝ていた部屋ではなく、その部屋があった建物の数メートル隣に建っている二階建ての建物の一角である。一階部分は吹き抜けの大きな空間があり、そこにはいくつものテーブルと椅子が置いてあった。周囲を見てみると、カウンターのような場所で配膳された食事を受け取っている人や、テーブルを囲み談笑しながら食事をしている人などが見受けられ、ここがいわゆる“食堂”のような場所である事が何となく分かった。そんな人が多くいる中、俺、メンヒリットさん、五十手前の男性、(おそらく)四十過ぎと二十代後半の女性の計五人が、一つのテーブルを囲うように食事をしている。急展開に、頭が追いつかない。

「うん、それも含めた話を今日はしようと思ってね。それで、昨日も紹介したように私の名前はメンヒリット。本名はメンヒリット・スカイガーデン。若輩ながらも、この村で村長を務めている。改めて、よろしくね。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

 メンヒリットさんから向けられた笑顔に、俺も生前培った営業スマイルを力の限り放った。伝わるかどうかは、気持ちと思い込み次第である。メンヒリットさんは、続いて五十手前の男性に話を振った。すると男性は、メンヒリットさんと同じような笑顔を俺に向けてきた。

「どうも。さっきは手短に名前だけしか言っていなかったから、改めて挨拶しよう。私はジェルミット・スカイガーデン。名前から分かるかもしれないが、まぁそこに居るメンヒリットの兄だ。仕事は、主にここと都との連絡や財政を任されている。どうぞ、よろしく。」

「どうも、山田太郎です。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 ジェルミットさん。まさかのメンヒリットさんの兄と言う展開に、こちらも少し頭が追いつかない。この場合、兄なのに村長は弟でいいんですか?という質問は、完全に空気を読めない奴がすることだろうし、今は(?)止めておこう。そんなことを考えていると、次に四十過ぎと思われる女性が俺に話しかけてきた。

「どうも、初めまして山田さん。私はヴィストレーネって言うの。本名は、ヴィストレーネ・ルイーズホップって言うんだけど、殆どの人が“ヴィス”って呼ぶから山田さんもそれでいいわよ。」

「そうですか...それではお言葉に甘えて。よろしくお願いします、ヴィスさん。」

「ええ、よろしくね。あ、ちなみに役職は村の内務関係だけれど、実際はスカイガーデンのお二人付きの秘書ってところね。それじゃ~...お待たせ、お嬢ちゃん。」

 そう言ってヴィストレーネさん改めヴィスさんは、隣に座っていた二十代後半の女性に順番を回した。彼女は俺とは殆ど対面の位置に座っていたのだが、他の三人が話している最中ずっと俺のことを凝視...というか睨むように見ていて、前の三人に比べると少し怖い印象を受ける。そんな彼女が、静に口を開いた。

「フィーリア・メルメンド。グレイズ隊長の代わりにこの席に同席している。よろしく。」

「あ、はい...山田太郎です。こちらこそ、その、よろしくお願いします...。」

 うん、やっぱ怖い。少し怖いじゃなくて、メッチャ怖い。何、なんでこの人こんなにも俺に対する態度最悪なわけ?俺、何かした?訳が分からないまま自己紹介を終えた俺は、その後の食事の味が全く感じられなかった。まぁ、元々味が薄いのもあるし、気のせいだろう...断じて、断じて女性にビビっているわけではない...わけではないのだが...。

 食事を終えた後、メンヒリットさんの案内で再び昨日俺が寝ていた部屋のある建物へとやって来た。扉を開け中に入ると、そこから見えるカウンターには昨日会ったハンナさんはおらず、代わりに彼女と同い年くらいの男女が複数人いた。こちらはちゃんと、俺の記憶にある人の顔と身体をしているようだ。それにしても、あのカウンターの人員は昼夜で変えているのだろうか?昨晩見た限りでは、カウンターにはハンナさん一人しかしないかったと思うが。まぁ、そんなこと考えても仕方ない。なんせ、今の俺にはこの建物がどういう用途のものなのかすら分からないのだからな!

「やあ、おはようボルン君。今、大丈夫かな?」

「どうも、おはようございます村長。ええ、数刻前に既に。」

「そうか、ありがとうね。」

 メンヒリットさんはカウンターにいた男性にそう言うと、俺を含めた四人に近くのソファーへ座るよう促した。ジェルミットさんがまず最初に腰掛け、続いてヴィスさん、そして俺...ん?

「あの、フィーリアさん...で、よろしかったんですよね?」

「...そうですが、何か?」

「あ、いえ。別に大したことじゃないんですけど...ただ、座らないのかなぁ、と。」

「別に...私はこのままで結構ですので、お気になさらずお座りください。」

 あ、はい...どうにも距離感が分からない。というか、分かる気がしない。一先ずフィーリアさん以外が座り終えると、メンヒリットさんも同様に座り、全員が俺の方を向くように座り直した...えっ、何これ。

「さて、太郎君。まず、先程の食事はどうだったかな?」

「(...これ、正直に言っちゃだめだよなぁ)ええ、とても美味しかったですよ。ありがとうございました。」

「そうか...。」

 俺のそんな答えを聞いたメンヒリットさんは、何かを考えるように俺から視線を外し、そして再び俺の方へと視線を戻した。その後、彼が放った言葉により俺の頭は一瞬真っ白になった。


「“見たことがない料理。味は薄くて、旨味が乏しい”。そう思わなかったかな?」


 ...俺は、今すぐこの場から立ち去りたい。正常に戻った頭で最初に思ったことは、そんな避難警報であった。そして次に考えたことは、先程の食事の際そんなに顔に出ていたのか、ということだ。しかし、俺はお喋りで嘘をつくことが出来ないものの、感情を隠して振る舞うことは人並みに出来る。だからこそ、そんな簡単に見破られるとは考えにくかった。ならば、なぜ俺が思っていたことがメンヒリットさんには分かったのか、皆目見当がつかない。そんな俺の心情が表情や仕草から出ていたのか、メンヒリットさんは小さく苦笑をすると

「いや、すまない。別に問い詰めているとか、食事への不満に対し怒っているとか、そういうものではないんだ。そもそも食事への不満は、誰しもが自由に抱いて然るべきものだし、それをわざわざ口にするのは時によって失礼だろう。」

「だから、そこは特に関係はない。」

 そう言うメンヒリットさんは、確かに言葉通り、別段腹を立てているようには見られない。それを確信して安心する俺だったが、そもそもの問題は、彼がどうやって俺がそう思っていたことを見抜き、加えてそれをあたかも最初から知っていたかのような言い回しだったのか、という点だ。俺の顔面取り繕い度数ポーカーフェイスレベルが思っていたよりも低かったため、単純に見破られただけだったのだろうか。

「そうだとすると、一体どういった意味で...?」

「ん~、そうだね...当初の予定では、もう暫く他愛のない話を続けるつもりだったのだが、私としたことが少々話を焦りすぎたみたいだ。」

「???」

 今しがたメンヒリットさんが言ったことは良く理解出来ないが、おそらく俺の人となりを把握するために、本来は世間話を暫く続けるつもりだったようだ。まぁ、企業の面接や取引先の営業なんかでも、まずはそういう何気ない会話から始めるから、別に不思議はない。ただ、それをわざわざ口に出して言う理由が思い至らないのだが...これは俺の考えすぎだろうか。その言葉が、俺の感情の揺さぶりを促しているように感じられたのだ。

「えっと、つまりどういう...。」

「ああ、ごめんごめん。それじゃあ、さっそく込み入った話を始めようか。」

「?ええ、わかりました。」

「うん、ありがとう。じゃあ最初は私...というか私達三人から、太郎君に一つ聞きたいことがあるのだが、いいかな?もちろん、それが終わったら君からの質問にできる限り答えることを約束しよう。」

「そうですか...わかりました、それで構いませんよ。」

 俺のそんな一言の間に、メンヒリットさん・ジェルミットさん・ヴィスさんの三人は互いの顔を見て頷き、その後メンヒリットさんが代表して俺に“ありがとう”と言った。確かに、質疑応答で後手に回るのはあまり良いとは思えないが、彼らには文字通り“一宿一飯の恩義”がある。加えて、動くこともままならなかった身体を治療して貰ったのだから、それくらいは譲るのが道理というものだと考えた。

 だがその後、それが無駄な考えであったことを俺は思い知らされるのであった。

「ではお言葉に甘えて...太郎君、君は...






『転生者』、なのかな?」

「......へ?」

 そんな恍けた声を出す俺に対し、すぐ近くそばで立っているフィーリアさんも含めた四人が、俺の返答を真剣な表情で待っている。...どうしよう。誰か、この場合の模範解答を教えて欲しい...。

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