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5:回収したフラグを折っていくスタイル

 だいぶ下流にやって来たが、未だに森を抜ける気配はしない。太陽(たぶん...だって光ってるし)の動き方は、地球と同じように雲の流れとは逆方向へと進んでいることから、ここがもし何らかの惑星だとするならば、その自転は地球と同じようだ。しかし、何となく生前の時間の経過と比べると若干早いような気がして、可能性としては自転が少し早いのではないかと考えられる。まぁ体感でしかないため確証は無いが、そうであるならば重力と遠心力の影響で、地球上よりも体感Gは低いかもしれない。

 かれこれ、太陽が暫定的に“東”としている方向へ傾いていたときから移動を開始しているのだが、もう既に太陽は西の方向へと沈み始めている。生い茂る木々の影響もあるのだろうが、辺り一帯が殆ど暗闇に包まれていて、今日の所は俺や乗っているシマトラの安全も考えて、これ以上進むのは止めることにした。しかし、シマトラはどうか知らないが、俺に関して言えば少なくとも二日間飲まず食わず状態であり、こうやって状況を観察している最中も腹が鳴っている。

 ちょっとした滝壺らしき場所までやって来た。滝壺と言っても、何十メートルもある滝ではなく二~三メートル程度の落差しかないところで、よく言う“マイナスイオン”なるものは一切感じない。滝壺辺りからまた川幅が広くなり、そろそろシマトラでは対岸に渡れなくなりそうな距離だ。

 そんな場所に降り立ち、俺は流れる川の中を覗こうと川辺に寄っていった。そして川を上から見たとき、

(ちょっと暗くて見えづらいけど...やっぱり、本当に見えなくなってる。すっげぇ~。)

 水面に俺の姿は映っていなかった。生前何かの漫画で見た『吸血鬼は鏡に姿が映らない』と言う情報が頭に浮かんだが、今俺の目に映っている光景は、おそらくそういうものでは無いと考えられる。


 透明化。


 俺に与えられた二つ目の能力は、文字通り俺自身の姿を透明にするものだった。ここに来てからは、現在のを含め計三回は使っているのだが、実際に川に自分の今の状態を確認しに行ったのは初めてだ。...見れば見るほど不思議である。

 川に手を浸してみる...確かに川に手を入れた感覚があり、ちゃんと水温や水の流れも分かる。しかし、俺が手を浸したと思われる場所には何も無かった。いや、正しくは“何かあるのは分かるが、全く見えない”のだ。川には不自然な窪みが出来ており、まるでガラスでも突っ込んだかのように水が避けて流れていく。

 俺は少し離れた場所にいるシマトラの方を見た。シマトラの姿ははっきりと見える。実を言うと、ここに来るまでの間ずっと透明化の能力を発動していて、何かヤバそうな生き物に見つからないよう一応気を付けていたのだ。だがその時面白いことに、まるで宙に浮いたまま高速で森を移動するという、奇妙な経験をしていた。その意味とは、俺自身にかけた透明化が、まさかの乗っていたシマトラにも適用されていたということだ。

 自分の両手の人差し指・中指を瞼の上に置き、そのまま下に擦るように降ろす。すると、目を開けたとき自分の身体を確認したら、自分の身体が見えなくなっていた。どうやら発動条件は、この動作一つで十分なようだ。だが、その確認作業は能力の発動二回目(・・・)のことである。

 透明化を初めて使ったのは、昨夜のシマトラの群れから逃げるときだった。その時は殆ど、記憶にあったあの神の動作を真似ただけであったが、能力を発動させた際、俺の身体が透明になっただけではなく乗っていたシマトラの身体も透明になっていたのだ。その事実から、俺は三回目...つまりは今の姿になるときに、シマトラに乗ってから透明化を行った。すると、予想通りというか当たり前というか、やはり俺自身に加えシマトラも見えなくなっていたのだ。

 しかし、なぜそうも都合良く自分以外も透明に出来るのか。それこそ一つ目の催眠能力には、欠点として相手の視線が俺(というより、俺の指先)に向いていなければならないというものがあり、そこをクリアすれば凶暴な猛獣(シマトラ)も催眠にかけることが出来る代物であった。ならば、透明化に関しても自分以外の存在を透明化するために、何かしらの条件か何かがあっても良いはず...というか、あると考えていた。

(つーか、“自分が触れていること”が自分以外を透明化に出来る条件で、もう解決出来るじゃん...馬鹿かあの時の俺は。)

 そういうわけで、透明化の疑問は解決した。そもそも、よく整理してみれば分かったことである。


『催眠能力の発動条件

・両手の人差し指を対象に向ける

・対象が自分の方に視線を向けている。


 透明化の発動条件

・両手の人差し指中指で、瞼を上から下に擦る。』


 こうして見てみると、催眠と透明化では発動条件が平等にならない。まぁ、能力にも上下が存在するのかもしれないが、だとしたらあのとき神が俺に“五つ”能力を与えたとき、それらに対する制約を“一つ”としたのはおかしい。それでは、仮に俺が制約を破った際に執行される罰の重みが能力ごとに違ってしまい、どうにも納得がいかない。関係ないと言われたらそれまでだが、あの神は“別の誰か”の指示で俺に能力と制約を与え転生させたはずだ。ならば、そんな曖昧で気持ち悪い能力の付与をするとは考えにくい。よって、俺に与えられた能力に上下や大小はないと証明できる。...数学、嫌いだったんだがなぁ。

 つまり何が言いたいかというと、

(透明化は、触れている相手がどんなものでも出来る。)

ということだ。というか、そうでなければ透明化を発動するとき自分の衣服を全て脱ぎ去らなければいけないので、こういう条件が無いと不完全な透明化になってしまう。だから、こういう条件を増やしたのだろう...いや、“誰が”とかよく知らんが。とりあえず暫定的に、俺自身が透明になるのを透明化の能力その一、俺が触れたものも透明化させるものを能力その二、と区別した。

 今のシマトラの様子を見ると、俺から離れた対象は透明化の影響から外れ、再び見えるようになるようだ。それにしても、シマトラには一切食事を摂らせていなかったが、果たして大丈夫なのだろうか。もしここでシマトラが倒れでもしたら、俺は即詰みである。だから、

『獲物を捕って、食事をしてこい...あっ、終わったらすぐに戻ってきてね。』

 シマトラに人差し指を向けそう念じると、シマトラは直ぐさま森へと走り去っていき、そのまま闇へと消えていった。一瞬、食事をしてくるだけの暗示だけで満足しそうになってしまった。危ない危ない。戻ってきて貰わないと、俺が死ぬ。

 シマトラが森へ駆け出してから数分後、森の奥からは“キィ...キィ...”という鳴き声が聞こえてきている。先ほどまではシマトラがいる安心感からか、この程度の鳴き声など何とも思っていなかったが、ひとたびその安心がいなくなると途端にそんなことが怖くなってきた。やはり、変な能力を貰ったところで心はそうそう強くはならず、間近に感じる『野生』に恐怖を抱き始めていた。たぶん、初日にシマトラの群れに襲われたことが尾を引いているのだろう。本当に、あのとき下手に傷を負わなくて良かった。

 森の方から、何かの気配を感じた。生前では機能しなかった直感が、こちらに来てからは異様なほど猛威を振るっている。たぶん、飲まず食わず状態が続いているせいで意識が研ぎ澄まされ、ちょっとした物音や匂いを徐々に感じ取れるようになってきているのかもしれない。嫌な誤算だが、シマトラがいない今非常に助かっていた。なぜならば、

「っ!?(ヤバッ!あとちょっと動くのが遅かったら、確実に組み敷かれていた...。)」

 そう冷や汗を流す俺の目の前には、アリクイのような頭を持ち、足は兎やカンガルーのような前方への跳躍に特化したもので、背中に浮き出る肩甲骨が特徴的な獣がいた。出で立ちは、頭を無視すればカンガルーの足が付いた熊のような姿をしている。しかし頭を見た瞬間、俺はそれがまるで化け物の類いではないかと感じてしまった。

 通常アリクイの頭は、先端部分に口がついており、その口を蟻の巣に突っ込んでさらには舌を伸ばして巣の中にいる蟻を食べている。だから、アリクイの口は他の動物とは違い大きくは開かない。しかし、俺の目の前にいるそれは、頭の殆どが口になっており、その大きさはまるでワニのそれと大差が無かった。いや、ワニと比べると、そいつの口から見える歯の全てはサメの歯のように鋭くとがっている。アレに食いつかれたら、瞬間その部位が持っていかれる。

 だが、今の俺にはあの神から与えられた能力がある。加えて、ここに来てからどういうわけか全体的な筋力が上がっており、身体も頑丈になっていた。これほど恵まれているのだから、俺ごときに存在を察知されるような相手になど負けるはずが無い...そう思っていた。

「(さ~て、それじゃあ手っ取り早く催眠でもかけてやりますかねぇ。いや、ここは新しい能力を検証する良い機会なのでは?いやいや、それとm)っぐあ!?...がふっ。」

 気づけば、俺は顔を地面につけていた。いや違う、身体そのものを地面につけているのだ。いわゆる、うつぶせ状態と言ったところだろう。考え事をしている最中、目の前のアリクイが信じられないほどのスピードで突っ込んできたのだ。それは、俺のことを下に見ているものの動きではなく、確実に獲物を仕留めようとするハンターの動きだった。さらに言うと、俺は自分の能力を信じたあまりに、自分自身の経験の無さに気づけていなかった。どうやら、シマトラの群れから逃げられたことで調子に乗っていたらしい。加えて、今の俺は昨日のように万全の状態では無く、飲まず食わず+不十分な睡眠という悪条件下であった。

 身体が上手く動かない。腕が上がれば、もしかしたらアリクイに催眠をかけることが出来るかもしれない。しかし、俺にはその気力が湧かなかった。恥ずかしいことに、獣ごときに情けない負けかたをして、さらには今この瞬間にも喰われるかもしれない、という状況に俺は心を折られてしまったのだ。音で、アリクイが俺のそばに近づいてきているのがわかった。決して俺のことを心配してでは無い。弱った獲物に、とどめを刺すためである。アリクイが大きく口を開くのがわかった。あぁ...俺は死ぬのか...

「~~~!?~~~~~!!」

 何処かで聞いたような音が耳に届いてきた。いや、これは声か?殆ど落ちかけていた意識の中、アリクイが俺の近くからいなくなったのがわかった。代わりに、俺のそばに別の何かがやってきた。アリクイでは無いようだが、こちらに来て始めた会う生物と言うことしか分からない。そしていよいよ意識が途切れる、そんな時、俺は頭の中で“ある声”を聞いた。










『まったく...今回だけだよ?』

最後の声は、たぶん...。

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